ドラクエとウルティマ
ドラゴンクエストがウルティマとウィザードリィを基にしているという逸話は有名である。
しかし、「どのウルティマか」ということは滅多に言及されない。実はこの点は意外なほど重要である。ウルティマは1から8まで、ナンバリングごとに絶えず進化・変化していったシリーズだからだ。
ウルティマはPCゲームであり、操作系や画面レイアウトといった、表面的だが煩わしい部分に阻まれて本質的な比較が難しくなっている点もある。ドラクエの元ネタと聞いてPC版のウルティマ1などを遊んだとしたら「全然似ていない」という感想になってもおかしくない。
ドラクエが基礎として参考にしたのは、時期的にもウルティマ3と4だと思われる。町のマップ設計には明らかに類似性があり、住民から情報を集めて各地を移動する基本設計に始まり、購入しづらい消耗品の鍵を使って開くドア、フィールドマップの一見何もない地点に隠された重要アイテムなど、細かな発想も多くがウルティマに借りている。
特にドラクエ1に関しては独自要素は少なく、戦闘部分がウィザードリィの簡略版であるとすれば、それ以外の部分はウルティマのそのまま簡略化という趣がある。
ウルティマ3から簡略化された点としては
・視界制限
ウルティマ3は壁に遮られて見えない角度のマスは黒く表示されて視界を表現していたが、ドラクエでは建物の中など一部の場所が見えないだけという形に簡略化された。
この簡略化はわかりやすさのための他に、当時のファミコンのスムーススクロールとの相性の悪さも理由の一つではないかと思われる。
実際、ドラクエ1のダンジョンには照明による視界制限があるが、これを表現するためにスクロールが8ドット単位になってしまっている。
後にファミコンに移植されたウルティマ3では原作の表現を忠実に再現しているが、処理速度や見栄については問題を残していた。
・コマンド
ウルティマシリーズはプレイヤーの取りうる行動の幅の広さが特徴の一つである。3の時点で、町の宝箱を盗むと衛兵に追われるので、事前に厄介な位置にいる衛兵に賄賂を渡して消しておくなど、種類の多いコマンドを使った変則的なゲームプレイが可能だったが、ドラクエではそういった遊びはほとんど省略されている。
ファミコン版ドラクエ1の「かいだん」コマンドなどは、そういったコマンド主体のウルティマのある意味での名残と言えるかもしれない。
・ダンジョン
ウルティマのダンジョンは5作目までウィザードリィと同様の疑似3D表示だった。ただし、ウィザードリィよりも視覚的で、宝箱や回復の泉などは画像として表示され、3以外では敵も画像で(ちゃんと距離に応じた大きさで)表示される。
3D表示のダンジョンはシステムも別になり煩雑さがあるため、他のウルティマフォロワーでも変更されることが多い。(Deathlord、Shard of Springなど)
本邦のRPGでは夢幻の心臓IIが先駆けてこの形態を取っている(初代夢幻の心臓は3Dダンジョンだった)。ただしシンボルエンカウントであり、ドアによって細かく区切られたマップデザインなど、ドラクエのそれとは方向性がやや異なる。
・エンカウント
ウルティマでは敵との出会いはシンボルエンカウントである(3のダンジョンを除く)。ドラクエのようなマップ表現でのランダムエンカウントは(特にダンジョン内では)視覚的に少し違和感があるのだが、和製RPGのその後のトレンドを決めた点で意外と重要な改変である。
・乗り物
ウルティマは1作目からフィールドマップ上で使える多様な乗り物が特徴だった。3で一旦は馬と船のみに絞られたが、4では気球が登場している。
その乗り物もクセがあり、単に地形を越えて移動できるだけではなく、風向きに左右されたり、船の大砲による攻撃でモンスターのシンボルを戦闘せず撃退できたり、逆に下船時に敵の砲撃を受けると破壊されてしまうなど、ときに面倒になるほど多くのメカニズムが用意されていた。
ドラクエでは1には乗り物がなく、2で船が登場したが、シンボルエンカウントではないという事情もあり、シリーズ全体を通してもウルティマのような複雑さが採用されることはなかった。
(2022.2.1追記)
・食料
ドラクエでの消耗品は大半が戦闘に関わるものだが、ウルティマ3と4では戦闘で直接使える消耗品はむしろ少なく、特にゲームの進行と共に自動的に減少していく食料は、ある意味ではプレイヤーに定期的な買い物を強制するためだけに存在するシステムである。
4ではさらに魔法の発動に必要な8種の材料が追加され、これら材料の町ごとの販売価格、一部の非売品の材料の入手地点などを把握して、やはり定期的に買い出しを行う必要がある。
こういったリアリティのためだけに存在する面白みのない制約には、海外のCRPGプレイヤーの間でも否定的な意見が多い。
にもかかわらず、これらの消耗品はウルティマのゲームプレイに奇妙な現実感を与えており、「架空世界での冒険」として完全に無意味なシステムというわけではない。
・クエスト
ウルティマ3のメインクエスト(ゲーム完了のために必要な手順)はかなり自由であり、例えば進行に必要な4つの「印」は各地のダンジョンの深部に複数配置されていて、どのダンジョンからどの順番で手に入れるかは完全にプレイヤー次第である。
一部キャラクターのレベルが条件になっているもの(たとえば海に出るために必要な海賊船は初期レベルでは出現しない)を除けば、開始直後からほぼどこにでも行くことができる。
4では多少進行に順序がつくようになったが、世界の広さが大幅に拡大し、プレイヤーキャラクターの職業によって開始地点すら変化するため、3以上に「放り出され感」の強い展開となっている。(その上、昨今のオープンワールドゲームとは違って、ウルティマ4はクリアのために世界全体をくまなく回らなければならず、プレイにはかなりの労力が伴う)
それと比較すると、ドラクエ1の野外マップはウルティマ的であると同時にウィザードリィ的なダンジョンとしての面も併せ持ち、プレイヤーを誘導しつつ適度な進行の感覚を作り出している。
(追記部分終わり)
こういった改変によって、ドラクエ1では全体的に遊びが『淡白』になっているものの、ある意味では余計とも言える要素を省略して戦闘に軸足を置くことで、初心者にも理解しやすいゲームとなっているだけでなく、採用されたルールの練度についてはウルティマより優れている点も多い。
しかし一方で「その気になれば強盗、賄賂、船の略奪などやりたい放題だったウルティマ3のシステムをそのままに、それらの無法行為を封印することをクリア条件としたウルティマ4」という大胆な転回はドラクエの方法論では表現し難いのも事実である。
ウルティマは6や7に至って現代のオープンワールド・箱庭ゲームに先駆ける内容を完成させるのだが、ドラゴンクエストは6以降のウルティマについてはほとんどフォローせず、むしろ保守的なシリーズとしての地位を確立していく。
微妙な位置にウルティマ5というゲームがあり、そのシステムはまだドラクエのそれと親和性がある。あるいは開発陣のシステムに対する野心が異なっていたら、ドラクエ4は夜中に住民の後をつけて鍵の隠し場所を見つけたり、道具を使って山登りしたりするゲームになっていたのかもしれない。(前者について言えば一部のイベントには近いものが見られる)
1980年代当時のドラクエスタッフが遊んだウルティマはApple II版だが、現在再販されているウルティマシリーズは基本的にIBM-PC版である。
当時の機種の性能差や移植の大雑把さも手伝って、PC版の内容は当時ドラクエの製作者が体験したそれとはかなり異なっている。
例えばウルティマは当時のCRPGとしては非常に珍しく、場面ごとに異なるBGMを用意していたのだが、PC版ではサポートされていない。(とはいえ、Apple IIのサウンドボードは高価なので、当時日本で輸入していたユーザーでも使っていなかった可能性はある)
グラフィックは実際の性能はPCの方が(当時のCGA・EGAボードであっても)上なのだが、3ではコンポジットの滲み利用にエミュレーターが対応していない、4では16色版のドット絵がいまいち雑などの事情が重なり、ただでさえ最低限のグラフィックがさらに悪くなるという事態になっている。
かといってApple II版も今日では入手困難、動作速度やフロッピーディスクの枚数などPC版以上に遊びにくいものであるのも事実なので、改めてレトロPCゲームというのは当時も今もややこしくマニアックであり、比較するとファミコン版の初代ドラゴンクエストは同じレトロゲームの括りでも遥かに敷居が低い。
今日Apple II版を当たる上ではインターネット上の動画がもっとも簡単な手段なのだが、画面の再現度があまり良くないエミュレーターを使ったものが大半の上に、コピーに失敗したゲームディスクで一部のマップが破損したまま遊んでいる例もあるなど、あまり良い状況とは言えない。
(ウィザードリィは日本での例外的な知名度の高さゆえ、Apple II版に関する情報も比較的良いものが出回っているのだが…)