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「勉強ぎらいな生徒」と「言葉たらずの教師」

作者: みなもとの

挿絵(By みてみん)


「なんで補習ってあんなにも面倒くさいのかな~?」


「さあ~」


「さあ~って、考える気ないでしょ?」


「考えるも何も、あんたと違って赤点もらったことないから分からないの」


「はいはいはい、そうですか~。琴世さんは優秀ですからね~。どうもすみませんでした!」


「どうもすみませんって…。ちゃんと反省してたら毎回毎回補習になんかならないわよ。第一、テスト勉強してるの?」


「してるわけないだろ、やってたらもっとマシな点数取ってるわ!」


「ちょっと開き直らないでよ…。そもそも勉強は学生の義務!なのにどうしてやらないわけ?」


「勉強キライだし~」


「あんたねぇ~」


「ま~いいじゃないか。そうやって入居先生みたく勉強勉強言いなさんな。余計に嫌いなるわ」


「私は航哉のこと心配して言ってるんだよ?」


「わかったわかった、ありがと!今度のテストは善処しま~す」


俺が補習で学校に残ったとき決まって琴世と一緒に帰る。


別に特別な理由があるわけではない。琴世は放課後に図書館で勉強していて、俺は補習で帰宅時間が同じになる、それだけだ。強いて言うなら、家が隣ということだろう…。


琴世は帰るたびに、「勉強しろ」だの「それじゃ良い大学行けない」だのと口うるさい。


いくら幼なじみといってもうんざりだ。


以前、はじめて言葉を覚えたオウムみたく勉強勉強と繰り返す琴世にむかって、《なぜ勉強をしなくてはいけないのか》を聞いたことがある。


そしたら、「難関大学に受かれば大企業に勤められる可能性が高まる。そしたら安泰だし人生成功でしょ?」と答えが返ってきた。


確かにそうだ。大企業に内定をもらえる確率は高まる。だけど、それが一生の安泰につながり、ひいては人生の成功と結びつくとは思えない。最近では終身雇用は崩壊していると小耳にはさむ。


そんな不確かな将来のために青春を勉強一色で塗りつぶすのはバカげている。それだったら好きなことだけをやっていたいと思うのは道理だろう。


可愛い子と一緒に遊びたいし、付き合ってもみたい。夏には仲が良い友達と海に行きたいし、夢の国にも行ってみたい。


そっちの選択の方がずっと正しいように思える。


でも、琴世は勉強しろと言う。琴世だけならまだ我慢できる。入居先生がいるからもっとたちが悪い。


教師生活が長いだけに骨の髄まで勉強という言葉が染み込んでいる。琴世が生まれたてのオウムなら、入居先生は長老のオウムだろう。


その長老オウムが毎時間英語の時間に、「お前ら勉強しろ!!じゃないと後悔するぞ!」と脅してくる。


俺は分からない。《勉強しないこと=後悔》になる方程式が未だに理解できないのだ。


そんな気持ちを知らないであろう長老オウムは、ただ勉強をしろと繰り返す。


せっかくなのでここら辺で長老オウムの迷言集を紹介しよう。


《勉強しろバカども!》

《勉強もしないお前らは家畜以下だ》

《食っちゃ寝るだけのウ○コ製造機、それがお前らだ》

《良い大学に入りたいだろ?だったら勉強するんだよ》

《人生失敗したくなかったら勉強しなさい》


勉強する理由が分からない俺にとっては迷言そのものだ。頭ごなしに勉強しろと言われて、ハイそうですかと首をたてに振るやつなんていない。


男は理屈っぽい生き物なんだ。だから筋の通った意見でないと受け入れられないのだ。


困ったものだ。誰かこの疑問を解決してくれないものか。


解決策を来る日も来る日も考えていた。そしたら、いつのまにか次のテスト期間が始まっていて、案の定、俺は補習を受けることになる。



「あんた、また補習受けてるの?懲りないわね~」


「いやいや、十分懲りてます」


「だったらどうしてテスト勉強しないのよ?どうせ航哉のことだからゲームばかりしてるんでしょ?」


琴世は勘が鋭い。というか、長年の付き合いから俺の行動様式を頭のなかにインプットしているのだと思う。実に勉強家って感じだ。


「アッタリー!ファイナルファンタジー7めっちゃはまっててさ、アイリスが可愛すぎてもう死んじゃいそう…」


図星であることに若干の苛立ちを覚えたが、こんなときこそ平静。むしろふざけてみせるのだ。


「ばっかじゃないの!あんた」


言葉ではそう言いながらも、琴世の顔はほころんでいる。俺はその笑顔が世界で17番目ぐらいに好きだ。だからついついおちゃらけたことを口にしてしまう。


「息抜きがてらに今度やらせてあげるよ」


勉強ばかりだと煮詰まってしまうと考えて誘ってみた。なのに琴世は勉強以外無関心な女だから、


「わたし、ゲーム興味ないから大丈夫!」


相変わらずつれない女だ。琴世のことは天地がひっくり返っても好きになることはないだろう、と改めて思った。


「勉強、そんな楽しい?」


「楽しいかどうかじゃないのよ。やらなくちゃいけないからやってるの!」


「ふ~ん、やらなくちゃいかないからか~。俺には一生かけても分からなそうだな」


到底理解できない。青春を捨てて勉強に励もうとする神経が分からない。


「航哉は後になって後悔すると思うよ。勉強しておけばよかったって」


「するわけあるか!少なくとも琴世の言い分で勉強しようとは思わんよ」


「あんたねぇ~、将来楽に暮らしたいと思わないわけ?」


「思うよ。ヒモになれたら、なお最高!」


「はぁ~…。あんたって頭の中お花畑すぎ…」


ため息をついた琴世はあきれ返りそれ以降なにも言わなくなった。これまで愛想をつかされていないのは、幼馴染みという強力な関係性があってこそ成り立っている、と俺は思っている。


次の日も補習があった。ただ、今までと異なっている点がある。通常、英語の補習は入居先生が担当することになっている。だけど入居先生が体調不良のため特別に伊東先生が担当することなったのだ。


伊東先生は高校1年生の時の担任だ。それでいて、一番俺を可愛がってくれた先生でもある。だから俺も妙になついてしまった。昔、恋愛から何まで相談相手になってもらったこともある。


補習を終え教室には伊東先生と俺の二人だけが残っている。


「いつも補習受けてるんだって?佐々木先生から聞いたよ」


黒板消しで上から下へ、チョークの粉の濃淡がないよう丁寧に消しながら、伊東先生は言った。ちなみに、佐々木先生とは現在の担任の先生だ。


「やっぱり耳に入ってましたか」


決まり悪そうに俺は言う。


「当たり前だ。例え今の担任じゃなくても、生徒の動向をチェックしておくのは教師の仕事だからな」


「さすが!」


少しおちょくった返答をしてみる。


「ところで、石川はどうして毎回赤点をとってるんだ?テスト勉強のやり方が分からないなら教えるぞ」


「いや、それは分かってるんです…」


「そうか、ならどうして?」


「勉強をする意味が分からないんです。入居先生も琴世も勉強勉強って言うけれど…、勉強する意味が未だに分からないんです…」


俺は続ける。


「琴世はいい大学にいけば大企業に勤められる、そのために勉強してるって言うんです。大企業で働けば人生安泰だって。でも、俺はそうは思えないんです。企業の大小で人生決まってたらたまったもんじゃない」


伊東先生は黙って俺の話を聞いている。「うん、うん」とうなずくだけだ。


伊東先生が口を開いたのは、俺が話終えてしばらく経ってからのことだった。


「先生もな、大企業で働くことが成功って風潮、あんまり好きじゃないんだ」


こちらに向き直ると、伊東先生は話を続けた。


「でもな、勉強することは大切だよ」


伊東先生は珍しく真剣だった。


「世の親や先生は頭ごなしに勉強しろ勉強しとけば損はないとよく言うよね。でもさ、どうしてやっておいた方が良いのか、なぜ必要なのか、根幹的な部分を生徒たちは教わらない。だから苦痛に感じちゃうんだ。ただ勉強を押し付けられてるように感じてしまうからね。そうなると、必然的に勉強から距離をとろうするのも想像に難くない」


伊東先生は続ける。


「石川もその一人だろ?勉強しろ勉強しろって言われて、イヤになっちゃったんだよな?」


一人の生徒としっかり向き合える。そんなところが伊東先生の良いところで、だからこそ、的確に悩みも言い当てることができるのだろう。


「そうかもしれません」


「そうだよな~。そりゃ、イヤにもなるよな~」


俺は、伊東先生が発する言葉のいたるところに、『反省』という文字を覚えた。伊東先生も少なからず思い当たる節があるのだろう。


「だけどな、先生は勉強はすごく大切だと思ってるんだ」


「どうしてですか?」


「それはな、勉強が人生の選択肢を増やしてくれるからだよ」


《勉強が人生の選択肢を増やしてくれる》


一体どういうことなのだろうか、伊東先生は説明を続ける。


「ちゃんと勉強していれば進めた道が、勉強をしてこなかったことで閉ざされることがある。挑戦する資格さえ失われることもあるんだ。」


俺は伊東先生が言わんとすることをまだ理解しきれないでいた。その様子をみた伊東先生は、さらに丁寧に説明を加えてくれた。


「例えばの話をしよう。石川の親御さんに大事があったとする。病気はすでに深刻なまでに進行していて、今すぐに手術をしないと余命幾ばくもないと宣告される。さらに、その手術も難しい手術で成功確率は低いと伝えられる。たとえ成功したとしても後遺症が残る可能性が大いにあるだろうと。それでもなんとか手術は成功して、後遺症も残らないと医者から告げられたら、石川はドクターにどんな気持ちを抱くかな?」


「感謝の気持ちでいっぱいになります。尊敬もするかもしれません」


「そうだろう?」


伊東先生は先ほどと同様、「うん、うん」と相づちを打ってくれた。それに気を良くした俺は、もう少し深い心情を吐露することにする。


「はい。それに、今度なにかあった時のために医者を目指すキッカケになりさえするかもしれません」


相も変わらず相づちを打ってくれる、そう思っていた。だけど現状は異なっていた。


「高3の冬の今からでも?仮の話とはいえ、今まで勉強してこなかった石川が今から偏差値を20近く上げて、医学部に進学するのは難しいと思うんだよな」


伊東先生はふざける様子もなく、まっすぐ俺の目を見ながら言った。


「それは…」


俺はあまりに唐突に向けられた矛先に呆気にとられるしかなかった。


「でもな石川…」


今度はいつもの優しい口調で、それでいて俺を諭すかのように伊東先生は話を続けた。


「高校1年から勉強を続けていたらどうなっていたと思う?石川が医学部に進める可能性はかなり高かったと思わないか?少なからず今よりかは高いはずだ」


「確かにそうですけど…、これって仮の話ですよね?」


ちょっとムキになる。


「まあな、これは仮の話だ。でも実際に起きないとも限らない」


伊東先生は今まで以上に真剣な表情だ。


「つまるところだな、選択肢を減らさないために勉強をする必要があるんだ。不謹慎な話だけど、これから親御さんが病気になって石川は医者を目指そうとするかもしれない。その時に一年の時からコツコツ勉強していたら?おのずと偏差値は高い所でキープできているだろう。そしたら安心して医学部を目指すことができる。なぜなら、医学部に挑戦して受かるだけの偏差値を十分に満たしているからだ。でも、もし勉強を疎かにしていたら?あと3ヶ月ほどで偏差値を20上げなくてはいけなかったら?石川は医者という夢を諦めなくちゃいけなくなる」


俺が少しずつ勉強の大切さを理解し始めていた頃、伊東先生は二つ目の例えばなしをし始めた。


「石川は進学予定だよな?今のままいったら偏差値どれくらいの大学に受かりそうか?」


「50いかないぐらいですかね…」


俺は素直に答える。


「そうだな~、そしたら偏差値50の大学に進学したとしよう。そこで3年間、学問を真剣に学んで、いよいよ就活の時期。石川はA社を第1志望と定めて就職活動をはじめる。」


「はい」


「でも、そのA社は他の就活生にも人気な企業で、応募者数は毎年1万近くにのぼる。それでいて採用数は三十名ほどだから、倍率はなんと約300倍。それだけ人気と注目を集める企業が合理的かつ効果的に優秀な人材を集めようとしたら、どんな採用方法をとると思う?」


「そうですね~、エントリーシートをAIに任せるとかですかね?」


「お見事!半分正解。これからAIを使った選考は増えてくると思う。だけど、実情そこまで普及してないんだ。採用不採用の基準をどこに設けるか難しいからね。だとしたら、どうやって決めると思う?」


「う~ん、その~アナログな方法で、一人ひとりのエントリーシートに目を通すとか?」


「これまた半分正解。人が判断するって所はあたってる。でも応募者全員のエントリーシートに目を通してたら、莫大な時間が必要になると思わないかい?」


「確かに、そうかもしれません」


「てなると、短い時間で優秀な人材を確保できる方法を採用しなくてはいけない。その方法がなんだか分かるかな?」


俺は思考を巡らせてみた。けれど正解を導き出せそうにないかった。だから素直に分からないですと答えることにした。


「その方法は足切りだよ。つまり、ある一定の偏差値より下の大学の応募者を無条件に落とすんだ。」


「本当にそんなことがあるんですか?」


俺は信用できなかった。


「残念なことにね、まだ多くの企業がやってるよ。だけど、先生が伝えたいのはそこじゃないんだ」


先生は、一度、『すぅ~』っと大きく息を吸い、そのあと静かに息を吐き出すと、少しのためをつくってから話し始めた。


「先生が言いたいのは、今、この時、高校生の時に勉強をしていなかったせいで、希望する会社の挑戦権を手放さなくちゃいけなくなったということなんだ。それはつまり、高校時代の勉強の有無が将来の選択に影響を与えたということ。もっというと、選択肢を狭めたということなんだ」


伊東先生は続ける。


「一見すると、A社に入れなかったという結果は、大学の偏差値が低いからという原因のためだと思うかもしれない。直接の原因はそれだ。間違いない。それじゃ、その原因を作った大元はなんなのか考えてみてほしい。もう何度も話してるから分かると思うけど、一応聞いてみよう」


「高校生時代に勉強をしてこなかったことですよね」


「その通り!高校時代の不勉強→低偏差値大学→A社不合格の矢印の関係になっていることを押さえてほしい。入り口にあたる高校時代を100ある選択肢の内の50ほどに狭めてしまったことで、その後もその少ない選択肢から選んでいかなくちゃいけなくなったんだ。当たり前のことだか、選択を繰り返す度に選択肢は減っていってしまうから、最初の入り口は大きい方がいい。だからこそ、学生の時期にちゃんと勉強をして入り口を狭めないようにするんだ」


琴世と入居先生が口酸っぱく勉強しろという意味がようやく分かった気がした。


ここまで伊東先生の話を聞いて、勉強しなくてはいけないワケを理屈で理解することができた。でも、ここまで伊東先生の話を聞いて、聞いておきたいこともあった。だから最後に1つ質問してみることにした。


「伊東先生は高校時代に勉強しなさいとおっしゃいました。それは選択肢を減らさないために大切だと。ということは、他に好きなこととか夢とかあったとしても、それを諦めて勉強に打ち込みなさいってことですか?」


先生は微笑みながら答えてくれた。


「いいや、そうじゃない。本当にやりたいこと、それは靴職人かもしれないし、俳優とかアイドルかもしれない。または音楽家かもしれない。その夢とか目的を心の底から達成したいと思っているなら、勉強なんかせずに、それに全身全霊をかけて打ち込めばいいと思ってる。ただ、やりたいことも夢も、目的も定まっていないなら、とりあえず勉強をしときなさいと言っているんだ。なぜなら、将来の選択肢を広げてくれるから」


俺はやっと勉強する理由が分かった気がした。

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