全て、振り切って
その夜、ガイアルラの元には将軍ヴィダールが捕えられたという報告が入った。
「……そうか。なるほどな。」
そう呟き、数秒間を開けてから、彼はこう口にした。
「もはや一刻の猶予も無し……いや、見極めが早いならば既に白旗を出しているか。」
それは暗に、この戦いは既にほぼ負けている事を表す言葉だった。
「ガイアルラ様……」
「まだ、全ての策が尽きたわけではないが、それでもこちらが打てる手はもう少ない。そしてその少ない手に敵がミスを犯してくれるのを願うという何とも他力本願的な手段しか残っていないこの状況。我ながら、口惜しい限りだな。どこをどう間違ったのかと反芻すると、やはりあの時ゴーバスを落としきれなかったのがターニングポイントだったのかもしれん。あれを成功させる事が出来ていれば、攻め手も自在に出来た。……戦力も整え、下準備も行い、十分な勝算はあった物を。」
まだ戦いの最中にそのような事を思い悩むのが愚かであることを彼は十分に知っていた。
それを行ってしまうという事は、半ば彼の中では、この戦いは終わりつつあるのだと自覚してしまっているという事であった。
「……ガイアルラ様、私達は、ガイアルラ様がどのようなご決断をされたとしても、それを疑わず、共に進み続けるだけです。」
「……我々にまだこの状況を覆すだけの事が出来るとするならば、ゴーバスを落とす事だ。……しかし、おそらくそれには時間がかかり過ぎる。こちらの本陣が崩れる方が早いだろう。……唯一の救いは、まだ彼が残っているという事だ。」
「ジハード将軍……」
「彼は紛れも無く、英雄だ。私の様に王の資質を持つ者とはまた違った意味で、彼は特別な人間の1人。英雄の真なる力とは、周囲の人間を引き付けてやまないそのカリスマ性にあると言える。彼が居る限り、そして希望を持ち続ける限り、他の者達に大きな力を与え続けるだろう。その力が、今日この時まで戦線を維持できた要因の1つだ。」
「……こんな事を言いたくはありませんが……ですがもし、ジハード将軍が敗れる様な事があったとすれば……」
「……それは即ち、投了の時……だと言って差し支えないだろう。……いくらゴーバスを落とすだけの戦力が残っていたとしても……な。」
ジハードの存在があるからこそ、未だこの勝負を捨てる事無く戦い続けている。
「だがしかし、この戦いの先には、とかく困難な道しかないのだ。負けたにせよ、勝ったにせよ……」
「……この戦争にて生じた互いの犠牲は、想定よりもずっと多くなってしまいました。」
「理想は無血戦争。……だが、そんな事が出来る様な策などあるはずも無く、かと言って相手に手加減をして勝てる様なものでも無し。だからこそ、短期決戦で終わらせる事で自然な流れで少ない犠牲を持って終わらせる腹積もりだった。……今となってはそれが上手く立ちいかなくなった時点でこの未来は見えていたのかもしれぬ。」
「……ガイアルラ様のやり方は、間違ってなどいません。……ですから尚の事、腹立たしい思いでいっぱいです。」
「……そうだな。やり方が間違っていないとするならば、単純に向こうがこちらより強かったという事だ。……だとするならば、その力と手を組む事が出来ていたならば、それはとても頼もしい事だっただろう。戦う相手に手を組んでもらう為に戦うとは、何とも効率の悪いやり方だな。」
「ですが、それしか、ありませんでした。」
「どうだろうな。ほかにいくらでも方法があったのかもしれんが、思いつかなかっただけなのかもしれん。……いずれにせよ、ここまで大きな犠牲を出し続けてしまった今、仮に手を組む事が出来たとしても、再び人類の状況を再構築するには多くの時間を要するだろう。……それが間に合うかどうかは、もはや分からんな。」
「……」
まだ、辛うじて前を向けているだけであって、前へと歩む為の一歩は遠く、重い。
彼はどうにか後ろを向かない事で精一杯だった。
自分達は間違っていないと確信していても、それを相手に伝える事の困難さ。
そんなものは国同士でなくてもどこでも存在する。
相手の気持ちを本当に知る事など、出来ないのだから。
……
「ぬぬぅ……あれだけの痛手を負っておきながら、まさか昨日の今日でまたもやしかけてくるとは思わんかったの……それとも捨て身覚悟でここを落とす覚悟を決めて来たのか……」
ペレストロイカの思惑を裏切り5軍は再び攻撃を仕掛けてきたのだ。予想外の攻撃に迎撃準備は万全とはいかなかった。
「だが、こちらが整っていないとしてもそれは向こうも同じ事じゃ。破れかぶれの攻撃にはじっくりと腰を据えた持久戦が相応しい。じきに向こうも疲弊する。そうなれば後は人数で上回るこっちが圧倒的に有利。……とまあ、これぐらい向こうも分かっておるじゃろ。……いったい何を仕掛けて来るやら。」
敵が無策で来るとも思えないペレストロイカはじっくりと敵の様子を伺ながら、指揮を取る。
だが、彼らは文字通り捨て身。そこに作戦などと呼べるほど大層な物は存在しなかった。
ただ、目の前の敵を1人でも多く倒す。これを相手が居なくなるまで続ける。ただ、それだけである。
……
「うらああああッッ!!!」
どうしても俺にはこういう力任せが性に合っているのを今まさに空気で、肌で感じている。
1人、また1人。
どれだけの人数が敵だろうと、これを続ける事でいつかは0に出来るのだから。
「「痛みを忘れるな!!」」
「シド様!また来ます!」
「やれやれ……勝てると思って来てるんだろうが、こんだけ仲間がやられてる有様を見たら分かりそうなもんだぜ。俺がどれだけ強いかをなぁ!」
無論、人の体力にも限界はある。そいつを考慮したらとても敵が0になるまで戦い続けるなんて事は不可能だ。
だけど、そんな負けるかもしれねえなんて事考えた所で何の役にも立ちやしない。
「ヤバくなったらヤバくなった時に考えりゃあいいんだよ!!さあ、さっさと奴らを叩きのめすぞ!」
「分かりました。」
背中を任せられるぐらいに成長したシノと共に、俺は戦い続ける。何も変わらない現状が、その内形を変える事を信じて。
……
「いやはやー……さっすがに……きついんだけどこれ……!」
しかし、シドがそうであったとしても誰もがそのように出来るわけではない。
ヤシャマの兵士達はいずれも屈強な者達ばかり。1人が1人を相手するというのだって決して容易い事では無いのだ。
アグリアとて、この状況が続けば敗戦が待っている事ぐらい分かっていた。
「流石に、数だけは、多い。」
「だが、いい的だ。ふッ!!」
「な……」
「がっ……!」
的確に敵の命を奪うべく苦無を投擲するカラマ。戦いの最中でも寸分の狂いも無くそれが出来るのはひとえにノノノンが魔力によって動きを数秒封じていたからである。
「とは言っても、こんなの全体からいったら1%にもならないし……他のみんながやられたら結局意味ないわけだし……まいっちゃうわね。」
「あの男と同じく弱音か?」
「……カラマだって流石にずっと力押しだけでどうにか出来るなんて思ってないでしょ。」
「たしかにその通りだ。……だが、何の策も無しに私がこんな愚直な手を打診すると思っているのか?」
「え?それってどういう……」
「もうじき分かる。もうしばらくすればな。」
カラマはそう宣告する。そして、再び敵へと向かいたつ。
「ちょ、ちょっとー!どういう事!?もうしばらくって?」
「痛みを忘れるな!!!」
「……って、また……あーもう!!何なのよー!!」
カラマの言葉を考える間など与えさせてくれず、否応なしに戦いへと巻き込まれるアグリアだった。
……
「そこをどけッ!!!」
唸る大剣。グラフィカもまた武を振るう。安否も分からぬ隊長の代わりを務めるために。
「(劣勢なのは重々承知の上だが、リスクを負ってでも今は進む時……この場所を乗り越えれば敵の本拠地は目と鼻の先……分が悪かろうと……行かねばならぬ時がある!!)」
いつもよりも危険を顧みず戦う。それは退路と言う考えを無視した事を意味する。
戦いの時にはどうしても窮地に追い込まれた時の為にある程度の余力を残すのが当然だが、その余力すらもこの戦いを制すために使っているのだ。その分いつもよりも強い力が出せるが、その分負けた場合にはほぼ命が無いであろう大きなリスクを負う事になる。
だがもう既に賭けは始まってしまった。ならば今は勝つためだけに死力を尽くすしかないのだ。
「うおおおおお!!!!!」
そして、その覇気に応えるかのように、その時は突然訪れる。
「!?」
グラフィカも、そしてヤシャマの兵士達も同様に、現れたそれに反応する。
「……これは……まさかッ!!?」
現れたそれは、この戦場全体を包み込む為に現れた、霧であった。
グラフィカはこの霧に見覚えがあった。……何度も何度も見て来たそれを忘れるべくも無い。
「……隊長ッ……!!」
彼は確信する。これは自らの隊長が出現させたものであると。それはつまり……その人物が生きて、存在している事を強く指し示す!
……
カラマ達がシド達の元へ向かう途中の事だった。
「ん?」
木々を越えて行くカラマが突然動きを止める。
「何か、見つけた?」
「……到底ここに居そうも無い人間をな。」
彼女の視界に映ったのは本当にたまたまだった。むしろ彼は誰にも見つからないように身を隠していたのだ。
「何とも、珍しい所でお逢いしましたな。」
「……こんな所で何をしている。それも傷を負って。」
その相手は、傷を癒しているエッケルノだったのだ。
「私はここでしばし療養中です。……まあ、大したことはありません。私の事は特に気にしないでくれて結構です。」
「もとより気にするつもりも無いが、他の奴らはどうなっているのだ。隊長が不在とは。」
「多分私が居なくともどうにかやっているでしょう。私の部下達はしっかりしていますからな。」
「その傷は、すぐに治るのか?」
カラマから見てその傷はそれなりの痛手に見えた。
「どうでしょうな。……ずっと魔力を放出しているせいか、少々疲れてきましたな。」
逃げるために強力な魔法を使ったという精神的な疲労などもあってか、エッケルノの声はいつにもまして弱々しい。
「……仕方ない、これ。」
そんな彼を見かねてか、意外にもノノノンが自発的に彼に何かを差し出す。
「……?何ですかな、これは。」
「エキス。」
「なるほど……道理で体に悪そうな色ですな。」
そのビンの中には緑色の液体が入っていた。正直体に入れるのをためらわれる色である。
「飲む。」
「……」
エッケルノは、動かない。ビンを手に持ったまま、微動だにしない。
「さあ、早く。」
「……」
「……」
「……この歳になってようやく女性からの贈り物ですか。……ありがたく、頂くとしましょう。」
ノノノンの眼力に負け、その好意の液体を体へと染み渡らせる。
「……苦い、ですな。」
それは、苦かった。大人の味を好むエッケルノでも。
「良薬、口に、苦し。」
「……なるほど。口をすすぐ為に水が欲しいのですが。」
「それは、無い。」
「……良薬なのは、本当のようですね。」
口の中いっぱいに苦みが広がる中、エッケルノは感じていた。自らの体の痛みが薄れて尚且つ自らの中に魔力があふれ出ている事を。
「私の、とっておきの、秘蔵の薬。」
彼女の手渡した薬は、傷に強く作用し、更には服用者の魔力を大きく回復する物。その有用性ゆえ簡単に手に入るものでも無く、彼女の所有物の中でも特に貴重な物だった。
「……そんな貴重な物を貰ってしまって良かったのですかな。」
「……仕方ない。今回は、特別。……その代わり、その分働いて。」
「道理ですな。……恐らく皆は再びムストへと攻め入ろうと思っているはずです。ですが、攻め手が足りなく決めあぐねている所でしょう。」
「ほう。」
エッケルノは傷を癒している間も考えていた。グラフィカ達がどのような行動に出ようとしているのか。おそらくシドがそんな事を言い出すのではないかという想像の元。
「皆をムストの戦いへと先導してやってはくれませんかな。そうすれば、後は私が何とかするとしましょう。明日になればこの傷もだいぶ治っているでしょうからな。」
「いいだろう。なら貴様はこの場所で夜を明かすという事だな。」
「まあ、どうにかこうにか眠れればそれで十分ですからな。」
「夜、1人で、大丈夫?」
「……女性の背中に背負われていくというのも情けない物ですし、私はここで十分です。下手に動くと敵に見つかってしまう危険もありますからな。」
「分かった。」
「では、私は少し眠らせてもらいます。」
それだけ言うとエッケルノは目を瞑って眠りだした。
「……行くとするか。」
それを見届けてカラマは再びシド達の元へと急ぐ。
「ノノノンにしては珍しい事をしたな。」
「緊急時だし、特別。それに、早く戦いが終わるなら、まあ、安い物。」
「そうか。」
しかし、渡したその薬は彼女にとっては大盤振る舞いに近かった。
何故ならその薬が与える魔力は一時的とはいえ、通常よりも術者の力を越えた魔力なのだから。
……
「いつもより、長く、広く、そして濃く……撃てそうですな。」
戦場からやや離れた所から、彼はそれを放つ。
「アクアミストル。」




