疑惑―⑥―
自身の職場を襲ったりネクライトと野球拳をした翌週の日曜日、今時乃中学校では体育祭が行われていた。
6月にしてはやや暑かったもののお天気は快晴で絶好の興行日和だ。翔子も担任として教師間のレースに参加する為事前にストレッチを済ませる・・・済ませる・・・・・。
「あの・・・火橙さん?先生に何か用?」
それは今週初めからずっと感じていた。何故か担当クラスの火橙あかねが事ある事にこちらをずっと睨みつけてくるのだ。
教師としてこんな思考に至るのは良くないことかもしれないが彼女には一度無慈悲な腹パンを貰っているので正直あまり関わりたくない。
(も、もしかして私また何か機嫌を損ねるような事を?!)
あかねは小学生の頃から空手を習っていた為小柄で華奢な見た目以上に強いのだ。翔子だって教師以前に一人の人間、痛い目に会いたくないし会おうとは思っていない。
「・・・い、いえ・・・その・・・何でもありません!」
だがそのお蔭かこの一週間で火橙あかねという子がどういう性格なのか、少しだけ掴めた気がする。
まず彼女1人だけの場合だととても引っ込み思案で大人しい。最近転校してきた氷上麗美といる時は無邪気な中学生の顔を見せ、紅蓮ほむらと一緒にいる時は主従に近いものを感じる。
そして蒼炎りんかとはあまり仲が良くないらしいが、彼女の場合全体を見渡しても仲の良い生徒は紅蓮ほむらくらいだ。
(流されやすい性格なのかな?だったらもっと友達を選んで・・・ってこんな考え方は教師失格よ?!)
自分だって夜のお仕事をしている親友がいる。それこそ保護者が知れば何を言われるかわかったものではないが彼女を良く知っているし大好きなのだから周りにとやかく言われる筋合いはない。
人生の中で最高のひと時を共に過ごし、共に戦ってきた盟友にして親友でもあるのだ。これはプリピュア経験者というごく限られた人間にしか理解してもらえないのだろう。
それにしても体育祭当日までこちらも彼女を観察していたが本当に何なんだろう?話しかける訳でもなく怒りをぶつける訳でもない。
仲の良い友人と一緒にいる時以外はいつも翔子を睨みつけてくる。いや、日が経つにつれて睨まれているというよりはむしろ見つめられているのではと考える様になってきた。
つまり・・・
(・・・まさかそういう事?え?ええ?でも先生と教え子だし同性だし・・・い、いや。多様性は尊重すべきよね?!)
思えば昔から親友達にもそういった話は聞いていた。特に司は同性に好かれやすい。だが本人は異性愛者でありその好みが年上だというのだから世の中上手くいかないものだ。
次いで美麗も多少そういった話があったらしい。彼女のクールビューティな部分も女性が惹かれるのかもしれない。
そう考えると自身は同性に好かれるような部分があるのか疑問に思う。まさか歳を重ねて大人の魅力が出て来たのだろうか?
「先生。大人の魅力って何ですか?」
またも思考がそっちに突き進んでしまっていた翔子は黒板に書いた文字を消しつつ体育祭のスケジュールを書き直す。だがクラス内で多少の笑い声が木霊する中火橙あかねだけはこちらを真剣に見つめて来ていた。
金曜日にはいつもの任務もこなし、先週とは打って変わって自由に振舞うプリピュア達を軽く蹴散らした翌々日。
皆が体操着に着替えてグラウンドでの開会式が行われていても彼女はこちらをじっと見つめて来ていた為翔子もこの日に決着をつけるべく遂に行動を起こした。
「火橙さん?ちょっといいかな?」
あれだけずっとこちらを眺めてくるのに声を掛けられると小さな体をびくっと反応させる。まるで小動物にも似た庇護欲が芽生えそうになるがこれから残酷な話題をするのかもしれないのだ。
教師らしい表情を崩さずに心を落ち着かせた翔子は早速人気の少ない場所に移動すると火橙あかねを真っ直ぐに見つめ返した。
「火橙さんって最近ずっと私の事を見てるわよね?何かあるんでしょ?先生に話してみて?絶対に怒ったりしないし誰にも言わないって約束するから。ね?」
こちらから目を合わせようとすると視線を泳がせて体をもじもじさせている分にはとても可愛げを感じる。これが恋する乙女か・・・内心悶えそうになるのをぐっと堪えてその返事を待っていると小さな口と声が少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「あ、あの・・・先生って・・・その・・・コスプレ・・・とか、やってるんです、か?」
「・・・・・・・ん、んんん~~?こ、こすぷれ?せ、先生初めて聞く言葉だな~?」
完全に油断していた。まさか自身の秘密に関わる話題を振られるとは。心のベクトルは一気に真逆の方向へ振り切ると気温からは考えられないほどの冷や汗が体中から湧き出てくる。
しかしこの子、一体どこからその情報を仕入れたのだろう?現地往復時には帽子とメガネ、マスクを掛けている為絶対に身バレしないはずだしレイヤーネームも・・・
いや、レイヤーネームはストレートに『ピュアレッド』なのだがそもそも彼女が本当にピュアレッドだった事など誰も知らない。何も問題ないはずだ。
「で、でも!そ、その・・・私の知り合いから教えてもらったんですけど。ま、毎年『ピュアレッド』っていう人がイベントに参加してるらしくて。そ、それが先生に似てるかな・・・って。」
あかん。これはあかんやつだ。その知り合いとやらを問い詰めたいがまずは何としてでも誤魔化し切らねばならない。
「う、う~ん。きょ、教師って忙しいのよねぇ?毎日必ず残業があるし他にやらなきゃいけないこともあるし?イ、イベント?だっけ?そんな衣装を作る時間もないくらいに忙しいっていうか・・・」
テンパリすぎて墓穴を掘るような発言をしてしまったがそれに気が付かず今度はこちらが大いに眼を泳がせていた。というかこれはもう身バレ確定、後は詰められるのを待つのみなのでは?
「あ!いた!!翔子お姉ちゃん!!」
「あ、あれ?!追斗君?!それにネク・・・暗人君も?!ど、どうしてここに?!」
そんなタイミングで校舎の影にいた2人を見つけてくれた事にも声をかけてくれた事にも感謝しかない。理由は置いておいてまずは火橙あかねから距離を取るべく小走りで2人に駆け寄る。
「どうしてって。今日は先輩の学校で体育祭があるからって教えてくれてたじゃないですか。これが終わったら一緒に食事もするんでしょう?」
いや、そんな約束はしていない。していないぞ?ちなみに昨日は任務後もお酒を飲んでいないので記憶は確かなはずだ。
「あ、あの?先生?本当に先生がピュアレ・・・」
「あっと!そうだったわね!!あ、ご、ごめんね火橙さん!この人私の大学の後輩なの!!それでこっちはその従弟ちゃん!!」
「こんにちは!俺燃滓追斗!!小学六年生です!!よろしくお願いします!先輩!!」
自身より年下の男の子に元気よく挨拶されると火橙あかねは引っ込み思案な性格を全開にどぎまぎし始めた。今しかない!!
「じゃ、じゃあ火橙さん!今日の体育祭、怪我だけはしないようにね?!」
辛うじて先生っぽい言動で締めると翔子はネクライトと追斗少年の手を引っ張って逃げるようにその場を後にした。
「助かった!いや、本当に助かったわ!!ありがとう2人とも!!」
まずは2人に心の底から感謝を述べると喜び勇んで思いっきり抱きしめる。だがこれはやり過ぎたかもしれない。何せネクライトは送り狼の顔を持ついやらしい男性だ。また変な勘違いをさせては自身の身が危なくなる。
「えへへ!暗人にいちゃんに言われた通り自己紹介したけどあれでよかった?」
「ええ。流石追斗。ハキハキとした言動のお蔭で翔子先輩は九死に一生を得られました。」
あの自己紹介にもちゃんと意味があったのか。通りで上手く切り抜けられた訳だ。
「ところで本当にどうしたの?何で2人ともこの学校に?」
「いや、だからさっき言ったじゃないですか。体育祭が終わったら一緒に晩御飯を食べましょうって。」
「・・・・・え?わ、私そんな約束してた・・・かな?ごめん!覚えてない!でもいいわ!行きましょう!!」
身バレ阻止の報酬としては安すぎるくらいだ。今日は目一杯ごちそうしなければならない。
「いえ、約束はしていません。僕と追斗がヒマだったものですから押しかけて来ました。」
そう決心していたのに次の言葉を聞くと体中の力が抜けていく。いやいや、それでも今回の偶然には大いに感謝すべきだろう。
だが翔子は教師という立場だった為、片付けが終わってからの食事はかなり遅い時間となってしまったがそれでも飛び入り参加で追斗が走ったりネクライトが翔子と二人三脚をしたりと充実した一日を過ごせたのだ。
心身に幸せを一杯詰め込んだ3人は食事を終えた後も最後まで笑いながら帰路に着いた。
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