クリームシチュー
「取り調べを開始します」
澤縁八重は、先程までの溌剌とした可愛らしい雰囲気の表情から、冷徹冷酷で機械のような表情へと変わった。
「貴方は先日の11月28日月曜日に八城町|二丁目路地の全神社前で死にかけていました。さらにその危篤状態を医者の助けも無しに二日後である今日には殆ど回復しているようですね」
「これらのことについて思い当たることはありますか?」
声の出しにくい私を気遣ってか、じっと私の言葉を待ってくれている。
「……あるには、あるんだけど……どう説明……したらいいのか、分から……なくて」
勇璃が説明しあぐねていると、八重はいつもの調子に戻る。
「なんてやってみたけどさっ、大体の予想は付いてるんだよね。ユウちゃんのとこに行って話聞いてこいって命令した上層のお方々だって、薄々は分かってると思うし」
「?」
「ズバリ!ダンジョンに巻き込まれたんでしょ」
「ダンジョン」、勇璃には聞き馴染みのない単語だった。
「何、それ」
質問に対して八重は待っていましたとばかりに説明を始める。
「そうだよね、ユウちゃんはこの手の知識はからっきしだよね。じゃあ説明しよう。ダンジョンとは、主にRPGゲームやなろう系の異世界ラノベで使われる用語で、モンスターが徘徊する迷路の様な空間や構造物のことを指す。そしてゲームやラノベのダンジョンには「奥へ行けば行くほど敵が強くなり宝も豪華になる」というセオリーがある」
「つまり?」
「危険だけどロマン溢れる場所ってこと!まぁ、今そこら中にあるダンジョンが創作物通りのハイリスク・ハイリターンなロマンがあるかっていうのは調査中なんだけど」
八重は勇璃に聞こえないように心の中でこう続けた。「出撃させた調査隊が何の成果も得られずに全滅しちゃったせいで、ただの災害だとみなされてるけど」と。
「もし私が、ダンジョンに巻き込まれていたならば……」
「そう!何か情報を掴めたんじゃないかなって、私含めお偉方は考えたわけ。モンスターを倒した場所に小さい石とか落ちてなかった?」
「分かった。まだ本調子じゃ、ないから聞き取りにくいかもだけど、話すよ」
千夜さんを助けてから病院で目覚めるまでをできるだけ話した。
「うーん、多分ユウちゃんじゃなきゃ死んでる。いやむしろユウちゃんもよく生きて出てこれたね……それ」
◆◆
八重は頭の中で勇璃の話と自分の推理を織り交ぜ考えをまとめる。
・ダンジョン内のモンスターを殺すことで「ステータス」を得る事ができる。
・ダンジョン内の環境は層を跨いでも一定の可能性が高い。
・モンスターの種族は固定、もしくは統一性を持って出現する。
・その層事、または一定層事ににボスが居る
・モンスターの死体が残らなかった事から素材、武器はドロップ方式の可能性が高い。
・ボスを倒すとダンジョンが消滅する。
しかし勇璃の話だけでこれらの考えを結論と断言することは出来ない。それに予想が正しければ勇璃の攻略したダンジョンはイレギュラー、或いはバグの類である可能性が高い。
あぁまだ考えたいことがあるのにこれ以上黙っていては怪しまれてしまう。
◆◆
「そういえばステータスボードってここでも出せるの?どんな感じか見せてよ」
八重に言われて失念していたことに気がついた。確かにステータスボードを実際に出せれば話の信憑性が増すだろう。
「ステータス」
不思議な洞窟……ダンジョンでそうした様に、名前を呼べば半透明の板は応えるように現れた。
「……」
勇璃がステータスを出すのを八重は静かに見ていた。
「こんな感じなんだけど」
―――
【NAME】 瀬戸勇璃
【LV】 17
【ROLE】 有者
【HP】 20360/20360
【MP】 1700/1700
【STR】 2000
【VIT】 2100
【INT】 1500
【MND】 1900
【DEX】 1600
【AGI】 2600
【LUK】 445
【BP】 130
【SKILL】
・Crown of King(new)
・武王技(←武技)
・有者の一撃
・有者の武器
・身体強化
・自動回復
・健康体
・武闘会のワルツ
―――
最後に見たときから凄く変わってる気がする……特に数値周りが。っていっても見るたび見るたび変わるから慣れたけど。
「すごいよ、これ!本当にゲームみたい。レベルに能力値にスキル、うん、私にとっては既視感の塊だよ」
「そうなの?あ、項目とかを触ると詳しい説明とかも出てくるよ」
「へぇーそうなんだ。そんなところもまるでゲームそっくりだ。もしこのルールを定めた神がいたとしたら、その神は私みたいなゲーマーにはとても親切らしいね」
「いいなぁ、私はさっぱりだよ」
「ふふ。確かにユウちゃんはゲームやらないからね」
支給品のものでないスマホに何らかのメモを取り、それが終わったのか、八重はちらりと備え付けの時計を見た。
「そろそろお暇するよ」
「もう行くの?」
彼女にはまだ仕事があると分かっているのに、引き止めるような事を言ってしまった。
寂しさからか、安心感を手放したくなかったからか、それとも勘が騒いだからか。
「うん。ユウちゃんにあれこれ教えてあげたい気持ちもあるんだけど、一応勤務中だからね。そろそろ戻らなきゃ怒られちゃうよ」
「そうだよね、またね八重」
「うん、また明日!無事そうでよかった、じゃね」
彼女は軽い足取りで病室を出た。入れ替わる様に看護師が病室に入る。
「こんにちは瀬戸さん、体の調子はどうですか?測定機を見る限り正常なようですか」
緩い三つ編みを肩から前に垂らし、スタイリッシュな印象を与えるメガネをかける、真面目そうな美しいお姉さんだった。首から掛けられた名札には「鐘古凛華」と固い字で書かれている。
「痛みで少し体が動かしにくいだけで、大丈夫ですよ」
鐘古さんはベッドの脇に置かれた機械を操作しながら喋る。
「痛みがあるなら、大丈夫とは言えませんね。……ですがまあ、貴方の驚異的な回復力ならば、今日明日安静にしていれば治ってしまうのでしょうけれど」
振り返った鐘古さんは、私の事をペタペタと触りながらメモを取っていく。
正直、予想だにしていなかった行動にビビリ、若干キョドった。
「えっ、あ、あの何をしているのですか?」
鐘古さんは何でもないように答えた。
「ん?検査ですよ」
待つこと数十秒。
「うーん、異常が見られないですね。ですがそれ自体が異常とも言えるのですが……、大丈夫問題無し、っと。そうでした、わたしは今日はずっとこの部屋で待機しているので、お世話は任せて下さい」
「えっ、はい」
ちなみにこの日は立つことも出来なかったので、お世話になりっぱなしだった。鐘古さんが余りにも女性の理想像みたいでちょっとドキッとした。
◇◇
僕はこの病院の庭が好きだ。年中変わらず緑に生い茂る草木は、解消されることのない悩みを打ち明けるのに向いている。少なくとも僕は10年間、そうしてきた。
「明日、君たちともお別れだ。長い間僕の話を聞いてくれてありがと」
今まで本当に助けられてきた。手術への恐怖、変わらない現状に対しての漠然とした不安、そういった心の内をここに置いていくだけで、いくらか勇気が湧いたのだ。
「長く居ると……またここから出られなくなりそうだから。元気で」
伝え残した事はない、それに相手は植物だ。結局のところ、別れの挨拶なんて自己満足のためでしかない。
早く病室に戻ろうと踵を返すと、患者衣を着た身長の高い黒髪ストレートロングの美しい女性とすれ違う。僕はこの病院に長く居るが、彼女のことを見たことはない。なんとなくだけど……強そうだった。
「病院にこんな所があるんだ。植物園みたい」
……きっとこの庭はこれからも人々を癒し、助けてくれるのだろう。僕がそうされたように。
「二夏さん、ここに居たんですか。早く戻ってきてください、退院の準備が残ってますよ」
二夏「わかってるー、今帰ろうとしてたとこ」
鐘古「そうですか。よかったです。次話は二夏ちゃんメインのお話ですから、本人不在ではいつまでも始められません」
二夏「……、メタい。いくら真面目系の皮被ってるからってそれでごまかされないから。まったく、何年の付き合いだと思ってるんだか」