スパイと中学生―①―
家のダイニングテーブルの上には愛美からもらった写真とデータを置いてきた。ついでに短いメールも送ったので夫は何故妻が出て行ったかくらい理解するだろう。
それよりもまさか潜入先が翔子の勤める中学校だとは・・・・・
「うわ・・・これが今の制服か・・・」
更に14年前と違ってデザインが一新された制服を前にいよいよ心が躍り出す。不安でもあり楽しみでもある感情は随分久しぶりだ。
ただスカートの丈が自分の知っているものと全く違う。非常に短く少し動くだけで絶対に見えてしまう。今時の中学生は皆こんなのを履いているのだろうか?
その部分にだけ軽い葛藤があったものの今日は土曜日だ。教科書関連は組織がすぐ揃えてくれたので制服以外にも普段着や下着、後は日用品を買い込む為にうっきうきで街へと出かける。
今は大人の姿なので当時を思い出しつつ少女用の下着をじっくり吟味する姿は周囲から見ると異様だったかもしれない。
だが美麗は白い目など一切気にすることなく充実感で満たされていた。スパイ活動という後ろめたい仕事が控えているにも関わらずあの頃に戻れるという喜びは何物にも代えがたいのだ。
(むしろあの頃身につけられなかった系にチャレンジしてみるのも悪くないわね!)
当時は飾りっ気のない質素な物を好んでいたしそこにオシャレを取り入れる感覚など持ち合わせていなかったが2度目の青春を謳歌出来るのであればやはり強くてニューゲームを意識すべきだろう。
この時の美麗がそう思っていた訳ではないのだが気が付けばほんの少しだけ背伸びした衣類や日用品を買い揃えると彼女はほくほく顔で帰路へ着いていた。
あれから翔子にも謝罪と感謝の連絡をした後、日曜日はまるで遠足の前日みたいな高揚感に包まれて中々寝付く事が出来なかった美麗は改めて14歳という年齢を再認識しつつ驚愕する。
やや寝不足であったにも関わらず髪の艶や肌の張りが全然違うのだ。28歳でも若いと言われていたはずなのに今では滑稽で仕方がない。
いつの間にか思考までもが14歳へと引っ張られていた美麗は昔との差別化を図る為にポニーテールを作って初登校を果たすと早速試練にぶち当たった。
「私が担任の真宝使 翔子よ。よろしくね。えーっと・・・氷上 麗美さん。」
「よ、よろしくお願いします。」
せめて翔子とは距離を置きたかったのに・・・暗人青年曰く『あまり本名からかけ離れた偽名は余計なトラブルになりやすい』と言われてこの名を作ったのだがバレやしないかヒヤヒヤだ。
若干目を逸らしつつ挨拶を交わすと2人は教室へと移動する。自身が中学生だからだろうか?今まで以上に彼女の背中が広く感じたので見入っていると自己紹介を促されたので慌てて生徒達に挨拶をはじめた。
「あ、はい。氷や・・・氷上 麗美と申します。よろしくお願いします。」
危うく本名を名乗りそうになったが多少嚙んだくらいにしか思われていないのだろう。非常に中学生らしい元気な『よろしくー!』を返された後指定された一番後ろの席に向かう美麗。
と、彼女はその両隣に座る少女達を見て一瞬で固まった。
向かって左側には黄色い髪の小さな女の子、火橙 あかねは大きな目でまじまじとこちらを見つめてきているし、右側の女の子、蒼炎 りんかは何やら自分に少し似ている気がする。いや、こちらの少女の方が刺々しいか?
非常に冷たい目と雰囲気、黒に近い青みがかったセミロングの髪と細かな所作は他を寄せ付ける気配が無い。クールビューティというよりブリザードビューティといった様子だ。
「よ、よろしくね。」
2人とも違う意味で目立つ存在だったがまずは無難に声かけだけを済ませると黄色い子は嬉しそうに答えてくれる。だが青い子はまさかのスルーだった。
やはり精神も14歳に退化しているのか。その時はそれなりにショックを受けたものの2度目の中学生活は沈んだ記憶を一瞬で吹き飛ばしてくれる。
まず授業内容がとても理解出来た事に驚いた。昔からそれなりに勉強していた為下地はあったのだろうがそれにしても面白い。更に翔子の授業も思いの外楽しくて意外だった。
彼女は昔から勉強が苦手だったのでどういう授業をするのか内心ドキドキしていたが翔子の素らしい部分で間違った箇所を生徒が指摘して笑いを誘う。いや、多分本気で間違っているのだろうがそれはそれで頭に入りやすいのだ。
次の体育の授業では自身の俊敏さに感動する。28歳の美麗はヨガなどにも取り組んでいたが全力で走り、跳ぶ喜びは得難いものであったと再認識して大笑いしてしまった。
「だ、大丈夫?麗美ちゃん?」
黄色い少女の火橙 あかねが心配そうに尋ねてきたが本心を隠すつもりはない。
「うん!大丈夫!!体育って楽しいね?!」
14年前には考えられなかった感想を口走って更に笑い転げる。目の前の事に全力で取り組める喜びがこれ程のものだとは。
夫や社会の柵を忘れて思う存分中学生生活初日を堪能した美麗はその夜『ダイエンジョウ』へ上げる報告書の内容が一切思い浮かばなかったので誤魔化しも含めてまずは一番プリピュアの可能性がないであろう蒼炎 りんかについて適当に書き上げるとそのまま提出して一日を終えた。
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