巨人墜つ
「きょ……巨人が、倒れるぞ!!」
……ゴームの動きは止まり、そしてややもすると、兵士達はシドがトドメを刺したことを悟る。崩れ始めるそれから逃げながら。
「……ッ。隊長、あれはッ。」
「……なんともまぁ、という感じですね……」
グラフィカが見つけた先にいるのは地表に向かって落下していくシド達の姿。
「……彼が正式な部下でなくて良かったですかね。気苦労が絶えなさそうです……」
紛れも無く本心から出る言葉。そして……
「……水柱螺旋。」
シド達の落下予測地点より巨大な水の竜巻が二人を包む……
「……どうにも使い道がない魔法を考えてしまったものだと思っていましたが、まぁ、これなら良しでしょう。……まぁ、彼の性格からして、もっと丁寧に助けろとお小言を言われそうですが……」
エッケルノが得意とするのは水を操る魔法。水の流れは柔らかに包む。……顔には出さないが、かなり全力の魔法を放った。疲れるのが好きではないエッケルノからすれば大サービスだ。
……落ちるが早いか、遂にゴームの体は大地へと横たわる。今までで一番大きい地響きが鳴り渡る。……当然ピクリとも動かない。
「お……俺達、か、勝ったのか……?」
「……終わりましたかね。皆さん……これにて、戦いは終わりですね。」
戦さの締めとしては力の入らない言葉だが、そんな事は関係ないッ!
「うぉ……うおおおおおおおッッッッッッッッッ!!!」
口々に勝利の雄叫びが鳴り渡り、いつしか歓喜の空気に包まれる。遂に、遂に、この国を脅かす敵を打ち破ったのだ。国を守ったのだ。
……そして、その姿が見えなくなったのは、彼らも同じだ。
「……巨人が……倒れた……?」
「……」
全速力で戦場へと向かっていた第一軍にもその光景は目に入っていた。
「……第三軍と第五軍であの巨人を……倒したと言うのか。」
「……お見事ですね。」
決して二つの軍を侮った意味ではない。実際に相対して巨人の強さを知っているスッコウだからこそ、驚嘆する他ない。それは隊長のグラムも同じだ。
これでラズリードは救われた。……心残りなのは、率先して戦わなければならない自分達が必要な時にその場所に居れなかった事であった。……何があったかは分からないが、遠くから見ても壮絶な戦いがあったに違いないと分かる。……少なからず無念だった。それでも足取りは止めない。傷ついたであろう彼等と急いで合流するために。
「……あの巨人を討てるのは、隊長を置いて他に居ないと思っておりましたが……」
「そんな事はありません。僕だって、まだまだ未熟者です。」
「むむ……隊長が未熟などとは思いませんが……ですが、拙者も、もっと更に強さに磨きをかけなくてはならないとは思わされました。」
「……同じ気持ちですよ。……今回ばかりは、役に立てませんでした。……こんな気持ちを抱くことが無いように、したいものです。」
二人の心には、嬉しい気持ちと、せつない気持ちがどこか半々で入り乱れていた。
・・・・・・・・・
「……ぶはぁぁッッ!!!なんなんだあの水はッ!!」
……と、こんな風に口を動かせるのだ。自分は生きているのか。……誰かは分からないが、恐らくは魔法か何かだろう。自然現象なわけはない。……気がつけば、その胸には、彼女も居た。……気を失っているようだ。……抱き合ってるのは恥ずかしいのでとりあえず地面に寝かせる。
そして、ゴームは、地に伏していた。
兎にも角にもあの一撃で、巨人を撃破したのだ。周りもわいわいしている。
「……大丈夫ですかな。」
「げっ……地上に戻って早々なんで陰気臭い奴がお出迎えに……そこは可愛い子ではないのか……」
「……お変わり無いようで安心しましたよ。」
「巨人は、見ての通りだ。……恐らくは、貴様の一撃で、仕留めたのだ。」
「ふっふん。当然だろう。俺以外にあんなこと出来るか。」
「……確かに、貴方でなくては出来ないかもしれませんな。」
皮肉も交じっているが、心底そう思う。……それに助けられたのだから、何も言う事は……いや、一つあるか……
「……感謝、しますよ。」
「……男から言われても嬉しくない……」
「……でしょうな。直に第一軍と合流するでしょう。この巨人の死体をどうするか、そして負傷した者達の手当などになっていくでしょう。……そちらのお嬢さんも、無事ですかな。」
「余計なお世話だっての。大丈夫だからもうあっちいけ。」
「一応今はエッケルノ様は貴様の上官なのだぞ……全く、冒険者にこんな事を言っても馬の耳に念仏か。」
「……では、リクエストにお応えして、私達は兵士たちの介抱に回るとしますよ……それでは、また。」
陰気とむさ苦しいのは去っていく。……ふう、流石に、疲れたな……その場に大の字に横になる。……生まれてこの方、いろんな場所でいろんな奴と戦ってきたが……その中でも、相当の奴だった。……大きさだけというなら間違いなく随一だ。
……寝よ。
……安心したシドは寝る事にした。
……それからしばらくする事、グラム達が駆けつけ合流した。
「エッケルノさん……」
「ああ、ああ、グラム殿。第一軍にわざわざご足労させてしまって申し訳ありませんな……私の力不足と言うほかありません。」
「ご謙遜を。……本当にお見事です。」
「……皆、頑張ってくれましたからな。」
「……シンクレスさんは?」
「……彼は、残念でしたな。……いい若者だったのに。」
……肩を落としてそう語るエッケルノ。……そして。
「あはは……エッケルノさんは手厳しいなぁ。死んだみたいな言い方はよしてほしいですよ……まあ、もう歩くのもやっとなのは確かですけどね……」
よろよろとシンクレスもやってくる。……全力で魔法を放ったせいで、まだ満足に体が動かないのだった。
「シンクレスさん!……ご無事で何よりです。」
「どうにかこうにか生き永らえていますよ……とは言え、君の前で情けない有様を晒してしまって恥ずかしいやらなんやら……」
軽口を叩けるぐらいにまで落ち着いたが、シンクレスがここまで疲弊するような戦いだったのだ。言葉では語りきれないほどの激闘だったに違いない。……申し訳ないったらないな。
「皆さん~!何かと出番が少なめな第六軍ですが、皆さんを運ぶ準備整いましたよー!」
「……彼女達も無事なようで、何よりですな。」
というより、第六軍は戦いには参加せず、はるか後方で動物達と待機していたのだった。元より戦闘のための部隊ではない。
「あーあーグラムさん!グラムさん達が来てくれたおかげで皆さんをスムーズに運べましたよ!いやいや助かりました!!」
「……戦いに駆けつけられず何のお役にも立てませんでしたからね。これくらいしか出来ません。」
「……何はともあれ、あの巨人は倒れました。……今ぐらいは、勝利を噛み締めても、問題ありませんかな……」
積もる話は、後だ。……今は今でやる事がある。悔やんだり、喜んだりするのは、もう少し後の話だ。
……
「ありゃ。……おーい。寝てるよ……」
「……寝てるという事は、無事だという事です。……二人とも、無事なようですね。」
「ほんとに無茶するんだから。」
「……今回ばかりは、その無茶に救われました。」
「カラリーサ様……ご無事で、何よりです。」
「カラマ……貴方も無事で……」
途中から姿が見えなくなっていたが、カラマがそうそうやられるわけがないと思っていた。無事に元気な姿を見せてくれて一安心だ。
「……ぐーすかといびきをかいて……」
「あはは~。まあ、ちょっとぐらいはいいんじゃない?」
「……」
カラマは間近でシドがとどめを刺すのを見ていた。……その雄姿を目の当たりにしてしまった今、この眠りを妨げるような事は彼女には……
「ぐふふ~……おおなかなかいいスタイルだな……カラリーサもこっちに来い~ぐふふ~……」
「……この男、どうしましょうか。」
「……」
「……おお……そんな大胆な事を……そこまでされたら仕方ない……俺も男を見せるとするか……」
「……殺しましょうか。」
「……夢の中まで何見てんだか。」
……眠りを妨げるようなことは……惜しくも、出来なかった。今回ばかりは、大目に見る事にしよう。
・・・・・・・・・
……ぱちり。
……じぃ……
シド様がいびきをかいている。
……もう一眠りしてしまおうか。……ぐぅ。
・・・・・・・・・
……ぱちり。
……じぃ……
シド様がいびきをかいている。
……流石にもう一眠りはいいか。無限に繰り返してしまう。
……どうやら、九死に一生を得たようだ。どうやってかは分からないけど。
……私が行ったところで何だったというのか。私は私で鳥さんに地上に運んでもらえばよかったし、私が落ちる必要性が無かった。……そんな意味不明な行動をするのも人間なのだ。……とかそんなわけの分からない事を言って自分を納得させよう。……シド様に怒られるだろうな。
あ……
「……おう。起きたか。」
いつの間にか、シド様も目を開けていた。
「……起きました。」
「……」
「あの……私のわがままボディは何ともないでしょうか……」
「……何馬鹿な事言ってんだ。」
「てへ。」
「……無事だな?」
「……はい、シド様のおかげで……」
「……起きるぞ。」
「……はい。」
二、三、言葉を交わして、私達は立ち上がる。
「お、起きたみたい。お~い。」
……近くにはアグリアさんやカラリーサさん達が居た。
「やあやあ無事?」
「……わがままボディが縮んでしまったようです。」
「あはは、シノだ。シドも無事みたいでよしよし。」
「……無事に決まってら。」
「貴方が、巨人を討ち倒してくれたのですよね……」
「ま、俺にかかればあんなもんだな。」
「……そうなのですか?カラマ。」
「いえ、事実無根です。その男は、ただ落ちて行っただけです。」
「見てただろうが!!俺がカッコよくとどめをさすところ!!」
「そんな光景は未来永劫見る事は無い。」
……嘘だ。本当は、シド達が寝ている間に全てカラマは話していた。
「……仲間達の仇を、取ることが出来ました。……貴方達の、おかげです。」
「お……おう……(なんだ……なんか逆に気味悪いぞ。)」
「初めは、出会わなければ良かったと思っていましたが……今では貴方達が居てくれて、良かったのと心から思います。……本当に、ありがとう。…シドさん、シノさん。」
「……俺は女の子達を殺したあいつがムカついただけだ。」
いつもみたくふざけようと思ったのだが……今回はいいか。……なんとなくそんな気分だった。
「皆さん皆さん~。ラズリードに帰りますので早く乗り込んでくださいな~。出番の少なめな私達の見せ場なのですよ~。」
「……だそうです、シド様。」
「……おし、帰るか。」
……シド達は戦場を後に、ラズリードへと帰還する。
・・・・・・・・・
「……巨人は、倒されたのか。」
王室にてラズリード王は胸をなでおろす。
「……突然の事だったが、一時はどうなるかと思ったな……グラム達が到着する前に倒してしまったようだが……実は大した事のない相手だったのだろうか。……いや、もしそうならばグラム達が戦いに出た時に仕留めているはずだ。……何とも不思議な事だが、もう、終わったことか。」
まずはラズリードの国民には事の顛末を説明し、そしてこの国から出国を解除。……私は私でやる事があるが、前線で戦う兵士達の苦労に比べたら大したことはあるまい。
ラズリードには次なる未来が開けたのだ。
……ひとまずこれで危機は去った。
……いや、彼にはこれから危機が訪れるのだ。
他ならぬ娘の手によって。
……
「……準備万端~。後は良いタイミングで。ふふ~ん。」
巨人の事とは別に、水面下でラズリードを揺るがす問題が巻き起ころうとしていた。……が、そんな事は誰も知る由もない。




