歳の差なんて―②―
社会人ともなれば出会いの場はめっきり失われる。そう痛感したのは警官になって3年も経った頃だ。
大きな組織に所属しているだけあって人数だけは無駄に沢山いるのだがその中に自分の好みを満たす人物がいるとは限らない。
(そうだよね・・・別に無理して年上に目を付ける必要もないか。)
この頃には男性恐怖症もかなり鳴りを潜めていたのであとはゆっくりと、そして確実に誠実な男性を見極めようと心掛けていたのだが出会いは突然訪れる。
「紫堂さん、良ければ今度の休みにご飯でも行かない?」
司に声を掛けてくる人間は多数いるがその中でもひときわ体の大きく、そして物腰の柔らかい同僚男性がここの所頻繁に誘ってくるのだ。
過去に柔道でかなりの成績を残しているのとそれなりのルックスからお似合いでは?と囁かれていたが司はどうにも彼の眼が好きになれなかった。
その男の眼を見ていると昔、強姦されそうになったあの3人の事を思い出してしまう。当然そんな事を本人に伝えられる筈もなく、司は毎回軽く断っていたのだがその感覚に間違いはなかったようだ。
「君は・・・確か田中君だったかな?残念だけど紫堂君の心は微塵も動いていない。しつこい男は嫌われるぞ?」
一般人が立ち入れない程署内の奥で行われていたやり取りだったにも関わらず、一人の男性がアドバイスにも近い言葉を送って来たので2人は慌ててそちらに顔を向ける。
「あっ!燃滓警視総監殿っ?!」
田中の方が慌てて敬礼するも相手は先日退職した人物だ。それにこんな小さな警察署に何の用事があったのか、そっちの方が不思議で仕方なかったが司も一応その存在は知っている為黙って敬礼する。
「よしてくれ。もう私は部外者さ。」
この時は若くして頂点にまで上り詰めた彼は何故退職したのだろう?くらいしか考えていなかった為その印象も薄かった。
ところがそれから3か月も経たない頃、司が夜遅くに帰宅しようとした時、マンションに入る手前で後ろから襲われたのだ。
刹那で相手が男だとわかったもののその力は強く背も高い為、首を絞められると彼女の両足はぴんと伸びて地面から数十センチは浮いていた。
犯人はその体躯だけでなく人体の知識も持ち合わせたようで声を上げる間もなく意識を失うと後はなるようにしかならない。目が覚めたら犯されているのか殺される手前か。
無意識の思考はそんな最悪の事態を想定していたのだが軽く頬を叩かれて目を覚ますと状況は意外な結果に終わっていた。
「よかった。無事だったね。」
そこでは以前一度だけ会った燃滓元警視総監が優しい笑顔で迎えてくれる。
「ぁ・・・あれ?けいしそうかん殿・・・何故ここに?」
遠くの方からサイレンの音が近づいてくるのを耳にして浅く首を動かすと自分達はマンションの駐車場にいるらしい。そして少し離れた場所には同僚の田中が衣類を使って後ろ手に縛られて倒れている。
「私もここに住んでいるからね。」
そうか。彼も元警察組織の人間なのだから関連施設に住居を構えていてもおかしくはない。それにしても凄い偶然・・・いや、これは必然だったのかもしれない。
「そこだ。田中巡査が紫堂巡査に襲い掛かっていたのを捕らえた。言っておくが隠ぺいは許さんぞ?」
燃滓元警視総監が駆けつけた警官達に短く命令した後、ほぼ同時にマスコミ達もその不祥事を取り上げようと押しかけてくる。
「さぁ、私達は引き上げよう。なぁに、退職はしていてもある程度影響力はあるのさ。」
ここでやっと意識をしっかりと取り戻した司は、この頼りになる中年男性を真っ直ぐに見つめると全てを理解した。
「あ、あの・・・ありがとうございます。助けていただいて・・・その、よろしければ今夜は傍にいてくれませんか?」
「・・・余程怖かったんだね。でも私なんかより実家に戻った方が良くないかな?ご両親も心配なさってるだろうし。」
「い、いえ。両親には落ち着いてから伝えます。い、今はその・・・」
心が熱く燃え上がると理性は全て塵と化したらしい。顔が熱でぼーっとしているような感覚の中、何とか彼についてもっと聞きたい、触れたい、傍にいたい一心で子供のような駄々をこねてみると彼はまたも優しい笑顔で答えてくれる。
「わかった。だったら私の家に来るといい。息子がもう寝てるだろうからあまり騒がないでくれよ?」
子供がいるのか・・・いや、当然だろう。彼は組織の最高位にまで上り詰めている。そんな男性が独身なんておかしな話だし家族を養える収入も十分あるはずだ。
だがこの夜の司はまるで憑りつかれたかのように彼の優しさと温かさに身も心も委ねていく。そうだ、彼の素性など後から調べればいい。今は最悪な事件以上の、最高の出会いを信じてただ突き進むのみだ。
こうして運命の一夜が明けた後、彼女は燃滓 投治について静かに情報を集めると共に何とかお近づきになろうと深く決意するのだった。
警官が襲われたと大々的に報道されると流石に友人達にも隠し通せない。
「司っ!!だ、大丈夫だったの?!」
翌日、皆が部屋に押しかけて来たので心配させて申し訳ないと謝ったのだがそこは翔子がすかさず口を挟む。
「何言ってるの?!司の事を心配するのなんて当たり前でしょ!!っていうかよかったわ~!!思ってた以上にいつもの司で!!」
「ま、まぁね。未遂で終わったしすぐに助けて貰えたし。」
最初は過去にも似たような事件に巻き込まれたので心の何処かでは慣れてしまっている自分がいるのかと思っていたがどうもそうではないらしい。
「ふ~ん。でも司ちゃんって警官さんだし強いのによく襲おうなんて考えるバカがいたものねぇ。報道には出てないけど実は司ちゃんが撃退したとか?」
「い、いいや、相手も警官だし不意を突かれたからそんな余裕なかったんだよ。」
「「「え?!そうなの?!」」」
三森 来夢を除いた3人が驚いて声を上げている所をみるとやっぱり隠ぺいされたようだ。これは燃滓 投治も怒っている・・・かもしれない。
(・・・でもあの人はもう部外者だし・・・)
この時、警察組織の闇を垣間見た司は何故彼が警視総監の地位を捨ててまで退職を選んだのかを自分勝手な理由で結論付ける。ただ岬 塔子のような先輩警官もいる以上、自分が辞める事はないだろう。
「うん。前から妙な目つきの奴でさ。何となく敬遠はしてたんだよね。そしたら襲ってくるだなんて・・・ほんと、私って昔から男運ないよね~。」
「あはははは!確かにね!!でも本当に気落ちしてる感じしないね?大丈夫だって信じていいの?」
「もちろん!もし本当に苦しかったら翔子みたいに緊急で慰めの会を立ち上げるんだから!!皆招集には応えてよね?」
決して強がりではない。本当に落ち込んでいなかったからこそ友人達もほっと胸をなでおろしている。理由は色々考えられるが未遂で終わった為身が汚れる事がなかったからか、もしくはあの人の存在が大きいからか。
(・・・会いたいな・・・)
事件は無事に幕を閉じそうだが決して心に平穏が戻ったわけではない。今まで異性を好きになった事が無い司にとって初めて恋心が目覚めたのだから、むしろこれからが彼女の戦いなのだろう。
相手は一人息子がいるものの昨夜聞かされた話だと奥様は若くに亡くなられているという。果たして男やもめな彼が司に好意を抱いてくれるだろうか?歳は丁度20歳離れているが相手は恋愛対象として、後妻の候補として見てくれるだろうか?
友人達も5人揃った事で大いに賑わって見せたが司はこの時、既にその事で頭がいっぱいだった。
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