明日に続く今日
「倒し……ました、よね……これ。」
ヴィダールはピクリとも動かない。
「随分と派手にやったものだな。」
「……これ、骨、折れてる。」
それはセフシアが思い切り体を締め上げた時のものによってである。最後の技を決めるまでも無く、セフシアはヴィダールの腰骨などに致命的なダメージを与えていたのである。だからラストのあれはオーバーキル気味のダメ押しであった。
「く、首は手加減したから!流石に首の骨折ったらまずいの分かってるから!」
「じい(疑いの眼差し)。」
「か、カラリーサ様は信じてくれますよね?」
「……セフシア……ありがとうございました。」
「……へ?」
「私と共に、戦ってくれて。……カラマも、ノノノンも。……ありがとうございます。」
……そこにはどこまでも殊勝な主の姿があった。
「カラリーサ様……」
「とても、手強い相手でした。ですが、こうしてみんなで力を合わせる事で倒す事が出来ました。……やっと、その価値を今私は知ったような気がします。……あの時、死ぬ事を選んでいたら、きっと、この気持ちを感じる事は出来なかったでしょう。……だから、あなた達3人に、心から、感謝させてください。……本当に……ありがとうございます。ここまで私について来てくれて。」
「「……」」
3人からすれば何を今更と言うぐらいの事だったが、カラリーサにとってこの戦いを通じてようやく自分が仲間に頼られ、そして頼って1つの大きな結果を生み出す事が出来たのだ。それは彼女にとってとても大きな確かな一歩だった。
「わ、私……カラリーサ様の役に、立てたんですか!?」
彼女は笑顔で応える。
「……お役にたてて、光栄です。カラリーサ様。」
「これからも、いつだって、一緒。危ない時は、力を合わせる。それは、絶対、変わらない。」
今この瞬間4人の絆は更に強固なるものへとなった。
もはや4人の間に壁などない。どんな困難でも4人で越えていくという確かな誓いがここにたてられたのだ。
……
「さて、とりあえず縛りましたが、いかがいたしましょうか。」
気絶しているヴィダールの体をカラマはローブで縛り上げた。
「昔なら殺しちゃえ、だったけど、ね。」
「……」
ヴィダールは敵にとって非常に強力な将だった。それゆえこの有用な地、ティーグアの防衛を任されていたのだ。
だがカラリーサの策によってヴィダールを孤立させる事に成功し、その彼を4人でこうして討ち取ったというわけである。
数にものを言わせてヴィダールを袋叩きにするというのももちろん手ではあるが、そのやり方では自軍に損害が出る可能性が高いとカラリーサは踏んだ。
知っての通りヴィダールの鎌リバイズは広範囲への攻撃を得意とし、いざとなれば周囲全体への攻撃だって可能であった。そんな相手に多数人で向かってもそこまでの優位性は無かった。だからこそカラリーサ達は4人で向かったのだ。何よりその4人ならば何も恐れる事など無いというカラリーサの絶対の信頼がそうさせた。
そして彼女の思惑通り、大きな怪我をする事も無く、ヴィダールを拿捕できた。完全に彼女の手の中であった。
「フィータ王女は、出来る事ならば捕獲して連れて帰って欲しいという風に言っていました。ならば、それに従うべきでしょう。」
「まあ、そうですよね。……命を狙ってきた相手を生かしておくのもなーんか引っかかりますけど……」
「気持ちは分かりますが、こうなってしまえばもはや戦力にはなりません。もしそれでも命を奪う必要があるかどうかは、フィータ王女が判断する事でしょう。私達は今は一応ラズリードに味方する人間なのですから、その場所のルールに従うべきです。」
「と、いうわけで、さっさとする。」
終わってみればカラリーサ達はほとんど損害を出す事無くティーグアを占拠する事に成功した。そしてその場所での処理をしている最中の事だった。その報せが入ったのは。
「……第5軍が、敵の根城目がけて進行中……」
地図で見る限り、その侵攻スピードは驚異的だったが、同時にどんどん敵の中枢まで入り込んでいる事で危険と隣り合わせなものである事もすぐに分かった。
「……ちょっと、むちゃくちゃ過ぎるわね。ここまでとは……帰りの事とか考えてるのかしら。」
「どうやらあのアホ男のアホが伝染したようですね。」
「見てる分には、面白いけど、シノや、アグリア達は、心配。」
「……エッケルノさんやグラフィカさんが付いているんです。おそらく何かしらの勝算はあるはずですが……流石に心配ではありますね。」
「あーもー……本当に目が離せないって言うか、ほっとくと危なっかしいというか……」
「セフシア、あのスケベ男が、心配?」
「そんなわけないでしょうが!他の誰かを心配したとしてもあいつだけは心配なんてするわけないでしょ!」
「……シドさんは、このまま本陣を落とそうとしているような気がします。」
「でしょうね。アホですから。底抜けの。」
「頭を落とせばこっちの勝ちだー!はっはっはー!……とか思ってそうですしね。」
「単純思考の、スケベ男。」
かつて巨人と戦った時もそうだった事を彼女達は思い出す。彼はとかく単純なのだ。敵のボスを落とせばそれで終わりという思考の持ち主。
「……カラマ。」
「はい、何でしょう。」
「……シドさん達の、助けに向かってはくれませんか?」
「……そんな気が、していました。……カラリーサ様のご命令とあらば、断る道理はありません。かしこまりました。これから私は第5軍の援護に回ります。」
「ええ、あなたが居てくれれば、きっと心強いはずです。では、私達は……」
「カラマ、私も、行く。」
「ほう。」
突然名乗りを上げたノノノンにカラマは少し驚く。
「え、ちょっと、ノノノン、行くの?……意外……」
「正直、さっさと終わらせられるなら、それに越した事は無いし。それに、ちょーっとだけ、活躍してきたい。」
「な、なんていう理由よ……」
「……ですが、ノノノンの力は確かに戦いに役立てるべき力です。……分かりました。カラマと一緒に、ノノノンもシドさん達の助けに向かってください。……2人共、くれぐれも、気を付けてくださいね。」
「もちろんですとも。また、必ずお会いするとここに誓いましょう。」
「私も、誓う。」
2人は誓いを交わす。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そ、それなら、私も!!」
「……セフシアは出来れば、私と一緒に残ってください。この場所を占拠した事による事後処理。そして捉えた将軍の護送などの仕事を円滑に進めるためにあなたの助けが必要です。」
「か、カラリーサ様にそう言われると……」
「それに、先ほど受けた一撃もあります。見た所大きな傷ではなさそうですが、戦場では僅かな傷が大きな傷へと繋がりかねません。」
「そんな理路整然と言われたら……断れないじゃないですか……分かりました。私はカラリーサ様に付き従います。」
「ありがとう。」
「(そんな明るい笑顔で言われちゃったら、こっちも形無しなのよね……まあ、いっか。カラリーサ様が私を必要としてくれるなら、こんなうれしい事は無いし!)」
「2人共、こうなったら皇帝をとっちめるぐらいの活躍を見せてよね。」
「努力しよう。」
「努力、する。」
「……もうちょっと私に任せろ!とか、力強く答えてくれてもいいんじゃ……」
「では、行くとするか。」
カラマはノノノンを抱きかかえる。
「出発、侵攻。」
その言葉に応じて、カラマは風の如く走り去っていく。
「……行っちゃったし……」
「私達も私達の役目を果たしましょう、セフシア。」
「は、はい!カラリーサ様!」
その後、ティーグアの街の防衛線を構築した後、2人は一旦ラズリード本国へと戻りヴィダールを引き渡したのだった。
……
「以上だ。」
「……ヴィダール将軍を、捕えたとは……」
「カラリーサ様の手腕によるものだ。」
「カラリーサは、凄いから。」
有能な奴はやはりそれだけの働きが出来るという事なのだろう。そのヴィダールとか言う奴は見た事も無いが将軍と言うだけあるのだからそこそこの奴だろうし。
「だというのに、どうやらこちらは手詰まり行き止まり立ち止まりという情けない有様だとはな。次の一手は後ずさりか?」
「……返す言葉も無い。だが、ヴィダール将軍を排除したというのならば、こちらにも光明が見えてくる。敵にとって強力な攻め手である人物が消えたのだからな。」
「攻めも、遅くなるし、守りも、薄くなる。」
居なくなった穴を立て直すのに大きな編成を強いられるという事。ましてやその出来事が起こったのは昨日の今日とも言うべく。
「これだけのおぜん立てをしてやったのだ。活かしてもらわなければ我々の戦いが無になる。」
「……機は、今を置いて他に無し、だな。……分かった。少々不確実かもしれぬが、明日再びムストへと攻撃を仕掛ける。その戦いの状況によってはそのままの流れでレーグレースへと向かうかを判断する。」
明日の方針は、決まった。
……
翌日の戦いを前にしてシノやカラマ達はアグリアと合流してしばし言葉を交わし合っていた。
「カラマ達が来てくれるなんて思ってもなかったわ。」
「来ない方が良かったか?」
「まさか!思わぬ援軍に勝率大幅アップ!って感じ!」
「あまり敵を侮るものでもない。多少状況が良くなったとはいえ、向こうの方が人数的に有利なのは変わらないのだ。こちらはたかだか2人人数が増えただけなのだからな。」
「……ギンガ君が抜けちゃったのは、ちょっと大きい穴かもね……でも、無事なんだよねシノ?」
「ジハードさんはそう言ってました。だからきっと大丈夫です。そして、カラマさんとノノノンさんの2人がとっても強いから、きっと大丈夫です。」
「まあ、それほどでも、ある。」
「……あの男は、少々しょぼくれていたようだな。」
「……多分、予想外の事が起こってしまったのがちょっとショックだったのではないかと思います。」
「そんな繊細な心持ってるとは思えないけど、まあ、強さに関しては結構自負があるんでしょうからね。」
強さはシドにとってはアイデンティティのような物である。それが同日に2度コケにされる様な事があっては流石に心中穏やかでもないのである。
「戦いというのは相性もある。そんな事一番分かっているだろうにまったく仕方のない男だ。」
カラマ達が加わった事でシノやアグリアの不安は払拭され、その場には賑やかなムードが漂っていた。
一方、シドは……
……
「……あー、くそ……腹立つ。」
1人離れてはぶつくさ呟いていた。
「(結局集団で戦うのなんて経験が大事って事か。戦術なんてよー知らんしな……)」
どんな物事にも専門家には敵わない。むしろそれこそが専門家と言う物がある意味である。
そんな時、シドは不意に背後からの気配を感じる。そこに殺気は存在しなかった。
「……お前か。珍しいな。」
相手はカラマだった。
「どうした、さては俺に遊んでほしくなってきたんだな?仕方のない奴め。」
「虚勢を張っているのが見え見えだ。そんな気分でもないくせにな。」
カラマにはシドが空元気でそんな事を言っているようにしか聞こえなかった。実際、その通りだった。今のシドは遊ぶとかそういう事を考える程の気持ちに無かったのだ。
「……カラリーサ達は無事だったのか?」
「当然だ。私達がついているのだからな。もっとも、カラリーサ様自身が誰かに後れを取るなどあるはずも無い。」
「そりゃあ大したもんだ。」
「……自分の思う通りに物事が運ばないから拗ねているのか?」
「……ガキじゃあるまいし、んなわけあるかよ。」
「貴様は悪ガキだ。そうに違いない。」
「……けっ。」
またシドは後ろを向いてしまう。その姿はどう見ても子供が拗ねているようにしか見えなかった。
「……カラリーサに頼まれて俺達の助けに来たのか?」
「いや、そういうわけでもない。強いて言うならば、恩だな。」
「……恩?……俺に恩返しに来たってか?」
「何を馬鹿な。もはや貴様に借りている恩などない。恩を貸し付けに来た……とでも言おうか。」
「そんな理由でかよ……」
「お前は戦いとなれば有用だからな。いざという時の為に恩を売っておくのも悪くないと思ったからだ。これで貸しは1つだ。」
「……勝手にしろよ。」
どんな言葉をかけてもどうにも響かないシド。今日の出来事は彼なりに思う所が多かったのだろうとカラマは考える。
「戦うしか出来ないならば、戦うしかあるまい。今までだってそうして来たのではないのか?」
「……当たり前だ。俺は、戦うさ。」
「今のお前の姿はこれから戦いに望む者のそれではないな。シノにその姿を見せても心配をかけさせるだけだ。」
「……」
「1つだけ、私はお前のいいところを知っている。他は見るに堪えない部分だけだがな。」
「いちいち棘のある言い方ばっかりしやがって……」
「お前の向こう見ずで無謀な所を見ると、何もお前の事を心配などしなくて済む。」
「それの何がいいとこなんだよ。」
「……信頼できる、という事だ。……大切に思う相手の事は、どうしても心配になってしまう物だ。私がカラリーサ様を想う様に。」
「……」
「カラリーサ様が大丈夫だと言っても、それでも私は心配になってしまう。……だが、お前が大丈夫というのならば、私は大丈夫だと思っている。」
「……大丈夫だ。」
「……そうか。」
ぽつりと言ったその一言に、カラマも短く言葉を返す。
「1つ聞きたいのだが、お前は何があれば頑張れるのだ?」
「……何って、まあ魅力的なご褒美とかがあるならな。チュウとかしろチュウ。情熱的なベーゼをな。」
「予想を裏切らないお前らしい答えだな。どうせ綺麗な女性と遊べれば最高だとか考えているのだろう。」
「そうだ、よし、明日の戦いで俺が活躍したらお前と遊ぶ事にしよう。」
「それはお前が勝手に決める事では無い。大体、お前が言う遊びとは遊戯の事ではなく、夜の伽の遊びだろう。」
「まあ、成り行きでそうなる可能性もある。はっはっは。」
「……」
カラカラと笑うシドに、カラマはゆっくり近寄り、口づけを交わす。
「……」
カラマは目を開けたまま、そしてシドもまた、その流れに沿う。
やがて、2人は離れる。カラマは袖口で口元を拭う。若干汚い物でも払うかのように……じゃあなんでキスすんねん……
「……お前……まさか、俺の事が好きなのか。」
「冗談を言うな。だが、こんなもの程度で覇気を取り戻せるかもしれないなら悪い事では無いだろう。貴様には頑張ってもらわねば困る。それにこういう汚れ仕事は慣れた物だ。」
「俺とのキスは汚れ仕事かい……けどまあ、なかなかいいものだった。欲を言えばこのままの流れでその後になだれ込みたい。」
「……お前が私にどういったものを期待しているのかは知らないが、私は忍びだ。この身は既に汚れている。お前が思う以上に、な。」
「……」
「だから好きでもない男と口づけを交わす程度など造作も無い事。そして、体を交わらせる事にも何の抵抗も無い。いくら貴様が無類の女好きだからとて、流石にそんな貞操概念の無い賤女と共に居ようとは思うまい。」
「何言ってんだ。んなのどうでもいい事だ。お前は美人だからな。別にそんな過去があったってどうでもいい。それにそんな奴らと俺は比べ物にならない程いい男だぞ。その差をお前が知ったら俺にメロメロになるのは目に見えてるな。」
「……ふっ……少しはいつもの感じが戻ってきたようだな。まあ、しょぼくれてるよりはまだバカな事を言っている方がお前らしい。お前に死なれてはシノが気の毒だ。せいぜい油断しない事だな。」
「明日は俺に惚れさせてやるぞ。」
「1ミリも期待していないが、楽しみにしているとしよう。」
そしてカラマは闇夜に消える。
「……思わぬ儲けもんだったな。」
そしてシドは気付く。カラマが自分を激励しに来たのだと。
「……いいさ。やってやろうじゃねえか。」
シドは己の中の標的を1つに定めた。狙いはジハードただ1人。そこに至るまでの道は通過点に過ぎないのだ。




