夏と思い出―①―
自分は諜報員としての才覚に溢れているのかもしれない。そう思ったのは土曜日の夜の事だった。
昼間は翔子がいきなり水着を買いたいなどと言いだしたので同じく友人の黄崎 愛美と3人で街に出かけていた。
お相手は『ダイエンジョウ』の幹部である燃滓暗人のようだが翔子と同じ大学の後輩という印象が強かったのでその職業には言及しなかった。
「ここは翔子の恋を成就させる為にとっておきを選んであげないとね!」
愛美とは事前にそういう話で盛り上がっていた為、当日は遠慮ないチョイスを勧める事でかなり良い水着を購入出来たと思う。あとはそれを彼の前でしっかり着用出来るかどうかだが。
(あの子、胆は座ってるから大丈夫でしょ。)
と美麗は楽観視していた。だが後日翔子に泣きつかれたからエステを紹介したと愛美から連絡があった時は失笑したものだ。
それでも当日は3人が学生時代のようにはしゃいで楽しんでいた。少し早めの夕飯も愛美が連れて行ってくれたイタリア料理のお店で十二分に堪能したし大満足の一日だった。
ただ流石に早く夕飯を摂り過ぎたのだろう。21時前にお腹が空いた美麗は仕方なく軽食を求めて外出すると近場の薄汚い居酒屋から随分と威勢の良い、それでいて聞いた事のある声が耳に届いてきたのだ。
そこはメインストリートから脇道に入った所でイメージ的にはあまり所得の高くないサラリーマンが安く済ませようと入るようなお店、と例えれば苦言を呈されるかもしれない。
だが実際街灯も少なく他に並んでいるお店といえばスナックの類しかなかった。決して女性が寄り付く場所ではないのだがそれでも美麗が顔を覗かせた理由があった。
「この野郎っ!!二度と来るんじゃねぇぞ!!!」
小さな居酒屋の引き戸から叩き出された客に1人の少女が怒鳴り散らしている。見ればポニーテールの紅く長い髪と長身、明らかに未成年が何故こんな時間に?と思う前にそれは良く知る人物だったから声を失うしかなかった。
確かに紅蓮ほむらは貧乏だと言っていた。だが彼女の家が居酒屋をやっているなんて話は聞いていないし何よりいくら家の手伝いとはいえこんな時間に働かせて良い訳が無い。
どういった理由か真実を追求したかったが今は若返りの薬も服用していない為、大人の姿の美麗が声を掛けるなんてちぐはぐな真似は出来ないと諦める。しかし翌朝目が覚めると同時に迷わず彼女を呼び出す為のメールを送信していた。
「よっ!なんだなんだ?あたしに相談って?」
少し小さめの私服に身を包んだほむらが待ち合わせの公園に現れると空いているベンチに並んで座った後、まずは静かに深呼吸をする美麗。ここからは社会人として、大人としての力量が試される。
「ごめんね朝早くから。実は昨夜ほむらちゃんの姿を意外な所で見かけたから気になっちゃって。」
「へ、へぇ?!い、意外なところってどんな所なんだっ?!」
大人として火の玉ストレートを投げつけると大いに動揺するほむら。だが追撃の手を緩めないのが社会人だ。
「あのね、見間違いじゃなければ居酒屋『阿曽山』って所で見かけたんだけど、ほむらちゃんのお父さんって大工さんだよね?」
「えぇえぇええぇ?い、いいいや?!あたしんち居酒屋だよぉ?!」
「嘘。だって住所も苗字も違うもん。ねぇ、ほむらちゃんが言ってたバイトってあれの事なの?」
下手な嘘を看破する為に裏取りと下調べは十分済ませてある。これが大人のやり方だ。完全に逃げ道を塞ぎつつ直球勝負で尋ねてみるとほむらは顔色を七変化させながら目を泳がせて言葉にならない声を上げている。
それをしばらく見守り続けていると観念したのか。深い溜息をついていつものほむらが戻って来た。
「・・・ったく。見られたのならしゃあねぇな。そうだよ。あの店の店長とりんかの親父さんが知り合いらしくてね。んでりんかに紹介してもらったんだ。」
中学生がバイトをしている事など公に出来ないのはわかっているらしく、こちらの耳に顔を近づけると小声で白状してくれた。彼女から直接事情を教えて貰えた点については安堵したものの問題は放置されたままだ。
ほむらが貧乏だという話も聞いている。であればこれ以上口を挟むのは良くないかもしれない。今身に着けている私服もサイズが体に合っていないのだから想像は難くない。
「・・・誰かに言わないでくれって言ったら約束してくれるか?」
「当然でしょ?言われなくても誰かに教えるつもりもないし。でも酔っ払い相手は大変ね・・・もっと他のお仕事はないの?」
様々な不安要素が重なっているのでもっと普通の・・・と口に出してから気が付いた。中学生は普通働かせてもらえないだろうと。
「あそこはガラの悪い客しか来ないからな。そのお蔭で先生や他の人にバレにくいってりんかが言ってたし、あたしも遠慮なく拳が振るえるから結構気に入ってるんだぜ?」
「うーん、なるほど。」
納得は行くが彼女も女の子であり、その可愛さは日に日に増してきている。そこだけは気掛かりだったが貞操を売るような事をしていないのであればと自分に言い聞かせる。
しかし美麗も何か協力出来ないかと模索した結果、まずはその身を心配していつでも駆け込めるよう自身の住所を教えた。それからじゃれつくように腰に抱き着いて密かにそのサイズを確かめる。
着飾れとまでは言わないがせめて成長に見合った服を着て欲しい。なので彼女に似合いそうな衣服を見繕ってプレゼントしようと考えたのだ。
それでも新品は対象外である。お金の価値をよく知っているほむらは絶対遠慮して受け取らないはずだ。なのでこの後は古着屋を見て回ろう。どんな服が似合うかを脳内で想像していると最後の疑問が脳裏を過った。
「そういえばこれってあかねちゃんにも内緒にしてる?」
「もちろんだ!!知ってる人間が多くなるとバレやすくなるから絶対誰にも言っちゃ駄目だってりんかにも釘を刺されてんだよ。あ・・・でも麗美にバレたんだよなぁ・・・あいつに教えた方がいいかな?」
冷酷なだけではなく頭の切れるりんからしい考えを聞いて思わず感心した。人の口に戸は立てられぬという言葉通り、秘密を維持したければ関係者を出来るだけ少なくするのは今も昔も変わらないのである。
「だったら無理に伝えない方がいいわよ。りんか、ちゃんにも変な心配かけたくないし、ね?」
「うん、そう、かな?」
心配といった意味が伝わっていなかったらしく、ほむらが小首を傾げていたがここを詳しく掘り下げる必要はない。
「それよりほむらちゃんの服小っちゃくない?」
「うぐっ?!ま、まぁな・・・これ小学生の時のやつだしな。でも給料は別のとこに使ってるから服には手が回らなくて・・・やっぱりちょっと変かな?」
「うん。変よ。」
自然と嘘をつけるのは大人になったからか、女という性別からか。どちらにしても今回は噓も方便という使い方なのだから神様も罰を与えたりはしないはずだ。
更に女子中学生らしく、というか美麗の性格がそうなのだろう。忌憚なき意見をぶつけるとほんの少しほむらがしょげた表情で項垂れたものだから慌ててフォローに入った。
「じゃあさ!私のお姉ちゃんの服あげよっか?もう着ないって言ってたし私じゃ大きすぎるから困ってたのよ。」
「マジで?!あたし長女だからちょっと憧れあったんだよなぁお古。貰えるもんなら喜んでもらうけど、でもいいのか?」
「いいのいいの。じゃあ今日家に帰ったらお姉ちゃんと相談して明日にでも渡すね。あ、そうだ。ほむらちゃんのサイズも教えといてくれる?」
念の為先程計ったサイズと自己申告された数字を照らし合わせつつほむらと別れた美麗は元が可愛いほむらを何としてでもより可愛くして見せるという謎の使命感に囚われる。
後は突っ走るだけだ。翔子の時と同様ほんの少し背伸びした少女を演出すべく、古着屋では思った以上に可愛い衣服をどんどん買い漁ると翌日はほむらの家に押しかけては着せ替え人形のように楽しもうと意気込んでいた。
「いらっしゃい!」
「お、おじゃまします。」
貧乏というものに無縁だった美麗は思っていた以上の狭く年季の入ったアパートにまずは言葉を失いそうになった。
部屋は2つあり1つが父親の、もう1つに姉弟4人が暮らしているというのだから同情にも似た感情が沸き上がって来るもそれを急いで投げ捨てる。
ほむらは絶対憐憫などを求めていない。4か月も一緒にいればわかる事だ。なので思考も一緒に磨り潰して体外に投げ捨てた後美麗は別の驚愕に興味を向けた。
「あ!お姉ちゃんのお友達だ!いらっしゃいませ~!」
「あ~いらっしゃい~」
同じ部屋だから当然なのだがそこでほむらに似た小さな妹と弟が可愛くお出迎えしてくれたのだ。
「あら可愛いぃ!?お邪魔します!!ねぇ、お名前は?」
「ゆうらです!9歳です!小学4年生です!」
「えんぶ。6歳。2年生~。」
年齢や学年まで教えてくれるのは躾の部分が行き届いているからか。思わず抱きしめたくなったが流石に初対面の小さい子を怯えさせる訳にはいかない。
先程とはまた違う方法で心を押し殺すと気を取り直した美麗は早速両手いっぱいの紙袋を床に置いてほむらに見せてみた。
「まずは夏服からね!こっちはサマードレスっぽいの、でこっちはほむらちゃんに似合うと思って、元気なイメージがぴったりでしょ?」
まるでショップの店員ではないかと錯覚するほどテキパキとそれを床に広げて紹介していくと姉弟達も興味津々といった様子で眺めている。
「え、ええ?ド、ドレス?あたしにそんなのは・・・あ!これがいい!このジーパン!!いや~ジーパンってきつくなるとマジではけなくなるからさ!助かるよ!」
「駄目駄目!!そんなのは後ではけばいいでしょ!今はこっちの可愛いやつから来て見て!!ね、ゆうらちゃんもお姉ちゃんの可愛い姿見たいわよね~?」
「うん!お姉ちゃん絶対これ着た方がいいよ!!可愛くなれるって!!」
彼女の性格や言動から見るに妹や弟の意見には逆らえないはずという美麗の推測は当たっていたらしい。可愛い妹からの進言には困惑しながらもしぶしぶ着替えてお披露目してくれるとこちらの感情も天を突き破る。
「やっぱり!ほむらちゃんスタイルもいいんだから絶対可愛いって思ってた!!いや~これを選んで正解だったわ~!!」
叔母が姪に可愛い服を着せて喜ぶような、そんな口調になっていたがほむらは気恥ずかしさでそこに突っ込む余裕はなかったようだ。
「いやなんだよこれ?!ほぼ下着と同じじゃねぇか!つか麗美の姉ちゃんこんなの着てたの?!凄いな・・・」
今回は彼女の可愛さを引き立たせる為に様々なジャンルのものを選んできた。今袖を通しているキャミワンピもそうなのだが確かに胸元辺りの露出はほむらのイメージから遠い気はする。
しかし若さと可愛さを兼ね備えているのならこれくらいは着て欲しい。花の命は短いのだから。
その後も冬服まで用意してきた美麗の着せ替えコレクションは更に加速していく。真夏なのに何で?!といったほむらのツッコミをスルーしながら姉弟共々楽しんでいると。
「・・・あれ?その机の上のって・・・可愛いわね?」
すっかり緊張も解けて馴染み始めた頃、古びた机の上にある随分可愛らしいグッズに目が行くとつい言葉にしてしまった。
「あ!いや、あれも貰い物なんだよ!ち、ちょっとあたしらしくないだろ?でも大事な物だからさ!いつも持ち歩いてはいるんだよ!で、でも皆には内緒な?その、恥ずかしいじゃん?」
今日一番の慌てっぷりをみせるほむらにこちらも深入りする事無く適当な相槌で誤魔化したが、デザインこそ違えどあれと似たような物を昔美麗も持っていた。忘れもしない。あれは伝説の戦士『プリピュア』に変身する為のツール、デバイスだったはずだ。
まさか・・・?
またも自然とその核心に迫った美麗はその夜深く考え込む事から逃避すべく、あかねに可愛いほむらの写真を送りながら楽しくおしゃべりをして過ごした。
いつもご愛読いただきありがとうございます。
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あと登場人物を描いて上げたりしています。
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