決して心は屈しない
話は少し遡る。シド達がエルニ達のキャンプを足って30分もした頃の事。
「……」
エルニは、悩んでいた。やっぱり一刻も早く盗賊をなんとかしなくてはいけない事。……危険な事をシド達に押し付けてしまった事。……考えた末、出した結論は、やはり自分が行かなくてはならないという事だった。……もちろん仲間達には言えるはずもない。……スクリムにも。
自分の我儘だって言う事は分かっている。……スクリムの言う通り自分に今起こっている状況に立ち向かう力が無い事も。でも……でもッ……何もしないなんて、出来ない。……出来ないよ。怖い、怖い。だけど、そんな時に胸の中に浮かぶのは、スクリムの事。……洞窟で、私を助けてくれたスクリムの雄姿は今でもこの胸に焼き付いている。
……どれだけ恐ろしかっただろうか。
……どれだけ勇気のいる事だっただろうか。
……何の見返りだってありはしないのに、そんなものを越えてスクリムは自分を助けてくれた。
……人助けに、理由なんていらない。命がけで私を助けてくれたスクリムからそれを教わった。……ならば、それに負けないぐらいの勇気がなければ、彼の隣に居る資格なんてない。……私は彼の隣に相応しい人でありたい。困ってる人を見過ごすような私じゃ、私自身に顔向けができない。
……ごめん。みんな。……ごめんね、スクリム。……私、行くよ。
……
……駄目だな、私。……間違ってるって、分かってる。分かってたんだよ。……ほんとは、スクリムに相談すればよかった。……でも一番大切な人だったから、危険な目にあわせたくないって……ごめんね……スクリム……
・・・・・・・・・
「てめえら……今すぐその手を離せ。」
「なにぃぃぃ?自分の立場分かってんのかてめぇ?……この女、ぶっ殺すぞ?」
「……あ、貴方達の仲間の方ですか?」
「……友達ですよ。大切な、友達です。……酷い事、しますね……」
リーナさんのその怒りははたから見ても明らかだった。私だって……憤る……よりにもよってエルニさんが囚われの身になっているなんて……
「……シドさん……」
「っ……」
「ちったあ大人しくなったか?まあ俺達ももうそろそろ引き上げるとこなんだわ。だからもうこの街には用はねえんだ。……けどよぅ、てめえにはまだ用があるんだよ!!」
「あ?」
「よくも仲間達を散々ぶっ殺してくれたじゃねえか……」
「てめえらみたいな豚共何人殺そうが興味ないっての。まだ殺したりねえぐらいだ。」
「……いい加減にしろよ?この女、死ぬぞ?」
エルニさんの首元へと突きつけられたナイフが不気味に揺れる……
「……」
「いいか?俺達が望むのはてめえの命!!それからてめえが連れてるそこの女二人だ!!そいつをよこせばもうこの街からは出てってやるよ!!」
「……」
「この街の奴らにとっちゃ悪い話じゃないだろうが?そいつらを俺達によこせばお前らは助かるんだぜぇ?さあ、そいつらを渡せよぉ!?」
……
……悪魔の取引だ……街の人からすれば、これ以上の被害を出さずに済むのだから……それを選んだとて、責める事も出来ない……
「……た、隊長……」
……警備兵たちは隊長の言葉を、ただ待つ。……沈黙の後、警備隊長は言い放つ。
「……断る。」
「ああ!?何だってぇ?」
「……彼らは、見ず知らずの私達に協力してくれた。その恩人を突き出すような不義理な真似をしたら、もはやお前らと何も変わらなくなってしまう。……たとえ彼らを貴様らに突き出してこの街を守ったとて、街の者達に胸を張ってこの街を守ったなどと……口が裂けても言えなくなる。」
「……」
その言葉に、兵の誰もが頷く。共感する。……人を守るために人であることを止めてはならない。
「……どんだけ馬鹿ばっかなんだこの街はよぉ……人質がどうなってもいいってのかよぉ!!?」
……私はこの街の人達を見くびっていた。……大切な人を守る想いや決意は、まぎれもなく真実尊いものだった。……その気持ちに呼応するように私の中にも勇気が生まれた気がする。……自分だけ傷つかない場所でのうのうと何てしてはいけない。私がやらなくてはならない事。
おずおずと私は前に出て勝算の低すぎる取引を持ちかける。
「……私一人で、勘弁してもらえないでしょうか。」
「ああ?」
……ダメもとで、交渉するしかない。……カードが弱すぎるけど……切れるものはこの貧相な体ぐらいだ。
「いえ、私一人が貴方達の所に行くので、エルニさんと私をトレードするという事で一つ。」
「ふざけた事言ってんじゃねえぞぉ!?」
「……私が、何でもいう事を聞きます。……だからエルニさんを返してください。」
……向こうからしたら納得できるような内容ではないだろう。……だけど、今できる事はこれぐらいしかない……
「シ、シノちゃん!!……ダメだよ……そんな事、ダメだよ!!私なんかの為にッ……」
「……うふふ、シノさんに先を越されちゃいましたねー……でも、シノさんはシドさんの傍に居なくちゃ駄目じゃないですかー。……私がエルニさんの代わりに人質になりますよー。……もちろん、私の事は好きにしてもらっていいですよ?」
「リ、リーナさんッ!!」
……エルニさんには、スクリムさんが居る。……エルニさんをこれ以上危ない目にあわせてしまったら……スクリムさんにあわせる顔が無い。……その思いは、リーナさんも同じようだった。
「いい女共じゃねえか。気に入ったぜ。へっへっへ……気が変わった。いいだろう、てめえら二人とこの女を交換してやってもいいぜ?ただし……俺達のいう事は何でも聞く奴隷になるって条件でな……」
「分かりました。でもリーナさんは駄目です。帰らなくちゃいけない場所がありますから。」
私は間髪入れず即答する。……こんな時に張れなくて何のための命だ。
「……いい加減にしろ。何勝手に決めてんだ。お前は俺の物だろうが。勝手に誰かの物になるなんて誰が許した。」
「……でも……このままじゃ、エルニさんも、リーナさんも……シド様も……」
「エルニも、リーナも。……お前も、全部守らなくちゃ意味ないだろうが。」
そう言ってシド様は剣を放り投げると盗賊達の所へと歩み寄る。
「のこのこ死にに来たか、潔いじゃねえか。」
「あ?俺が死ぬわけないだろうが。」
「シドさんッ!」
「おう、エルニ。」
「お、おうじゃないですよ!!……私のせいで、こんなことになってるのに……本当に、本当に……」
「……なーに、大丈夫だ。だから泣くなって。こんな奴ら大した相手じゃない。さっさと終わりにしてやる。」
「口のきき方に気をつけろってんだよ!!」
「っ……」
賊の一人がシド様を思い切り殴りつける。……シド様はよろめくが、倒れはしない。その視線は、盗賊達を見据えている。……大した相手じゃない、そう語っている様に見えた。
……そこから盗賊達はシド様へと怒りをぶつけ続ける。……殴られたり、蹴られたり……憂さ晴らしの様な地獄の時間が続く。……時に吹き飛ばされるほどの衝撃を受けるが、シド様は立ち上がり盗賊へと向きなおる。……その表情は未だ微動だにしない。……見ているこっちの方が悲痛な表情を抑えられないぐらいだ……
「ずいぶんと耐えるじゃねえかぁ?やせ我慢がいつまで続くかなぁ?」
「はっ。てめえらの非力な攻撃じゃ一生かかっても俺を殺すなんて出来ねえっての。」
……こんなの、ただの、時間稼ぎだ。……盗賊達は最終的にシド様の命を奪うまでやるに違いない。……それを黙ってただ見ているなんて、こんなに辛い事があるだろうか……
「もう……もう、やめてくださいッ!!……私の事はどうなってもいいからッ!シドさんを……助けてください……」
エルニさんの悲痛な懇願は、私と全く同じ気持ちだった。……だが、当のシド様は未だ泰然自若、威風堂々そのものだった。
「どいつもこいつも勝手な事ばっかりいいやがる。俺がこんなゴミ共に負けるわけないだろうが。だから黙って見てりゃいい。勝手に命がどうだとか、どうなってもいいとか言ってんじゃねえ。そういうのはどうしようもなくなってから考えればいい話だろうが。」
「よっぽど俺達をコケにしてえみたいだなてめえはよぉぉ……」
「コケになってから言えっての。」
「……」
何時になろうとも終わりの見えないその拷問だった。……天高く、天空より、それに終止符を打つ者が突如として現れる。
「な……なんだッ……こいつ……魔物かッ……?」
「グゥゥ……ゥウゥゥ……アアァァァッッ!!!」
狼の様なその四つ足のモンスターは……見たことが無い真っ黒な毛並みをしていた……咆哮一閃。エルニさんを人質に取っていた男に向かって攻撃を繰り出すッ!!
「ぐぉっ……!!うぅっ……」
「ちぃっ……なんだってんだよこいつはよぉ……やっちまえ!!」
そのモンスターはその後も盗賊達を相手取って大立ち回りを繰り広げる。……だが、一分もしないうちに盗賊達は悟る。……数で上回っているとかそんな問題で片づけられるレベルじゃなく強い、強いのだ……
「や、やべぇぇぇぇ!!!っぎぃぎいぃッ……」
「ががが……がっ……!!」
盗賊も、街の者達も、誰もが呆気にとられるしかない。……エルニもだ。
「シ、シドさん……これって……」
「……分からん。……けど……チャンスだッ……!!」
シドは惚けないッ!!人質が解放された今、もはや盗賊に脅える要因は何一つも無い。ならば、殺す。完膚なきまでに、皆殺しだ!!シドは荒れ狂うその戦火の中へと突撃する。……不思議な事にその中にあってもモンスターはシドへは一切攻撃を行わない。あくまで盗賊のみを狙っているような動きをしていたのだった。それはシノとリーナが加わっても一緒だった。……見る見るうち盗賊達は命を落としていく。……次第に収束していく戦いの渦。もう盗賊達の数が十を切った時、ようやく彼らは撤退の手段に思い当たる。いや、もはやそれ以外のやり方などない事にようやく気付いたのだ。……このままでは命が無くなる、全員がそう思い至った。
「……に、逃げるぞお前らぁ!!」
……その号令を合図に各々が散り散りに別の方向へと消えていく。……警備の者達は盗賊達を追跡する。……何人かは逃げおおせてしまうかもしれない……それを思うと悔しい気持ちに包まれるが、とにかくこの街から盗賊達は去ったのだ。……突然現れたこのモンスターの活躍によって。
「ぐっ……くそっ……逃げ足の速い奴らだくそ……」
「……シド様ッ……大丈夫でしたか……?」
「大丈夫に決まってんだろうが。あんなゴミ虫ども相手じゃない。」
「……そうですか……良かったです……」
普通に戦いを続けることが出来ていたのを見てもシド様が無事なのは間違いなかった。……思う所はいろいろあっても、私にとってやっぱりシド様の安否が一番気になるところだった。……本当に良かった。
「ヴヴゥゥゥ……ググガァッァ……」
……そして、正体不明のモンスターは、うめき声をあげながら、どこかへ行こうとするようだった。
「あ……ま、待って!!」
「フッアアア……グゥゥゥウ……エ……ル……ニ……」
「……え?……なんで、私の名前……」
「ウウウゥゥゥゥッッッ!!!!あああああああああああ!!!!」
ひときわ大きいモンスターの咆哮が、響き渡る……そして、それを発したモンスターの姿は自分達と同じ人の姿へと変わっていく。……彼女が誰より大切な、愛するスクリムの姿へと。
「ぐっ……ぐぅぅぅ……エル……ニ……だ、大丈夫か……怪我は……無いか……」
「……う、嘘……な、なんで、スクリムが……」
「長い事一緒に居るんだ……もしかしたらと思って見ていたら、案の定飛び出していくんだからな……全く……いつもいつも後先考えず飛び出して……世話を焼くこっちの身にも……なってくれ……ぐぅぅぅぅッッ!!」
頭を押さえながら受け答えをするその姿、その声、それは紛れも無くスクリムなのだ。……だがその姿は見ていて痛々しい物だった。
「……恐らく……じ、時間が……もうあまり無い……だから……だからッ……早く、俺を……殺すんだッ……!!」
……激痛に顔を歪ませるスクリムのその顔から放たれる言葉は残酷な受け入れ難い言葉だった。




