歳の差なんて―③―
あれからすぐに燃滓 投治はマンションから引っ越しをした。以降は警察内で閲覧できる情報からも完全に削除されてしまった為いよいよ困り果てた司は巡回中に頭を抱える。
「紫堂巡査、大丈夫?まだ例の件が・・・?」
同僚が不安そうに優しく尋ねてくれるがそんなくだらない記憶など司の中には微塵も残っていない。今はただあの人に会いたくて会いたくて仕方がないだけだ。
「い、いえ。大丈夫です。さぁ、今日もしっかりと巡回をしていきましょう。」
相手は元警視総監。それほどの人物と懇意にしていた関係者など司の周りにいるはずもなく、かといってネットから調べてみてもSNSを全く使っていないのか警視総監時のニュースが少しヒットするだけだった。
警官という立場を使って詮索すれば何か得られるかもしれないが例え恋に盲目となっていても正義感がそれを許さない。結果、完全に行き詰まっていた司だがその夜は友人の店の前を通った事で1つの光明を見出だした。
「なぁに~?司ちゃんから相談なんて珍しいわね~?まさか・・・あの件で何かあったの?」
後日連絡を取るとすぐに会ってくれるのも嬉しかったし、まだ心配してくれるのも嬉しい。
「いや、あれは本当に大丈夫だから。それよりも今はその~・・・」
オススメの喫茶店に入ってから話を切り出そうとするとふと言葉に詰まる。そして冷静に分析した結果、これから行う事はもしかしてもしかすると恋愛相談というものなのでは?という答えに行き着いた。
「??? どうしたの?そんなに言いにくい事?」
「えっ?!いや?!その?!」
黄崎 愛美にお願いしようとしているのは下手をするとストーカーの類かと勘違いされかねない。だが彼女は界隈で一番のホステスでありその客層は相当な人物ばかりだという。
であれば元警視総監の所在など簡単に割り出せるのではないか?そういう思考から愛美を相談相手に選んだのだがいざ実行しようとなると気恥ずかしさで言葉が出てこない。
「・・・わかった。恋愛事でしょ?」
「なっ?!何でわかったの?!」
「ふっふ~ん。こう見えて色んな人と接してきてるからね~?観相学ってやつかな~?」
プリピュア時代は引っ込み思案な少女だったのに今ではこちらが手玉に取られっぱなしだ。それほど劇的な成長を遂げた彼女の前では隠し事など無意味なのだろう。
「・・・えっとね。実は愛美に教えて欲しい事があるんだけど・・・」
ならばと観念した司は元警視総監の燃滓 投治について尋ねてみた。すると昔はよく見た可愛らしいびっくり顔をしてくれたのだからこちらの緊張も一気に解れる。
「あははっ!やっぱり愛美は愛美なんだね。その表情、昔と変わらないな。」
「あ~っ!バカにして~も~!でもそうか~、司ちゃん、そういう好みなんだ~?」
すると今度は冷やかしが返って来る。そして司が慌てた様子を見てからからと笑い合った後、愛美は静かに答えてくれた。
「あの人は今ヨコハマにいるはずだよ~。何でも息子さんと伸び伸び過ごす為に大きな家を購入したんだって~。あとこれも教えておこうかな?今は大きな会社の社長さんだよ~。」
「さ、流石だね・・・ありがとう。」
まさかこんな簡単に答えが返って来るとは思ってもみなかったがそうか。確かに一人息子を大切に思うのは当然だろうし、元警視総監であればコネクションを活かす仕事が良いだろう。
そう考えると自ら会社を立ち上げる行動にも納得はいく。だがそうなってくるとますます遠い存在に感じて仕方がない。
「どういたしまして~。でも司ちゃんって親子程年が離れてても気にしないんだね。意外だった~。」
「そ、そうだね。私も意外・・・っていうか、多分初めてなんだ。こんなに人を好きになったのって。」
「ほほう?!それは詳しく聞きたい聞きたい!!」
またも昔の愛美っぽさを出してくると思わず吹き出してしまった。しかしここまで協力してくれたのだから経緯くらいは説明してもいいだろう。
「うん。わかった。実はあの強姦未遂を助けてくれたのって・・・」
「おや?紫堂巡査じゃないか。」
話し始める前で本当によかった。突如会いたくて仕方がなかった男性から声を掛けられて心臓と思考が数秒間停止してしまったが愛美の方がそれをフォローしてくれる。
「あら?燃滓さんじゃないですかぁ~最近お会い出来なくて寂しかったんですよぉ?」
「おやおや?まさかあげは嬢が紫堂巡査と知り合いだとは思わなかった。私は最近忙しくてね、しばらくお店にはいけないと思うよ。」
更に愛美が隣の席に誘うと彼も自然とそこに腰かけて来た。確かに会いたいと切望していたがまさかこんな形で再会できるとは・・・嬉しい反面覚悟も何も用意出来ていないのが悔やまれて仕方ない。
(こ、声・・・出るかな・・・?)
「お、お久しひゅ・・・ぶりです!あの時は本当にありがとうございましたっ!!」
まずは自然な感じを振舞ってみるも早速噛んでしまったので感謝の言葉で誤魔化してみた。それにしても人生でここまで緊張した事などない司は改めて恋の恐ろしさを痛感する。
「いやいや。そんなに固くならないでくれ。しかし心身共に問題なさそうで何よりだ。」
「ところで燃滓さんは何故ここに~?」
よかった。本当に愛美と一緒で良かった。色々尋ねたい事は山ほどあるのにそれ以降喉が干上がってしまった司の思考を鋭く読み取った彼女が気軽に質問してくれたお蔭で彼もすらすらと答えてくれる。
「ああ。ここのコーヒーとサンドウィッチが好きでね。近くに寄った時は必ず訪れるんだよ。それにしても2人のプライベートな時間に私なんかがご一緒していいのかい?」
「大丈夫ですよ~!私達の話は丁度終わった所だし~。あ、そうだ!燃滓さんの新しい会社ってどんな所~?」
「ははは。相変わらず仕事熱心だね。会社の概要は、社会に埋もれている声を拾う、って所かな?正直まだ手探り状態だから詳しく言語化するのもままならないんだ。」
「へぇ~そうなんですね~。もし困った事があれば私や司ちゃんを頼って下さいね。私も親友を助けて頂いた御恩には報いたいですから~。」
「おお。そうなのかい。」
何て自然に、そして楽しそうに会話をするのだろう。司は改めて愛美の恐ろしさを垣間見たと共に羨ましくて仕方がない気持ちに駆られる。
ただ愛美も夜の蝶として名を馳せる人物だ。友人の気持ちを機敏に察すると静かに席を立つ。
「あ、ちょっとごめんね。お客さんに連絡しなきゃいけない事があるんだった。すぐ戻るから2人とも待っててね~。」
それが彼女なりの気遣いなのか真実なのかはこの際どうでもいい。問題はいきなり2人きりのシチュエーションが降って湧いてきたという点だけだ。
心の中では友人への多大な感謝と大いなる困惑で喧嘩を始めてしまい、あれだけ盛り上がっていたテーブルは静寂に包まれてしまった。
「ふふ。そんなに緊張しなくてもいいだろう?あ、・・・そうか。考えてみれば男嫌いという感情が芽生えても・・・」
「そ、そんな事はありませんっ!!!」
危ない危ない。変な誤解を生んでしまえば更に目標が遠のいてしまう。ここだけは剣道で培った気合と共にしっかり否定すると燃滓 投治も一瞬びっくりした表情を浮かべるがすぐに優しい笑顔を零してくれた。
「ならば安心だ。君はとても魅力的な女性だからね。あんなくだらない事件でその人生を棒に振ってしまうのももったいない。」
・・・・・・・・・・・
これはどう受け取ればいいのだろう?まず『とても魅力的な女性』という言葉に脳内と心中では突如カーニバルが開催された。
浮ついた心の影響か、体すらバルーンのようにふわふわと空に昇っていくようにも感じたが司の今後についても心配してくれていたのだと気が付くと今度は優しい歓喜によって体中が燃え上がる。
「・・・もしそんな事になったらまた燃滓さんが慰めてくれますか?」
・・・・・・・・・・・
あれ?もしかして今とんでもない事を口走ってしまったか?自分は心のままを言葉にしてみただけなのに彼は目を丸くしたままこちらをじっと見つめて来る。
それからまたも優しい笑顔に戻ると少し困った感情が声色から伝わって来た。
「私でよければいつでも頼って貰って構わないが、出来れば二度と君がそんな目に会ってほしくないと願うよ。」
確かにその通りだ。もう二度と襲われたくは無いし周囲に迷惑や心配をかけたくもない。そう考えると彼の発言は至極真っ当なものであり真摯に司と向き合ってくれているのだと痛感する。
「お待たせ~。それじゃ司ちゃん、そろそろ行こっか。」
(え?!もうお別れなの?!)
余韻に浸っている所に水を差されて思わずツッコミたくなったが投治も何か用事がある為にこの街へ来ているはずだ。
だが彼女は司の気持ちを知っている。なのでもう少し話す機会を作ってくれるとばかり思っていたのでその分落胆は大きかった。
「おっと、随分話し込んでしまったか。では私もそろそろ帰るとしよう。」
(ぁぁぁぁぁ~~~~・・・ぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~・・・)
心の中では自分らしからぬ、正に女々しいと表現するにふさわしい後ろ髪を引かれるか細い叫びをあげていたが元プリピュア仲間でもある愛美が何も考えていない訳がないのだ。
「あ、そうだ~。今度燃滓さんのご自宅にお邪魔してもいいですか~?凄い豪邸を建てられたんでしょ?」
「ははは。相変わらず耳が早いね。それにしても豪邸は尾ひれがつき過ぎだよ。息子が自由に遊べるくらいの大きさしかないさ。」
(いいなぁ~いいなぁ~~~私も一緒に行きたいなぁ~~~~)
「それじゃ後で連絡しますね~、あ、もちろん司ちゃんも一緒にね?」
「・・・・・えっ?!」
一瞬だけ思考が停止したものの、その事実を認識した瞬間まるで少女のように嬉しい声を上げてしまったが相手は特に気にする様子はない。
「ああ。むしろ大歓迎さ。あげは嬢だけじゃこっちも緊張するしね。」
「ほ、本当にいいんですか?!ゃ、やった・・・い、いえ!何でもありませんっ!!」
心の声が漏れてしまう程狂喜していたがここで縁が切れるのだけは回避出来たらしい。更にまた彼の自宅に上がり込める口実を得たとは・・・持つべきものはとんでもないコネを持つ親友だなぁと深く感謝する。
「楽しみだね~。んじゃ行こっ。」
別れ際があっさりとし過ぎた点だけは少し残念だったが後から聞いた話だと今はそれくらいがいいらしい。
「深い関係になったら好きにすればいいから。ね?」
と後から言われて思わず顔を赤面してしまったがそうだ。これから司はそういう関係を求めて邁進せねばならないのだから恥ずかしがってなどいられない。
「う、うん。頑張ってみるよ。愛美、今日はありがとう。」
友人の手厚いサポートとアドバイスを心にその日は胸がいっぱいだったがそれから数日後には彼の家へお邪魔する予定が立ってしまうとしばらく眠れない日々が続くのであった。
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あと登場人物を描いて上げたりしています。
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