孤独と孤高
陽も傾きかけているエイスの町へとクリーフによって引っ張られた乗り物がやって来る。
「失礼ですがこちらにエナと言う女性の方はおられますか!!?」
「……どちらさまですか?」
「貴方はエナ様でしょうか!?」
「私はラミ。エナなら二階に居るけど……何か御用ですか?」
「カイガの街より来たのですが、至急こちらへ連れてくるようにと命じられまして!!」
「カイガ?ガエインの?連れてくるようにって、誰を?」
「シノ様と、リーナ様と言う方です!!」
「……シノちゃん達?」
「事態は急を要します!!お二人共とても深い傷を!!」
「!!……エナ!!エナ!!」
鬼気迫るその報告にラミは急ぎ二階へいるエナの元に向かう。
……
「こ……これはこれは……」
「……シ……シノちゃん……リーナちゃんも……」
二人が目にしたのは傷だらけの二人の姿だった。……それは素人の目から見ても酷い有様だった。……ましてや専門家のエナの目には、一刻を争う事態であることがすぐに分かった。
「……すぐに二階へ行きましょう行きましょう。急がないと結構ヤバいです、ええヤバいです……」
全員で協力して二人を二階へと運び込む。……横たわる二人だが、意識は途切れているままだった。その場をエナに託して、ラミ達は一旦下へと戻る。
「……何があったって言うの?」
「実は、私達の街に盗賊が現れて、彼女達は街を守るために戦ってくれたのですが……」
……依頼を受けている途中にそれに出くわしてしまったのだろうか……もし目の前でそんな事が起こったら見過ごせるような子達でも無い。……だが、この二人だけというのはどういう事だろう。
「……あの男は?」
無論シドの事である……あのだらしない男は何故居ないのか?……まさかあの男に限って死んだなどと言う事は無いだろうが……
「……あの方も重傷を負われたのですが……逃げた盗賊を退治するために傷ついた体をおして……」
「……そうなの……分かったわ。ここまでシノちゃん達を運んでくれてありがとう。」
「いえ……これくらいの事しか我々には出来ませんでしたので……」
申し訳なさそうにそういうと、何かできる事は無いかと協力を申し出てくれたのだが、大丈夫と言って断った。人数が居ればいいというものでもないのだし。そしてクリーフと共に彼らは去って行ったのだった。
……
「エナ、どう?」
「……」
エナの耳には言葉が入っていないようだ。……それほどまでに集中しなければならない状況だという事だ。……今は彼女の力を信じるしかない。……彼女の右に出る様な治療の力を持つものなどそうそう居ない。という事はその彼女に出来ないという事は、実質的に手詰まりを意味するようなものなのだ。……今はただ祈る。それしかラミには出来なかった。
・・・・・・・・・
「……着いたか。」
くたびれた足と体でとうとうカイガへと戻ってくる。空には辺り一面暗闇の世界が広がる時刻。空には体力の星達が瞬いている。
「もう今日はお休みください。我々の方で宿を用意しますゆえ……」
「もういい。一応礼は言っとく。……ただもう男との二人旅なんて金輪際ごめんだがな。」
相変わらずの憎まれ口をたたくが、その実シドの体は、久しぶりに限界に達していていた。
「副隊長!!ご無事でしたか!!」
「お前達か。あの方たちを無事にエイスの町へとお連れしたんだろうな?」
「はい!!エナと言う方の所へしっかりとお連れ致しました!」
「ご苦労だった。……という事です。」
「……」
その言葉を聞き届けたとほぼ同時ぐらいだろうか。……シドはその場へと再び倒れこんだ……今度は偽りのものではない。意識も完全に途絶えた。
「!!おい!!すぐに運ぶんだ!早く!!」
意識が消えた後、シドの体はカイガの街の宿へと運ばれる。彼らにとっては自分達へと協力してくれたシドへの恩返しと言う形であった。
……
「すみませんシド様。……天使よりもかわいい私なのですが、もう、シド様と一緒に居られなくなってしまいました。……私が居なくなっても元気なシド様でいてください。それでは……つつつ……」
……そんなアホみたいな事を言ってシノは遠ざかって行く。
……ああ、夢だ。
夢に決まってる。
じゃなきゃあいつが俺の元からいなくなるなんてありえない。
「じー……」
遠ざかりながらもシノはずっと見つめている。
……いかにも本物らしいジェスチャーだ。
……万が一、億が一、これが現実だったとしたなら?
……
ねえよ。絶対にありえない。
強く否定する。頑なに否定する。
……
夢なのに、中々覚めないもんだ。
「……さっさと目ぇ、覚めろ。」
強く強く、この偽りの世界を否定する。
……次第に体の感覚が現実へと引き戻されていく。
やっぱりこれは夢だったのだ。……夢ならもっといいものを見せるべきだ。……女の子達とたくさん遊ぶ夢とか。
「……」
日付が変わってより、数時間経つこと、シドは目を覚ます。……時計に目をやると自分が大分意識を失っていた事に気付く。……自覚なしでここまで眠ったのは相当に久しぶりだ。……我ながら情けないと言う感情が生まれた。……だがそんな感情をさっさと押しのけてシドはベッドよりすっくと起き上がる。……無論、シドには真っ先に行かなくてはならない場所があった。大切な人達の安否を確かめるために。
「……」
荷物を背にシドは宿をさっさと出ていく。出ていく時に店の主人が一応出ていくのを止めに入ろうとはしたが無理やり押し切って行ってしまう。……金は既に支払済みだったようだ。
……
夜の暗がりを星を眺めながらただ独り往く。ギリギリ陽が昇る前にはエイスに到着するぐらいの所だった。
「……荷物を持つのも久しぶりなもんだ。」
別に重いと感じた事も無いし、大した事でもないのだが普段からシノが代わりに持っていたからこそ懐かしい感覚に見舞われる。まだ独りで戦っていた日々の事を。
今でこそ何となくではあるが行く先々で出会う人々と築きあげてきた関係は悪くないものなのだが、それ以前のシドは何の因果か多くの人々から一瞬感謝されてはすぐ畏怖される様な触れてはならない刃物のような存在として扱われていた。
冒険者としての腕はたつものの、女性関係にだらしなく、男に対しては視界に入れるのも嫌で気に入らなければ殺す事も厭わなかった。この世界の常識で図るならば少々線を外れかけている程度のものではあるが、シノの世界でシドが生きていた場合はただの精神異常者でしかない。
金の為、女の為、そんな自らの野望を包み隠さずシドは生きてきた。……その生き方は自由奔放なものだったが、それによって発生する不利益をもシドは覚悟して生きていた。
あいつはどうしようもない奴だ。
近寄ると何をされるか分かったものじゃない。
厄介事を片付けたついでに居なくなってしまえばいいものを。
……
「はっはっは。あれはあれで面白かったな。」
昔の自分を振り返ると、意外と嫌いではなかった。好かれるような行動をしていないのだからそんな風に思われて当然なのだ。むしろ今が異常で面食らっているまである。
でも自分の感情をひた隠して人に好かれようとするなんて正直ナンセンスだった。それは自分が100%心から楽しんでいないという事だ。心のどこかで自分が我慢をしているという事。そんな息苦しい生き方は御免こうむる。
自分の生き方が他人に認められない物ならばそれでいい。誰からも嫌われて生きて行こうじゃないか。
それに自分が全力で楽しくなかったら、相手だって楽しくないはずだ。それが自分の思考だった。……もっともそれが正しいなんて誰に言える事でもないだろう。無論間違っているとも誰にも言えるはずはない。
生まれてよりこの方、まっとうでない生き方を選んでここまでやってきた。
……
……ちなみにシドは己の出生についてはあまり詳しくはない。シドからは分からない事だが、結果から言ってしまえば生まれてよりすぐ両親達は居なくなり、赤子の状態から小さな村の村長の元にて育った。
小さい頃より気性が激しいのは健在で育てるのには非情に手を焼き、いつの間にやら体はどんどん大きくなっていった次第であった。中身はそこまで成長している様ではなかった。
ある程度の歳になった時にとある冒険者達との出会いによってシドは冒険者としての一歩を踏み出す事となったのだが、それはまあ古き懐かしい想い出の1ページだ。今更振り返る程の事ではない。ただその中で強さが磨かれ続けてきたというのは間違いではない。
この女性好きな性格は元来からの物で物心つく前よりシドはこんな感じであった。一人で旅をするようになってからは行き交う街の一つ一つで女性へとアタックを行い、成功したりしなかったりそんな事を続けていた。彼にとっては女性>金というのがとにかく優先された。金をいくら詰まれようが百点の女の子には絶対に敵わないのだ!
……思えば女性をひたすらに求めてしまうのは、可愛いとか綺麗だからとかではなくもっと根本的に、自分が幼少期に得られなかった母性的な物を求めてしまうからなのかもしれない。……もとい、シドはそうではない。ただ欲望に忠実に女の子と遊ぶのが好きなのだ。実は一人よりは複数人でいる方が好きではあるのだが、あまり多すぎるのも嫌いだったりする所もある。難しいものだ。
シドにとって今のこのちょっとおかしな状況が嫌いかと言えば、まあそうでもない。自分の好き放題やって周りからいいように評価されるのはいい事だと考えていた。たとえそれが実は誤った評価だとしても。だけどそれを申し訳なく思ったりはしない。向こうがそう思っているのならばそれを真摯に受け取るべきと考える。世の中知らなくていい事をしって不幸になる事が多すぎる。幸せになる事だけを知っていればそれでいいのだ。その当人も、シド自身も。
……
もしスカールの人々がこれまでベレストラン家のやって来たことを知ったらどう思うか。
……まあ、なんだかんだ知ったところであんまり変わらないような気がする。結局それはそこまで積み上げてきた人望という奴に左右される部分が大きい。だから自分がやった事は余計なおせっかいとも取れるものかもしれない。ま、ラナ達をいいように手籠めにするためにあのオヤジに恩着せがましい事をしただけだ。ただそれだけ。
……自分がデジタルゲートを起動したせいで巨人がやって来たことをみんなが知ったらどう思うか。
ま、憎まれたり、嫌われたりだろう。別にバレたらその時に然るべき事になるだろう。もちろんだからと言って黙ってそれを受ける必要はないしそんなつもりもさらさらない。あんな場所に無造作にほっぽっておくのが悪いと今でも思う。思えばほんとに自分が起動させたかどうかだって分かるもんか。ただ見つけたそれを男達が弄って勝手に起動したのかもしれない。そうだ、そうに違いない。
そんな事今更知ってどうする。いや、あの時だって実は俺が起動したんだなんて言っても誰にも何の得もありはしない。そんな事言うのはバカだ。責任はあの巨人に全部押し付けてやった。それで解決して丸く収まったのだからそれでいい。それ以上自責の念に駆られる様な事があればそいつはクソ真面目な大馬鹿野郎だ。
昔を思い返してみるが、シノと出逢ってからの時間の事ばかり思い返すようになってしまっていた。……やっぱり結構楽しい時間だった。可愛い女の子達ともわんさか出逢うし。これまで一体どこに隠れてたんだって言う話だ。これまでの自分の冒険はなんだったのだ。
世界にはまだまだ沢山の女の子達が俺を待っているに違いない。隣にシノを連れながらその子達に出会うのがこれから楽しみで仕方が無かった。冒険ってのはそうでなくちゃならない。
欲しい物がその先に待っている。それが冒険だ!!
……
「よし、とりあえず帰ったら新しいゲームでもやるとしよう。そうと決まったらさっさと行かないとな。だいたい俺に荷物を持たせるとはしょうがない奴だ。」
シドは彼女が目を覚まして自分を出迎えてくれるだろうことを確信しながら帰路につく。もう、エイスの町は目と鼻の先だった。
心から自分が楽しい気持ちでいれば、隣に居る人だって楽しい。
その為に自分の気持ちに正直に、これからの楽しい旅の事を考えながら歩いていく。
……最悪の事態なんて、考えない。考えてもしょうがないじゃないか。考えて暗い気持ちになるなんて、ほんとにバカらしい。




