言いたくても言えなかった言葉。大好き、悠人!
犬の姿で駆けこんだ悠人の家。偶然の悠人との出会いに運命を感じ、胸を高鳴らせたけど、悠人は猫派だったらしい。
だったら、猫になるしかない。
「待っててね!」、「ワ、ワ、ワォン」
と言ってから、悠人の家の門扉を飛びだすと、頭の中で念じた。
「猫にして!」
ボン!
また、そんな音と煙に包まれた。
悠人が家の中に入ってしまう前にと、猫になった事を確かめずに、そのまま悠人の家の門扉に飛び込む。
「悠人!」
私の耳には、「ニャオン!」と届いた。
「あれ?
今度は猫ちゃん」
悠人が言った。
そのまま大好きな悠人の胸に飛び込んでみる。
「悠人、悠人!」「ニャオ、ニャオ!」
満面の笑顔で、悠人が私を抱きしめた。
幸せいっぱい。
「大好き、悠人」「ニャオニャオ、ニャオ」
「よし、よし。かわいいなぁ」
そう言って、悠人は私の頭を撫でてくれている。
言いたくても言えなかった言葉。
「大好き、悠人!」
何度でも言えちゃう。そして、私の頭を撫でてくれる悠人の手。
幸せ。
すっぽんぽんで、悠人の腕の中。
一瞬、自分の姿を思い浮かべ、その恥ずかしさのあまり、悠人を押しのけようとしてしまった。
「猫キックもかわいいなぁ。
家に来るか?」
「うん! 大好き、悠人!」
そう言って、頭をこすりつける私を悠人は抱きかかえたまま、家の中に入って行った。
初めての男の子の部屋、初めての悠人の部屋。
そこは飾りっ気のない、本棚とベッドと机だけがある素っ気ない部屋だった。
興味津々で、辺りを見渡していると、悠人は突然制服を脱ぎだし始めた。
「わ、わ、私を押し倒すつもり?」
一瞬、自分が元の姿でこの場にいる妄想に囚われ、後ずさりを始めてしまった。
着ていた制服をポイっと、ベッドの上に放り投げると、ベッドの上にやはり脱ぎ捨てられていたトレーナーに手を伸ばした。
部屋着に着替えるのか。と、ちょっとホッとしながら、下着姿の悠人の姿を見るのが、見たいけど、恥ずかしくて、結局見れないまま猫らしく、よこをぷいっと向いて、座り込んだ。
「君、家はどこ?」
悠人が話しかけて来た。
説明する言葉も無いので、その言葉には返さず、無言のまま、じっと悠人を見つめる。
悠人が笑顔で私を見つめる。幸せなひと時。でも、恥ずかしい。
また、ぷいっと横に顔を向ける。
「やっぱ、猫はいいや」
悠人がそんな私の頭をまた撫で撫でしてくれたかと思うと、ほっぺを私の頬にぴたっと引っ付けてきた。
幸せの絶頂!
悠人が猫派で、私が猫でよかったぁ!
と、思った瞬間、私は気づいた。
確かに、悠人に可愛がられ、かわいいと言ってもらえ、スキンシップしてもらえ、幸せだけど、それは猫に対してであって、私にじゃない!
悠人に好きな子がいると言う話を聞いて、私はショックを受けていたのだった。
悠人の腕をするりと抜けると、部屋の中を見渡した。入って来た時のように、ただの興味津々じゃない。泥棒猫、じゃなくて、猫は私だし、そもそも悠人は私んじゃないけど、他の女の気配を探るため。
すると、ベッドの下に女の子らしき写真が!
一目散に駆け寄り、ベッドの下に潜り込む。
「は、は、裸の女の子!」、「ウ、ウッ、ウニャニャニャン!」
思わず声を上げてしまった私の腰の辺りを掴んで、悠人が引きずり出そうとする。
いきなり、バックからですか!
なんて、妄想が沸き上がって来たのは、目の前にある怪しい本の写真のせい。
「こらこら」
そう言いながら、悠人が私をベッドの下から引きずり出した。
とりあえず、ベッドの下にいやらしい本以外、他の普通の女の痕跡はなかった。
再び周りを見渡して見る。
机の上、本棚。猫の低い視線からでは、その上に何があるのか分からない。
机の足元まで忍び寄ると、ジャンプして机の上に飛び乗った。
机の奥に置かれたフォトフレーム。悠人の子供の頃の友達との写真。
まじまじと見てみても、女の子の姿はない。
ほっと一安心。んな訳は無い。
悠人が好きな子は誰なのか? 気になって仕方ない。
机の上から、もう一度辺りを見渡して見る。
悠人は自由気ままな私、と言うか猫に少し飽きたのか、ベッドに腰かけ、スマホをいじっている。
もしや、どこかの女の子と?
机から飛び降り、ベッドに座る悠人の横に駆け寄る。
「何してるの?」、「ウニャアーン」
悠人の身体に身を摺り寄せながら、スマホを覗き込んでみる。
何やら、ただのゲーム。
一旦ゲームの手を止め、私の身体を撫でてくれた。
ほっとした気分と体を撫でられる心地よさ。うっとりしながら、悠人の足に頭を乗せる。
幸せなひと時。
知らない内に、私は眠りについていた。