竜宮城なんて罠!
大好きな悠人くん。もしかして、誰か好きな子が……。
友人の噂話で乱してしまった心を落ち着かそうとやって来た秋の浜辺。
広がる青い空と遥か彼方で海が交わる水平線。それを眺め、潮騒のメロディーに耳を傾け、静かなひと時の中で心を落ち着かせるはずだったのに……。
「でけぇな、この亀」
「海に逃げ込もうなんて、甘いんだよ」
「俺を乗せろよ!」
砂浜にいる一匹の大きな亀。それを取り囲む小学生らしき男の子たち。
「はぁぁぁ」
期待していた静かなひと時を邪魔され、私は心の中でため息をついた。
海の中では自由に動けるであろう亀も地上では分が悪い。波打ち際近くまで、ずりずりと這って行っても、男の子たちに甲羅を掴まれ、すぐに連れ戻されてしまう。
いつまで経っても、この浜辺に私が求める静けさは戻って来そうにない。
ここで心を落ち着かそうとしたのは間違いだった。そう思い、立ち去る事を決めた。
ゆっくりと、そして距離を置いて、男の子たちの後ろを通り過ごす。そのはずだった。
「ねぇ、お姉ちゃん」
関わりたくなくても、向こうから関わって来てしまう事ってある。
「なに?」
とりあえず、聞いてみる。
男の子は私の問いかけにすぐには答えず、視線を動かして行っている。顔、胸、腰、足、そして再び胸。
「お姉ちゃん、中学生?」
「高校生なんだけど」
「ふーん、そうなんだ」
そう言いながら、私の胸を見つめ、鼻で笑った。
「えぇーっと、どうして中学生って思ったのかな?」
とりあえず、この子の考えている事は想像できたけど、軽く聞いてみる。
「そんなの分かんないの?」
その子の視線は私の胸にロックオンしている。そして、気づけば私の周りを男の子たちが取り囲んでいた。子供たちから解放されとと言うのに、なぜだか亀まで海に背を向け、私を見つめている。
「亀は涙目?
そんな暇あったら、今逃げろよ!」
と、亀の事を心の中で思っている内に、別の男の子が言った。
「本当は小学生なんじゃね?
パンツはウサギ柄だったりして!」
なんて、げらげら品のない笑い声をあげたかと思うと、これまた別の男の子が言った。
「俺が確かめてやるよ!」
そう言い終えるや否や、私のスカートを思いっきり、まくり上げた。
「きゃっ」
そんな声を上げて、スカートを押さえる。
「白、白、白!」
男の子たちはそう言いながら、逃げ出して行った。
「はぁぁぁ」
どんどんと小さくなる子供たちの後ろ姿を見ながら、再びため息をつく。
「パンツ見せてまで、私を助けて下さり、ありがとうございました」
そんな声が聞こえて来た。
「はい?」
今のは何? そんな思いで、声のした方向に目を向ける。
亀が頭を持ち上げ、私を見つめている。
「亀はしゃべらないよね?」
どこかのキャストさんが子供と話す時のようにしゃがみ込んで、亀に目の位置を合わせてたずねてみる。
「いえ。喋りますよ」
流ちょうな日本語で、亀が喋った。
「マジで?」
「はい。
パンツを見せてまで、助けて下さったお礼に、竜宮城にお連れします」
「いえ、見せたわけじゃなくて、単にスカートめくられただけだから。
それに竜宮城には行きませんから」
「どうしてですか?」
「乙姫様にも、女の子たちの踊りにも興味ないので」
「いえ、若くてかっこいい男の子たちを取り揃えています」
逆ハーですか!
悠人くんへの想いで少し傷心気味の私。癒すには……。
なんて思いが少し過りはしたけど、私が好きなのは悠人くんだけ。
どんなかっこいい男の子たちだって、今の私の心には響かない。
「だとしても、行きませんから。
そんなの興味ないので」
「私は乙姫様から、優しく、可愛い若い女の子がいたら、連れてきなさいって言われてるんですけど」
亀の言葉に一つの疑念が浮かび上がって来た。
浦島太郎の話って、いつの話?
乙姫様って、世襲制?
それとも、ずっと当時の乙姫様?
「ねぇ。乙姫様って、今何歳?」
「ざくっと1000歳くらいでしょうか?
もうお年で……」
「乙姫様が若い女の子を連れてきなさいって言うのは罠でしょ?
若い子を玉手箱で自分より醜くしようと言う」
「気づかれました?」
「それって、全然お礼じゃないよね?」
危ない、危ない。
うっかり逆ハー世界に魅せられると、自分が持つ本来の若さを吸いつくされるところだった。
「確かに。それには私は気づいていませんでした。
私としてはお礼をさせていただきたいと言うのが本心なので。
では、好きなものに三回なれると言うのはどうでしょうか?」
亀は今度は全く別の提案を出して来た。
好きなものに三回?
悠人くんの好きな人になって、思いっきり甘えた後、わがまま言って嫌われちゃうとか……。
これは魅力的な提案かも。
ちょっと私の心は揺らいだ。