夏と思い出―③―
翌朝、美麗は二日酔いのまま薬を服用して中学生の姿になると早速海の家『阿曽山』に向かう。
「えっ?!君がお手伝い?」
店長の阿曾山静雄(46歳)が驚いた様子を浮かべるもほむらには話を付けてあるし、何より今は体を動かしていたいのだ。
「はい。ほむらちゃんも皆と遊びたいと思っているのでその間代わりに働かせて下さい。バイト代とかはいらないのでお願いします。」
その言葉を聞いて店長が一瞬焦りを見せた為美麗も慌てて脳内に喝を入れる。そうだ、ほむらのバイトは内密で行われているので下手な事を口に出すと変に疑われる恐れがある。
見て見ぬふりというよりは見守る形を選んだのだからせめて高校生になるまでは続けさせてあげたい。そうすれば今度こそ大手を振って働けるのだから。
「私も社会勉強がしたいんです!!よろしくお願いします!!」
最後は女子中学生らしく元気と強引さで押し切ると店長もあっけなく折れてくれた。というかこの人、どうにも気が弱いというか押しに弱いというか。
よくこれで居酒屋の店長なんかやっているなぁと感心したが、とにかくこれで今日一日は皆と距離を置けそうだ。
だがいざ働き始めると余計に考え込んでしまう。
今のまま、自身を偽って中学生活を続けていていいのだろうか?あかね達に内緒のままでいいのだろうか?
そもそも『ダイエンジョウ』という組織に加担しているだけでも大きなマイナスイメージなのでは?しかしこの組織のお陰で彼女らと出会えたとも言える。
何が正しいのか、どう行動すれば正解なのか。二日酔いの頭も相まって注文ミスが続いたがそれでも怒らない店長には感謝しかない。
(よかった。とても良さそうな人だわ。)
それがわかっただけでも大収穫だろう。ピークタイムに入る前の休憩で頭を切り替えた美麗はその日のミスを取り返すべく気合を入れ直す。
ところがそれからすぐに妙なお客さんが入ってきた事で海の家『阿蘇山』には望んでも居ない人だかりが出来始めた。
「ちくしょう・・・何であんなおっさんがあんな美人を連れて海に来てんだよ・・・世の中おかしいだろ・・・」
(それは人柄で選ばれたからでしょ?)
とは口が裂けても言えない。嫉妬のつぶやきを耳にした美麗は聞こえなかったふりをしつつ注文を取る。だがその男は何やら様子がおかしい。
見れば体から白い湯気が出ている?いや、何だこれは?近づくと熱気も感じるしもしかしてとんでもない高熱でも出ているのか?
とりあえず出来上がった焼きそばを持ってテーブルに行くがなるべく近づきたくはない。本能でそう感じていたのだがその勘は当たっていたようだ。
ばきんっ!!ばりばりんっ!!
次の瞬間、男はテーブルに乗せていた肘の力だけでそれを真っ二つに押し潰してしまったのだ。
「ったく・・・折角海に来たのに何で俺だけこんな惨めな思いをしなきゃなんねーんだ・・・」
当然焼きそばも地面に散乱し、周囲も何事かと視線を向ける。だがその原因が本人にあるとは思っていないらしい。
「おい!!何だこのテーブルは?!安っぽいもの使ってんじゃねーぞ?!すぐ代わりの席と新しい焼きそばを用意しろ!!」
結果、男は中学生店員の美麗にそのストレスを発散してきた。これには美麗の心身が大人であっても恐怖で体が竦んでしまっていただろう。だがあの気弱そうな店長が出てきて場を治めようとしてくれたお陰で何とか気持ちに余裕を取り戻せた。
ぶおんっ!!どしゃっ!!!
なのに阿蘇山静雄が軽々と投げ飛ばされた事で事態は一変した。これはまぎれもなく傷害事件だ。この時店長にかなり心を救われていた美麗は即座にそう判断すると急いで物陰に隠れて警察に電話をする。
それから異変に気づいたほむら達が慌てて戻ってきたのだがここからが本当に大変だった。何せ暴漢はほむらの両腕を掴んで押し倒したのだ。
もちろん気性の荒いほむらも負けじと応戦していたが暴漢もかなりの力持ちらしく、彼女の攻撃をいとも簡単に受け止めていた。
それを見かねたあかねも正拳を放ったり、りんかはバケツのお湯をぶっ掛けたりと各々が全力で戦っていた。しかし暴漢がその手を緩める事はなく周囲の野次馬達が加勢する気配もない。
(はやく!!はやくきて!!)
無力である事を知っているからこそ美麗は警察に頼るしかなかった。だが知恵を振り絞れば・・・
「お巡りさん!!こっちです!!はやくっ!!」
まだ到着していなかったがこう言えば怯んで退散するかもしれない。そんな望みにかけて叫んでみたのだが暴漢は慌てる素振りすら見せない。
これで万策尽きたのか。いや、まだだ。皆はほむらを助けようと身の危険も顧みず暴漢と戦っているのに自分は何も出来ていない。
だったら悔いの残らないように、償いの意味も含めて自身も玉砕覚悟で介入を試みようじゃないか。何かないかと周囲を見渡して、転がっていた丸椅子に目が留まったのでそれを両手で拾い上げる。しかしそれを使うことは無かった。
何故なら・・・
びしゅんっ!!
妙な風切り音が耳に届くと軍隊で使われるような大きな帽子を被った女性が手にした鞭で暴漢の首を締め上げ始めたからだ。ただ美麗の視点からは何より水着と体に目が行く。
「はいはい。おいたはそこまでよ?」
どこかで聞いた事のある声の女性は軽くそう告げた後暴漢を思いっきり空へ放り投げた。その細い体でどれだけの馬鹿力なのだとあっけに取られたが瞬きする間に今度はそれを砂浜に叩きつける。
ずずんんっ!!!!
想像以上の鈍い音と地響きを感じるとあたりは一瞬で砂煙で覆われる。
「一体なんだ?!何が起こったんだ?!」
すると今度は背後からまた聞き覚えのある声が聞こえてきたのだから美麗は混乱しっぱなしだ。やっと視界が戻ってきて振り向くとやっぱりそこには水着姿の紫堂 司が警察モードで周囲を警戒している。
(な、何で司までここにいるのよ?)
理由こそわからなかったがとにかく美麗が連絡した後司と一緒に警官達がこの場所に駆けつけてくれたらしい。
「あれ?君は以前会った・・・今時乃中学校の生徒さんだよね?」
「は、はい!氷山 麗美です!!また友達を助けに来てくれてありがとうございます!!」
しかし流石は司だ。この姿では一度しか会っていないのに遠く離れた場所で再会しても認識してくれるなんて。自分が年の近い男であれば間違いなく恋に落ちていただろう。
「司君。大丈夫か?」
「あ、はい!問題はなさそうです。暴漢も彼らが確保したみたいですし・・・す、すみません!折角のバカンスなのについ仕事モードになってしまって・・・」
「ははは。気にする事はないさ。そういう部分も君の魅力なのだから。」
(んんん???)
いつの間に現れたのか、ごく自然と司の肩に手を置く男性。そして司もまんざらではない、どころかとてもうれしそうな恥ずかしそうな表情を、わかりやすく言うとメスの顔をしている。
話し方からするとかなり親密な関係なのだろうか?というか親友のこんな姿を間近で見てしまったら次に会う時どんな顔をすればいいのだろう?
(・・・年上が好みだって話は聞いてたけどまさか、ねぇ・・・)
ほむら達の身の安全も確保されたからか、暴漢襲来の恐怖から解放された美麗の興味はすっかり2人の方へと向いてしまっていた。
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