水着と海―②―
最終的にはエステのスタッフさんからも太鼓判と応援を貰ったので多少落ち着く事は出来たものの前日の夜は不安で一杯だった。
それでもある程度の睡眠をとって今日という日を迎えられたのには確たる理由がある。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
「翔子お姉ちゃん!!今日は一杯楽しもうね!!」
「おはよー・・・2人とも元気ねぇ・・・」
今まで着た事のない大人の魅力と美しさを強調する水着姿を何度も確認しつつ、何故ここまで悩まなければならないのかと疑問を追求していった結果、一つの光明が見えたのだ。
前提として不特定多数の視線が自分に集まるのだろうか?いや、普段から飾りっ気のない自分など見向きもされない可能性が高い。
では誰に見られるのか。そして恥ずかしいのか。答えは追人と暗人だ。しかし追人は小学生であり暗人・・・は一夜の過ちを犯した経緯がある(実際は未遂)もののあれ以降は行為に及んでいない。
今では開き直ったかのように体を求めてくる事があるのでその際はきつめに断りを入れているものの何故か打ち上げをした翌日には2人が、もしくは片方が半裸や薄着になって目を覚ます事が多い。
つまり暗人からすれば翔子の存在など都合の良い女程度にしか思っておらず、何度もその裸体や半裸を見ているのでそこに過剰な反応はしないだろうと考えられる。
であればこちらも今更恥ずかしがる必要はないはずだ。むしろ羞恥を感じるだけ無駄だと断言しても良い。
この結論が出てからは随分気が楽になった。慣れないエステに通ったのは何だったのかと虚無感にも囚われた。
だが車中に流れるアニソンが耳に届くとそれらの苦労も全てが浄化される。これは追人が好きなアニメのものらしい。
(そうよ。今回は彼のお守りが一番の目的なんだし自分の事は後々!!でも炎天下で飲むビールは・・・ぐふふ。)
水着の悩みをすっかり洗い流した翔子は何を飲んで何を食べるのか、そして追人と何をして遊ぶかで脳内を埋め尽くすと道中は鼻歌交じりに歓談で気分を上げていた。
海で遊んだ記憶は10年以上前であり、あの頃とは年齢も一緒にいる人間も違う。
「あら~・・・海ってこんなんだったっけ?」
高校生の時に友人達と遊んだビーチはもっと人の少ない小さな場所だと記憶している。その時は楽しむ事に夢中だったので正確かどうか定かではない。
「ある程度の規模じゃないと海の家すらありませんからね。提案した以上きっちり下調べはしてきました。」
確かに大きなお店が5、6件はありどれも賑わっている。白く柔らかい砂浜には沢山のパラソルにビニールシートが等間隔で展開されており家族連れ、恋人同士や友人同士など様々なグループが海を満喫している様子だ。
熱すぎる日差しや眼前に広がる光景からも海に来たのだと実感は出来たがやはり独特な香りは驚愕していた感情を大いに奮い立たせる。
「よしっ!!早速場所取りよ!!」
居ても立ってもいられなくなった翔子は追人の手を引いて早速浜辺へ降り立つ。ちなみに重たい荷物は全て暗人任せだ。
個人的には海の家に近い方が楽しめそうだったが今回の最優先はあくまで追人のお守りなので彼の希望に沿ってなるべく海に近い場所を選ぶとそこにシートを敷いた。
そして暗人がクーラーボックスを置いた後パラソルを開いている間に翔子は追人とはしゃぎながらTシャツと短パンを脱ぎ捨てる。その時1人の視線が釘付けになっていたのだが心が開放感で一杯だった為それに気づく事はない。
「あ!浮き輪浮き輪!!あとビーチボール!!」
ある程度の道具は用意してきた翔子は早速ぺちゃんこのボールに息を吹き込みつつ足では空気入れを踏んで浮き輪も同時に膨らませる。
「俺も手伝うよ!!」
追人も高揚感を爆発させて衣服を全部脱ぎ捨てた後浮き輪の空気入れ作業を代わってくれた。以前から感じていたが彼は時々小学生とは思えない程に自然とこちらをエスコートしてくれる事がある。
それは家庭内の教育が行き届いているのか、父であるネンリョウ=トウカのジェントルマンチックな性格を引き継いでいるからなのか。どちらにしても下心を感じない為毎回翔子も素直に喜べるのだ。
「・・・僕も手伝います。」
対してこちらは下心をちらつかせた暗人がビーチボールに手を伸ばそうとしてきたが既に膨らみ終えた後だ。
「残念!もう終わったわ!!さ、遊びましょっ!!あ、暗人君は荷物番お願いねっ?」
幸い童心に返っていた翔子がそれに反応する事は無く、約束通りお守りという名目に心の全てを委ねると2人はそのまま海に駆けて行った。
それにしても、まさか海で遊ぶのがこんなに楽しいとは。
浮き輪を使って波に揺られたり浜辺ではビーチボールで遊んだり追人を砂に埋めたり埋められたりと何をやっても面白おかしい。
これは追人の影響も大きいかもしれない。彼は純粋に心の底から楽しんでいる。なのでこちらも素直に感化されていたのだ。お陰でお酒や食事の事などすっかり忘れていた。
「一度休憩されてはどうですか~?!」
お昼前まで遊んだ2人に暗人が手を振って呼んでくれたのでやっと時間の概念を思い出す。同時にお腹が減っている事にも気がついて追人と笑い合う。
「もうそんな時間か~。それじゃ海の家に行ってみよっか!」
ここまで楽しいのであれば今日はお酒はいらないのかもしれない。だが栄養補給は必要だろうし、何より最初見た時から気になっていた浜焼きの類は絶対に頂きたい。
「俺焼きそばとかとうもろこし食べたいなぁ!!」
「それもいいわねぇ・・・よし!全部食べましょう!!」
小学生らしい提案に翔子も一瞬迷ったが今日は遠慮する必要はないだろう。最悪食べすぎで動けなくなっても移動は全て暗人に任せられるのだから。
お守りという名目のレジャーだったが来てよかった。既に達成感を得ていた翔子はこの昼食も全力で楽しもうと息巻く。
ただ海の家はどこも大繁盛していた為店内で食べるのは難しそうだった。
仕方なく全てをテイクアウトで購入したのだが少し頼みすぎた為に皆の両手を使っても1回では運べそうに無い。なので翔子は出来上がった商品から先にパラソルの所まで運び始めた。
「お姉さんっ!お一人?俺らと遊ばない?」
「お友達も一緒なら是非呼んでよ!俺ら何でも付き合うよっ?!」
ところがいきなり見知らぬ男性らに声をかけられて一瞬あっけにとられる。だがこれでも彼女は28歳。それなりの人生経験を積んできたのだからこれがナンパというのはすぐに理解した。
「ごめんなさい。私友人と来てるの。」
しかしコスプレイベントの時とはまた違った声のかけられ方をされて少しびっくりした。しかも断ったはずなのに何故か彼らは気さくに話しかけつつついてくる。
「あれ?でもここ誰もいないじゃん!もしかして他の誰かと遊んでるのかも?!」
「だったらお姉さんも俺らと楽しんでもいいよね?!実はちょっといったところにクルーザーも用意してるんだよ!そこに美味しいお酒もあるからどう?!」
クルージングに美味しいお酒と聞いてほんの少しだけ、ちょびっとだけ心が揺れたもののそもそもナンパに着いていく道理がない。
何せ今日一番の目的は追人の御守りであり、この後は浜辺で遠慮なく頂ける海の家グルメの数々が約束されているのだから。
「そんな訳ないでしょ。あ、ほら、あなた達の後ろに・・・暗人君。早かったわね?」
サザエのつぼ焼きはもう少し時間がかかるかと思っていたがそれと焼きそばに焼きとうもろこしを持った暗人と追人がすぐ近くまで来て突っ立っている。
しつこかった連中も小学生の追人を見るとすっぱり諦めがついたのか、一瞥した後そそくさと帰っていく。それはいいのだが何故か暗人が少し怒っているような気がしたのは気のせいだろうか?
「翔子お姉ちゃん。今のってナンパ?」
「うーん。そうね。多分。私もあんな声のかけられ方したことないからよくわかんないけど・・・」
「クルーザーと美味しいお酒につられなくてよかったです。」
「聞こえてたの?!っていくら私がお酒好きでも今日は追人君の為に来てるんだから!!そもそもそんな軽い女じゃないし!!!」
慌てて反論したもののお酒の勢いでつい肌を重ねてしまった青年が目の前にいるのだと自覚すると思わず顔を逸らす。
それから何故か一気に自身の水着姿への羞恥心が爆発してしまいそうになったので、慌ててパラソルの下に駆け込んだ翔子はそのままクーラーボックスからきんきんに冷えたビールを取り出すと誤魔化すようにぷしゅっと音を立てた。
「さ、さぁさぁ!その話はいいからお昼頂きましょ!!」
今更隠すのもおかしな話なのでなるべく自然に振舞いつつ美味しい浜焼きの数々とビールを堪能する翔子であったが何故かその味が想像以上に美味しく感じたのは様々な要因が作用していたのかもしれない。
普段ほど呑んだ訳ではなかったがアルコールを摂取した以上暗人から泳ぐのだけは禁止され、追人が海に入る時には翔子が留守番をしながらその後も3人は仲良く海水浴を楽しんだ。
(・・・こんな事なら何泊か考えても良かったのかも。)
暗人と追人の従弟同士が楽しく海ではしゃいでいるのを眺めつつそんな事を考えていると不意に『ダイエンジョウ』の呼び出し音が耳に届く。
「えっ?!」
普段からほぼ外す事のないブレスレットを見てみると何故か『アオラレン』の反応とそのエネルギーが充填完了した旨が報告されていた。
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