疑惑―⑤―
自身の職場を戦場に変えるという指令には大反対したのだが何やら巨大な圧力が掛かっていたらしくネンリョウ=トウカ閣下も頭を下げて頼み込んできていた。
更にネクライトからも被害を最小限に抑えるべく様々な対策を提案してもらえたので今回だけはと仕方なく任務に当たったのだ。
「かっかってねくらいとのおじひゃんでひょ?ついかくんもいるんだから2人でなんとか説得してほしかったにゃぁ・・・」
子供がいる手前今夜は食事メインで考えていたのにやはり中学校を襲った事実はかなりのストレスだったらしい。息をするかのように生ビールを3杯ほど呑み干していたが量は抑えている。なのでいつもより意識はしっかりと保てていたはずだ。
しかし愚痴だけはどうにも止まらずつい零してしまったのだがネクライトは普段と変わらぬ様子で、そして追斗は優しく慰めてくれた。
「俺よくわかんないけど辛い事があったらそれを忘れる位楽しい事をすればいいんだよ!」
この年齢で女性に気遣いが出来るとは何と立派なご子息だろう。きっと将来は奪い合いになるほどの男性へと成長するに違いない。
「ありがとぉ~ついとくんはかわいくてすなおですてき!!」
酒臭い三十路前の女性が抱き着いてきても嫌な顔1つしないのは追斗も彼女を慕っているからだ。実際彼は幹部としての仕事がほとんどこなせていない。
それでもネンリョウ=ツイカとして頑張っているのは彼自身のやる気と父であるトウカの教育方針が影響しているらしい。
「・・・1人の生徒さんが何故か逃げ遅れていたようですが避難する時間は十分に稼げていたのです。イレギュラーな部分には目を瞑りましょう。」
一応ネクライトも慰めてくれているのか。彼らしい物言いに思わず吹き出してしまったが悪い事をしたかもしれない。
「でもありがとぉ!わたしらいしゅうもがんばるね!」
店に入る前から感じていたが今日のネクライトは少し機嫌が悪いようにみえた。なのでここはしっかりと言葉で感謝を伝えておこう。
そうすればまたこれからも美味しいお酒に付き合ってくれるはずだ。
その夜は千鳥足にこそならなかったもののネクライトは心配だという事で、追斗は彼女の部屋を見てみたいという理由で自室まで送り届けてくれる。
だが時間はまだ早いし正直飲み足りない。悩む判断力を持ち合わせていなかった翔子は2人の帰り際にネクライトの腕を掴んで引き寄せるとこっそり耳打ちする。
「まだのみたりにゃいの。よかったらついと君をおくったあとでわたちと家呑みしにゃい?」
するとやや不機嫌そうだったネクライトが随分と上機嫌になったのだから驚いた。でもこれには納得する。
結局の所今夜の食事は翔子だけでなく従弟の面倒までネクライトが見ていた。普段以上に気を配っていた為満足に楽しめなかったのだろう。
(悪い事しちゃったなぁ・・・)
すぐに反省した翔子はその夜部屋に戻って来たネクライトを労うべくご褒美用の少し高級なビールを用意すると彼の喜ぶ顔を想像しつつわくわくしながらその時を待っていた。
一瞬だ。一瞬だけ彼と飲んでいた記憶はある。
普段は朝日が昇るという当たり前な事象に何かを感じる事は無い。しかし毎回記憶が曖昧なのはいい加減呑み方を見直したほうがよいのかもしれない。
結果今朝は2人が半裸の状態で同じベッドに寝ていたのだがこの状況は既に何度か経験している。
衣替えを終えていた為薄手の羽毛布団に身を沈めつつ仰向けでやや豪快に寝入っていたネクライトを眺めながらまずは自分の着衣について探ってみた。
うん。下着は身に着けているから何もなかったのだろう。だが少し布団をめくって彼の体を見てみると・・・
「・・・何でネクライトまで脱いでるのよ・・・」
いや、ワイシャツのまま寝るというのも酷だ。寝やすさを求めるべく上半身だけ肌着とかであればまだ納得はいく。だが今の彼はパンツ一丁らしい。
「う、うーん・・・あ、あれ?ここは・・・?」
翔子のツッコミで目が覚めたのか、ゆっくり体を起こしたネクライトは状況を全く読めていない。これは今までにないパターンだ。
「おはようネクライト。ところで何で私と一緒にあなたが寝てるの?襲った・・・形跡はないみたいだけど?」
「え?ほ、ほんとだ・・・いっつつ・・・き、きもちわるい・・・」
どうやら昨晩は珍しく二日酔いになるほどネクライトも酒を飲んだらしい。
「・・・人生で生まれて初めて二日酔いというものを経験しました。ちょっと待ってくださいね・・・昨夜・・・何してたかな・・・」
翔子には縁のない話なのでその辛さは理解出来ないが友人達がそれを患った時に彼女が作ってあげるものはある。
「ちょっと休んでて。私買い物してくるから。言っておくけど部屋の中を漁っちゃダメよ?」
半裸如きでは狼狽えなくなってしまった自分に気づく事無く、翔子は目の前で普段着に着替えると部屋を出て近場のスーパーに足を運んだ。
そして買ってきた食材を素早く下処理してからあっという間にしじみの味噌汁と納豆、それに仏壇へお供えする程少量のご飯を完成させる。
「はい、どうぞ。ってまだ服着てないの?!」
彼女が料理をしている最中も気持ちが悪いという事でベッドに身を沈めていたので気が付かなかった。だが顔色と表情を見ると強くは言えない。
「す、すみません・・・休みながら昨夜の事を必死で思い出していたものですから・・・」
どうやら以前の過ちがあって以来、彼も大いに反省しているらしい。翔子が何もなかったと判断したのだから動かない頭を無理に働かせなくてもいいのに。
「いいわよもう。昨日は何もなかったんだから大丈夫大丈夫。それよりこれ食べてゆっくり休んでね。」
「い、いえ・・・思い出しました。昨日の・・・地獄のような出来事を・・・」
言うに事を欠いて地獄とは一体。しかし真っ青な顔色の原因はそれなのか?気になった翔子はテーブルに向かい合って座るとその内容を少しずつ尋ね出した。
「昨日って呑み直す為に私の家にもう一回来てもらって。んで楽しく吞み明かした・・・だけでしょ?」
「・・・いいえ。昨日はその、僕も少し羽目を外し過ぎたようで・・・ちょっと抑えが効かなくなる程呑んだ挙句・・・あの、怒らないで下さいね?」
「???」
何だろう?翔子が起こるような展開になったのか?言われてみればお互いが半裸だった。そこが関係しているのだろうか?
「・・・性懲りもなく僕はまた翔子先輩と肌を重ねたいなぁと邪な事を思っていました。ほら!怒らないで下さいって!!」
「怒るに決まってるでしょ?!まーだ私を襲い足りないの?!」
ダイヤモンドより硬いと錯覚しそうな右拳がみりみりと音を立てていたが最初に比べると怒りの度合いも幾分低い。
もしかして処女を失ってしまった事で意識が低くなってきているのだろうか?であれば一大事だ。何としてでも結婚までは純潔でいたいという貞操観念だけでも取り戻さねば。
「い、いいですか?落ち着いて聞いて下さい!昨日はその話を持ち出した時、翔子先輩は『にゃあやきゅうけんで勝てたらしよ?!』って!!仰ったのです!!」
「あのねぇ?!私がそんなふしだらな行為を持ち掛ける訳・・・訳・・・」
それなら2人が半裸なのは納得がいく。納得してしまう。なので強く反論出来ない。
「更に昨日は先輩のぶっ壊れルールが追加されたお蔭で僕もべろんべろんに酔っぱらってしまって。辛うじて思い出しましたが所々記憶は飛んでいます・・・」
「・・・ぶっ壊れルールって?」
「・・・負けた方が服を脱ぐのは当然として、勝った方は勝利の美酒としてビールを一気飲みする、だそうです。」
なるほど。確かにぶっ壊れだ。お酒の弱い人からすれば勝っても負けても拷問に近い。
「それでネクライトが二日酔いなのか・・・何かその・・・ご、ごめんね?」
「いえ。僕の方こそ酔っぱらっていたとはいえとんでもない提案をしてしまって・・・しかし酔っぱらっている先輩は随分と軽い言動をされますね・・・だからその拳を引っ込めて下さい!!」
野球拳を持ち掛けた件はともかく、その前提条件がおかしい。それさえなければ翔子がイカれた発案をする事もなかった。そうだ!全てネクライトが悪いのだ!!
「・・・まぁいいわ。昨日は楽しく呑めたみたいだし。でも・・・」
何故だろう。もう二度と私を襲おうなんて考えないでね?!そう言い放つつもりだったが自分の作った味噌汁をとても美味しそうに啜っている彼を見ているとその言葉は怒りと共に消え去っていた。
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