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第四話 結界師、花火を見る

 ジークが前足で連続踏み潰し(スタンプ)をかましてくるが、シエルはすべて回避する。


「……やっぱり、ドラゴンの動きは(のろ)いね」


 ジークの動きは体格が大きい分、遅い。

 回避の体勢ができていれば躱すのは容易だ。しかし、

 

『ジークの鈍さを補うために彼女が居るのでござろう』


 雷の矢が3本飛んでくる。

 シエルは2本避けるが、1本を肩に掠らせる。


「ぬぐっ!?」


 体が痺れたところに飛竜(ジーク)の突進が迫りくる。


 シエルは咄嗟にジークの眼球に狙いを定めた。

 放たれる血の弾丸。弾丸はジークの右眼球を貫いた。


『くっ!?』


 標準が乱れたジークの突進をシエルは屈んで避けた。

 凄まじい風圧が頭上を通り抜ける。突進を避けられたジークは弧を描き、空に昇った。


「当たった? 適当に撃ったのに」


 まさか。とシエルは手元の水鉄砲――シモに視線を送る。


「シモさん、撃つ瞬間ちょっと動いた?」


『うむ! どうやらシエル殿に触れられている間は少しだけ動けるようでござる。

 シエル殿が撃つ瞬間に銃口を動かして狙いを定めたでござる。エイムアシスト、というやつでござるな!』


「なるほど。それなら、シモさんに狙ってほしいところがある」


『む?』


 シエルは小さな声でシモにある作戦を伝えた。



 ◆◆◆



「ちょっと! 大丈夫なのジーク!」


『問題ない。もう治った』


 ジークの言う通り、シエルに撃ち抜かれた眼球は完全に治っている。さきほど撃ち抜かれた前足もとっくに完治していた。


『どうやらこの自己再生能力が私の能力のようだな』


「あははっ! 無敵じゃない! その図体にその再生能力、誰にも負ける気がしないねぇ!!」


 ジークは相手に狙いを定ませないよう、空を迂回する。


『もう一度突撃する。同時に』


「私が操霊術で奴の動きを止める! 行くよジーク!」


 再び突進しようとした時、更地の上でシエルが引金を4度引いた。

 4発の赤い弾丸がジークの両肩と両足を貫いた。


「ジーク!」


『問題ない、すぐに治る。ゆくぞ!』


 天空から勢いをつけ、シエル目掛けて突進する。


「《雷胞よ――》」


 鉄マスクの女が詠唱を始めると同時に、シエルは左手の人差し指を唇に当てた。



「“(チン)”、“(モク)”」



 シエルが呟くと、ジークの両肩と両足の付け根を起点に結界が形成された。

 遅れて鉄マスクの女は結界に気づく。


(結界!? いつの間に!?)


 先ほどの弾丸はシエルの血液だ。

 その血液がジークを貫通し、ジークの肩と足の付け根に付着した。付着した血液を起点に結界を展開。結界は鉄マスクの女を囲んだというわけだ。



――瞬間、鉄マスクの女は膝を崩し、ジークの背中に突っ伏した。



(なっ!)


 全身に鉄球を(くく)り付けられたように動かない。

 これは“沈”の効果。“沈”は結界内の重力を増やし、相手を()める。


(だったら詠唱で結界の起点を破壊する!)


 鉄マスクの女は口をパクパクと動かす。


「――! ……? ――!!?」


 しかしいくら喉を振り絞ろうが、いくら口を動かそうが、


(声が出ない!?)


 これは“黙”の効果。“黙”は結界内のすべての音を消し去し、()らせる。詠唱使い天敵の術式効果だ。


(馬鹿な! こんな即席の結界に2つの効果を付与するなんて!! コイツ、何者だ!?)


 天域(てんいき)と呼ばれる結界師が1つの結界作成にかける時間は約2分。さらに一度に付与できる効果は精々1つ。2つ付ける場合には10分はかかる上、専用の道具が必要だ。


 シエルは即席で2つの効果を付与した結界を展開できる。

 これは魔術を(かじ)った者なら誰でも驚く所業だ。


『おい、どうした! パルート!!』


 背中で起こっていることゆえ、ジークは状況を把握できない。

 鉄マスクの女――パルートは声を出せないから状況を伝えることもできない。しかもいま、彼女は重力によってジークの背に張り付けられている。結界外に出るのも自力じゃ不可能。まさに()()状態だ。


『くっ!』


 ジークは仕方なく、そのまま突撃する。どうせ反撃を受けてもすぐに再生できる。怖いのは背中の弱点、パルートが撃ち抜かれることだが、ジークの影でシエルたちは彼女を視認できない。狙撃はほぼ不可能。


 ローリスクハイリターンの一撃だ。

 シエルはジークの突進を川に飛び込んで回避した。


『愚かなり。泳いでこの攻撃を躱せるか!』


 ジークは口に火を溜める。先ほど街を焼いた火炎ブレスを放とうとしている。



 愚か、とは今のジークのことを言うのだろう。



 水を弾丸にする相手が川に落ちたのだ。彼に、彼らにとって、川は弾薬庫のようなモノ。

 シエルは川から目元だけ出し、銃身を水に浸したまま銃口をジークに向ける。


『貴殿の再生能力と、拙者のDPS……どちらが上か――』


「びょうぶ!(勝負!)」


 シエルはひたすら引金を引きまくる。

 水の弾丸がジークの体を貫いていく。弾丸のダメージに対し、再生は間に合っていない――


『こ、の! ジークフリートを……舐めるなぁ!!!』


 ジークは力を振り絞り火炎弾をシエルたちに撃つ。だが、


「“(ヘキ)”ッ!!」


 両岸に2点ずつある血の跡を起点に結界が発生。

 シエルの頭上に立方体の結界が現れ、火炎弾を防いだ。


『ぬっ!?』


 渾身の一撃を防がれたジークに、もう打つ手はない。


――無数の水弾がジークを襲う。


『ぬおおおおおおおおおおおっっっ!!』


 ジークは全身に風穴を作った。そして胸に空いた穴から、火炎が漏れ出した。漏れ出た火炎を見て、シエルは手を止め岸に上がった。


『シエル殿、まだ奴は生きてるでござる!』


「大丈夫だよ。間違いなく火炎袋を撃ち抜いた。もう終わりだ」


『なぬ? 火炎袋を撃つとなにが起きるでござるか?』


 竜の火炎袋に穴が空くと竜の体内にある油分を糧に炎が広がる。通常、強固な鱗、筋肉、骨で守られている部分に火炎袋があるため、急所でありながら誰も狙わないが、ひとたび破損すれば火炎は制御できなくなる。もっと小型だったが、シエルは竜と交戦したことが多々あったため、このことを知っていた。


 諸々の説明を面倒くさがったシエルは一言だけ据える。



「……花火が上がるんだ」



 火炎がジークの体内の油分を伝播し、燃え広がり、

 ゴォオン!! という音と一緒に、巨大な爆炎が空を彩った。



 ◆◆◆



『た~まや~、でござるな』


 シエルは自分の手から滴る血で結界を作る。


「“(ショウ)”、“(カクレ)”」


 結界の中に腰を落ち着ける。

 ドタドタと足音を立て、軍服を着た者たちがやってきた。


「これは……一体何があったのだ?」

「ひでぇ。跡形も残ってないぞ」

「驚くのは後にして、まずは状況の確認よ」


 たったの3人だ。竜が出たというのに。

 兵士たちはシエルの存在に気づかない。認識できない。結界のおかげである。


『これだけの騒ぎで、たったこれだけの人数しか来ないとは……』

「いいや、来ただけましだよ。この街に軍支部はないから、北の街から来たのかな」


 軍支部がない、それはつまり治安維持をする存在がいないということだ。

 改めてシモは街を見渡す。


『この街はスラム街でござるか? 改めて見ると……酷く、汚れた建物ばかりでござる』


「この街は別にスラムじゃない。酷いところはもっとだ。ゴンさんも言ってたでしょ、国から課せられる圧政と重税で多くの街がこうして廃れた。国の要望に応えられない街は帝国兵の保護も受けられない」


『……』


「遠慮しなくていいよ、シモさん。どうしてこの国がこんな有様か知りたいんでしょ?」


 シモは『あ、いや……うーん』と否定はしない。


「シモさん……この国はね、10年前に革命が成されたんだ」


 シエルは虚ろな目で語る。


「革命成功の要因は皇帝の暗殺だった。1本の矢が皇帝の頭を貫いたんだ。その矢は“開闢の矢”と呼ばれた」


『先ほど店主殿が言ってモノでござるな』


「うん。その“開闢の矢”を放ったのは現皇帝の迦楼羅(カルラ)。そして……僕は彼の暗殺の手助けをした」


『なんと!?』


「僕は信じていた……皇帝が変われば、迦楼羅が皇帝になれば、国は幸せになるって。そのために迦楼羅に協力した。でも」


 シエルは周囲を見る。

 とても平和とは程遠い街並みを見る。


「過ちだった。彼の思い浮かべる平和と、僕が思い浮かべる平和は……夢は違ったんだ」


『シエル殿にそんな過去があったとは。只者ではないとは感じていたでござるが』


 シエルは手元の水鉄砲と、そして先ほど戦った竜を頭に浮かべる。


(こんな状態の国に、こんなモノを持ち込まれたら……酷い混乱になる。もしも……)


 シエルは頭にある男を浮かべる。

 それは――現皇帝、迦楼羅だ。


(彼の手に渡ったら……! 駄目だ。それだけは絶対に阻止しないと!!)


 シエルの目の色が変わった。覚悟が決まった目だ。

 シエルは右手でシモを掴み、自分の視線の高さまで持ち上げる。


「彼がシモさんのような転生者を手に入れたら、〈スパルナ〉はさらに悪い方向へ進む。それだけは絶対阻止したい……」


『では、シエル殿!』


「うん。前言撤回だ。

――このバトルロイヤル、僕も乗った! 帝国軍に転生者が渡る前に、転生者は僕が殲滅する!!」


 ガサ、とすぐ傍に足音が迫った。


「いま、この辺りで声がしなかった?」


 あ。と漏れそうになった声を抑える。


(しまった。“黙”をかけてないのに喋り過ぎた!)


 “消”は魔力反応を消失させ、“隠”は姿を消す。ただそれだけ。音や匂いは漏れ出るのだ。


「たしかここから……」


 女騎士は歩みを止めない。

 女騎士の視界にはシエルは入っていない。ゆえに、彼女は目の前に人が座っているのにもかかわらず、足を前に進めてしまった。


 シエルの組んだ足、その右膝に女騎士の足がぶつかった。


「きゃっ!?」


 可愛らしい声と共に前に倒れる女騎士。


「危ない!」


 シエルは倒れる女騎士を抱きとめる。


 胸当てに右腕に当たり、鈍痛がのぼってくる。

 シエルの左手は偶然にも鎧のない臀部に回り込んだ。小さく張りのある尻の感触が左手からのぼってくる。


 そして――結界内に侵入したことで、女騎士はシエルを視認できるようになってしまった。

 至近距離で2人は見つめ合う。


「……?」

「……(汗)」

「……っ!?(照れ)」

「……(冷や汗)」


 スパン!! と、平手打ちがシエルの頬に炸裂した。

 シモ=ヘイホーは『ラッキースケベでござる! せこいでござる!』と騒ぎ立てたのだった。

~この戦いで出た術式効果おさらい=


“壁”:結界を実体化させる。

“消”:結界の魔力反応を消す。

“隠”:結界内のシエルが選んだ対象を結界外から見えなくする。

“沈”:結界内の重力を上げる。

“黙”:結界内の音を消す。

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