水着と海―④―
今までも何度か彼女の部屋で飲んではそういう方向に行きかけた。そしてその体を見たり触ったりもしてきた。しかし白昼の下、水着での抱擁は暗人に新たな喜びと発見をもたらしてしまう。
それでも理性がはじけ飛びそうになるのを従弟の顔を見ては抑え込み、冷静さを装って翔子の様子を伺ってみると見慣れた泥酔姿に仕上がっていた。
「・・・酔っぱらっているのに激しく動いたからだな。追人、お姉ちゃんこんなだしもう帰るか?」
まだ時間に余裕はあったものの、パラソルの下で翔子を放っておくのも忍びない。それは追人にもわかったようだ。
「そうだね!また今度皆で来ればいいもんね!!」
小学生男子としてはぎりぎりまで遊びたかったに違いない。だが彼は父の影響を色濃く受け継いでいるのか非常に大人びた対応を取る事がある。
それが頼りにもなるし血は争えないんだなと微笑ましく思う事もあるが暗人からするともう少し子供っぽさを優先しても良い気はしていた。
「だな。プールでよかったら近くにあるしまた皆で遊ぼう。約束するよ。」
男と男の約束を交わしてから2人はてきぱきと片付けた後、シャワーを浴びて着替えるまではよかったのだがどうしても翔子だけは着替えすらままならなかったので仕方なく水着のまま後部座席に放り込む。
帰り道は彼女から漂ってくる海の香りを密かに楽しみつつ助手席の従弟と楽しく会話しながら車を走らせた。
追人を家に送り届けた時に丁度夕焼けが綺麗だったので引き上げたタイミングは良かったのかもしれない。
「すまんな暗人。いつも追人の御守りを頼んでしまって。」
「いえ、叔父さんにはお世話になりっぱなしですしこれくらいはお安い御用です。」
父が亡くなって以降その代わりを務めてくれた叔父、燃滓投治の奥さんも若くで亡くなっているのだ。であれば暗人も協力を惜しむ理由がない。
「じゃあな追人。」
2人と別れた後、一番大きな荷物を運ぶべく暗人は車を再び走らせる。しかしビーチから既に2時間以上は経過しているのに一向に目を覚まさないのは流石というか何というか。
マンションに到着しても寝ぼけた様子だったのでシャツと短パンくらいは着てもらうようお願いしてから先に荷物を部屋まで運んだ。
全てを終えてから車に戻ると辛うじて着替え終えた翔子が寝ぼけた様子で手をひらひら振っている。これも見慣れた姿だった為暗人も慣れた手つきで肩を貸すと先程の荷物と同じ要領で運び込む。
「さて、それじゃ僕も帰りますね。」
今日は早朝から運転、それから海で大いに遊んでいた為体力的にかなり消耗していた暗人は下心を見せる事無く別れを告げると翔子が腕に抱き着いてくる。
「待って待ってぇ!まだ呑み足りないのらぁ!」
「・・・わかりました。ではまずシャワーを浴びて来てください。翔子先輩、水着のまま帰ってきてるのでべたべたですよ?」
この時もまだ下心は鎮火状態だった。むしろ純粋にお酒の誘いが嬉しくも感じていた為、今夜はここで好き勝手にやらせてもらおうと考えたほどだ。
未だぼんやりしている翔子を浴室に押し込むと微塵の遠慮も見せずに冷蔵庫を開けて中を確認した後、簡単なおつまみをいくつか作ってテーブルに並べる。そして引き出しから自分用の充電ケーブルを取り出すとスマホに繋ぎつつビールを開けた。
「ふー!やっとさっぱりした・・・あー!!何で先に呑んでるのっ?!」
どうやら浴槽にお湯を張っていたらしい。随分長い時間お風呂に入っていた翔子が酔いを醒まして出てくるとほろ酔い気分でスマホをいじりながら我が家のようにくつろいでいた暗人を責め立てる。
「だって翔子先輩が誘ったんですよ?中々お風呂からも上がってこないし、今更遠慮するのも馬鹿らしいですしね。」
下心がない分普段以上に横柄な態度を見せるも彼女がそれに腹を立てる事もない。むしろ徐に近づいてきてこちらの胸元に顔を近づけてくると鼻を摘まんで眉を顰めて来た。
「ちょっと、あなたもお風呂に入ってきなさいよ!汗と酒の匂いがひっどいわよ?!」
「うわー・・・まさか翔子先輩に臭いで注意される日が来るとは思いませんでした。」
軽口で答えはしたもののこの発言は暗人の心にぐさりと突き刺さった。酔いも一瞬で醒めてしまった為スマホを置いて逃げるように浴室に駆け込むと慌てて浴槽に飛び込む。
日焼けをしていたせいか少し背中がぴりっと痛んだがその刺激が彼の感情に働いたのか。疲れと酔いに満たされていた心身は湯船から漂う甘い香りによって覚醒へと向かっていった。
(・・・入浴剤の香りってこんなんだったかな?)
先程までは翔子が入っていた浴槽の湯を手で軽くかき混ぜつつ、心なしかその粘度にすら彼女の何かが溶け込んでいるのではという非常にキモい発想が脳内を埋め尽くしていたが彼は童貞故仕方がないのだろう。
更に入浴剤さえなければごくごくしてもよかったのでは?などとネット民さながらの思考が脳裏を過ると流石に我を取り戻した暗人は湯船から出てきて冷水のシャワーを頭からぶっかけた後一心不乱に体を洗い始めた。
ただこの時はまだ本能の部分は目覚めずに、臭いと言われたショックを払拭する為に行動していただけだった。
「お待たせしました。海から帰って来てからのお風呂って最高ですね。」
思いの外リフレッシュ出来た暗人が上がって出てくると今度は翔子が簡単なおつまみを作ってビールを2缶平らげていた。
「でしょ?!私も思い付きでお湯を張ってみたんだけど考えたら海の近くって温泉多いもんね。皆海水でべたべたになった体と疲れをあれで一気に洗い流すのよ。いいわね~今度は一泊したいわっ!」
まだまだ呂律が回っている所をみると彼女も完全復活から呑み直しているらしい。となるといつものようなお楽しみタイムまで先は長そうだ。
こちらも完全復活した暗人が下心を隠しつつ彼女の前に座ると一先ず追人の御守りを無事終えた祝いとして軽く乾杯する。
「『アオラレン』って野生の存在がいるんだったらもう誰かを襲う必要なくない?」
しかし今日の翔子は随分とお酒を控えている。というのもやはり野生の『アオラレン』と初遭遇した事がかなり気掛かりだったようだ。
「そういう訳にはいきません。あれらは不確定要素が強すぎる上に遭遇する事自体が稀なのです。コントロールも効かないただの無法者とあればこちらから関与する理由はありませんからね。」
「うーん。でもさ、あいつらの中の『アツイタマシー』が許容範囲を超えたら爆発して手が付けられなくなるんでしょ?だったらそうなる前に・・・」
「翔子先輩。我々は『ダイエンジョウ』という組織の一員なのです。そのトップが方針をしっかりと定めている以上余計な事を考える必要はありません。」
今日の活躍も一般人への被害を考えての行動だった。余計なお節介というか正義感の強い女性というか、この辺りが元プリピュアたる所以なのだろう。
だが今はその立場ではないのだ。ここは幹部である自分がしっかりと言い聞かせておかねばまたはちゃめちゃな単独行動に走りかねないだろう。そう感じて少し強く諫めたのだが彼女はわかりやすく不貞腐れてしまう。
テーブルに突っ伏してビール缶の淵を人差し指でくるくるとなぞり始める翔子を見て暗人も口を噤むとスマホに手を伸ばす。
「追人君。今日楽しそうだったね。」
「えっ?あ、はい。そうですね。」
突然話題が180度切り替わったので思考が追い付かなかったまま慌てて答える。そんな様子を見て彼女は頬杖を突きながら可愛く笑いかけて来た。
「実は私の生徒が野生の『アオラレン』に襲われてたからさ。助けられて、ブラッディジェネラルで良かったって本当に思ったの。」
「・・・そうでしたか。」
それで今夜の翔子は妙に熱弁を振るっていたのか。言い終えた彼女も機嫌が直ったらしくまた美味しそうにビールを呑み始めたのでこちらも体に走っていた緊張感を解く。
こうして2人はいつも以上の気怠さと酔いに溺れていくのだろう。そう思って大いに気を緩めていると彼女はゆっくり立ち上がってベッドに横たわった。
「暗人君もおいで。」
『何故?!』
とは言わない。意味は分からないがお誘いであれば大歓迎なのだ。余計な事を口に出さずに静かに近づいて行くといつもと違う可愛らしさに心を奪われていく。
最初は下心しかなかった。いや、今の今までも下心しかなかったはずだ。なのに横たわってこちらにいたずらっぽい笑顔を向けてくる翔子を見てるとそれ以外の感情から心臓がドキドキと脈打つのを確かに感じてしまう。
「ね、私の事好き?」
「・・・・・はい。」
「私の事、大切にしてくれる?」
「・・・・・はい。」
「じゃあ結婚してくれる?」
「・・・・・はい。」
「ほんとかなぁ?」
心の中ではか細い困惑の叫びを上げつつまるで尋問されているのでは?と思われるやり取りを何度か交わす。というか何故自分は全て『はい』と答えてしまったのだろう。
彼女は父の仇なのだ。大事にするなんて以ての外だし、ましてや結婚なんて亡き父も叔父も許すはずがない。
だが暗人の葛藤とは裏腹に翔子はとても満足そうな、それでいてこちらの心を見通しているような目でこちらを見つめてくる。
「じゃ、今夜だけは暗人君に許しちゃう。」
「・・・・・い、いいんですか?」
良い雰囲気には見えなかったしきっかけも思い浮かばない。彼女が泥酔しているならまだしもまだ意識はしっかり保っているのに何故だ?
疑問というよりは不思議で仕方なかったのだが翔子がこちらの手首を掴んでベッドに引っ張った瞬間それは彼女を求めたい一心に塗り替えられた。
そこからは早かった。少し見つめ合った後軽いキスを交わしてからもう一度見つめ合うと濃厚な接触に移行する。
初めて肌を重ねた時とは違って今夜は遠慮がいらないのだ。ならば暗人は夢にまで見た彼女の全てを感じる為に感覚と感情を惜しみなく解放するとまるで獣のように朝まで肌を重ね続けた。
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