高く、更に高く。
体を動かすためには脳から信号を送り、各部位に伝達を行う。
巨人の動きが鈍いとされるのは、巨人と言う種があまりにも急激な進化の産物によって生まれた者だからに他ならない。
本来ならば長い年月をかけ、巨大化していく体に見合った臓器であったり脳であったりも巨大化していくはずだが、いたずらに生み出された巨人達はその体に不釣り合いな小さな脳を持たされた。
彼らが普通の知能を持ち得たならば、たちまちこの世界は巨人達の天下だったろう。
……そんな当たり前がみたいわけじゃない。
自分の生まれを嘆き、苦しむ様。それに翻弄される者達。……愉楽、愉悦、愉快。
好きな物を与えられる権利を持っても結局は本当に欲しい物も手に入れられない不器用な生き物。……人間も魔物も根本的に変わりはしない。無能な生物であることに気づかず、変えることも出来ない。
巨人であるゴームも、内心は怯え続けていた。いくら体が大きくても根本的には変わらない。心臓を貫かれれば、脳を破られれば絶命する。……周りがどう思おうが、無敵には程遠い生き物なのだ。
ゴームにとって恐ろしかったのは、自分で自分の弱点を理解できない程に思考能力が無くなる事だった。
巨大化をすると何が大切な事なのかも区別が出来なくなっていく……ザナである自分は、そうそう外敵からの被害を受けることは無い。もう、巨大化なんて、してはならない。
……そんな微かに残っていた思考も、頭に登った怒りの感情が打ち消してしまった。
もはや自らを守る思考など持ち合わせない、刹那的に起こった出来事にただ動くだけの生物。それが、極限まで巨大化したゴームというものなのだ。
・・・・・・・・・
「さて、じゃあ、どこにする?……決めてくれ。それに全て託した。」
「天辺だ。一番高い所だ。」
「高いとこ好きそうだもんな〜。おっけ。……そういうわけだ、アッキロウ……悪いけど頼む。ん?俺以外の男は嫌だって?……まぁ分かるけどよ……片道が限界?……いやいや、そこを何とかさ。……ダメだこりゃ。」
エアストは巨鳥に語りかける。……言葉は通じているのだろうか?
「悪りぃ、やっぱ無理だわ。俺の人望がなかった。……何か違うやり方に……」
「めんどくせえし、まどろっこしい。片道で十分だ。」
「……降りる時はどうするつもりなんよ?」
「んなもんてめえが気にする事じゃねえ。その鳥だけ貸せばいいんだよ。」
「……そりゃあそれなら俺は無事かもしれねえけど……」
「だいたい本当はてめえが頭の上まで行けばいいんだろうが、それを自分じゃ出来ねえから俺にやらせようって腹なんだろうが。」
「……返す言葉も、出ねぇわ。」
……まず第一に、自分の力ではゴームに深い傷を与えられない可能性が高い。……ならば力のあるシドがやる方がまだ倒せる確率は高い。
そして……もし、ゴームに通用しなかったら……次の矛先が自分に向けられるのが何より怖い。……同じザナであるゴームに攻撃されればひとたまりもなく、死ぬ。……死にたくない。
「だから、さっさと俺に押し付けろってんだよ。中途半端に俺の身の安全なんか気にすんじゃねえ。」
……怖くねぇのかよ。……ありえねぇよ。俺は最悪落ちても絶対に死なねえけど、こいつは……死ぬんだぞ。それでも、いいってのかよ。
……ああ、そうか。これが、今を生きるって事なのか。自由って、事なのかよ。……自由って、どんだけ、難しいんだよ。
「……頼むわ。」
へっ……ブルって……本当情けねぇや。
……
「シド様。」
「心配すんじゃねえ。サクッとぶっ殺して……」
「……私も、行きます。……ダメ、ですか?」
「……」
シドは一層険しい顔をする。……彼女を連れて行く事の危険さを十分に分かっているから。
……冷静に考えれば、あんな高い場所から落ちて助かる手段など、ない。だが自分にとっては、そんな事はどうでもいい。巨人を殺す事と自分が助かる事は別問題……それでいい。今までだってそう思ってきた。
……でも、シノを、彼女をそれに巻き込むのは……出来……ない……したく、ない……
……
「どうしてだ。」
「ええと、シド様が巨人を倒す瞬間を一番近くで見たいので。」
「……」
「……」
「……」
「もじもじ。」
「アホか……」
「……」
「……行くぞ。振り落とされるなよ。」
「……はい。」
エアストさんがくれた反撃の機会。私達は巨大なその背に乗り、大空高く、羽撃いた。
……
止めるなんて、俺にはそんな権利、無いよなぁ……
……頼むからさ、二人共……無事で戻って来てくれよ。……そしたら一発ずつくらい俺の事殴ってくれていいからさ……
・・・・・・・・・
「何とも……高いですね。」
地上がどんどん遠ざかって行くのに、空は全然近くなっているように感じない。
「後ろを向かれたら、マズイですね。」
一応背後から徐々に近付いているが、流石に空中で見つかったらこの鳥さんごと地上へ真っ逆さまだ。
「……で、どうしてだ。」
……どうして、一緒に来ようと思ったのか。二人っきりなら……
「……みんな、みんな頑張ってるのに、私だけ、見ているのが……辛かったです。」
「……」
「でも私が出来る事なんて、シド様の側に居る事ぐらいで、それしか私には、出来なくて……」
「……」
……何を言ってるのだろう、私は。
「……私を……私を、独りぼっちに、しないで、下さい……」
「……」
誰かの為になどではなく、私が側に居るのは自分の為だ。……ひたすらに利己的な理由で。
……
「はっはっは。そんなに俺が恋しいか。……着いてこないなんて言っても、無理やりでも連れていくつもりだったぞ。俺の側にいるのがお前の大切な仕事だからな。」
……本当の気持ちを、押し殺して、慰めの言葉をかける。こういうのは白々しくて苦手だ。
危険な場所になんて、本当は連れて行きたいはずなどない。
……でも、居て欲しい。クソみたいな気持ちがせめぎ合う。
この気持ちに言葉で答えるなら
俺が、守ってやる。だからずっと、側にいろ。
……こっぱずかしすぎて絶対に口にすることはないな。
「あ?……あれって。」
「……カラマさんですか……?」
……
おや……まさか、鳥に乗ってここまでやってくるとは、本当に破天荒な男だ。……シノも居る。似た者同士なのかもしれないな。
どうやら……背後からコイツに攻撃をしようとしているか。
巨大な鳥は、更に上昇し、ゴームよりはるか高くへ舞い上がる。
……
「……そろそろ、頃合いなのかな?」
「た……隊長ッ!」
シンクレスは機を見るに敏と判断し、ゴームへと突貫するッ!
……あの巨人は頭上の敵にも気づいていないようだ。よほど気が回らないと見える。……彼女なら最大限あの一撃の為のサポートをしていたんだろうね。
「彼女のようにはうまく出来ないかもしれないけど……やらせてもらうよ、全力でッ!!!」
彼は文字通りゴームの足元に近寄り、その地面に向かって、魔法を放つッ!!
「大きな図体で、よくもまぁ苦しめてくれるよ。……だからありったけのをお見舞いするよ。……彼女を、仲間を傷つけられて……流石にこっちも、怒り心頭なんでねえええッ!!」
そのエネルギーは、大地を砕くッ。抉り取る!……ゴームにはダメージはない。……だが。その身は、蹌踉めく……狼狽える。
グラムから聞いていた事、巨人と戦っている時に、ダメージは与えられないが、衝撃は少なからず与えられいた事を。……ダメージに関係のない部分でなら間接的に被害を与えられる。……その足場を崩す事でも、隙は作れる。
……問題は、意識が朦朧とする程に魔力を使わなくちゃいけない事だよね……
……君ほど器用じゃないけど、どうだろう……
薄れる意識の中に、リンカスターを、見た。
・・・・・・・・・
「この高さから、あいつの脳天を打ち抜く。」
「……これ、リンカスターさんのです……」
自分が倒れても、その意志は折れず、次の牙となる。……シド様にその想いは繋がる。
そして地上でも、それは同じだ。
「……なんだか分からんが、アイツの動きが鈍ったな。おっし、行くぞ。」
「私も……」
「アホ……俺一人で十分だ。」
……こんな役回り、一人いれば十分だ。
「でも……私は……私を独りぼっちに……しないで、ください……一緒に居させてください……わたし……を……」
……
「お前は何も出来ないっていつも言ってるけどな。お前しか出来ない事があるだろうが。」
「……そんなもの……ありま……せん……」
「俺が食いたい時に俺の飯を作るのも、俺の荷物を持つのも、俺の隣に居るのも、俺が帰った時に出迎えるのも……全部お前じゃなきゃ出来ないだろうが。」
……
「どらぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」
「ッ……シド様ッ……」
空高く舞い上がるその場所より、シドはゴーム目がけて一気に飛び降りるッ!
……
来たか。
私なりにお膳立てはしたつもりだ。……男の、特にあの男の為というのが癪ではあるが。
頭部への攻撃を見越して頭頂部の傷口を可能な限り広げてやった。後はあの男がうまく攻撃するだけ。……まさか行き当たりばったりというわけではないだろう。……いや、あの男は分からないか。
憎らしくもあったが、滑稽さに含み笑いを浮かべながらカラマは呟く。
「トドメの一撃。……譲ってやろう。」
……
どうせ一撃かますんなら、場所は高ければ高いほどいい。
あのクソ鳥も、シノ一人なら無事に地上まで運んでくれるんだろう。女好きの鳥なんてどうしようもねぇな。
勢いが最大限にかかるこの速度で、この一撃を、脳天にブチかますッ!
……自分には何にも出来ない、か。相変わらずバカな事で悩んでる奴だ。
何にも出来ない奴が、ここまで必死について来た、それ自体が、シノの努力だ。
俺からすれば出来ない奴が出来ない事に挑み続けることの方が、よっぽど大したもんだ。
……自分の努力を一番認めてないのは他ならぬ自分自身だ。そこまでやれて本当の努力とも言えるか。
……小っ恥ずかしいのは本当に苦手だ。だからこんな事絶対に人前でなんて言えるものか。
「俺は……シノが側にいればなぁッッッ……」
誰にも聞こえていないが、いや、だからこそ、叫ぶ。万感の思いを込めて。
「無敵なんだよッッッッッッッッッ!!」
その怒声と共に、リンカスターより預けられた聖剣アスカラシュの刃が……ゴームの頭を、そして、肉を、そして遂に……脳を突き破るッ!
「おぐっ……うかぁぁッッッッ……!ぎぎィァァッッッッッッあッアああ!!」
……鈍く鋭い、痛み、だがそれも一瞬の事。ゴームがそれを感じる事は、もう、ない。
シドの一撃は、戦闘不可能な、いや、生命の維持が不可能なダメージを与えた。……この瞬間、ここに存在するのは、もう、生命では無かった。ただの巨大な物体と化したゴームの、亡骸。
「……へっ。……どうだ、デカブツが。ざまぁみやがれッッ!!」
シドはとうとうゴームの息の根を、止めた。
「ふっ……ここまでやるとは。」
「お、おお、お前はカラマだな。てか何でこんなとこに……」
「どうやら私を助けにでも来てくれた、というわけでもないようだな。」
「……いや、助けに来たに決まってるだろうが!お前のラブ電波に惹かれてここまでやってきたのだ!はっはっは!」
「……ふふ、全く。……だが、悠長に話している場合ではないだろう。」
「……」
その巨体が、重力に引かれて、崩れ始める。
「ちっ……」
「……まさか、何の策もなく、ここまで来たわけではないだろう?」
「……当たり前だ。……お前はどうなんだ。」
「……私はどうにでもなる。……私は、な。」
「ならいいさ。美人が死ぬのは世界の損失だからな。はっはっは!!」
巨人は倒せた。……まぁ、十分といえば、十分だろう。
「……すまない。私では、お前を助ける事は、出来ない。自分がどうにか生き長らえるのが手一杯だ……」
「男に謝るなんて、お前らしくないぞ。まぁ、新鮮でいいか。」
死の淵にありながらも、どこか軽い談笑を交わす。もしかしたら、諦めの境地に達すると、必要以上に冷静になってしまうのかもしれない。
……巨体は崩れ落ち始め、シドは、宙を舞う。
だがその直前に目に飛び込んできたのは、空から降りてくる、大切な、大切な、彼女の姿。
「ッ……!!」
シドはどうにかゴームの体を蹴りながら勢いをつけてシノを空中で抱きとめる。
「な……何やってんだッ……!」
「鳥さんに……近くまで運んでもらいました。」
「んな事どうだっていいッ!!なんでッ!」
「……独りぼっちに……しないで……ください……」
……くそ……
くそくそくそくそくそくそくそくそッッ!!
どうにかしなくちゃいけないが、一瞬の思考のうちにもどんどん地上が待ち構える。……この小さな体を、強く、強く抱き締めるしか、出来ない……
諦めるなんて……諦めるなんてッ!!
……せめて、こんな状況で出来る事なんて、自分が下になって、少しでも勢いを和らげるぐらいしかない。
近づく地面をひた睨む。
だが、シドとシノを最初に待ち受けたものは硬い大地ではなく……水柱だった。
……
「無鉄砲にもだいぶ慣れてきたかもしれませんな……」




