さよなら、私の竜宮城
悠人と一緒に外に出た私だったけど、この事態の原因が私である事は明白。きっと、人の気配を感じていた私の母親が、私の部屋の中のベッドの下に隠すように脱ぎ捨てた制服と下着に異変を感じたに違いない。
犬の私の姿を見てはいても、犬の仕業だけとは考えられなかったんだろう。
今は、私が元の姿に戻らなければならない。
悠人の横で可愛がられる猫の姿も魅力だけど、それはただの猫かわいがりであって、私への想いなんかじゃない。
それに、このままでは事件になってしまい、元の姿に戻った時に話がややこしくなってしまう。
私は悠人から離れて、一目散に自分の家を目指した。
すでに事件になって、警察が来ているとか言う事はなく、家の周りはまだ普段と変わった様子はない。
玄関のドアに駆け寄り、ドアノブに手をかけようと、前足を伸ばす。
最初になった小型犬より、小さく前足が届かない。
ジャンプ!
飛び上がって、取っ手の前足を掛ける。
でも、玄関のドアは重く、少しも開く気配を見せない。
ここで元の姿に戻ると言う選択肢もありだけど、ここで戻ったとしたら、すっぽんぽん!
しかも、犬や猫の姿ではなく、本当の私の姿で。
それは恥ずかしいばかりではなく、そんな姿を見られたら、マジで事件になってしまう。
もう一度、ジャンプ。
ドアノブに前足はかかるけど、びくとも動かない。
「誰かいるの?」
私がドアを開けようとする音に、家の中にいた母が気づいたらしい。
ドアが開く瞬間をじっと待つ。
開いた!
その瞬間にドアの隙間に飛び込んだ。
があーん!
普段は鍵もかけない母だったけど、用心してか、ドアチェーンまでかけていた。
少しだけ開いた隙間を通り抜ける事ができず、私はドアに挟まってしまった。
「あらあら、困った猫ちゃんね」
そう言うと、私の頭を持って、押し出し始めた。
「お母さん!」、「ウニャン!」
「はいはい。勝手に入って来ちゃだめよ」
なんとか、入ろうと足掻いてみたけど、無理っぽい。
仕方ない。一旦、諦め後ずさりする。
私が外に出ると、母は一旦家のドアを閉じ、ドアチェーンを外して、再び開けてくれた。
母の足元をすり抜け、一目散に私の部屋を目指す。
ベッドの下に隠したはずの私の制服は、きちんとハンガーにかけられ、壁に吊るされていた。やはり、母が気づいたのだ。
ここで、元の姿に戻れば、すっぽんぽん。母に何と説明しようか? なんて、考えている余裕はない。
「私を元の姿に戻して」
心の中で念じた。
ボン!
あの時と同じ、音と煙に包まれた。
今度の煙は今まで以上に深く、視界が戻らない。
この機に乗じて、服を!
そんな思いで、とりあえず白い闇の中で手を伸ばすと、少し硬く、でも湿気もある何かが手に触れた。
「なに?」
そう思った時、一気に視界が晴れた。
「いかがでした?」
私の手が触れていたのは、あの亀の頭だった。
「ここは?」
辺りを見渡すと、あの浜辺で、まだ明るかった。
「私はどうしていたの?」
「乙姫様のではなく、あなたの竜宮城にお連れしたのです。
竜宮城は楽しかったですか?
ですが、意外に早く戻って来られましたですね」
「あれは夢なの?」
「さあ。どうでしょうか?
夢でもあり、現実でもありってところでしょうか」
亀の話を聞いている途中、私はもしやすっぽんぽんではと言う思いがよぎり、自分の容姿を確認した。制服、自分の手と足。
「大丈夫ですよ」
「そのようね」
「で、これからどうされるんですか?」
「浦島太郎は乙姫様から玉手箱をもらい、絶対開けるなって忠告を受けるんだよね?
あなたは私に何か忠告はないのかな?」
「そうですね。
すでに現実世界に戻ってしまっていますから、玉手箱はありません。
忠告もありませんので、あとはあなた次第でしょうか?
このまま夢の世界を想い出となされるのか、それとも現実に向き合うのか」
「は、は、ははは。
亀なのに、言うじゃない」
私の心は悠人の部屋と言う竜宮城を飛び出した時から、決まっている。
亀に言われるような事じゃない。
「でも、お礼だけは言っておくね。
ありがとう」
そう言うと、私は自分の家に向かって駆けだした。