黒い箱に滴る蜜の味。
思えば彼が私の前に立っていたのは守ろうとしていたのかもしれない
けれどいつから私の事を……
振り返る彼の笑顔の裏に潜む何かに
ここで働く女に、それぞれ女の物語がある事は化粧や香水や体臭やからも容易に想像はつく。
会社は学校では無い。
自主的に金を稼ぎに来たのだから、嫌なら辞めるか改善するか。
改善するのは己か会社か、それは誰の為なのか?
我儘な理由で仕事場を変える輩が増えた今、あれが嫌これが嫌の声の大きい人達の話を受け入れ、嫌いな者を嫌いな物を嫌いな事を追い出した会社が後悔しているのを渡り歩いた会社でも散々見て来た。
追い出した人達の偉大さを居なくなって知る時点で、それは改善では無く改悪なのだと喉の先まで出かかっていたのを覚えてる。
そんな人達が大抵口にするのが
「折角社員の為に改善してやったのに……」
そう、それはどの社員の為に改変したのかに問題がある事を気付けないから起こる。
「大事な社員の為にした事なのに……」
結果が逆なら、それは大事な社員の選択ミス。
最初は仕方が無い?
そうでしょうね、それまでの仕事の仕方を変えずに人を物のように挿げ替えただけなのだから。
変えたのは何?
自分を慕う者のみを優遇して、皆との協和性が無いと見れば排除する。
仕事の効率化といえば聞こえ良く【生産性】の名の下に、統計をエビデンスとして効率の悪い仕事とするのは結果の遅い仕事や無駄と見える事、それ等を改善して行く。
改善って何をしたの?
禁止と排除。
それがこの女々しい会社。
いえ、この国の効率化という流れによる奴隷制への布石だったと知る現在。
〇〇ファーストを唱っては優遇の順位付けをするそれこそが、現在のカースト制度(奴隷制にも通ずる身分制度)の始まりになっていたとも解らずに……
女性・子育て・歩行者・障害者と……
護れと言っては対峙する者を敵として退治しろと訴える。
蔑視・差別・傲慢と蔑み国民を煽ると、まるで正義の使者かのような高揚に持ちあげる者が現れる。
持ちあげる者は、煽る者の間違いに気付いた者をも潰しにかかる。
障害者等と言うのは差別語だと言い、障害者の害を平仮名に障がい者だとしておいて、対義語に健常者を置くそれこそが差別だとも気付きもせずに
老人を害悪として改善する制度を政策に掲げておいて、老害と言うのを差別的として老人の味方を装った輩。
その扇動をしていた者達は弱者救済を装い、弱者を盾に対話を拒否し敵討ちのような演出に、誹謗中傷と印象操作を繰り広げ、見下し排除を良しとしていった。
その結果、弱者支援は停止され、弱者を装う支援者と支援団体や活動実態も無い得体の知れない者達への税金投入の増資に繋がっている。
それは一部の会社には減税だが、労働者には増税として転嫁され、悦んだのはカースト上位の役員と税金免除の組織体。
会社内部で煙草叩きに始まった統計による無駄の排除は、都合良く創り出したエビデンスを盾にエスカレートする社の気運に
トイレの回数からオフィス内の給湯器を廃止し、自費の自販機の導入
飴やガムの禁止に、文房具類の使用にも無駄の排除を理由に納入抑制
無駄の排除に切り捨てたのは人の権利ある行動ばかり……
その排除の根幹にあったエビデンスを出す統計という学問的に算出した数字には、カラクリがあると知っていただろう者達。
それを社の為仲間の為にと正直に訴えた者は喫煙者と共に排除され、無駄な物とされた。
統計とは、算出する事物に対して集積するデータを何にするかで、算出される答え自体が変わってしまう。
それは、スパコン富岳のシミュレーションも答え有りきにデータを入力して算出されている結果と同じ。
つまりは昨今のメディアが提唱する、スパコン富岳のシミュレーションが実験より上かの如くに伝えるミスリードと同様に
統計による数字を絶対として役員や経営に癒着する政治団体や怪しい団体に通ずる者の都合に合わせ人を切り捨てるのを容易にして、大量リストラの理由を創り出すのを手伝った賛同者……
この会社は、そうして人の排除で浮いた泡銭を役員報酬に充てがい、税金対策に作った箱でもあり、扇動者の援護射撃に使っていたIDやサーバーやの隠蔽に看板を掛け替え塗り重ね、闇に葬る為の……
現在の社会を牛耳る者達が恐れるパンドラの箱。
その隠蔽工作に下りて来たこの会社の役員は、自分達がどうして造った数字なのかも忘れたのか、人を人とも見ずに数字として買った駒に能力もセンスも希望も期待もしていない。
価値も無ければ意義も無い。
ただ上から言われた数字に合わせていれば良いだけの税金対策の会社。
でも大手企業が出資して税金逃れに創った事が見え見えでは体裁が悪い。
だから目玉商品として人選に優秀なプログラマーを掻き集め、ベンチャーや有名企業から無理矢理に引き抜いて来た。
……そうして彼はここに居た。
私は彼が輝いていた頃を知っている。
でも、この会社に彼が居ると知ったのは入社して二年目の……
「おい、この忙しい時に誰だよあいつ等」
「知らない。でも、あの女スタイル良くね?」
その日は震災の……いえ、原発事故の影響により計画停電の余波が現れ再起動による設定変更の確定無しに継続していたシステム等のエラーや開示に
情報流出よりも、隠蔽していた情報が丸見えになっている状態なのを隠そうと躍起になってエンジニアに役員達が詰め寄る怒号が響く中……
他所でも地域別計画停電からサーバー所在地や通信システムを特定され、ATMの通信システムに侵入されと、見るに堪えないこの国の脆弱なセキュリティを顕にし。
それは外資に都合良く、他国に委ねたネットワークを優位に見せるのに一役買っていたと知るのは、その後の外交政策が出てからの事。
その日、社には役員とは別に、創設から居る者ですら見た事が無い、一般とはかけ離れた高圧的な態度の少し上の世代か亜細亜訛りの汚い日本語を使うシステムエンジニアが、チームを連れてやって来ていた。
私はオープンオフィスの領収証書の束を運び終えた戻り、階下の階下に上司を見付け質問に追いかけると、開いた扉から怒号が飛び交っていた。
思わず覗き、初めてこの会社のブレーンルームとも言えるプログラマーやエンジニア達の部屋に入っていた。
「オォッ! 何してるこの糞野郎、それ弄んじゃねえよ糞馬鹿が!」
「いや、この設定を閉じたままにすると内部情報が失われます」
「コイツ! 俺に喧嘩売ってんのか?」
「これは争う話では無いでしょう」
会社の為にと楯突く人が誰なのかも判らない、広くて手狭な大広間の中で。
「木場君、ちょっといいか?」
そう言って呼び止めたのは私の上司だった。
経理の人間が口を出す話では無い事とは思いつつも、ウチの上司は創設時から経理部長として居たと立ち聞いて、勝手にCFOだと勘違いしていた事から私は長年の見識知識から口を挟んだと踏んでいた。
「村下さん、まさかコレ」
「そういう事だと思う」
「……クソっ」
「悔しいなら酷評するな」
「え?」
その二言三言の会話にどれ程の意味があるのかも、この時の私には何が何やら解らなかった。
けれど、彼はその経理部長の話に何を納得したのか頷き引き下がり、静かに部屋を後にした。
横を通る男に、私は目を落とし胸の社員証に書かれた木場と言う名に、頭の何処かで思い出そうとしている何かが大切な事に思えて考えていた。
「中丸、おい、何か用か?」
私に気付いた上司が外へと促し肩を押された。
目の前で話しかけられるまで気付きもせず、思い出そうとしていた何かに覆われ質問しようとしていた事が咄嗟に出ない。
「あ、バブルキャッスル」
「お前!? こっち来い!」
思い出した何かを口にした私を、物凄い形相で腕を掴み部屋の外へ引っ張り出し、階段を上がり外へと向かい、何処へ? とでも言いたげな顔を向けただけの社員に
「備品!」
と、一喝するような意味不明の一声に、心の声が漏れ聞かれたのかと焦る社員が
「あ、はい」
と、必要も無いのに、どうぞ! とばかりに手を外へ向けてみせている。
私は何が何やら解らぬままに、巻き込まれて行く他人の困った顔を面白可笑しく見ていた。
自身の状況をも……
路地を曲がり近くの自販機の前で止まると、突然振り返った上司の顔は未だ凄い形相のままだけど、眼だけは落ち着きを取り戻している気がした。
「あの、」
「お前、誰だ?」
「中丸ですけど」
質問の意味を理解出来る訳も無く、素直に答える他に無い。
「とぼけるな!」
とぼけたつもりも無いのに何を疑われているのかと考えるに、浮かぶ答えが一つ。
「え、バブルキャッスル?」
「お前、ん?」
私の質問に戸惑いを見せているのは……
「え、アレ本当なんですか?」
「あ? はぁ……」
この得も言われぬ反応とため息、間違いない!
あの、クラッカーの間で噂されている話。
私はクラッカーでは無いが、以前居た会社がクラッキングに遭いセキュリティ会社の厄介になった折、調査に来たセキュリティ会社のハッカーがその手口を追う中で漏らした話。
そのクラッキングのやり口がその筋では有名なクラッカーに似ているとかで、隠蔽されている内部事情を消そうとすると公開される厄介な手口だとかで……
プログラムの深層部を書き換えられていて余程のセキュリティ意識を持っていないと、気付かない内にセキュリティホールから侵入されて書き換えられ、消そうとすれば公開される……
一度侵入を許せば社員に混ざり込み堂々と覗き、見付けた隠蔽事物を公開処刑の人質にファイルは分割し暗号化されサーバーを経由しネットワーク上を回遊して管理していると目され
消そうとすれば暗号が解除され、ネットを通じ世界中に公開される。
暗号化からサーバー回遊迄のクラッキングは侵入から秒単位で完遂するようなクラッカー。
その為、プログラムの深層部までを常に監視し、クラッキング対策の防御率を高めて維持していないと……
そんなセキュリティ企業にとっても最悪の災厄的な存在が、有名になったのは……
【バブルキャッスル】
掲示板サイトに題され書かれた内容に、皆首を傾げた。
けれど、それを見たクラッカーもハッカーも思い一つに天を仰いだ。
それこそが、この国のパンドラの箱だと叫ぶ者が、私のような一般人にも分かるように掲示板サイトに書き込んだ。
それが何処に在って何が出るのかも伏せられている。
ただ……
【それは隠蔽しようと消そうとすれば公開される。】
そう書かれていた事から、何処かに存在するそのパンドラの箱を抱える国か企業かは、消すに消せずに【KIJO】の仕掛けた所謂暴露ウィルスとも違う公開プログラムに怯え消す事も出来ずに居るとその種の世間に知らしめた。
何故なら、それ以降サーバーダウンしようものなら企業の多くは疑われ、バブルキャッスルの隠蔽を図った企業として怪しまれ、信用を失い株価下落の憂き目に遇った。
IT業界においては信頼度が物を言う。
情報化社会に既存メディアを古臭い慣習とし、それ等の情報は全てネットワークに置き換わるとしていた中
その情報を管理する企業の中に、隠蔽事物とセキュリティホールの存在が浮かんで来たのだから、信頼度は……
折しもその辺りに詳しい者達の世間の目が、バブルキャッスルの抜け穴を埋める事となっていた。
有名になったそのクラッカーの名はIDにしていた【KIJO】と名され解除と読まれていた。
けれどKIJOを追うセキュリティ企業は、直訳した【気泡城】や【机上の空論】や【気丈】に【貴女】等と例えて厄介者を馬鹿にした話を憂さ晴らしに書き込んでみたが反論に現れる事はなかった。
私の横を通った男の社員証に書かれた名前を見て思い出したのは、その時に調査に来ていたセキュリティ企業のハッカーが【KIJO】をキジョウと呼んでいた記憶からだった。
「中丸、お前それは、こういう会社に務めてる奴が口にするな!」
「え、あ! すいません」
「あの掲示板サイトか?」
「あ、いえ、前の会社でヤラれたクラッキングがカイジョーの仕業じゃないか? って話を聞いて」
「……あ、お前の前居た会社は、確か」
「そうです!」
私を採ったのは目の前に居る上司の村下さんだ。履歴を覚えていたのか顔が納得の表情を浮かべている。
でも、私は思わぬ処からだけど、あの瞬間の上司の反応に確信を持った。
だから確認しようと周囲を確認し、もう一度だけ口にした。
「あの、バブルキャッスルはウチにある。ちがいますか?」
「……」
押し黙るその顔が答えと判る。
けれど、それは村下の中丸に対する考えに罪悪感と信頼を置ける人物かの判断の急務からだとは知る由もなく……
私はその答えが判ったけれど上司の応えが恐ろしく思えて来たのか、茶化して誤魔化し知らぬ素振りでこの場を去ろうとしていた。
「中丸、誓え!」
「え?」
「今更だろ! 時間が無いんだ、手伝え!」
「……はあ」
それが私の人生を変える事になったのは言うまでもなく、真実を知る事の重要さと責任と戦いが自由を齎していると知るまでには、あまりにも忙しなく
私の頭に突然詰め込まれた知識によって、それまでの人生観を完膚なきまでに打ち砕くそれは、甘えの意味をも変え、本当の甘えん坊がどういう輩なのかを知ると
街で見る知らない人達の話が全て恰も論にしか思えなくなる程の真実。
この国では、世の自由を守る為に戦う人を社会人が馬鹿にして危険に晒している真実に反吐が出そうになる……
堪らえ重苦しく感じる中、それが噂の向こう側に来ているからこその考えだと気付き、その重さこそが自由を守る戦いの責任だと理解し覚悟を決めた。
その日、計画停電の余波で彼方此方のサーバーがダウンし、国内を走るネットワークそのものが維持出来無くなり各地で回線が途切れ接続不可の事態に混乱が起きている。
それに乗じてサーバーがネットから接続を切られている内に削除すれば、公開プログラムを発動させても……
今日、突然来たあの亜細亜訛の連中の目的……
「部長、さっきモメてた人に何を言ったんですか?」
「あぁ、アレか、noーclobberの直訳、酷評するな。CPコマンドだ」
その後、私はKIJOの読み方が気丈であり解除でもあると知り……
そして、もう一つの読み方を知る事となって……
私は心を奪われた。
この数年後の話が短編【白日の下に晒される。】になります。
一応、中丸美鈴シリーズとしてシリーズ設定しましたので良ければそちらもどうぞ。
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追伸
cpコマンドのオプションの意味ですが
no-clobber 存在するファイルを上書きしない。