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シドとシノの大冒険  作者: レイン
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破滅へ向かう狂想曲

もし俺にも、彼女を守れるだけの力があったなら、違う未来もあったのだろうか。……事切れる寸前、俺は、そんな事を思ってしまった。


・・・・・・・・・


「こ……殺すって……な、なんで……そんな事を……」


大切な人を、殺す。どれだけ苦しく辛く、そして悲しい事だろうか。


「……俺は……エルニに、嘘を……ついていた……すまない……あれは、天使の落し物なんかじゃない……あれは、魔結晶と言う宝石なんだ……」


「魔……結晶……?」


「その結晶に触れる事でその身に魔物の力を宿すことが出来る……さっきの様に……ぐぅぅぅウゥゥ……だが……まだ未完成だったからだろう……体が、心が……制御しきれないッ……!!今にも頭の中が……怒りと殺意で塗りつぶされそうになるッ……!!」


「……だから、後二日待ってくれって言ったの……?私が、飛び出しちゃったから……」


「ウゥグゥゥっっ……」


今もなおその心を塗りつぶされそうになる衝動に必死に抗っているが、いつその心が折れるやも知れない……そうなってしまった時、もうスクリムと言う人格は消えてしまうに違いない。


「どうして……どうして、そんな物を……?私は……私はみんなが幸せになるようにって、天使の落し物を作りたかったのに……私が作りたかったのはそんな物じゃ無いよ……なのに、どうして……」


「……力が……欲しかったからだ……」


「力って……力って、何……何の為に……」


「……」


「……エルニさんの、為に、ですか?」


「……」


……部外者の私が口を挟む事じゃないかもしれない。……でも、きっとそうじゃないかと思った。夜に話した時に感じた。……ちょっとだけ、スクリムさんは私に似ているって思った。とても大切な人がいて、なのに自分に力が無い事がとても悔しくて……私も同じだった。


「……誰かの為に命がけで頑張る君が俺にはとても眩しかった……そんな君を、ずっと傍で支えてあげたいと思った……でも、俺にはそんな力が無かったッ……君と初めて会ったあの日の事を……俺は、ずっと悔やんでいたッ……」


「スクリムさんは、エルニさんの命の恩人なんですよね?……貴方が盗賊から助けたって……」


「……助けには入った……でもッ……何にも出来なかったんだ……俺の力ではあいつらを止める事も、エルニを逃がしてやることも出来ず、結局、俺は……俺はッ……!!奴らに乱暴される君を……ただ見ているしか出来なかったッッ!!……結局自分達の気がすんだら奴らは去って行った……俺は何も出来なかった……君の優しい気持ちをふみじった盗賊達をッ!!いや!君の事を阻む奴ら全てを俺は!!一人残らず!殺したいと思ったッ!!……そして、何にも出来なかった俺自身を!!何より許せなかったッ!!」


……他人事とは、思えなかった。……私だって、同じ立場だったらスクリムさんと同じ気持ちを抱くだろうと思った。……大切な人を守るためにその身を魔物と変えても構わない。そう、考えるだろう。


「……そんなある時だ、魔結晶の存在をある人物から知らされたのは。……だがそれが誰だろうが、関係なんてなかった。エルニを守れる力が手に入るなら、何だって構わなかった。……全く、後、二日、遅ければな……ウゥグゥゥゥ……ッ!!」


「スクリム……スクリムッ……!!」


「……すまない、エルニ。……結局、俺は何にも出来ないままだったな……」


「スクリムはッ……私を助けてくれたよ!!……何にも出来なくなんかないよ!!……私は、嬉しかったんだよ……見ず知らずの私を助けに来てくれた事……」


「……何も出来なかった。」


「関係ないよ!!……嬉しかった。あの時のスクリムは私にとって王子様みたいだった。本当にカッコよかった……私ね、皆に幸せになって欲しいって思ってるけど……本当は、誰よりも、スクリムに幸せになって欲しかったんだよ……いつも迷惑ばっかりかけてるのにそれでも私の傍に居てくれるスクリムが……いつか、一番幸せになるようにって……私、そんな、自分勝手なんだ……」


「……自分勝手で、いいじゃないか。俺は、そんな君を、支えてあげたいと思った。……自分に酷い事をした盗賊達とすら話し合ってどうにかしようだなんて本当に、呆れて物も言えない。……けど、そんな君が好きなんだ。……周りの人間がどれだけ君の夢を、理想を笑ったって、俺は、君の隣でずっとそれを一緒に追いかけていきたいって思った。……だから、後悔なんて、してない。……たとえ俺の命が尽きても、こんな命がエルニを救うことが出来たなら、後悔なんてない。……グググっウゥゥ……もう、十分だ……最後に話せて、良かった……さあ……早く俺をッ……!!」


「でき……ないよッ……!!出来るわけないよッ!!」


「……やるんだッ……でないと、きっと俺は心まで魔物と化してしまうッ……そうなったらエルニ達を襲ってしまうかもしれないッ……!!そんな事、俺はしたくない……だから……ダカラッ……」


……このまま何もしなければ、犠牲が出る。たとえそうなる結果が見えていたとしても、そんな決断を、下せる人間がどれだけいるのか。……人であるがゆえに、最悪の結末が見えていてもそれを回避する事が出来ない。


「……馬鹿野郎が。お前言ってただろうが、俺がエルニを守るって。……なら最後まで守れ。自分の体だろうが、自分の心だろうが。自分でどうにかしてみせろ。」


「……フフッ……本当に、真っ直ぐだな、お前は……」


「てめえが死んだら、エルニは俺の好き放題するぞ。いいのか。お前の大切な女なんじゃないのか!?」


「……お前は……優しい奴だ……エルニに酷い事なんて、しないだろう……?」


「てめえが俺の何を分かるってんだよ。」


「……分かるさ。……お互い守りたい大切な人がいるんだから……俺には力が無かったが、お前にはある。……お前なら、エルニを、守ってくれるか?」


「ふざけんじゃねえッ!!!男が一度守るって言った事だろうが!!」


「……」


当人のスクリムだけは、身をもって感じていた。……もう、抗えない事を、心が黒く塗りつぶされていく事を止められない事を……


「エルニ……ごめんな……こんな事俺が言えた事じゃないけど……今まで本当に……ありがとう……ごめんな……」


意識の薄れる瞬間。最期の瞬間、スクリムは笑顔を浮かべた。


……


非情にも、その最後を惜しむ間さえ与えられる事は無い。スクリムはその姿を魔物へと変化させていく。もはやそこにスクリムだった者の意識など存在しない。……それはただの魔物のそれである。ただ人を襲う魔の者。


「スクリムッ!!」


「……クソがっ!!」


シドはやむを得なく剣を抜く。……こうなることが分かっていたとしても、どうにかしてやりたかった。……時間が問題を解決してくれるかもしれないなんてほんのわずかな可能性に賭けてしまった……自分が貧乏くじを引けばそれでよかったのだ。シドは自分の判断の甘さを悔やむ……


「……おらあああああッッ!!」


「ググルゥゥゥッッ!!!ガァァァッッ!!!」


「何ッ!!……ぐぁぁッッ!!」


「シド様……!!」


シドは覚悟を決めて斬りかかるが魔物と化したスクリムはその攻撃を素早く躱し逆にシドへと体当たりを行う……その巨体と勢いにシドは跳ね飛ばされる……


「スクリムッ!!スクリム……!!」


もうその声は届かないと分かっていてもエルニは呼びかける。だが、その言葉が皮肉にも次のターゲットを定めさせてしまう……魔物はエルニへと向きなおる。


「……氷結!!」


「!!……グルゥゥゥッ……」


「……たとえ姿が変わったとしても、エルニさんを傷つけるスクリムさんなんて、見たくありません。」


こんどはリーナがその注意を引き付ける。騒ぎを聞きつけてか警備の人間達も集まってくる。


「さ、さっきの魔物!?一体どうしたというのですか!?」


「……俺達がどうにかするからてめえらはあっち行ってろ……。」


「し、しかしッ……」


「シド様の言う通りにしてください……皆さんは、街を守ってください。……お願いします。」


下手に大勢で戦えば被害が拡大しかねない。……何より、スクリムさんとこの街の兵士の人達が戦う姿なんて見たくないというのが本音だ。……苦しい思いをするのは、最小限でいい。……私達で、何とかしなければならない。


「……わ、分かりました。……ですが、ご無理はなさらないよう!!……何かあればいつでも馳せ参じます!」


そう言って兵士の人達は去って行った。……では、どうするか。……スクリムさんを、倒す。それしかないのは分かっている。……なら、誰がやるのか。……エルニさんにやらせるわけにはいかない。……誰かじゃない。自分がやるんだ。……誰かに辛い役目を負わせるぐらいなら自分が……


「ガアアアアッッッ!!!!」


「うおおおおっっ……ぐぅぅぅっ……」


「シドさんッ!……雷撃ッ!!……ああっ……!!」


……これ、とどめとは、別の問題が。……強い……私達だけじゃ……無理?……かと言って逃げられるかと言ったらそれも難しい……


……弱音を吐くぐらいなら、私も戦うんだ……


「ガアアアァァッァァアッ!!!!!!!」


……


「く……クソが……クソがぁぁぁ!!!」


「グォォォォッッ!!!」


……シドは戦いながら、苛立っていた。……目の前で戦っている、スクリムだった魔物に対してだ。


……弱っちそうだったが、それでも守りたいってその覚悟は本物だっただろうが……ちっとは認めてたのによ……クソが……クソクソクソクソクソ!!!!!


だがそのシドの怒りを上回るほどに魔物は強い。……シドも肌で感じ取っていた。……勝てないかもしれないと……何より違和感だったのは、戦う時間が経過していく度に魔物が強くなっているような感覚を感じていたのだった。


……重いッ……速いッ……鋭いッ!!なんだこいつ!!……どんどん強くなってやがる……


魔結晶の真価……それは魔物の力を身に宿すだけではない。戦いの中で更なる強さを身につけていくところにある。脆い部分があればその部分は更に硬い皮膚へと変わり、貫けない装甲があるならばそれを上回る強さの体へと変わっていく。……もはやシドの剣では魔物に傷を負わせることも出来ず、リーナの魔法などびくともしない体へと変化していたのだった。……皮肉にも後二日の時間さえあれば完全に制御出来る魔結晶となっていた。……全ては運命のいたずら。最悪の結末を望む神のいたずらだった。そんなものに翻弄され続けるのが人なのだ。


無論シノの攻撃などもはや意に介さない。……シノも思い切り壁へと叩き付けられる……


「ッ……!!」


だが、シノは痛みより何よりこの理不尽に抗いたいと思っていた。二人を救いたい。こんな終わり方なんて、ごめんだと。


……


シノは自分の意志で願いを叶えようと思った。……吹き飛ばされた時に自分の脇へと落ちたそれを見て、まだ抗えるかもしれない可能性に思い当たる。


「……」


その手に持ったのは、願いの杖。……迷う間もなく、シノは祈る。


「……スクリムさんを、元に、戻してください……」


目を閉じて一心に、シノは祈る……


……


「どうして……どうして……」


願い方が違うのか、使い方が違うのか……状況は何も変わらなかった……


「ッ……」


ならばとシノは次の手を使う。……レベル特典。……本来ならばシドに相談して使いたかったのだが、もうそんな余裕も無い。……怒られたら謝ろう。……今はスクリムさんを助けたい。シドの心は再びあの空間へと誘われる。


・・・・・・・・・


「超!!!!!久しぶりーーーーーーー!!!じゃないですかーーーー!!!!」


超、久しぶりだった。……うるさい。……だけど、それでも縋らずにはいられない。


「……願いを、叶えてもらいに来ました。」


「おお!!おおーーーー!!!グッド!!!!グッドですよーーー!!!でも……」


……でも?


「……無理だと思いますよ。……貴方の願いって、あの魔物を人間に戻してくれ、とかじゃないですか……?」


……なぜか全部御見通しのようだった。……無理?無理?


「な、なんで、無理なんですか……?」


「……残念ながら、レベル特典にそんな願いは無いからですよ……はぁ……がっかりですね……」


小さな声になると共に私の中の希望も一気に打ち砕かれた。


……思えばそれは理不尽でもなんでもなかったのかもしれない。……私が努力をしてこなかった結果、私は何も変えることが出来ない。それが、私に与えられるべき妥当な現実なのだとしたら納得する他なかった。


……努力せずに得られた力では、スクリムさんを救えない。


頑張ってこなかった報いは、自分にとって一番辛い時に来るようだ。……私は、本当にバカだった。

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