恋の香り
「植物の魔物でも炎で攻撃しちゃダメな相手も居るんですねー。」
「また一つ勉強になりました。でも、攻撃したらどうなるんですか?」
「……ぶるぶる……」
……教えてくれない。
まあ、必要ならそのうち言ってくれるか。そんなこんなでとうとうガエイン国の領地へと足を踏み入れる。
「あの遠くに見える山が、クライム山なんですかねー?」
「……そうなんですか?シド様?……あの、もう少し近くに……」
「……もう迂闊に動くなよ?」
「はあ。分かりました。」
……一応警戒を解いてくれたようだ。恐る恐る近づいてくれる。
「……そうだな、あれがクライム山だ。まああっちの方向に進んでいきゃあ近くにキャンプがあるんだろう。」
「気持ち、ちょっと寒いですね。」
「どっちかというと寒い地方だからな。ま、サッコロとかに比べれば大した事は無い。ちょっと肌寒いぐらいだ。」
確かに風が少し強く吹いている。まあ歩くのには支障がない程度の。
そこから更に進む事二時間くらい、前よりその高さが増していく山のその近くにそれはあった。
「あれでしょうか。」
「多分な。」
一般的なテントタイプのものがいくつも並んでいる場所を見つける。
「早速訪ねてみましょうかー。」
・・・・・・・・・
「いやぁ、遠路はるばるどうもー。ささ、お飲み物を。」
「……」
……自然な笑顔が印象的な女の子と、ちょっと真面目そうな男の人が私達の前にそれを差し出す。……いきなりパタリなんていかないだろうか。……のっけから人を疑うような人になってしまった。ええい、飲んでしまえ。
……スーッとして爽やかな口当たりだ。ハーブティーみたいな。……疑ってごめんなさい。
「えーっと、今回の依頼の件についてなんですがー……詳しい内容はこちらでという事でしたけれど……」
「はい!それじゃあ早速本題に。あ!その前に自己紹介ですね!私はエルニ!ちなみに今17歳ですけどなんと明後日18歳になるところです!」
「余計なことは言わなくていい。……エルニが騒がしくてすまない。俺はスクリム。俺達は手助けなどを必要としている人達の協力などを行いながら旅をしている。」
「S3、ですよね〜。お噂はかねがね。」
「S3だって……やっぱりちゃんと伝わってないー……ほんとは!S3なんてハイカラな名前じゃなくて、すぐ助太刀!すぐ助っ人!すぐに解決なスペシャルチームって言うんですよ!」
「……長いんだ。」
……まぁ確かに、ちょっと長いかもしれない。
「なのにスクリムや他のみんながS3って名乗るからー……全然浸透しないんだよー!」
「言いやすい方がいいじゃないか……」
「分かりやすい方が大事だよー!」
「……いつまでこんな漫才見せられるんだ。」
「すまない。本題なんだが、今俺達はとある宝石を作ろうとしているんだ。そしてその素材を集めて欲しい。」
「あの、そもそも宝石ってどうやって作るのですか?」
「厳密に言えば、宝石を加工した物という事になる。まずセラフィ鉱石という物を用意し、それにある触媒となる液体を加える事でセラフィムと言う宝石になる。」
「ああ、セラフィムなら知っていますー。綺麗な宝石ですよねー。」
「そのセラフィムに更にとある加工を加えてやる事で目的の物が出来上がる、はずだ。」
「はず、ですか?」
「……正直、半信半疑な代物だからな。」
「ちゃんと書いてあるんだから間違いないよー!それにもし作れたらみんな幸せになれる事間違いなしだよー!」
「……何を作ろうとしているんですか?」
「天使の落し物って言うアイテムです!」
「聞いた事ないな。」
「私達も知ったのはつい最近なんですよ。なんとこのアイテム、その身につけた人の幸運レベルを+1してくれるという!」
「……いや、そういうのってなんか呪いのアイテムじゃねぇのか?」
「そんな事無いですよ!……も、もし呪いだとしても、最初に私が付けて確かめてみますから大丈夫です!」
……それを大丈夫と言うのだろうか。
「……こんなあれなんだが、協力してくれるだろうか?」
とりあえずまともな依頼だし、上手くいけば結構凄いことかもしれない。……成功率は物凄く低そうだけど。
「遠路はるばるやって来て、何もしないで帰るのもなんですしね 。何より人の為になる事なら、喜んで協力します。」
「ありがとうございます!私、絶対に天使の落し物を完成させるんです!」
見るからに悪い人ではない。……これで実は大悪党だったりしたら何を信じればって話だろう。
そういえば、シド様が結構大人しい気がする。エルニさんにはあまりアプローチしない。好みじゃないんだろうか?
「ひそひそ(シド様シド様)。」
「ひそひそ(なんだ?)」
「ひそひそ(エルニさんにはアタックしないのですか?)」
「ひそひそ(……やるからちょっと待ってろ。こう言うのはタイミングってのがある。ましてやああいう元気っ子は特にタイミングが重要なんだ)。」
なるほど、駆け引きというがあるらしい。
……
「じゃあ、私達が取ってくるものは……月鏡ですか?」
「ああ、その結晶が必要なんだ。例の如くではないがクライム山にある。……もちろん魔物が徘徊している。」
「ま、何とかなるだろ。」
「そして、夜に採りに行って欲しい。月鏡は夜でないと手に入らないんだ。日中は陽鏡という別の物になってしまう。まず月鏡を手に入れて出てきてもらい、そのうえで月鏡に月の光を浴びせる事で初めてその結晶は完全な月鏡になる。」
夜か……一般的には魔物がやや狂暴化しているのだが、やや、ぐらいだ。おこ、ぐらいだからそんなには支障はない。
「まずセラフィ鉱石を溶媒に入れてセラフィムにし、それに今度は溶かした月鏡を混ぜ合わせる事で完成する。……真実ならな。後はその月鏡があれば全部揃う。」
「溶媒の液体は大丈夫なのですか?」
「そっちはもう用意してある。アミュートと言う液体だ。……危ないから触らないようにな。」
……透明だから水と間違えて飲んじゃいそうだ。
「危険だとは分かっているが……いかんせん俺達の力では手に入れられない。だから頼まれてくれるだろうか?」
「一回やるって言ったんだ。やるに決まってるだろうが。」
「……分かった。それならば夜までここで待機するといい。施設は自由に使ってくれ。ええと……」
「私はリーナと言いますー。」
「私はシノで、こちらはシド様です。」
「分かった。すまないが、どうかよろしく頼む。」
・・・・・・・・・
「素材探しと言いつつも、結局魔物退治になっちゃいましたねー。」
「ラミのやつめ。下調べ不足じゃないのか。……ま、確かに難易度的には大したことないだろうがな。」
「そうなんですか?」
「クライム山はそんなに強い敵も出ないしな。ま、ちょっと広いのがアレだが、三人で探せばそのうち見つかるだろう。」
「へぇー……やっぱりシドさんは頼りになりますね。」
「ふふん、あったりまえだ。とりあえずは夜になるまでは各々自由ってことにするか。」
「そうですねー。じゃあ私はテントを見て回ってきますね。何かいい情報などいただけるかもしれませんし。」
そういうとぷらぷらと行ってしまった。
「さて……じゃ、行くとするかな。」
「エルニさんの所へですか?」
「皆まで言うな。それ以外に何やるってんだ。」
……その通り……なのだろうか?
「お前もあんまり離れないようにな。」
……置いていかれてしまった。……一人、か。……私も付いていこうか。
「あ、シノちゃんー!」
「え?あ、はい、シノです。」
この元気な声は……エルニさんだ。……残念ながらシド様とは入れ違いになってしまったようだ。
「一人でどうかしたの?」
「ええとですね、この広大な大地に一人頬り出されて途方に暮れていた所をエルニさんに拾われて今に至ります。」
「う……うん?……よ、よく分かんないけど、じゃあ私とお話でもどうかな!」
こういう類の質問に嫌だと言える人はどういう思考回路をしているのだろうか。うまく回避する時にはなんていうのだろう。……でも、別に嫌じゃないしどうでもいいか。
「わーい。お話ししましょうしましょう。」
……我ながらとんでもなく棒読みだが、エルニさんに連れられてテントの一つへと招かれる。
……
「おじゃまします。ちらり。」
「どうぞはいってはいってー!」
……休憩する場所だろうか。そんな感じに見える。ここに腰かけていいのだろうか。よいしょ。
「いやぁ。シノちゃん達が引き受けてくれてほんとに良かったよー!私、絶対に天使の落し物を手に入れたいんだー!」
「幸せに、なりたいんですか?」
「ん?あははー、うん。私も幸せになりたいよ。でもね、周りの人達には、もっと幸せになって欲しいんだ。」
「……周りの人達、ですか?」
「うん!!出来る事なら、泣いてる人がいない、不幸な人がいない、みんな笑顔で溢れてるような、そんな風になったらいいなって思うんだ!もしこれで本当に天使の落し物が作れるんなら、たくさんたくさん作って、みんなに行き渡ることになればみんな今よりきっと幸せになれると思うんだ!なんてったって幸運レベル+1だもん。間違っても不幸にはならないはずだよ。だから、シノちゃんにも、幸せになって欲しいな。」
……屈託のない笑顔で私にそう語りかける。……私の、幸せ。……私は、どうなったら幸せだと思えるのだろうか。パッと思いつかなかった。
「おじゃましますー。あ、シノさんも居た。」
「あ!えーと、リーナさんですよね。さあさあどうぞ座ってどうぞです。」
「さん付けなさらなくても……私の方が年下なので。」
「えええ!!!!そ、そうなんですか!!?じー……」
「?」
「……うう……」
……これは、私と同じコンプレックスを抱いている可能性大だ。……でも私よりは全然エルニさんの方が立派だ。私なんてひょいだ。
「でもリーナちゃんはなんだかおかしいしー……うー……初志貫徹でここはリーナさんで!!」
「そ、そうですか?……なんだか申し訳ない気分に。」
……リーナさんも交えて三人で女子トークが始まった。……せっかくなので秘蔵のお菓子を一つ提供させてもらった。……このお菓子は美味しい。
「リーナさん、貴族だったんですね!!通りで育ちがいいと言いますか……育ちがいいと言いますか……うう。」
「貴族と言っても、名前ばかりみたいなものですよー。大切なのは、何をするかだと思いますし、人それぞれ立場がありますから、その中で一生懸命ならそこに違いなんてありませんよ。」
「そうですね。はい!私も私に出来る一生懸命をやるばかりです!!」
「うふふ、エルニさんこそ、ここのリーダーだったんですね。」
「そうなんですか?」
「ええ!?リーダーと言えば……まあリーダーとも言えるかもしれないけど、私なんて全然何にも!!いつもスクリムに迷惑ばっかりかけちゃうし……スクリムが居てくれるから、私なんかでもリーダーを出来るんですよ。」
「みんな口を揃えて、あの人の優しさに自分達は付いていこうと決めたんだって言ってましたよ。」
「そ、そんな大げさな……ただ私は……皆が困ってたから無我夢中で助けなくちゃって思ってただけで……」
「……それが自然にできるなら……本当にお優しいんですね。……私も、見習いたいです。」
「そ、そんな……リーナさんだって、その……優しいです!私達の依頼を引き受けてくれて……本当に嬉しいです!!」
……人助けを心情とする二人、気持ちが合わないはずもない。立場は違えど、誰かの幸せの為に二人は頑張っているところなんだ。
「ありがとうございます……ところでー……エルニさんは、スクリムさんと、付き合ってらっしゃるんですか?」
「……」
「……唐突ですね……」
「え……えええぇぇぇ!!なななな、なんでそんな事に!?そ、そんなんじゃないよ!!!!た、たしかにスクリムは……いつも私の事見てくれてて……私が困ってる時いつも助けてくれるけど……でもでもでもー……スクリムがどう思ってるか分からないしあのあのそのあの!!……ぷしゅう……」
……クリティカル。会心の一撃。
「……リーナさん、ちょっと話の流れがいきなりすぎるような気がするんですけど……」
「だって、こういうのって……みんな気になりませんか?……私だけでしょうか?」
「……いえ、実は私もちょっぴり。いえ、ぐぐっと。」
……仄かにそんな雰囲気はあったけど、エルニさんの反応を見るにその感覚は間違いではなかったようだ。……流石に今回ばかりはシド様もエルニさんからは手を引いた方がいい感じだ。
……人の恋を邪魔するものはなんとやらになりかねない……




