先輩と後輩―②―
「プリピュア!!フェニックストルネードッ!!!」
「甘いっ!!!」
紅蓮の炎に包まれたピュアクリムゾンの両手がかざされると大型トラックくらいある火の鳥が顕現してこちらに襲い掛かってくる。だがそれをジェネラルウィップで相殺するブラッディジェネラルは相も変わらず絶好調だ。
「っだぁぁぁあああああ!!お前!!もうちょっとこう、何だ?!手心とは言わねーけど悪い事してて良心とか痛まねーのかよっ?!」
必殺技を跳ね返されて苛立ちを爆発させるビュアクリムゾンは悪態と可愛さを投げ捨ててきた。その醜悪な姿につい溜め息を漏らしたブラッディジェネラルも仕方なく答える。
「プリピュアとしての信念や誇りが足りてないから技も力も弱いんじゃないの?そもそも今日はコンビニ前にたむろしていた邪魔な学生を排除しただけよ?言われるほど悪い事はしてないし!」
そうなのだ。今日はコンビニ限定のとあるカードゲームを大人が買い占めているという情報からそういう輩を『アオラレン』にするつもりだったのだが目の前にある店舗では既に完売し人が立ち去った後だった。
不測の事態にネンリョウ=ツイカと途方に暮れていると丁度出入り口に群がる邪魔な学生がいたので今回はそれを使って『アツイタマシー』を回収しようという話になったのだ。
「俺タチダッテ行クトコロガナインダヨォォォォォッ!!!」
今日の『アオラレン』は元気がよくツイカも参戦している事からこちらが負ける要素はほとんどないと言ってもいいだろう。
プリピュア達はブラッディジェネラル1人を3人で相手するのにも苦戦を強いられるのだ。そこにこの2人が加担すれば形勢など簡単に想像がつく。
「あなた達に足りないのは強い気持ちよ!!顔を洗って出直してきなさい!!ブラッディ!!ジェネラルトルネードッ!!」
「ああっ!!トルネードはあたしの必殺技の名ま・・・ぇっ!!」
ブラッディジェネラルは頭上に高く掲げたブラッディウィップを超高速回転させると巨大な竜巻を生み出した。これは来るべき『光堕ち』の為に必殺技を撃つ練習をと考えて生まれた技だ。
それを自由自在に操ってプリピュアにぶつければ今日の任務も完了する。彼女らの声がか細く遠くへ飛んでいくのを確認するとブラッディジェネラルは最近イツカにねだられた敬礼ポーズで現場を締めた。
立場は違えどやっている事は変わらない。これならいずれ必ず・・・
「・・・そうよね。名前が被ってるのよね。うん、次からはサイクロンにしよう。」
そう信じているブラッディジェネラルは最後に『アツイタマシー』を得た『アオラレン』を元に戻して回収を終える。建物の損壊もいつも通り元に戻るし今夜も美味しいお酒が飲めそうだ。
「今日もブラッディジェネラルはかっこよかったねー!!でも・・・ポチモンカード欲しかったな・・・」
しかしツイカは任務を大成功させた喜びとは別に噂のカードゲームが売り切れだった事を残念がっていた。彼も小学6年生。友達と遊ぶ為のツールは手に入れたかったのだろう。
「そうだね。うん、わかった!今度見かけたら私も買っといてあげるよ!」
「ほんと?!やったーーー!!約束だよ?!」
任務を終えた後の彼は衣装こそそのままでもやっぱり小学校男児なのだ。表情をころころと変えて全身で喜ぶ様を見せられるとこちらの心までうきうきしてくる。
こうしてプリピュアとの戦いを無事に終えた2人は本社へ帰還し、最後の最後まで「約束だよ?約束だからねー!」と男の子らしいせがまれ方を笑顔で見送った後。
「今日も大成功だったようで。お疲れ様でした。」
ここから夜の戦いが待ち受けていたのをすっかり忘れていた翔子はうきうき気分を全て失いつつネクライトに疲れた笑顔を向けながら夜の街へと繰り出した。
「どこでもいいわよね?」
「いいえ、翔子先輩が口を滑らさないように出来れば組織の息が掛かった場所がいいです。」
入社順では翔子の方が後輩にあたるのだが彼の中では既に大学の先輩後輩というカテゴリーで会話を進めたいらしい。
他人にネクライトを説明するのは難しく、秘密結社『ダイエンジョウ』の事など口走ればどんな処分が下るかわかったものではない。
そう考えると大学の先輩後輩という立場は使いやすいのかも、と翔子も納得する。
「はいはい。それじゃ・・・私焼き鳥食べたい。ネクライトの知ってるお店でいいから連れてってくれる?」
「翔子先輩、今は暗人か燃滓と呼んで下さい。」
「はいはいはいはい。んじゃ暗人君ね。」
はい、は1回で十分です。といった暗人のツッコミを聞き流しながら今までは仲のいい後輩なんていなかったなぁと思い返す。
ともかく2人は自然なやりとりを意識しながら雑居ビルの3階にある焼き鳥屋へ入った。その手前から漂ってくる甘く香ばしい匂いにまたも酔った勢いの件をすっぱり忘れた翔子は美味しいビールとねぎまを片手に調子を上げて酔っていく。
「それでぇ?私の何を話せばいいのぉ?」
それでも理性と滑舌が残っていたのは深層心理で防衛本能が働いたからか。翔子は後輩と名乗る暗人青年に問い返してみた。
「そうですね。まず何に打ち込んでいたかとか、どんなサークルに所属していたとか、バイト先はどこだったとか。とにかく大学時代のお話なら何でも。」
「ふーん・・・そうねぇ。バイトはファミレスでやってたの。コス代も馬鹿にならなかったからねぇ。私は勉強があまり得意じゃなかったから他の時間ぜんぶそれに費やしてたなぁ。」
「ほほう。」
彼の立場と情報収集能力があれば翔子の過去などいくらでも調べられそうだが何故か随分興味深そうに話を聞いてくれている。
「そこで何かトラブルとかは?些細な事でも結構です。こう、感情が揺れ動いた出来事などがあれば是非教えて下さい。」
「そうねぇ・・・感情が揺れ動いた出来事だと・・・やっぱり始めてのコスイべかなぁ。すっごい近くから写真いっぱい撮られて流石に少し恥ずかし・・・どしたのぉ?」
何も考えずに言われたままを答えただけなのに何故か目の前の後輩からは負の感情が溢れ出てくるのを感じた。
「何か私おかしな事言っちゃった?」
「・・・いいえ。その、そういう現場ではかなりきわどい写真を撮られたり下手をすると持ち帰りされるという噂を聞いているので。翔子先輩は大丈夫だったんですか?」
「???何がぁ???」
「・・・いえ。もう結構です。バイト先では何もありませんでしたか?」
訳が分からないまま自己完結したらしく、暗人青年が肩を落として次の質問に入るとここでも大きな出来事があったのを思い出した。
「・・・そうら!!あそこで仲良くなった先輩に告白されたのら!!でもキスとかは結婚してからって言ったらフラれたのら!!何で?!」
「・・・・・先輩は昔からそうなんですね。」
今度は目に見えて愕然とする後輩。だが酔いが回っているせいかその理由もさっぱりわからない。不思議そうに小首を傾げていると暗人が呆れたような笑い顔を見せてくれる。
すると何故かイツカ少年の時と同じようなうきうきの心が蘇ってきた。結局翔子はその夜もかなりの飲酒から、またも後輩の手を煩わせる事となってしまう。
「おはようございます。」
まただ。また自室に見知らぬ・・・訳ではないが男を招き入れてしまったようだ。
「・・・ネクライト。あなたまた私を襲ったわけ?!」
流石に二度も行為に及んだとなればショックよりも憤りが上回る。だがそれも全て自分が飲みすぎたせいだとならないのはいかにも翔子らしい。
しかしベッドから飛び起きて彼に必殺技をお見舞いしようと思ったら今日は以前と様子が違った。見れば自身はしっぱりパジャマを着込んでいるしネクライトはベッドに体を預けてすらいない。
「翔子先輩、いい加減にしてください。前回もそうでしたが誘ってきたのは翔子先輩からなんですよ?」
「えっ?!そ、そんなはずは・・・」
ネクライトが疲れた表情で不機嫌そうにこちらを責め立ててくるので反射的に反論しようとするがまたも記憶が曖昧すぎて言葉に詰まった。
ただ今回は確かに前回と違うのだ。何せ自分はパジャマを着ているしネクライトが一緒に寝てもいなかった。彼はスーツこそ脱いではいたものの衣服は昨日のままでワイシャツには少しのシワを残している。
「・・・今度誘いに乗ったら命の危険を感じたので手は出していません。パジャマもふらふらになりながら1人で着替えられてました。」
「は、はぁ・・・そ、そうなんだ・・・あはははは。」
「じゃあ僕は卵粥を作って帰ります。」
「へ?卵粥?何で?」
全く覚えてないというのは恐ろしい。寝起きで頭が働いていなかったのも理由の1つだが思ったことをそのまま口にしただけで長い前髪のネクライトから恨めしい視線が向けられてくるのがわかる。
「・・・昨夜仰ってたじゃないですか。『美麗にだけずるい!私にも何か手料理振舞ってよ!同じヤツでいいから!』って。」
「そ、そそ、そうだったわね!!」
どうやら昨日は、というか昨日もかなり後輩に迷惑をかけてしまったらしい。彼は静かに立ち上がると台所でてきぱきと調理を始める。
きつねにつままれたような朝だがその姿は見ていて何やら心が踊った。この時はただ誰かが朝御飯を作ってくれるなんて楽だな~くらいにしか思っていなかったのだが。
「あ、待って!!折角だし2人で朝食にしよう!トースト!!トーストとベーコンエッグに変更して!!」
「・・・はいはい。」
「あっ!『はい』は一回でしょ!」
ここまで迷惑をかけているのだから今は謝るよりも労いたい。それに昨日の話も聞きたかった翔子はそういって飛び起きると自身も台所で2人分のコーヒーを淹れはじめる。
「朝御飯を誰かと食べるのなんて久しぶりだわ。ネクライト、昨日はその、色々ご迷惑をお掛けしたみたいでほんとごめんね?」
小さなテーブルだが2人で使う分には問題ない。翔子は向かい合わせで据わった後きちんと頭を下げると彼は疲れた表情で笑い返してくれていた。
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