料理は下手なままでいて!
連日投稿です。ほのぼのショートストーリーを目指してます。時事ネタ等ありますのでご注意を。
今日も今日とて下校時間。友達に別れを告げて学校を出る。6時限目まで授業があったため、帰りの時間はいつもより遅い16時半だ。
凛姉がバイトを終わらせて17時過ぎには部屋に帰ってくるため、買い物をさっさと済ませてそのくらいには着くようにしなくてはいけない。早足でスーパーに向かった。
僕は本日、凛姉に夕飯を作ってあげようと思っている。好きになってもらうにはまず胃袋を掴む、じゃないけど得意なことは見せてかなきゃいけない。趣味らしい趣味もなければ特技らしい特技もないけど、両親の帰りが遅いことが多いから料理だけは得意だった。
スーパーに入り、野菜売り場を一通り回る。ジャガイモとニンジンが安かった。カレーか肉じゃががいいかもしれない。食べきれなくても次の日くらいまではもつから。
(ただ確かレトルトカレーはよく食べるって言ってだ気がする。わざわざ惣菜で肉じゃがなんて買わない気がするし、肉じゃがにしようっと)
あの人は本当に料理をしない。なんならしているところを昔っから一度も見たことがない。それは一人暮らしを始めてからも変わらないみたいで、夕飯は大体買って済ませていると言っていた。チャンスといえばチャンス。恋愛のド定番な手料理を食べさせられるのは大きいはずだ。
彩り用のインゲンもカゴに入れ、魚コーナー過ぎましていよいよお肉。豚肉はやっぱり細切れ一択。ここで出る選択肢はスペイン産か国産なんのだが、なんとなんと広告の品で鹿児島県産黒豚が安い。おーサイフに相談だ。ポケットに手を入れチラッと。うーん、バイトはしたほうがいいな。買えるは買えるがなけなしのお小遣いはだいぶ消える。
(ここで良いものを買わないで何が手料理だ!!)
明日以降のことは明日以降の僕に任せて、広告の黒豚(100gあたり298円が3割引)をカゴの中へ。後ろなんてのはいつでも見れる、後悔は後に取っておけ。
調味料類を買おうと売り場の中の方に入り、砂糖や塩を見る。無いよな凛姉の部屋、多分。砂糖と塩、醤油とみりんも購入する。そして顆粒だし。簡単だけど美味しく作れるのは実証済みだ。
続きまして白滝を手に入れるため、こんにゃくや納得やらが置いてある冷ケースへ向かう。一つ手に取り、カゴにゴー。焼き豆腐とかも美味しそうだなとは思ったけど、流石になんか肉豆腐?ってなりそうだから無しで。
あ、忘れていた。玉ねぎ。野菜売り場にそそくさと戻り、カゴにイン。これで忘れ物はないはずだ。というか無いで欲しいとお財布産が泣いている。
レジに向かいカゴを置くとおばちゃんが商品をスキャンしていった。豚肉を通した瞬間合計金額が跳ね上がった気がするけど見なかったことにする。瞼は目を瞑るためにあるんだから有効活用せねば。
「お支払いは二番でお願いします」
「はい」
買い物かごが支払機の前に置かれる。わーお。たっかいなー。さよなら樋口さん。こんにちは野口さん。サイフにお金をしまうと、袋と商品を持って袋に入れるスペースに行く。二袋割とそれなりに入ったビニールを持っていよいよスーパーを出た。
外を歩く僕を見たらお使い帰りの高校生に見えるだろう。いえ、違います。女性の家へ料理作りに行く出張シェフです。頼まれたとかじゃ無いけど。学校の鞄と合わせて持つと非力なせいかなかなか辛い。筋肉とかつけなきゃだろうか。でも、もし、もし仮にだけど凛姉と海とかプールとか行けることがあったらほっそい腕やうっすい胸板ではがっかりさせてしまう。筋トレは必要に思えてきた。
海って言うとやっぱり水着。凛姉は水着、どんなのを着るのだろう。ビキニかな?……気づかないうちにどんどん大きくなっていたあの胸と、くびれのあるセクシーなお腹でビキニ?……うーむ。正気でいられるだろうか。ワンピースの線も捨てきれない。清楚な感じがして良さげだ。髪とかまとめたりしたらより一層……。どっちも捨てがたいな。
取らぬ狸のなんとやらでは無いが、そんな妄想をしているとアパートまでつく。いつも通り階段を上がり部屋の前でインターホンを一回。
「はーい」
聴き慣れた声が中から聞こえて、ドアが開く。バイトから帰ってきてたいして時間も経っていないはずなのに、既に寝巻きみたいなラフな格好の凛姉が出迎えてくれた。
「瑠衣くんおかえりー。わっ!なんかいっぱい買ってきたねー!入って入って」
ドアに手をかけ中に入る。おかえりーと言われてドキッとしたのは秘密。
「お邪魔しまーす。凛姉、確かお米はあるんだよね?」
「あるよー、逆にいえばお米しかないけど」
にこやかに答えられる。それさえあればなんとかはなるからいい。靴を脱いで上がらせてもらった。
ビニールを冷蔵庫の横に置く。一人暮らし用の部屋だけあって仕方ないけど狭い。キッチンは野菜を切るスペースもまともにないため、これは料理をする前提で作られたのだろうか?と、思ってしまう。インテリアの一種なんじゃないか?
「じゃあ、僕が作るから凛姉は休んで待っててよ」
「え〜、私も手伝うよ!一人だと大変でしょ?」
予想していない返答が来る。え、一緒に作るの?このめちゃくちゃ狭いとこで?いや、嬉しいけどさ。なんかその……恋人っぽくて。
「いや、いいよ!僕が作るって言ったんだから!」
「だーめ。私の部屋だもん。何するかは私に決めさせて?」
うっ。もうなんか断れない感じがひしひしとしてくる。その笑い方はずるい。負けたのが分かった。
「……わかった。じゃあ、お米炊くのお願いしていい?」
「やった、了解しました!シェフ!」
ふざけて敬礼のポーズを取ってから、凛姉は炊飯器のジャーを持ってくる。正直可愛かった。この後、可愛いこの家主さんに苦しめられることを僕はまだ知らない。
とりあえずポジションとして流しがあるリビング側に凛姉、クッキングヒーターのある玄関側に僕という立ち位置を取る。さっきも言った通り、野菜を切る場所すらないためクッキングヒーターの上にまな板を置くくらいしか安定した場所の確保ができないのだ。
「じゃあお米炊いちゃうねー」
「わかった、僕は野菜の皮剥くから」
凛姉が足元にしゃがんでお米を釜に入れている間に手を伸ばして野菜を軽く洗う。買い物袋はこっち側に持ってきておいた。
「瑠衣くんいっぱい食べる?」
「いや、僕は別にそんな……」
声をかけられて、下に一瞬目を向けると服の隙間から胸が見える。慌てて目を逸らした。凛姉はお米を見ていたため、目が合わなかったのは不幸中の幸い……いや、不幸ではないか……。と、そういう問題じゃない!とにかく目は合わなかった。セーフ。
「遠慮しなくていいのにー。じゃあとりあえず二合にするね」
よいしょという声とともに立ち上がり、お米を研ぐためシンクに釜を置いた。僕の方はもう野菜を洗い終えている。
「ふんふん〜♪」
鼻歌まじりに凛姉はお米を研ぎ始めた。僕は人参からどんどん皮を剥いていく。
「そういえば今日何作るの?」
「肉じゃが。凛姉、全然食べてないと思ったから」
「肉じゃが!?瑠衣くん作れるの!?すごいなぁ……家庭的……」
家庭的という褒められ方はどうなんだろうとは思うけど、素直に嬉しい。
「凛姉はもう少し料理した方がいいよ。一人暮らし大変なのはわかるけどさ」
「あははは……全くもってその通りです……。でも瑠衣くんがこうやって作りに来てくれるならそれでいいかな?」
一瞬上を見て考えるそぶりをした後、からかうような笑みをする。
「それじゃあ、結婚するときこまるでしょ」
「ちっちっち、思考が古いよ瑠衣くん。今や女性が絶対台所に立つ時代は終わったんだよ?そりゃ、迷惑にならないくらいは覚えるけどね少しくらい」
相当したくないみたいだ。でも確かに、僕が結婚すれば僕が作ればいいのでは……?と考えてしまい、それを追い出すみたいに頭を小さく振る。付き合ってもいないのに気が早い。
「炊飯器のスイッチ押してくるねー」
「うん」
凛姉がリビングに向かう。コンセントは向こうにしかないらしい。その間もひたすら野菜の皮を剥き続けた。
「うわぁ、瑠衣くん野菜剥くの上手!ピーラーとかじゃなくてよくできるね……」
「うちもピーラー置いてないからね。包丁で剥くの慣れてるの」
得意げになりながらさらに進めていくと全て剥き終わる。一息ついた。
「じゃあ、今度私が切るね」
「えー……大丈夫?」
「大丈夫だよ、心配しないで!」
ほらほらと急かされ、渋々包丁を置き場所を入れ替わろうとした。後ろから凛姉が通って僕がリビング側に行く。
(……ちょっとこれ危なくないか?真後ろには凛姉、そしてあのふくよかな胸も……)
全力で前のめりになる。ただでさえ狭い廊下だ事故が起きてはいけない。ポジションにつけたとき一度も柔らかな感覚を感じなかったことに、安心と若干の残念さを持ちながら凛姉が野菜を切るのを見ていることにした。
「よーし頑張るね!」
包丁を持ちまずは人参を半分に切る。既に手つきがおぼつかない。ハラハラしながら見ていると、次は人参を一口大より大きいくらいに切る。左手を添えて包丁を構えて……。
「ちょ、ちょ、猫の手して!猫の手!」
「あ!そっか!なんか違和感あるなって思ったの」
そりゃあ違和感あるだろう。猫の手どころか指をぴーんと、伸ばして切ろうとしてだんだから。あれでは人参を切りたいのか指を切りたいのかわからない。とりあえずそれから先は黙って見ている。
「できた!」
うん。芸術的なまでにバラバラな大きさの人参がね。なかなかここまで、いろんな形を作り出せるのは才能ではないだろうか?
「瑠衣くん、どう?なかなか上手でしょ?」
キラキラした目が僕を見る。下手とは言えるわけもなく。
「う、うん……上手だと思うよ……」
というなんとも微妙な返事をしてしまう。
「だよね!わるくないよね〜!」
結果、どんどん同じような野菜が増えていくこととなった。
一通り切り終わり、玉ねぎが目に染みたーという理由で選手交代。今度はいよいよ肉じゃがを作っていく工程だ。
「あー……目が痛いー……」
凛姉は隣で目を擦りまくっている。
「あんまり擦っちゃダメだよ、余計ひどくなるから」
何というか、凛姉は外ではしっかり者として見られているけど僕の前ではわりかしポンコツ属性なのだ。
「うんー……」
別に微塵切りにした訳でもないのに割と目に大ダメージを受けた家主を横目に、クッキングヒーターのスイッチを入れる。
サラダ油はなかったけれど、豚肉から出る油があるためそこは気にしない。鍋に入れたら軽く炒め、続けて野菜たちも潜影蛇手。凛姉の努力の成果を不味くするわけにはいかなわね。焦がさないようにしばらく炒めてから水を加えて、買ってきた砂糖、塩少々、醤油、みりん、顆粒だしを加えて混ぜる。そして蓋をして弱火で煮こんだら。
「肉じゃがの完成、っと」
「うわぁ、美味しそう!瑠衣くんすごい!」
蓋を開けると、良い香りが広がる。菜箸で持ってみた感じ野菜にも火が通っているようだ。
「お皿に移すよ」
「そしたら私、ご飯よそるね!」
皿を取り出し、二人分盛り付けたら最後にインゲンを飾り付けに乗せる。我ながら上出来だ。
リビングに肉じゃがを持っていくと、ご飯が二膳用意されている。向かい合わせに置かれたそこに合わせて僕も置いた。凛姉が二人分のお茶の入ったコップを持って、座ったのを見て僕も自分の席に着く。
「じゃあ食べよっか」
「うん」
二人で手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
本当は味噌汁なども用意できたらよかったのだが、今回は仕方ない。次回は味噌汁も作ろうと決めた。
まずは凛姉が一口食べるのを待つ。ジャガイモを綺麗な指でもたれた箸が切った。小さな口にゆっくり運ばれていく。一回、二回と咀嚼されていった。息を飲んで見守る。しっかり飲み込まれた。豚肉も一口食べられる。感想も気になったけど、それ以上に僕は凛姉の食べる様子の美しさに目が離せなくなっていた。
「どう?」
不安になり、訊ねる。口に合わなかったらどうしよう。喜んでもらえなかったら……。頭の中をそんな考えばかりがよぎる。しかしそれは杞憂だった。凛姉の頬が緩み、小さな笑顔が浮かぶ。
「美味しい。私の家のより、ちょっと甘くて優しい味。なんだろう、食べてて幸せっていうのかな?瑠衣くんが作ってくれたからかもだけど」
そう言って僕を見る表情にまた、心がざわつく。誤魔化すみたいに自分の分に手を伸ばした。美味しい。不格好な野菜もしっかり火が通っていて、自分一人で作った料理の何倍も美味しく感じた。
「美味しい……」
「でしょ?」
満足気に笑う凛姉に僕も笑顔を返す。そして、肉じゃがの野菜の切り方とか豚肉の話とかをしながら食べ進めていった。
二人とも食べ終わり、片付けを全て済ませてから座っていると思い出したかのように。
「そういえばお金!いくらだった?」
と言って凛姉が財布からお金を出そうとする。
「いいよ。僕がやりたくて作ったんだもん。気にしないで」
「いやそういうわけには……あっ、なら!」
立ち上がり、凛姉は棚を開けると何か封筒みたいなものを取り出した。
「これ、遊園地のチケット。友達から二人分もらったんだけど、行く相手がいなくって。よかったら日曜日に行かない?私が全部お金は出すからさ!」
「え、いいの!?」
「ふっふーん、私がやりたいだけだから瑠衣くんは気にしなくていいよ」
僕のいいの!?は二人でそんなデートみたいなこと!?という意味だったのだが、どうやら凛姉はお金の方で受け取ったらしい。というか願ったり叶ったりではないか?こんな嬉しいお誘いを受けて。
「う、うん。その日予定ないから凛姉がいいなら……」
「おっけー!じゃあ決まりね。日曜日、集合時間とか場所はまた後で送るから」
楽しみそうに笑う凛姉に対し今から心臓の鼓動が収まらない僕。今夜から日曜日まで夜は眠れなくなりそうだ。
その日の帰り道。何時もより遅い時間に一人歩いている。星が一つ二つ見えてきた空の下、こんないいことがあるならこれからも料理は作らないでいてほしいと密かに願ってしまった。
並行してる作品の方と合わせて頑張ります。また次回もご覧いただけることを願っています。