先輩と後輩―③―
燃滓暗人は翔子の3つ年下だ。そして奇しくも彼女と同じ大学だった。
最初それを言うつもりはなかったのだが元プリピュアの面々と続けて相対する機会があった為咄嗟に口から出てきてしまった。
(ならばもう利用していこう。)
嘘は何一つついていない。強いて言うなら在学中彼女との接点が何もなかったくらいか。
なので先輩後輩の関係に肉付けをすべく翔子から学生時代の話を聞きだそうと思ったのだ。ちなみにこれは殴られてからそう考えた後付けの話である。
相変わらず彼女の姿を捉える度に童貞心が騒ぎ出す暗人。あの日からしばらくはその体の事ばかり考えていたが今では動きや仕草、声や喋り方、会話の内容から笑い声と何から何までもが気になって仕方が無い。
(うん。まぁ相手は父親の仇なんだし当然だよな。)
何とか必死にそう取り繕ってはいたものの本能が翔子の傍にいたいと訴えてくる。またあの温もりを感じたいと叫びかけてくるのだ。
「でしたらもう一夜、翔子さんと一緒に過ごしたいです。ここじゃなくてもいいので、どこかホテルとかでも・・・」
この台詞も下心からではない。純度100%の本能から発せられた言葉なのだ。つまり悪気もなければ恋心もなく、ただ欲求を満たしたいだけだった。
そのせいか手痛い反撃を貰ったがお蔭で少し冷静さを取り戻せた部分はある。流石は元プリピュアといったところか。
「ふにゃ~んでさぁ?ツイカ君がぽちもんかーどっていうの?が欲しいんだってさ~。」
「ああ。あれは今大人達が買い占めてますからね。高騰もしてますし手に入れるのは難しいですよ。」
焼き鳥屋に入ってから1時間で出来上がっていた翔子はへろへろになりながら今日の出来事を教えてくれる。
従兄弟でもある暗人も彼の話は知っていたので実はコネで1ボックスを入手していた。それを今度渡そうかと思っていたのだが丁度いい。
「だったら僕が手に入れた分を翔子先輩が渡してあげて下さい。凄く喜ぶと思いますよ。」
「ほんと~?!さっすがねくらいと~!!気配りじょうず!!」
いつの間にか隣に座りなおした翔子が嬉しそうに頭をこすり付けてくる。そしてネクライトも彼女の喜ぶ姿を見て素直に嬉しいとか思ってしまう自身に嫌悪感が突き刺さった。
(この人よく今まで処女を守り通せてきたな?!いや・・・実はもう誰かに奪われた後なんじゃないのか?!)
酒癖というのは確かに存在するし暴力に走る絡み酒とかでなければ特に問題はないはずだ。今まではそう考えていたが女性のこういう酔い方も決して褒められるものではないな、と暗人は脳内に書き加える。
元プリピュアである彼女は確かに可愛い。それが酔いで頬を赤らめて甘えるような表情と仕草をしてくれば男として理性が保てるはずがないのだ。
だから前回は翔子に誘われるがまま身を任せてしまった。暗人が躊躇う猶予も与えず抱きしめられた後キスを交わした。何度思い返しても部屋についてからのリードは全て彼女の主導だったはずだ。
同じ轍は踏まない。
今日こそはその誘惑に乗らないよう理性で欲望を抑えつけながら早々に帰宅を促すも翔子のエンジンはまだまだ燃料を欲していたらしい。
結果またも泥酔状態に陥ってしまい部屋まで送り届ける羽目になったのは意志の弱さか押しへの弱さか。
更にここから前回と同じ流れになるのでは?と期待していた自分も殴り倒したくなる。いや、これは事前に殴り倒されていたからこそ今夜は違う方向へ進んだのかもしれない。
「ねぇねくらいと。こんやはずっといっしょにいてくれる?」
「・・・・・は、はい。」
緊張を読み取られないよう短く返事をしてみるもその高揚感は抑えるのが難しい。念の為とスキンは用意してあったので今日こそ遠慮はいらないだろう。
憤る下半身と相談している間にも翔子は自分の目の前で全てを脱ぎ捨てる。相変わらずどこまでが酔った勢いなのか暗人では判別しかねていたがその後彼女はすぐにパジャマに袖を通すとベッドに飛び込んだ。
「それじゃ手。」
「は、はい。」
言われるがままに右手を差し出すと翔子はそれを両手でぎゅっと握り締めた。そこからどう誘われるのか。ここまでくればもはや期待しかしていなかったのだが・・・
「・・・すぅ・・・すぅ・・・」
今夜は彼の右手を握り締めたまま彼女は安らかな眠りについていた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これがウワサの生殺しというやつか。)
以前と違って完全に寝入っている女性を自らの意思で襲うつもりはない。いや違う!相手は父の仇だ!むしろ襲うべき相手なのだ!
だがこの場合の襲うは意味合いが違う。いや違わない!父を殺した相手に何の遠慮がいるものか!
心の中で悪と欲が葛藤するも答えに辿り着くことは無く、気が付けば彼女の顔が一番近くに見える所へ自分の頭だけを置くと暗人は見守るように眠りについていた。
(か、からだが・・・・・)
25歳とはいえ流石に無理のある体勢で一夜を過ごした為、早朝に目を覚ました時体中から軋むような痛みを感じていた。
なのに目の前にはとても幸せそうな寝顔の翔子が静かな寝息を立てている。その無防備で呑気そうな姿を見ているともやもやした暗人は何気なく鼻を摘まんでみる。
「・・・ふが・・・んごご・・・ふが・・・んごご・・・」
「・・・・・ふふっ。」
非常に面白い画を見れた事で多少の溜飲は下がるがやはり心のどこかでは残念な気持ちが滞っていた。
そのせいなのか彼はそのまま彼女の頬をつついたり伸ばしたり、そして一度は触れた柔らかい唇を指先でつんつんと突いていると瞼が動き出したので慌ててその手を引っ込めた。
「・・・ネクライト。あなたまた私を襲ったわけ?!」
その後目が覚めた先輩は言いがかりで突っかかって来たので寝不足とやや機嫌の悪かった暗人も素早く迎撃に入る。
というか前回も翔子が襲われたと勘違いしているのだから質が悪い。こちらはあくまで誘いに乗っただけで何も悪くない!と面と向かって言えれば多少の気が晴れるのだろうか?
いやいや、折角宿敵をプリピュアとは対極的な位置に引きずり込む事が出来たのだ。今は些細な事で関係を悪化させたくない。
最終的には親密な仲を築き上げてから油断を突く。その方が与える絶望感が大きいだろう。存分に裏切って、身も心も破滅へ追い込めれば人生で最高の気分を味わえる筈だ。
「じゃあ僕は卵粥を作って帰ります。」
「へ?卵粥?何で?」
・・・・・よし。今度こそ泥酔したら絶対押し倒そう!!と口から本音が飛び出そうになるのをぐっと堪える。その経緯を我慢しながら説明すると慌てて取り繕ってきた。
恐らく本当に何も覚えていないのだろう。これ以上ここにいると寝不足と欲求不満でストレスが爆発しそうだ。さっさと用事を済ませて帰ろう。
暗人は切り替えると速やかに台所で調理を始めるがまたも翔子が口を挟んできた。ただその内容は卵粥より楽な料理だったので黙って従う。
「朝御飯を誰かと食べるのなんて久しぶりだわ。ネクライト、昨日はその、色々ご迷惑をお掛けしたみたいでほんとごめんね?」
確かに。父を亡くして以来こうやって誰かと朝食を摂るのは久しぶりだ。小さな謝罪よりも朝のささやかな幸せを感じた暗人は眠そうな翔子の顔を見て心の底から笑顔を零していた。
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