苦い爪痕
「ば……バカな……なんで、なんでだよぉ!!」
「……」
シドは何も喋らずただ歩み寄りながら剣を回収する。そしてその視線の先に見つめるものは最後の標的。
「……っく……くそっ!!」
その威圧感に押された男は逃げる。逃げるしか出来なかった。あの状況で真っ向から立ち向かう事はどうしても出来なかった。これまでまともな勝負などしてこなかったが故でもあった。
「……」
シドは、一旦、目を瞑る……
気を落ち着かせる意味もあるが、やはり体を苛めるダメージの存在を否定できないのであった。……再び目を開けると男が逃げて行った方向へと足を進める。さっきよりは足取りを軽くして。
・・・・・・・・・
「ああ!!くそ!!くそッ!!」
ヤバいヤバい!!奇襲どころか何なんだ一体これは!!
……蓋を開けてみれば自分以外死亡。……もう片方の奴らだってやられてる可能性が高い!だからってあの状況で助けに行こうなんて微塵も思わない。とにかく自分だけは生き残る。その為に今は走る。目指す先は自分達のねぐら。女性達を閉じ込めている場所だった。
……
「おう!!てめえ!!俺と一緒に来い!!」
「……!!」
女性達の中でも自分が一番お気に入りとしている女を選んで連れ出す。あわよくばそのまま誰にも出逢わず洞窟から抜け出せればベストだった。他の女共はもうどうだっていい。十人も引き連れて出て行けるか!!
「おら。トロトロ歩いてんじゃねえぞ……?」
「あ……ああっ……」
「よし、ここは右だ……」
男は女性の背中に刃物を突きつけながら前を歩かせる。……生きた心地がしないとはまさにこの事だろう。
「……とにかくさっさとここから出ねえと……ちくしょうがっ……!!」
これまであんなにうまく言っていたのにこんな事になるなんてここに来て運の悪さを呪わずにはいられなかった。……そして、その不運は未だ健在だった。
「……なっ……またテメエかよ……」
運の悪い事に、再びシドと邂逅してしまったのだ。……だとするならばもうなりふりなど構わない。
「しょうがねえ……おら!!こいつが見えるよなぁ!てめえが妙な動きすればこいつの命はねえ!!」
「ひっ……」
「……」
連れていた女性を自分の方へと抱き寄せるとそのまま首元に刃物を突き当てた。そのまま突き進めば女性は命を落とすだろう。
「とりあえず剣を捨てろや!!」
「……」
「?おい!!剣を捨てろってんだよ!!聞こえねえのかクソが!!」
「……」
シドはその手に剣を持ってはいるが、微動だにしない。……というより、男の声が聞こえているのかも怪しまれた。焦点の合わないその状態のまま立ち尽くしていた。
「くそ……俺はここから出るんだよ!邪魔したらここでぶっ殺す!!分かってんだろうな!?」
「……」
返事は無かった。……その代わりに、シドに新たな動きがあった。……シドは、倒れた。前のめりに。……剣のカランカランと言う音と共に……
男は一瞬呆気にとられたが、これは好機とばかりに下卑た笑みを浮かべた。
「う……うははっは!!」
当然だ。あんなにボロボロだったのだ。ここまで倒れなかった方がおかしい。火事場の馬鹿力的な力でどうにか踏ん張っていたのがここでそれが尽きただけの話だ。
「天はまだ俺を見放してなかったぜ!!だっはっは!!」
これ見よがしに男は女を引き寄せたままシドの元へと近づく。シドはほとんど動きを見せない。軽く呼吸で体が僅かに動いている程度だ。
「……へっ、手こずらせてくれたもんだぜ。ほんとはもっといたぶってやりたかったのによ……まあいいや。さっさと……死ねやぁぁぁぁ!!!!」
自らの足元に横たわるシドの背中目がけて刃を突き立てるッ!!
「……ふん。てめえ、おしゃべり多すぎだっての。」
……その言葉と共にシドは一気に身をよじらせながら剣を避ける。……いや、厳密には完全にはよけきれていない。背中を少し逸れて右わき腹の肉を持って行かれるが、そんな事は意に介さない。
「何っ!!」
「……おらよッ!!」
「がふっ!!」
「!!」
勢いを利用しながら一気に体制を建て直し、男の顔面に鉄拳をぶち込むッ!!ひるんだ男の隙をついて女性はすぐさま男の元から逃げおおせる。
「さっさと離れろ。次捕まったら殺す。」
「は……はいっ……」
強めに恫喝すると女は走りながら暗闇の道へと消えていく。こうして二人が残されることとなった。
「……汚ねえ男の顔面なんざ殴りたくも無かったぜ。あー、ばっちい。」
「……て、てめえ……」
……シドは再び剣を手に取る。これで心置きなく戦える状況になった。
「……さっさと死ね。一秒だっててめえの顔なんか見てたくねえんだよ!!」
その言葉と共にシドは盗賊へと斬りかかる。
「う……うおおおおお!!!!」
盗賊も反撃の刃を振りかざすが、しょせんは脅えながらの一撃。シドのそれとは重みが違う。その刃は見事に弾かれ、剣は宙に舞う。そして、とどめの一太刀が与えられる。
「な……な……ち……ぐ……があっ……!!」
「……死ね。クソが。」
その言葉が冥途の土産となった。……最期の盗賊はこうして息絶えた。ここに盗賊の討伐は完了した。
「……」
だが、シドには何の喜びも無い。何一つ得られたわけでもない。達成感も無い。
……失ったものばかりの戦いだった。
表情には出さないが、盗賊に切り付けられた傷も安くはない。血が、止まらない。
「……」
シドは、その場に座り込み、瞳を閉じた。……次第に痛みは薄れて行きながら、意識が途切れて行った。
・・・・・・・・・
「なんと……盗賊達の死体だと?」
「はい。」
突入時に別たれた部隊は合流し、互いの状況報告をしていた。
「その口ぶりでは、やはり隊長達ではないのですね?」
「……だとすると、もしや……」
思い浮かぶのは単身向かっていったあの冒険者。……たった一人で戦ったというのもおかしな話ではない。
「……っ……」
「?隊長!!何か奥から声が聞こえます!」
「……ッ!!た……たすけ……!!」
「じょ、女性です!奥から女性が!!」
それはシドによって解放された女性だった。ただ無理やりにひた走ったところで彼らの集団と出くわす事になったのだった。
……
「では貴方は盗賊達に捕まっていたと?」
「は……はい……そして私は男に連れ去れて人質に……でもそこに男の人が現れて私を助けてくれて……」
「分かりました。貴方の無事は確保します。もう安心してください。……ちなみに他の女性達は?」
「多分、まだ牢の中に……」
「分かりました。」
女性を保護する数人は入り口の方へと向かい、残る人間達で女性がやって来た方向へと隊長達は進んでいく。
……
「どうやら、あの人で間違いないようですね。」
「たった一人で盗賊達の群れを倒し、女性を助けるか。……何とも大したヒーローだ。」
「……ヒーローにしては口が悪いし素行も悪そうな人でしたけどね。」
「ふふふ……確かにな。どっちが盗賊だか分かったものではないかもしれん。」
軽口を叩きながらもシドを称賛しながら足早に進行していた。早くそのガラの悪いヒーローと出会う為に。
……だが、そのヒーローは、蹲っていた。その近くには盗賊の亡骸。だがそれ以上にシドの体から血が流れているのが嫌でも目に入った。
「……!!だ、大丈夫ですか!!?」
「…………あ?」
駆け寄り体を揺さぶるとシドはゆっくりと目を覚ました。
「これはッ……早く手当を!!」
「……触んじゃねえ……」
「何を馬鹿な事を!!死んでしまいます!!」
「……俺が死ぬかよ……」
強気な言葉だがその声は力ないものだった。
「……無理矢理でも手当させてもらいます。おい!急げ!!」
「……勝手な事、しやがる……」
……
結局シドは折れて応急処置を受ける事となった。……止血を行い、どうにか出血を止める程度ではあったが。30分もしたらある程度普通に喋れるぐらいには戻ることが出来た。
「貴方が、この盗賊を?」
「……ふん。」
ふてぶてしい態度ではあったが、それは肯定の返事と同義であった。
「……女性が貴方に助けられたと言って私達の所にやって来てくれたのです。だから私達はこうしてここまで来ることが出来ました。」
「……あの女は65点ぐらいだったな。」
副隊長は少しぽかんとした。
「……」
「……あ?なんだ。」
「……いえ、ちなみに、他の女性達がどこに居るかご存知ですか?」
「んなもん知らん。」
「そうですか。分かりました。……あの。」
「なんだ、もじもじしやがって。」
「貴方のおかげで盗賊達を討伐することが出来ました。自ら危険を顧みず戦って頂いた事、感謝に堪えません……なんとお礼を言ったらいいか……」
副隊長のその言葉だけ聞いて、何も答えはしなかったが、シドは立ち上がり……
「……じゃあな。」
「?……じゃあな……って?」
「俺は行く。もう用は済んだ。」
「ちょ……そんな体でですか!?冗談言わないでください!!」
「……どけ馬鹿。」
……立ち上がり歩けるようにもなった、実際シドが眠りこんでしまったのは疲労が限界近くに達してしまったのが大きな原因であった。盗賊から受けた傷もこれまで受けてきた傷よりいくらか酷かった程度でシドからすれば日常茶飯事的な傷レベルだった。……見た目には痛そうではあるが。
しかし今回の戦いではその見た目に痛そうな部分を利用することが出来た。盗賊達は弱い者を狙うその傾向をそのまま利用出来たのだ。
シドが盗賊達と出くわしたときに敢えて必要以上にダメージを受けている姿を装った事で盗賊達に余裕を与えさせることが出来た。もしも楽々敵の一人を撃破していたならば盗賊達もそこまでシドを倒す事に執着せず、一旦退くと言う選択肢も生まれたかもしれないが、後一撃で倒せそうなほど瀕死の相手を目の前にしてそんな判断出来るだろうか。結局は盗賊達は油断、慢心、過信の末に敗北を喫してしまった。
まあ、あのボロボロな状態は半分演技が入り混じった物だったという事だ。……非道な手を使う者に対しては逆にそれを利用してやるのがセオリーというものなのだ。……最後の一撃もほんとは完全に躱すつもりだったのだが思ったより体は疲労していたせいで余計な一撃を受けてしまったわけだった。
「隊長!!」
「……我々はまだ捕えられていた女性達を捜索しなければなりません。……もう少し、待っていただけないだろうか?」
「……んなもんお前ら勝手にやってればいいだろうが。……もう俺に関わるんじゃねえ。」
少し語尾を強めに言葉を吐き捨てると、シドは歩きながら暗がりの中へと消えて行ってしまう。……追いかけるべきなのだろうが……それを許さない空気が漂っていた……だがそれでも一人には出来ない。
「……隊長……自分は……」
「……ここは私が指揮をする。すまないが、あの者に付き添ってくれるだろうか?」
「分かりました……それでは……!」
……独りになりたい気持ちも分かる。……だが独りにさせたくない気持ちだってここにあるのだ。
・・・・・・・・・
「……さっさと、帰らねえと。」
「お、お待ちください!!」
……ちっ……また来やがった……
「なんだ……」
「……恩人をこのまま返したら我々の気が済みません。安全な場所までお付き合いさせていただきます。」
「男は嫌だ。」
「……分かりますが、ここは我々の勝手をお許しください……」
……真面目な奴は苦手だ。
「……くそっ……さっさと帰る。」
「分かりました。では、速やかに帰還しましょう。」
何が悲しくて男と洞窟を行かなくてはならないのか……
一応こいつは何らかの地の利があるらしく道案内を買って出た。その指示通り進むとその先には外の景色が広がっていた。……ま、ちっとは役に立ったか。けど男は嫌だ。
「……」
辺りはすっかり暗くなっていた。
空を見ながら物思いに耽る
……今日はいろんなことが有りすぎた。……盗賊共が街にやって来て、狼みたいのと戦ったら次は竜と戦い……矢継ぎ早に奴らのアジトで盗賊共をぶっ殺して……
こんだけの事があったにも関わらずそれに見合うような何かが得られないってのは何なのだろう。
……この虚しさを分かち合える相手も今は居ない。
……子守唄。聞きてえな……
口には出さないが、あいつの子守唄はなんだか癒されるのだ。自然と安らかな気持ちで眠りにつける。
もしあの唄を聞けたらこんな陰鬱とした気分も少しは晴れるのだろう。……だがそれを唄ってくれる彼女は今……どうなっているのか……無事に決まっている。そんなの当たり前だ。
「……」
ただ黙りこくって夜の空を眺めながら一旦ガハクの街を目指す。……男が隣に居る。……男は嫌だ。




