舞台仕様!
時系列は12月2日、前話の車に乗せられたシーンからです。
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『第四章 道化ラジオ』〈ナレーション・道化 役者・道化、瀬戸勇璃、木平、運転手〉
伝説的なすっころびを披露しそのまま捕らえられ、黒色のワンボックスカーに乗せられた道化。手足を縛られ、目に布を巻かれて視界も塞がれた。まるで拉致被害者かのような状態にされた道化は「これから何が起こるのだろう」と心の中でただ一人ワクワクしていた。
車の中には心を躍らせる道化以外には紺のスーツを身にまとい一言も発さない運転手を先頭に、未知に挑んでいたにしては軽装の若い女と、自衛隊の装備を一切緩めることなく着たままでいる壮年の男、の順で座席に座っている。
そこには偉いだけの人間のものとは違う、本職のプレッシャーを放つ錚々たるメンバーが、それなりに広い密閉空間入れられ、それによって口を開く事すら大罪かの様な空気が漂っている。その模様は異様と言って差し支えないかもしれない。
しかし、静粛を絵に描いたように静かな室内は、車が走り出してからそうかからない内に破られた。空気を読める道化によって。
「この車はどこに行くのですか?道化気になりますよ~!」
「皆さんお昼ごはんは何にしますか?道化は今かつ丼の気分ですが」
「運転手さんの年齢とかってうかがってもいいんでしょうが?ここからじゃ上手くお顔が拝見出来ないのでわかりにくいんですよねぇ」
「そういえば木平さんがさっきのメンバーの中で一番自衛隊歴が長いんでしたよね?何か面白い話とかありませんか?今後の参考にしたいのですが」
「瀬戸勇璃さんはどうして正義のヒーローに憧れたんですか?その憧れとも呼べる執念を努力のみで成しえた貴女の原動が道化気になります、ええ」
「そろそろ道化の会話デッキが一巡してしまうんですが誰かテーマをくれませんか?ほら木平さん何かありませんか?」
「この車はどこに行くのですか?道化気になりますねー」
道化ラジオの提供する話題が本当に一巡した。ようやく痺れを切らしてくれたのか、重く閉ざしていた口を開いた。
「煩わしいですね。口も塞いでしまいますか」
正義のヒーローを志す勇璃からは想像もできないような発言がさらりと出てきた。驚きのあまり道化ラジオが一時停止してしまった。
「えっ。あ、ああそうだな。確か、トランクにガムテープが積んであったはずだ。それでいいか」
木平は勇璃の想定外の言葉に多少驚きはしたものの、否定はしなかった。それどころか後部座席に座る木平はトランクを漁りだした。運転手は静かだった。
「ちょちょちょ!ちょっと待ってください瀬戸勇璃さん、冗談ですよね?ガムテープを口に貼るのはやりすぎじゃないですか?!とても痛そうですよ!」
口にガムテープを貼られた暁には、道化は道化ではなく本当にただの被害者Aになってしまうので必死の説得を試みる。
「少し静かにしますから、ね!なので矛を収めてもらうことって……」
勇璃が再び口を開く。
「冗談です」
騒がしかった室内に落ち着いた一声が響いた。
「え?」
「え」
「……」
一呼吸の後。
「冗談ですか?ホントに?」
「あの瀬戸さんが冗談、同情でもしたのか?」
「……」
走り出してから五分までの静けさとは違う異様な空気が場を支配しようとする。
「最初から本当に冗談です、同情もしていません。いくら公務執行妨害を働いた犯罪者とはいえ、そこまでやってしまえば私も正義を名乗れなくなってしまいますから」
何となく車内が安堵に満ちた。道化も安心した。
「瀬戸勇璃さんも冗談とか言えたんですねぇ。道化はてっきり、ロボットかなにかかと思ってましたよ」
「あまり調子に乗っていると、本当に口を塞ぎますよ?」
道化の余計な一言に対して、冗談と誤魔化せない程の殺気が言葉と一緒に勇璃から漏れている、道化はしっかりと肌で感じた、チクチクした。
「ハイッ!黙りますっ!」
この道化の言葉を最後に、車の中で言葉が発されることはなかった。
道化イイ子、良い子道化。さすがに無観客ライブで命を落とすのは嫌ですから本当に車を下ろされるまで黙りました。
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『第五章 道化は潤滑油?』〈ナレーション・道化 役者・瀬戸勇璃、国守浩平、弐貝煉 エキストラ・秘書?〉
防衛省庁舎のとある執務室にて、瀬戸勇璃によるダンジョンの調査報告が行われていた。
「……以上で今回のダンジョン調査についての報告を終了致します。ご質問等あればお答え致します」
「うむ、ご苦労。君も復帰したばかりなのにすまないな」
「人の為になることが私の生きがいですから、本望ですよ」
「それと、君に頼まれていた例の件なんだが、進展はあった。だが、どれだけ早くとも半年はかかる。まあ通常の手続きだけは権力だけじゃどうにもならん、ということだ」
「そうですか」と小さな声で反応する瀬戸勇璃。これで話も終わるのかと道化も安堵していると、男が待ったをかけた。
「そこでワシから君に提案がある」
瀬戸勇璃は何でしょうか、と興味を示した。えぇー道化もちょっと気になるー、偉そうな男からの提案ってなにー。道化の『劇』の主人公はどうなっちゃうのー。
「ところでその……、君が抱えているその白い男は何なんだ?できれば席を外してほしいのだが……」
「その男」とはなんだ、不敬だな!道化は立派な道化だよ!いくら元防衛大臣の国守浩平その人でも言って良い事と悪い事があるでしょうが!道化の完璧なご挨拶で格の違いを見せつけてやりますよ!
「こほん!少し挨拶が遅れましたね、元防衛大臣国守浩平さん。道化は道化という者です。政治的な根回しから民衆の人心掌握までお手の物なアナタと知り合えた事、道化は嬉しく思います。以後、お見知りおきを」
「現大臣だ、間違えるな」
勇璃に小言を言われるも、気にしない。なぜならこの挨拶の出来は俗に言う「決まった」というやつだからだ。優秀な道化に29点をあげちゃう!
「……なんだそれ……、君の兄弟か何かなのか?」
ここでもう一押しと考え口を開こうとした。しかし道化を抱えている勇璃からボディブローをかまされ、道化の口からは言葉にならない音だけが漏れた。ひゅーってやつ。
「失礼しました、これは少々厄介な犯罪者でして。空気とでも思って無視してください」
元防衛大臣は苦笑いのまま勇璃の話を了承した。そして元防衛大臣の口から津々浦々紆余曲折な説明がなされた。
それをシナリオライター道化が要約するなら以下の通りになる。
『とある財閥と国が主導して新たな事業を始めるから、国民に広める為に瀬戸勇璃には客寄せパンダになって欲しい』
それ対して勇璃は疑問を呈した。
「それは私にメリットがあるのでしょうか。それにそもそも可能なのですか?公務員は原則副業禁止だったはずですが」
この勇璃の疑問を元防衛大臣は予測済みだったのか、邪悪な笑みを堪えながら机の引き出しから一枚の紙を取り出した。当然、その紙に書かれた内容を読まなくとも、それが取るに値しない悪魔の手だと、道化には分かる。
しかし、瀬戸勇璃にとってはどうだろうか。正義であろうとすることを信条とする彼女にとっては、あの紙っぺらが甘美な毒林檎になりえるのではないだろうか。
「君がこの書面にサインをすれば、その瞬間から瀬戸勇璃は警察官を辞職した事になり、弐貝グループの運営する新企業の社員となる」
「社員に?それではどう考えても現状よりも悪化しています。どういうことですか」
「勿論君にパソコンを叩かせるわけじゃない、君に割り振られる業務は『ダンジョンの調査及び攻略』だろうな。まあ、ワシが君の上司になる分けではないから確実ではないが」
「向こうからは戦闘に秀でた人材の紹介を頼まれたから君を推薦した」と元防衛大臣は付け足して、懐から出した葉巻に火を付けた。
道化は政治に毛ほども興味はないが、瀬戸勇璃というスペードのエースを手放してでも得たい利益がこの取引にはあるのだろうと道化でも察しはつく。まぁ道化にとってはどうでもいいことか、という結論に至る道化であった。
「お話は分かりました、ですがこの場では決めかねます。貴方の取引相手とも話をさせてください」
灰色の煙を口から吐き、了承の意を表す。
「それでは帰らせてもらいます。しつ……」
勇璃は後ろを振り返り扉に手を掛ける。
「待て、新しい雇用主に話があるのだろう?今済ませろ、彼には隣の会議室で待機してもらっている」
え、第二ラウンド?これ以上お話パートが続くと道化干からびちゃうよ?いいの?え?「静かにしていろ」って?はーい。
道化と勇璃は元防衛大臣の秘書を名乗るスーツを着こなした女性に別室に案内される。そこには「チャラそうな大学生」という印象の青年がいた。
目の前の青年が口を開く。
「まずは挨拶からっすよね。オレ、弐貝煉って言います。瀬戸さんの話は国守さんから聞いてて、よければこれから良い関係を築ければ嬉しいっす」
おっと、この青年は見た目通り馴れ馴れしい男であるらしい。道化的には好印象だ。
「彼女が瀬戸勇璃、道化は道化です。さて、これでお互いの自己紹介も終わったことですし、本題に入りましょうか」
勇璃から肘打ちが飛んでくるがどうにか躱し、目の前の青年に話を促す。
「オレがやりたいことはただ一つ!それは冒険者ギルドを運営する事!現状親のコネと資産込みで冒険者ギルドっていう箱自体は作れたんですが……、オレの考える冒険者ギルドに必要な肝心の強い冒険者が用意できなくて……」
「うーん、そうですね。アナタの動機自体は理解しかねますが……兎も角、瀬戸勇璃という人物はアナタにとって都合が良い訳ですね」
「はい!まさに渡りに船って感じで、瀬戸さんと組めればオレの願望が一つ叶ったも同然なんすよ。なので、瀬戸さんの希望は可能な限り叶えるつもりでいます」
ここで聞く限りは悪い人間ではなさそうではあるが、どうしても気にしなければならない事というのはあるもので。
「ふーんなるほど。では彼女に何をさせたいのか、具体的にお聞かせ願えますか?多分ここが彼女にとって重要なところですから」
青年は「確かに」と前置きして答えた。
「オレが瀬戸さんにやってもらいたいのは三つ……いや四つあります。こちらの指定したダンジョンの調査、そしてダンジョンやモンスターについての情報の共有。そして冒険者ギルドに高ランク冒険者として所属していて欲しい、ここまでが確実に依頼したい三つのお仕事です。……それで四つ目なんすけど……、出来ればでいいんで広告用にお顔を貸していただけると助かります」
間を置いて、給料の話になる。
「まず社員として雇用する形になるんで毎月の給与は勿論、冒険者としての依頼達成報酬や新情報発見報酬、ダンジョン内で得た物の取得や売却なんかも、一般の冒険者と同じように報酬をお支払いします」
「随分羽振りが良いですね?いいことでもありましたか?」
「勿論これは瀬戸さんをお迎えするための精一杯の誠意だとおもって頂けると嬉しいっす。でも、少し腹黒い経営者的な目線で言うなら、瀬戸さんに賭けるお金以上の利益があると確信しているってだけの話なんすけど」
青年は「ダンジョンから何が得られるか今は具体的なことはまだ分かっていないから、机上論にはなるかもしれないけど」と言って話を締めくくった。
彼は何というか「頭の良い馬鹿」というか「勿体ない馬鹿」というか、何にしても悪い話ではないし、瀬戸勇璃の戦闘能力についても疑うものはない。超異常災害とされているダンジョンから何が得られるかという点もあるのだが、そこに関しての心配や問題はないだろう。道化の勘がそう言っている!
「偽秘書さん、さっきの紙っぺらを下さい。ここでサインしてしまいますから」
白いスーツの懐から、虹色のインクが出るボールペンを取り出し、サインの欄に「瀬戸勇璃」と書く。これで問題なし。
「これを現超異常災害対策大臣に渡してください。現防衛大臣さん」
そう言い終わると、弾けるように動き出した瀬戸勇璃によって道化は地面に組み伏せられる。道化は抵抗する気もない様に、勇璃が喋りだすのを待った。組み伏せが完了したころには偽秘書は既に部屋から出ていた。
「道化、私に何をした」
酷く怒気を孕んだ声が耳に届く。その表情を直接うかがうことは出来ないが、表情筋の死んだロボのような顔に違いない。まあとてもじゃないがふざけられる様な雰囲気ではない。
「ちょーと静かになるおまじないですよっ。ほら、喋るキャラが増えるとどうしてもテンポの管理が難しくなりますから、ね?それに瀬戸勇璃さんもこの結末自体には満足なはずです!だからいいじゃありませんか」
道化の言葉から、というよりこの修羅場の如き空気から察したのか青年は再び口を開く。
「え、もしかして瀬戸さん納得できてなかったっすか?すみません、その、道化って人がぺらペら喋るから最初からそういう打合せだったのかと勘違いしちゃって……ほんとに申し訳ないっす。あの、オレの方から国守さんに言っとくのでこの話は……」
そんな青年の好青年発言を勇璃は遮った。
「大丈夫です、それには及びません。私がこのイカれた罪者に腹を立てているのも事実ですが、貴方の提案を受け入れることに否定的でないのも事実です」
勇璃は道化に馬乗りの状態から立ち上がり、青年に向かって深く礼をする。
「改めてよろしくお願いします、弐貝煉さん。一緒に頑張りましょう」
「そんなっ、頭を上げてください!こちらこそ相当お世話になるつもりですから、オレからもよろしくお願いします瀬戸さん!」
これにて両者の話し合いは終了し、道化にとって退屈なパートが終わった。この先はもっと楽しいことだけを切り取っていこう。
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弐貝グループ:初出は「歪め、世界」にてチラッと名前だけ出ている。
現会長、弐貝治のワンマンによって一代にして財閥と呼べる程の規模へと拡大。海外への本格進出のための準備中、国内の地盤固めを行っている最中に今回の超異常災害が発生した。
お読みいただきありがとうございます。
「次話以降も気になる」と思っていただければ、是非評価や感想、質問をください。作者がとてもよろこび、励みになります。え、テンプレ便利ッ!