スパイと中学生―④―
美麗はアンケートと己の審美眼から導き出した今時乃中学校で最も可愛いと思われる少女3人にどう接触するかを悩んでいた。
1人は後輩だし残る2人は先輩なのだ。部活もばらばらだし接点らしい接点が何も思いつかない。
(・・・恐らくあの子達で間違いはないはず・・・なのになぁ・・・)
「麗美ちゃんどうしたの?」
その事ばかり考えていたせいで気が付けばお弁当箱は空になっていた。14歳年下のあかねから心配されるのも心にくるものがある。
「う、ううん。ちょっと考え事してたの。」
「何だ何だ?金の事以外なら少しは力を貸してやってもいいぜ?」
あれからより気さくに接してくるようになっていたほむらは美麗が作ったお弁当を食べていた。
貧乏だからというのは理解したが彼女の昼食は毎回食パンやパンの耳だけだったのだ。育ち盛りの中学生がこれでは駄目でしょう!と心配した結果、美麗はお弁当を作るとほむらに無理矢理押し付ける。そして今に至る訳だ。
元々夫のお弁当を毎日欠かさず作っていたので全く苦にはならなかったしほむらは思いの外素直に喜んで食べてくれている。
(・・・私の旦那さんもこういう感じならよかったのにな・・・・)
食の有難みと味は十分に堪能してくれているのだろう。こちらも彼女の喜ぶ顔が見れて大満足だ。
「ごちそうさん!しかし麗美は料理上手いなぁ。将来絶対いい嫁さんになるぜ?!」
「おほほ。ありがと。」
しっかりと手を合わせた後誉め言葉を伝えてくれたのに『嫁』という言葉が引っかかって軽い笑い声と返事になってしまう。
自分でも自信はあった。私はいいお嫁さんだな、と。だが自分で思うだけでは駄目なのだ。
結婚とは相手があってこそであり、こうやってほむらみたいな人物を夫としなければ正しい評価は下されない。
「・・・だったら将来私と結婚してくれる?」
つい悲しい気持ちが本音となって口から飛び出してしまう。しかしそこは中学生だ。彼女は軽いノリと満面の笑みで最高の答えをくれた。
「ああ!!麗美さえよければあたいの嫁にしてやるよ!!」
「えっ?!」
何故かあかねが酷く驚いた声を上げていたので美麗はすぐに気を取り直すとそちらにフォローを返す。
「大丈夫。ほむらちゃんの冗談よ。もちろん私もね?」
こうしてほのぼのとした昼食時間が終わると午後の授業はあっという間に過ぎ去っていった。今日も目的の人物に接する事が出来なかったか、と美麗は肩を落としながら帰宅しようとした時。
「ねぇ氷上さん。少し時間ある?」
あかねやほむらの傍にはいるものの今まで全く会話をしてこなかった蒼炎りんかが不敵な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
正直この子とだけは仲良くする気はなかった。何故なら初対面時にしっかりとした挨拶が返ってこなかったからだ。
「ごめん。今日は急いでるの。」
この辺りは美麗に限らず元プリピュア5人が同じ価値観を持っている。挨拶は人としての基本なのだと。だから翔子も生徒達に勉学よりもそこを強く望んでいるのだ。
「あら?そうなの?折角良い話を持ってきてあげたのに?」
何を考えているのかも読み辛いりんかはいつも以上に近い距離で耳元に囁いてくる。これも初対面の時から感じていた事だが単純に彼女は怖い。
人として何かが欠落しているのか。その言動や所作、そして話す内容から何から何までが恐怖を覚えるのだ。
下駄箱で履き替えが終えてもりんかの顔が耳元から離れてくれないので美麗は思い切って振り向いた後強く睨みつける。
「あのね?私あなたの事があんまり好きじゃないの。あかねちゃんやほむらちゃんは好きなんだけどね?ごめんね?」
この手の類はしっかりと言葉にして伝えてしまった方がよい。そう思って突き放すように会話を切り上げて帰ろうとしたのだがりんかは一瞬目を丸くして驚くも表情はすぐに薄笑いへと戻っていた。
(絶対ストーカー候補生だわ!!いや、メンヘラ候補生かな?!)
反応にも恐怖を感じた美麗は気丈に振舞いつつ玄関から出て行くもりんかは諦めない。相変わらず近すぎる距離で後からついてくるのでいよいよ対応に困り始めた。
(あと自分に出来る事といえば口汚く怒鳴るとか暴力とか・・・いけない。これじゃほむらちゃんみたいだわ。)
ただでさえ14歳の肉体を得てからその感情まで14歳に流されている気がするのに思考まで引っ張られると取り返しがつかなくなる気がする。
こんな日に限ってほむらとあかねは用事があると先に帰ってしまっているし、他の撃退方法となると後は翔子先生に泣きつくくらいか?
(ほんとなんなの・・・最近の子ってこんな子ばっかりなの?!)
見た目は美人と言えなくもないがまるで蛇のようにまとわりついてくる動きには嫌悪感しか抱かない。今時の若い子達はネットの影響で対人関係能力が著しく低下しているという話も聞いた事がある。
考えれば考える程恐怖で速足になり、自分が本当は28歳で大人の対応という手段を持ち合わせている事も忘却の彼方だ。
「そっか。あかねも私の紹介でいい人に巡り合えたんだけどな~?」
「・・・は?」
しかし奇妙な発言を耳にした美麗は無意識に声を漏らす。というより文脈から嫌な予感がした。紹介?何の話だ?
その訝し気な様子を見たりんかはてっきり自分の話に興味が沸いたものだと勘違いして更にその先を嬉々として教えてくれる。
「だからね?お近づきの印としてあなたにも美味しい思いをさせてあげようかなって。こう見えて私結構いいコネクションを持ってるのよ?」
ばきゃんっ!!!
元ピュアブルーの得意技は蹴りだった。変身こそしていないがそれが今14年ぶりに炸裂するとりんかは思い切り尻もちを着いた。
「痛っ・・・あ、あなた・・・自分が何をしたのかわかってるのっ?!」
司から最近治安が悪化の一途を辿っているとは聞いていたがまさか中学生が春を売っているとは。りんかが顔を歪めて睨みつけてくるが蹴り足を静かに下ろした美麗はそれ以上の眼力で見下ろす。
「ええ。わかっているわよ。そういうの斡旋ていうんでしょ?自分でも売ってたりするの?」
演じていた麗美ではなく完全に美麗としての素が出てしまっていたがこの子にどう思われても別に問題はない。
そもそも彼女は裕福な家庭のはずだ。本人は身を売ってまで稼ぐ必要はないだろうし、であれば考えられる可能性だと周囲を地下の世界に引き込んでは愉しんでいるといったところか?
(きっとそうだわ。でなきゃこんな陰キャっぽくならないはず!)
何という酷くねじ曲がった性格だろう。考えれば考える程心が憤りでメラメラと燃え上がる。あまり他人の交友関係に口を挟むつもりはなかったがあかねとほむらにはしっかりと絶縁するよう説得せなばらない。
いや・・・しかし既に・・・
「あかねちゃんを傷物にしたのね?あなた本当に最低だわ。」
先程の話だとあかねはもう誰かにその純潔を奪われたのか?思い返せばほむらの為にお金を出していたのにも疑問はあった。中学生の小遣いなど大して貰えないはずなのに、と。
怒りと共に悲しみが込み上げてくる。あれだけ可愛い女の子がそんな汚れた道を歩んでいたなんて・・・だったら自分がお弁当だけじゃなく金銭面でもほむらを支援してあげるべきだった。
もっと早く気が付けていればこんな事にはならなかったはずなのに!尻もちを着いたまま動かないりんかに憤怒の視線を叩きつけると恐怖で体を竦ませながらか細い声で反論してきた。
「な、何か誤解してない?!い、言っておくけどほむらにだって私がいい所を紹介し・・・ひぇぇっ?!」
敵対していた『アクロムハート』にもここまでの怒りを感じたことは無い。続いてほむらの名前まで出て来たので再びプリピュアブルースカイドロップキックをお見舞いしようかと構えた時。
ぴきょんぴきょん!ぴきょんぴきょん!
突然妙なシグナルが鳴り響くと美麗の怒りを受けて震えていたりんかが別人のように真顔へ戻った。それから勢いよく立ち上がるとやっぱり蛇のような冷たい笑みをこちらに向けて来る。
「ちょっと急用が出来たから話の続きはまた明日ね。」
彼女は短く告げると速足で校門から出て行く。一瞬あっけに取られたが経験者の勘だろう。美麗は頭の中で整理がつく前にりんかの静かに追いかけ始めた。
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