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抱擁とキス  作者: 冲田
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 窓から光が差し込む程明るい満月の夜、少女はソファーにもたれかかって編み物をしていた。皆が寝静まるこの時間、開け放たれた窓から聞こえてくるのは、森の木々のざわめきと、かすかな狼の遠吠えやフクロウの鳴き声、虫の声。

 この少女、魔女のシーラはまるで人目を避けるように、城下町から少し離れた森に住んでいた。樹々の鬱蒼と生い茂る森の中で、彼女の小さいけれど居心地のよさそうな、レンガ造りの家があるこの場所だけは、光溢れる空間だった。まるで森が遠慮してここには樹を生やさなかったかのように、昼には太陽の光が、夜には月の光が差し込む、素敵な住処だ。

 シーラはふと手を止めて外の音に耳をすませた。聴き慣れた音に混じる寂しげな遠吠えが、何かいつもとは違うように思えたのだ。助けを呼ぶ声のようにも聞こえて、彼女はいてもたってもいられなくなった。


 隣に座っていた背の高い青年、同居人のヨエルは、いつのまにか読んでいた本を開きっぱなしにして眠ってしまっている。シーラは試しに彼を揺すってみたが、ヨエルはそのまま本を落として、シーラに寄りかかってしまっただけだった。


「今日は、お昼間ずっと起きていたものね」


 シーラは普段なかなか見ることのないヨエルの寝顔を眺めながら微笑んだ。彼女は、そっとソファーから立ち上がる。幸い、ヨエルは起きることなく、そのままソファーに寝転ぶ形になった。シーラは夜風を凌ぐ肩掛けとランプを持って家を出ると、遠吠えが聞こえた方へーー森の奥へと消えていった。



 程なくして、ヨエルは目を覚ました。


「ごめんなさい、シーラ。寝てしまいました……」


 彼がそう言いながら体を起こして隣を見ると、シーラはいない。ソファーの前に置かれたカップの中身はまだほんのりあたたかく、自分が眠ってしまってからそう時間はたっていないと思われた。ベッドに寝にいったかと寝室のドアを少し開けて遠慮がちに中を確認するが、ごちゃごちゃと散らかったその部屋に彼女はいなかった。


「まさか……」


 玄関を確認すると、彼女が外出時に使っている肩掛けとランプがない。ヨエルは大きくため息をついた。シーラを心配して探しに行きたい気持ちは山々だったが、広い森の中、どこに行ったかもわからない。ヨエルは、シーラが散らかしっぱなしにしている仕事道具を片付けながら、待つことしか出来なかった。


 家の中でやることもなくなって、ヨエルが外で気を揉みながら待っていると、森の影の中に、ふわふわと浮いたランプに照らされたシーラの姿が見えた。彼女は自分の肩掛けに何かを包んで、壊れ物を扱う様に大事に抱えている。ヨエルは憂苦に強張らせていた表情をほっと安堵に緩めた。彼は、シーラを家の中へと誘った。


「こんな夜更けに、どうして一人で森に入っていったんですか?」


「だって、ヨエルったら気持ち良さそうに眠っていたもの。夜行性のくせに」


シーラは別段責めるという風でもなく言った。ヨエルが聞きたいのは自身が寝ていたかどうかの所ではなかったが、シーラの抱える肩掛けを見れば、聞くまでもない事でもあった。


「それで、今度は何を拾ってきたんです?」


シーラは肩掛けに包まれたものをそっとソファーに置いた。中から出てきたのは怪我をした小振りの狼だった。よくもまあ、重かったろうに、とヨエルはため息をつく。ついでに、べっとり血の付いた肩掛けの洗濯のことも憂いていた。


「かわいそうに、きっと群れから見捨てられたのね」


 狼は荒く息をし、苦しそうに目を閉じていた。シーラが膝をついて長い呪文を唱えながら狼の傷を撫でると、その傷は消えてなくなった。そのかわりに、シーラは詠唱が終わると共にふっと意識を失う。ヨエルはいつものようにシーラが硬い床にぶつかる前にその身体を受け止めると、そのままそっと抱えて彼女を寝室のベッドまで運んだ。


「本当にお人好しなんだから。あなたは」


シーラをベッドに横たえて毛布を掛けると、ヨエルは彼女の綺麗な寝顔を優しく撫でて、額にキスをした。





 次の日の朝、にぎやかな動物たちの声で魔女は目を覚ました。特にけたたましく鳴いていたのは一羽のフクロウだ。シーラが眠い目をこすりながら寝室から出てきたとみるや、フクロウは人の言葉を喋った。


「昨夜は満月でしたからね! 嫌な予感はしてたんですよ!」


フクロウに促されて、シーラがソファーを見ると、そこには獣の耳が特徴的な全裸の少年が、すやすやと眠っていた。ーー幸い毛布は掛かっていて、ふわふわとした尻尾が毛布とソファーの間からのぞいている。おそらく歳はシーラとさほど変わらないくらいだろう。


「狼男さんだったのね!」


シーラは彼のやすらかな寝顔をにこにこと眺め、どうやら昨夜の傷の影響がなさそうなことに、胸を撫で下ろした。


「お洋服を用意してあげなきゃ。取り敢えず、昔のヨエルの服は着れるかしら?」


シーラはフクロウに聞いた。


「着れなくなった服も、あなたは捨てずにとってあるでしょ」


「その通りね」


 シーラはものを捨てることが出来ない質だった。だから家の中はごちゃごちゃと物で溢れている。そこを何とか住める様に整えているのはヨエルだ。夕食後にちょっとソファーでくつろごうという時、それがちゃんとソファーとして使えるのも、昼の間に山と積まれた衣類などの雑多な物を、彼が片付けていたからだった。フクロウはどこに何があるか把握していないシーラを、昔の服を仕舞っているタンスに案内した。シーラはその中からいくつか取り出すと、ソファーで眠る人狼の少年の枕元にぽんと置いた。

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