第十二話 皇帝、旅へ出る
帝都〈ヴィシュパード〉。
その中心に位置する皇帝の居城〈ガルトマーン皇城〉の謁見の間。
玉座に男は座って――いなかった。
「ふぅ。久々に帰ってみればあちこち汚れているな」
男は雑巾で床を、壁を、銅像を磨く。
この黒髪の男こそ現皇帝、迦楼羅である。
「陛下が言ったのでしょう、『自分がいない時は部屋に入るな』と」
扉を開け、入ってきたのは赤髪の男。
身長は160cmほどで迦楼羅より若く見える。少しでも知的に見せたいのか、片眼鏡を右につけ、片手に扇子を持っている。
両耳が尖っている彼は魔力に長けた種族、エルフに属する。
「使用人も部屋に入れないものだから汚れて当たり前です」
「仕方ないだろう、アレを見られるわけにもいかん」
迦楼羅が言うと赤毛エルフは小さく頷いた。
「わかってますよ。ですが、皇帝が雑巾片手に床に這いつくばるなど威厳の欠片もありませんので、どうかやめてください」
「待て。あと少しで終わるから」
そう言って迦楼羅はせっせと玉座を磨く。
「まったく……」
赤髪の男――〈スパルナ帝国〉の軍師“イスカ=グーディッチ”は手に持った扇子で肩を叩く。
「ん~! これでスッキリしたな! それで? 用件はなんだ、イスカ。今日は休みと言っていたじゃないか」
「実は部下から興味深い話を聞きまして。我らが留守の間に〈フィルランド〉という街に600人規模の派兵をしたようですが……」
「600? それだけの兵をなぜそんな田舎に」
「類を見ない黒竜を確認したからだそうです」
「――転生者か?」
「可能性は高いかと。しかし、情報を整理する限り黒竜は倒されたようなのです。黒竜が爆破するところを見た人間が〈フィルランド〉に多数いました」
「そうか……」
迦楼羅はそっとため息を挟む。
「黒竜の件はそれで終わりです。問題は別にあります。その600人の軍隊は〈カルミナ城〉とかいう廃城に黒竜が居る可能性が高いと見て、そこへ向かったのですが……賊に返り討ちに遭いました」
「なんだと? 敵の人数は?」
「わかりません」
イスカが言うと、迦楼羅はピクっと眉を動かした。ある予感が頭に過ったからだ。
「その隊に参加していた者……まぁいわゆる逃亡兵ですが、彼の話によるとなにもない場所から矢や砲弾が飛んできたと。さらに見えない壁が進路を塞ぎ、飛竜や馬は勝手に逃げ出したそうです」
「――っ!? まさか……アイツか!」
イスカは肩を竦め、苦笑いする。
その表情はどこか嬉しそうだ。
「そうでしょうね」
「ふふ、ははははは!! ようやく出て来たか! シエル! どれだけ探しても見つからなかったが、そんなところにいたとはな!!」
迦楼羅は扉に向けてダッシュするが、そのマントをイスカに掴み止められて転んだ。
「うおっ!?」
「お待ちください。どこへ行くおつもりですか?」
「決まってるだろ、シエルを迎えに行く!」
「駄目に決まってるでしょう! あなたは王なのです! 皇帝なのです! そうほいほいと出かけられては困ります!」
「まったく、うるさい奴め……あ! 窓の外に空飛ぶマフィンが!!」
「なんですと!?」
目を輝かせ、外を見るイスカ。
「どこですか陛下! 空飛ぶマフィンは ……陛下?」
イスカは視線を謁見の間に戻す。そこにはすでに迦楼羅はおらず、迦楼羅が身に着けていたマントやピアス、高額の装飾品だけが置いてあった。
「あ、の、お転婆皇帝がぁ~~~!!!」
◆◆◆
――〈ガルトマーン皇城〉厨房。
「アントナン! アントナン=カレームは居るか!」
迦楼羅が厨房に入ると、まず天井に届きそうなほど大きい菓子の城が目に入った。
菓子の城を見上げて「うーん」と唸る料理人が居る。迦楼羅は彼に近づき、肩を叩く。
料理人は「ん?」と振り向き、迦楼羅を見ると笑みを浮かべた。
「おや? どうしましたボス、小腹でも空きましたかな?」
彼の名はアントナン=カレーム。皇城専属シェフである。
アントナンの特徴はそのうねりにうねったパーマ質の髪と、割れた顎だろう。小太りしており腹が出ている。目元はキリッとしていて、鼻筋は整っている。声もハスキーだ。髪質を変えて痩せれば女性に大いにモテるかもしれない。
「アントナン! 御馳走の準備をしてくれ! 近々とても大切な客人をここへ招待する!」
「ほう? かしこまりました。無礼を承知で聞きますが、その客人とボスの関係性を聞いてもよろしいですかな?」
「料理に関係あるか?」
「ええ。客人に合わせた料理を振舞いますので。惚れた相手なら甘美なムードを作る料理を、政敵ならば圧倒する料理を作りましょう」
「相手は親友だ。落ち着いて話せる料理を作ってくれ」
「了解しました」
「あとめちゃくちゃ食いしん坊だから20人前は用意しておいてくれ!」
「20人前……? 相手は人ですか?」
「では頼んだぞ、アントナン!」
迦楼羅は廊下に出る。
「お待ちください陛下!」
イスカを筆頭に追いかけてくる帝国兵。
しかし誰も迦楼羅の俊足にはついてこれない。
迦楼羅は正門から外に出る。
「すまないが、貴殿の馬を貸してくれ!」
「え? 皇帝様!?」
民から馬を借り、迦楼羅は馬を走らせる。
「陛下!! お待ちください!!」
イスカが叫ぶ。
「イスカ、些事は任せたぞ!!」
「おい馬鹿止まれ!!」
イスカの暴言も聞き流し、迦楼羅は馬を走らせる。
「いまゆくぞ! シ~~エルぅ!!」
その表情は晴れやかであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました! 人気低迷につき、ここで打ち切りです!
最後にポイントやブクマを貰えると嬉しいです! では、またどこかで!