砂浜に転がる私の制服
助けた亀から提案された「好きなものに三回なれる」と言うお礼。
大好きな悠人くんの好きな相手になって、甘えまくるひと時。
そして、その後、わざと嫌われることをして、悠人くんから嫌われる。
好きだった相手を失った悠人くんに、寄り添う事で私が取って代われるかも知れない。
そんな妄想に、口元が緩む。
「分かったわ。
それで行きましょう」
「では、私の方でその呪いをかけます」
の、の、呪い?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
亀が言った呪いと言う言葉に躊躇した私の言葉が終わるころには、私は怪しげな煙に包まれていた。
もしや騙されて、もうお婆さんの姿に?
煙の中で、自分の顔を触ってみた。
皺皺ではなく、すべすべの元のお肌。
胸にも手をあてがってみた。しわしわのするめではなく、大きくはないけど、元のサイズの柔らかいけど張りのある胸。
よかったぁ。
ちょっと安堵し始めた頃、辺りの煙は消え去り、私を見上げている亀の姿が目に入った。
「ねぇ。
あなた呪いって言ったよね。呪いなの?」
「はい。呪いではありますが、使い方次第ですね」
「なるほど。
腐敗か発酵かみたいなものね」
私はちょっと納得した気分で頷いた。
そんな私を亀はじっと見上げて見つめている。
私が化ける事に期待しているのかも知れない。
「じゃあ、行くよ」
自身の決意を固めようと、言う必要も無い言葉を亀に向けて言うと力を込めた。
「悠人くんの好きな人!」
なんの変化も感じなかった。でも、もう悠人くんの好きな相手に私はなっているのかも知れない。
慌ててポケットの中からスマホを取り出して、自分の顔を見た。
眉あたりまでの前髪、大きな瞳と通った鼻筋に、小さめの口。
かわいい!
って、私のまま!
と言う事は、私自身が悠人くんの好きな人だったってこと?
そう信じたい気持ちで亀に視線を向けた。
「もう私の願いで、悠人くんの好きな人になったってことだよね?
だから、悠人くんが好きだったのは私って事でいいんだよね?」
半分期待、半分信じ切れていない気持ちで亀にたずねてみた。
「あのう。
あなたはそのはるとくんと言う方が好きな相手の方の容姿をご存じなんですよね?」
「はい?
容姿どころか、相手が誰なのかさえ知らないよ。
だったら、なれないっていうの?」
「はい。イメージしたものにしかなれませんので」
「使えないなぁ」
私には悠人くんが好きな相手は分からない。
中途半端な能力にがっくしと肩を落とさずにいられない。
どうやら、イメージできるものにしかなれないらしい。
そうするとなれるものは限られる。
そのことを確認したくて、亀に視線を戻してたずねた。
「じゃあさ、なるのは犬! とか」
ボン!
私がその例えを口にした瞬間、そんな音と共に煙が舞い上がった。
煙の臭いが! なんて事は杞憂で、なぜだか塩の臭いがきつく感じられる。
「では、私は海の中に戻ります。
三回ですからね」
目の前の亀はぺこりと頭を下げると、ずりずりと転回し、私に背を向けて波打ち際を目指して行った。
波打ち際に姿を消そうとしている亀の後ろ姿を見つめながら、私は狐につままれた気分。
今の出来事はなんだったんだろう?
夢と現実の区別に戸惑っている私の視界の片隅に見覚えのある制服が映った。砂浜に転がるチェックのスカートに、濃紺のブレザーと淡いブルーのシャツ。
「うちの学校の制服?
なんで?」
ふと気づくと、私の手は毛むくじゃら。それも人間の手じゃない。
犬? 犬になっている?
だから、臭いに敏感?
「ひぇぇぇぇ」
叫び声を上げた。でも、それは「わぉぉぉぉん」と言う犬の鳴き声になって、私の耳に届いた。竜宮城に行く代わりに、私は好きなものになると言う謎の能力を本当に貰ったらしかった。