先輩と後輩―①―
ぴんぽーん
「おはようございます。」
美麗の件があって以降、同僚のネクライトは毎週木曜日に自分のマンションへわざわざ迎えに来てくれるようになった。
「あのねぇ・・・もう子供じゃないんだから。出社くらい1人で出来るわよ?」
「ほほう?ご友人と朝まで飲み明かして学校は大遅刻、組織の会議は無断欠席をされた方の台詞は重みが違いますね?」
「うぐっ・・・・・」
そうなのだ。
あの時は緊急事態だったので美麗の傍にいてあげたくて、そして美麗の気分を晴らしてあげたくて自分なりに頑張っていた。結果他の事が全ておざなりになってしまいどちらの上司からも大いにお叱りを受けていた。
ただ学校は翔子だからという理由から多少の恩情を与えられたが、対して『ダイエンジョウ』側はブラッディジェネラルが不在だった為週末の襲撃に穴が開いてしまった事でまたも減給処分を受け、更に会議への参加を確実な物とするべく毎週ネクライトが送られる話でまとまったらしい。
「そういう話は私がいる所で決めて欲しかったな・・・」
「何を仰います。貴女がいないからそういう流れになったのでしょう。」
口を開けば開く程墓穴を掘る翔子。いい加減モニター越しでの会話も失礼なのでまずはネクライトを部屋に招く。
これも彼の性格からか。いつもかなり余裕をもって早めに迎えに来る為、出社までは2人で時間を潰す事が多くなっていた。
「そういえば美麗さんはどうされました?」
「うん。もう大丈夫みたい。今は別居中らしいけど最近凄く楽しそうな連絡が山ほど届くの。」
あの日、慌てて学校に出勤した後ネクライトは翔子の様子を伺うべくマンションにやってきたらしい。そこで二日酔いの美麗とも遭遇したという。
その話は美麗本人からも聞いていたし彼には卵粥を作って貰ったのだと喜んでいた。その様子から『まさかあの子も不倫に走るつもりじゃ?!』と一瞬危惧したがそれは絶対にないというのが今の所最終回答だ。
勝手に台所をいじられたのだけが少しもやっとしたが結果として美麗は立ち直ったし部屋の掃除もしてくれていた。であればこの不満は口に出すべきではないだろう。
しかし肌を重ねた相手と自室で2人きりというのは流石の翔子も妙な緊張感を持ってしまう。
こういう時の為に冷蔵庫には沢山のビールをストックしてあるのだがまさか出勤前に飲むわけにもいかない。
「ところで翔子さんは大学時代、どんな学生だったのですか?」
過ちの原因であった酒を断つという思考に至る事は無く、微妙な手持ち無沙汰の時間をどう使うかを悩んでいると我が家のように寛いでスマホをいじっていたネクライトが不意に尋ねてきた。
「え?何々?いきなりどうしたの?」
基本的に彼は会話を面倒だと考えている部分が多々見受けられる。なのに珍しく話題を振ってきたのだ。思い返せば彼の事もよく知らない。ならばこの寸暇で多少お互いをもう少し知ってもいい気はする。
「いえ、繁華街で出会ったご友人や美麗さんにも僕は翔子さんの後輩だと取り繕ってしまっているので。少しでも話をすり合わせておこうかと。」
「ああ。そういう事ね。」
元プリピュアの5人は高校卒業後、皆別々の道を進んでいったので確かに翔子の大学生活を詳しく知る者はいないのだが・・・。
「例えば毎年コスプレイベントに参加されていた事など・・・」
「ちょっと?!?!何でそれを知ってるの?!?!」
「え?だって調べればすぐにわかりましたよ?しかも初参加以降は毎年欠かさず新規のコスをお披露目されてるんですよね?」
そう。翔子はプリピュア時代の自分を忘れられなくて、そして忘れたくなくて19歳の時から毎年お手製のコスでイベントに参加している。
だが流石の翔子もそれを友人達にはもちろん、今まで誰にも話したことがなかった。といってもクローゼットの奥には今まで作ってきた歴代のピュアレッドコスが眠っているので常にバレる可能性はあった。
「あれ?ご友人にはお話されていないのですか?」
「い、い、言える訳ないでしょ?!」
「そうですか?二十歳前後のお写真などはコスの完成度はともかくフレッシュでとても良い雰囲気だと思いますよ?」
ネクライトはそういいながらスマホで自身の若かりし姿を見せ付けてくる。忘れていた。『ダイエンジョウ』とはプリピュアの敵対組織であり彼はその幹部、こちらの個人情報は色々と入手済みなのだ。
今まで誰にも知られた事がなかったのも大きいだろう。あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうになりながらあたふたした後、まずは彼の口止めをすべく引きつった笑いを浮かべながら凄みを利かせて顔を近づけた。
「い、いい?この話は今後一切出しちゃ駄目!口外禁止の他言無用だからね?わかった?」
焦りからかお互いの顔が非常に近い位置で向き合っていたのだが今の翔子がそれを意識する事は無く、ただネクライトからの了承を待つだけだ。
「・・・・・いいですよ。その代わり僕からのお願いも1つ聞いてもらえますか?」
「う、うん・・・出来る範囲ならいいけど・・・?」
返されてからこちらが一方的に凄んでいた事実に気が付くと別の気恥ずかしさが芽生えてきた。彼の顔がすぐ前にあるのだ。その声も、息遣いさえ目に見えるほど近くに。
「でしたらもう一夜、翔子さんと一緒に過ごしたいです。ここじゃなくてもいいので、どこかホテルとかでも・・・」
・・・・・ばきんっ!!
昔取った杵柄というのは体の芯に残っているらしい。無意識で放った赤い右拳がネクライトの頬に突き刺さると彼は大の字で倒れていった。
「・・・じょ、冗談です。」
痛みで顔を歪ませつつゆっくり起き上がってくるがこちらの表情は冗談という一言で済まされないほどの形相だったらしい。
「ほう?そうなんだ?言っていい事と悪い事の区別はつけようね?」
「・・・翔子さんってお酒が絡むとあれなんでてっきり貞操観念が低い人だと・・・い、いえ。何でもありません!ですからその拳をしまってください!」
口は災いの元という。もじゃもじゃ頭で目元が隠れていても彼の仕草から怯えた様子と反省を感じ取った翔子は怒りを静めつつ彼の前に座り直す。
「・・・あの日の事も絶対内緒!わかった?」
「・・・・・なんか翔子さんって口外出来ない事多くないですか?」
「うぐぐっ・・・?!で、でも人に知られたくない事の1つや2つ皆持ってるでしょ?!」
「は、はぁ・・・まぁそうかもしれませんが。」
頬をさすりながら生返事をしてくるネクライトをよそに言われてみて確かに!と心の中で深く頷く。元プリピュアだったりコスイベに参加したり一夜の過ちを犯してしまったり・・・『ダイエンジョウ』のブラッディジェネラルもそうだ。
人生は長い。であればこの先まだまだ秘密は増えていくのだろうか?そんな人物が教諭として教壇に立っててもいいのだろうか?
もやもやで感情がぐちゃぐちゃになっていてもまだ出社時間には遠い。もういっそのこと逃避の為に軽く昼寝でもしようかとベッドに目をやるとネクライトが軽く頬をさすりながら静かに口を開いた。
「でしたら今度一緒に食事でもどうですか?もちろん翔子さんのおごりで。」
「・・・ああ。うん、まぁそれくらいなら。」
どうやら先程の口止めに関する交渉は続いていたらしい。一瞬食事に誘われたかのような錯覚に囚われたがこちらがおごるという前提条件をつけてもらったお陰でそこから意識は外れた。
「よかった。では今週の襲撃が終わった後にでも。その時翔子さん・・・先輩の学生時代について詳しくお話を聞かせて下さい。」
「そういえば最初はそんな話だったわね。うん、わかったわ。」
といってもコスプレ関係以外はさほど目立つ事などしていなかった。そもそも勉学が苦手だった為あまり交友関係に注ぐ時間が取れなかったのもある。
不思議な事に何を話そうか考えていると時間はあっという間に過ぎていたらしい。ネクライトに声をかけられるまで気が付かなかった翔子は慌ててスーツに着替えると2人は遅刻する事無く出社したのだった。
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