水着と海―①―
「翔子先輩。今度海に行きませんか?」
「・・・はい?」
毎週木曜日に行われる定例会議。それに遅刻や無断欠席がないようにネクライトが毎回迎えに来てくれるようになって2か月程経った頃、突然そんな提案をしてきたので翔子の口がぽかんと開いてしまった。
とりあえずいつものように部屋へ通してから冷たい麦茶を用意してクッションに身を沈めた後まずはその経緯を聞いてみる。
「単純な話です。実は追人のお守りを頼まれたので是非翔子先輩にも付き合ってもら・・・追人が是非先輩も一緒にとせがんでまして。」
確かに学生達はそろそろ夏休みに入る。翔子も教諭としての仕事はかなり少なくなるし時間は十分とれるだろう。
「でもブラッディジェネラルやネンリョウ=ツイカの任務はどうなるの?」
「ご心配なく。お盆を挟んで2週間程完全に休業します。」
プリピュアの敵対組織とも思えない真っ白な業務形態に思わず喜びの声を漏らしてしまったがここにきて初志を思い出す。
自分は『光堕ち』してプリピュアを目指していたはずだ。
なのにいつからか完全に『ダイエンジョウ』の手先となって任務を真面目にこなしている。おかしい。こんなはずでは・・・だがこれには明確な理由があった。
1つは敵対しているとはいえプリピュアと接触出来ている事。彼女らの可愛くも美しい姿を間近で拝めるという立場は敵味方に関係なく翔子を童心に帰らせていたのだ。
もう1つは『ダイエンジョウ』としての仕事にストレスを感じない事。プリピュアの邪魔をする組織な為てっきりもっとあくどい事に手を染めるのかと覚悟していたのに蓋を開ければ標的は難ありの人物ばかり。
そこに慈悲の心など芽生えるはずもなく『アオラレン』に変身させた後はストレスを発散させるという優しさすら感じる行為を促し、最後は変換された『アツイタマシー』を回収して任務は終了だ。
時々プリピュアに譲ってあげてもいいのかな?と脳裏を過る場合もあるが相変わらず口も態度も悪い彼女らには中々同情出来ない上に戦いを手加減するというのもまた純粋な翔子にとっては難しい選択だった。
(でもピュアマグマだけは可愛い!うん!間違いない!!)
最後の理由はやはり社会人としての責任からだろう。高給を貰っている以上それに見合った働きはしたい。根が真面目故の弊害が渇望を遮断していたのだ。
(・・・遊んでいる場合じゃないわ。長期休暇中はプリピュアに堕ちる為に何か対策を考えたり行動を起こしたほうが良い、絶対そうよ!)
歴代の情報を調べてみると『光堕ち』というのは大抵が夏休み前までに起こっている。そう考えると既に期限一杯だ。
未だ彼女らの正体も掴めていないので接点といえば戦闘時にしかないのにその機会も休業で奪われるとなると後がないにも程がある。
「・・・あのね、ネクライト。私その、休暇を使ってやりたい事が・・・」
「ちなみに条件として車は僕が出しますし、先輩はビーチでのアルコール、及び好きな食べ物を心行くまで堪能して下さって大丈夫です。」
「・・・・・・・・・・・・しょうがないわねぇ!」
心は間違いなく純粋で14年前と変わらない。だからこそ目の前にぶら下げられたにんじんに条件反射で飛びついてしまった。
「では早速追人にも連絡しておきましょう。彼も喜ぶと思いますよ。」
ネクライトも心なしか声を弾ませていそいそとスマホをいじっているので今更断る勇気は持ち合わせていない。それに1日だけなのだからさほど心配する必要も無いだろう。
『光堕ち』対策は残りの日程で頑張ればよいのだ。彼らと海へ行くのも普段のご褒美だと割り切ればよい。前向きになるよう何度か暗示をかけるとやっと翔子も気分が乗ってきた。
ところがすっかり失念していた件がある。それは彼女自身がインドア派でありここ十年は水着などを身に着けるどころか購入すらしていなかった事を。
「まさか翔子ちゃんが水着を買いたいなんて言う日が来るなんて・・・私感動だよぉ。」
これまで学校行事以外に肌を露出させる機会など中高時代に皆で遊んだ時かコスプレ会場くらいしかなかった。
よってレジャーとして身に着けられる物を何も持ち合わせていなかった為この日は黄崎 愛美と氷山 美麗に頼んで一緒にショッピングに来た訳だ。
「本当にね。ところでお相手はやっぱりあの後輩くん?」
夫との関係がどうなっているのかわからないが気分転換してもらえればと誘った美麗も想像以上に楽しそうで安心する。
「やっぱりってどういう意味よ?言っておくけど彼の従弟君がどうしてもってせがむから仕方なく、だからね?!」
以前彼と何か特別な関係になる事は絶対にないと断言していたのでこちらもそれ以上反論するつもりはなかった。
だが愛美も翔子が泥酔していた時に暗人青年とは出会っているらしく、彼女もまた妙な勘繰りを入れてくるが軽くあしらってこの話は幕を閉じる。
「とにかく今は水着よ水着。無難なやつでいいから何かないかな?」
昔から化粧やおしゃれも最低限の最低限しかしてこなかった翔子には流行り廃りの感覚は皆無だ。なのでおしゃれ番長でもある2人に全てを任せようと頼りにしていた。
「翔子ちゃんのスタイルならこれくらいかなぁ?」
早速大通りに面した行きつけの店に案内されると愛美は優しい桜色のものを見繕ってくれる。その色合いはとてもよかった、のだが。
「あの・・・私従弟君の御守りに行くの。わかる?こんな・・・こんな・・・?」
ビーチでの美味しいお酒と食事も期待していたが一番の目的は追人君の御守りなので周囲から浮いた存在にさえならなければ良い。
そう考えていたのに彼女は随分と布地の少ないものを嬉々として勧めて来たので困惑から言葉を失った。
「それは攻めすぎじゃない?これくらいなら丁度いいでしょ?」
ブレーキ役としても期待していた美麗が持ってきたものは白を基調にしたものだ。うん。イメージ的には悪くない。だが相変わらず少し過激に思えたのは翔子のセンスが欠落しているせいだろうか?
「・・・あのさ。これもちょーっと露出が多くない?」
なのでまずセパレートタイプから離れて欲しいと提案してみる。誰かに見られても恥ずかしくないという条件を設けてはいるものの見せつけるつもりは一切ないのだ。
ところがこの考え自体がおかしな話という事らしい。2人は顔を見合わせると深く頷いてまずは愛美から口を開く。
「あのね。海とかプールって泳ぐ所だけじゃなくて開放感を得る場所でもあるんだよ?そんな特別な場所に出向くのに普段通りの衣装を選ぶなんてナンセンスだよぉ?」
「そうそう。それに泳ぐのも布が多いと余計に大変なんだからね?機能的に考えてもこっちの方が絶対にいいんだって。」
そうなのか?本当にそうなのか?スクール水着などはワンピースタイプだし競泳などに使われるものも決してセパレートしていないぞ?
「あれはまた別。そんな事言うのなら最初から学校で使う水着を持っていけばいいじゃない?でも翔子ちゃんもそれは何か違うって思ったからこうやって買い物に来てるんでしょ?」
愛美のド正論にぐうの音も出ない。確かにそうだ。言葉では説明し辛いが何となくそれでは駄目だと思ったからこうやって友人2人に付き合ってもらっているのだ。
「・・・そうよね。うん・・・でもちょっと恥ずかしいからもう少しだけ控えめなのがいいなぁ。」
こうして2人の意見とこちらの妥協案をすり合わせつつ辛うじて羞恥心をギリギリ抑え込める水着を購入すると、3人は昔と変わらずはしゃぎながらショッピングを思う存分楽しむのであった。
だが慣れない買い物をした時、人は必ず帰宅してから冷静さを取り戻して妙な後悔に苛まれるものだ。
「・・・あれ?これってこんなに・・・あれっ?!」
確かにもっと布の多いタイプをとお願いしていた。それに愛美と美麗も応えてくれていた。なのにいざ自室でその姿を確かめるべく身に着けてみるとどうにもおかしい。
お店でも試着して確認したはずなのに何故か多すぎる露出が気になって仕方がないのは何故だろう。
「・・・これを着て・・・海に行くの?私?」
気持ちの整理が一切追い付かなかったがともかくこの姿を公衆の面前で晒すのであれば絶対にムダ毛の処理だけは入念に行わねばならないだろう。
しかし考えれば考える程不安になってきた翔子はその夜仕事中の愛美に泣きついて後日彼女から紹介してもらったエステに数回通うはめになるのだった。
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