それぞれの思惑
「くはぁ!なんか魔物めっちゃ多いですね!?」
「……強さは大したことないんだがな……こんなに湧いてくるのは異常だな……」
「まあまあそいつらはともかく……あのデカいのはなんですか。」
「……知らんが……どうやら俺達の敵らしい。」
「くはぁ!!冗談じゃないですよ!!さっさと倒しちゃいたいですね。」
「……なら行ってくるといい。」
「……隊長たちにお任せしまっす!!」
「……賢明だ。お前は長生きする。」
……地上へと現れた魔物達と巨人ゴームとラズリード王国の防衛隊、第三軍、第五軍が合同で応対しているが……いかんせんあまりの数に押され気味だ。何よりあの巨人がどうしようもない。近づくのはまさに自殺行為に他ならない……
「ふうむ。近づけない。弓などもいまいち……魔法が必要かもしれないな。」
シンクレスは第三軍隊長を任されている。……戦況の行く末をシミュレートしてみるが……どうも芳しくない。結局湧いて出てくる魔物達を止めるのと、あの巨人をどうにかする手立てを講じなくてはどうにもならないのだ。今やっていることは足止め程度にしかならない。
「……よし、三軍、五軍、共に急ぎ本国に帰還だ。このままじゃ無駄死にするだけだ。」
そう言い放つと、全軍一転し撤退していく。引き際を知らぬものは長生き出来ぬものだ。
魔物達は初めこそその後を追いかけていたが、見失ったかと思うとその周辺の土地を荒らしまわるのだった。
「いてええぇぇぇぇ……ここどこなんだぁぁぁぁ……」
ゴームは痛みがぶり返し、怒り狂いながら暴れまわる。……もはや災害だ。
「……カラリーサ様……」
・・・・・・・・・
「おし、じゃあ俺はここ、と。」
「……ではここに。ぱちり。」
「お、なるほど……じゃあ俺はここだ!!」
「むむむ……ぱちり。」
将棋かなにかと思ったのだが、なんだか全く違うゲームをやっていた。似てはいるのだが、駒の動きが特殊なのと、駒に備わる特殊能力を駆使するゲームだ。カンファラ……なんとかというらしい。昨日教えてもらった。
「ほいっと。」
「……一ターン詠唱します。」
「ほほう。ではこっちと。」
「ええと、周囲一マスと右斜めの駒を全て破壊します。」
「ふふふ、こいつを魔法で破壊したらお前の駒を二つ選んで破壊する。」
「……むむむ……」
「あの二人、楽しそうなんだから……」
「お似合い、ですね~。いいな~。」
それを見守るラミとセリアだ。今はわりかし暇な状態だった。
「そういえば~ラミさん知ってます~?なんだか今、ラズリードが騒がしいらしいですよ~?」
「……みたいね。よくは知らないけど。」
「ラズリードからの情報規制がされているみたいで、あんまり詳しい事は分からないんですよね~。今ラズリードに入ったら出れないらしいですよ~?」
「何それ、変なの。」
「ですよね~?変なの~。」
「これで、シド様の最後の駒のライフポイントは1なので……次で終わりですか?」
「ふっふっふ。俺は魔法で残っている駒を全て復活させるぞ。」
「なんと……降参です……」
「はっはっは!!今のはなかなかいい勝負だったな。よし、次やるぞ次。」
「こっちは平和ですね~。」
「……ま、いいか。」
ラズリードで起こっている事件などなんぞそれというやつだ。
・・・・・・・・・
「シンクレス隊長。リンカスター・シュティーム、ただいま戻りました。」
「やあ、結構久しぶりだね。ふうむ。結構怪我したと聞いていたのだけれど、もう大丈夫みたいかな?」
「ご心配おかけしましたが、至って健康体です。」
「いやぁ、頼もしい。……そんな副隊長に、早速だけど状況説明しようかな。」
「……何が起こっているのですか?ただ事ではないようですが……」
……
「……魔物の大群に……巨人ですか……そんな事が……」
「いやはや、どうしたものかと思ってね。さっきまで第五軍と合同で戦っていたんだけど……食い止めることも出来ないものだ。僕の力不足だね。やっぱり副隊長の君が居ないとなぁ……」
「ご謙遜を……しかし、二つの軍で敵わないほどとは……」
「兎角やっかいだよ。……多分次は第一軍も出るだろうけど、根本的な問題を解決しないとどうにもならないだろうね。」
「……」
……まさかそんな事になっていたとは。……自画自賛するわけではないが、ラズリード王国の軍は、他国と比べても相当に強い。魔物の群れだとしても大した脅威ではない。……これまではそうだった。
「……私も戦線に出ます。」
「ああ、頼むよ。君の力があれば我が第三軍は百人力だ。」
……そうは言ってみるが、シンクレスも未だ、良い策は思いつかないままだった。というか、もっと詳細な状況を知らなくてはならない段階だ。とりあえずは上の指示を待つほかない。
・・・・・・・・・
「……三軍、五軍共に、やはり撤退してきたか……」
「力及ばず……といった有様です……」
「……仕方あるまい。シンクレスがそう判断したのならそれが最善だったのだろう。」
……もしもピリカラピカ遺跡から魔物が湧いているのだとしたら……クリミナの呪いと呼ぶべきかもしれない……
ラズリードに住みながら、ピリカラピカ遺跡の実態を知る者は決して多くない。
誰もが近づいてはならないという認識はしていながら、なぜそうなのかと言う部分は謎に包まれている。
尤も近づいたことで真実を知ったものは女性であればほとんどがそこの住人となり、男性であるなら一生をそこで過ごすことになるのだが。
……それを知るのは遺跡の住人カラリーサ達、そして、ラズリード王その人だ。彼はあの遺跡でどういう者達が住み、どういう事を行っているのか知っている。その結果、ある種の取引と呼べるものを行っているのだ。
女性と男性が完全にすみ分けられ、男性は苦渋の生活を強いられる、そんな特殊な場所を放置しておくこと自体が本来は異常だ。だが、ラズリード王にはそれを黙認する理由があった。
「……四の五の言っている場合ではないかもしれん……内容を隠して、冒険者を大量に呼ぶのだ。そして、この問題が解決するまではこの国から出してはならない。問題を解決して出ていくか、死ぬか。どちらかだ。」
「……かしこまりました。」
「……くそッ……」
……
「へぇ……お父様ったら……だいたーん……」
・・・・・・・・・
「……ダメ……外を見ても魔物の群れ。下手に開けて入ってこられても困るし……身動き取れなくなっちゃった……」
「……生き残りは……もう、居ないの……でしょうね……」
「……流石に、あんな数居たら、厳しい。」
「……非常食は備えてあるけれど……いつまでもこうしてもいられない……はぁ……」
「……カラマは、大丈夫でしょうか……」
「強い、速い、大丈夫。約束も、した。」
「……そう、ですよね……」
……他人の心配もあるし、自分たちの心配もあった。……この地下シェルターは、まず魔物が入ってくることもないが、裏を返せば、自分たちも出ることが出来ない。……ずっとこのままと言うわけにもいかないのだ。
四人で逃げた方が良かったのか、一人が引き付けて三人がシェルターに避難した方が良かったのか……答えは考えても出るものではなかった。
「……いざと言うときに、私は誰も守れなかった……情けない話ですね……」
「私だって、そうです。何の役にも立ちませんでした……」
「あいつら、なんで、地下から……」
「それよねー……聖浄化されてるはずなのに……」
「……クリミナ様から託されてきたこの場所をこんなに好きにさせてしまって……」
……口々に出てくる言葉は、自らの力の至らなさを嘆く言葉ばかり……
・・・・・・・・・
「完成です。」
「何!!早いな!!」
「こういうのは得意みたいです。えへん。」
「ぬぬぬ。じゃあ次はこれだ。」
……折り紙……かと思ったのだが、また何か違う遊びのようだ。……やってみると意外と得意だった。はい出来た。
「完成です。」
「おお!!……やるな。」
「遊んでばっかりですね~。」
「遊ばずにいられるか。セリアもやるか?」
「いいえ~。また今度にしますよ~。」
……遊んでばかり、か。本当にその通りだった。リンカスターさんが行ってしまってから五日間もう冒険の事など何にも忘れてただ二人で遊びに興じていた。こんな生活を続けていて大丈夫なのだろうか。
……まあ、楽しいから良しとしよう。
「ひと段落ついた?……新しい依頼が来てるんだけど、一応見る?」
「依頼~?……美人からじゃないと受けないぞ。95点ぐらいからの美人の依頼な。」
「……ちょっと変わった依頼。」
「変わった依頼、ですか?」
「この依頼は、達成した場合、受けた人間全員に報酬が出るみたい。すっごく気前がいいのね。」
「ほーん。じゃあ、受けるだけ受けといて俺はここにいるから終わったら報酬を貰えばいいのか。」
「おお、なんという賢いのでしょう。」
「……ラズリードへ向かう事、内容は本国で説明。って書いてあるわ……これ、ラズリード王国から直々の依頼じゃないかしら……国からの依頼なんて、まず異例なものね……よっぽど何か大きなことが起こってるのかもしれない。」
「ラズリード……」
リンカスターさんが戻ったことと、何か関係があるのだろうか……
あの不安が、再びよみがえる……
「あの……シド様……」
「……ちっ……しゃーない。分かった。受けるぞ。」
「……分かった。じゃあ、ラズリードに行ってくれるかしら。……今ラズリードに入ったら、出てこれないらしいわ……ちょっと気を付けてね。」
「おおおお、大丈夫大丈夫だ。いつも通りサクッと終わらせてくるっての。」
「それでは、シド様、準備してラズリードに行きましょう。」
二人はようやく重たい腰を上げて、ラズリードへと足を運ぶことになる。
「あー……やっぱ今日はちょっと気が乗らんし、明日行くぞ。」
「……そうですか。」
まだ腰は重かった。
・・・・・・・・・
ピリカラピカ遺跡のゴミ置き場……そこに元凶となった物があった。
デジタルゲート。
これはアイテムの一つ。この遺跡がまだ魔物の巣窟だった頃、このアイテムこそが、この遺跡の最下層に存在するもっとも珍しい物だった。尤もこれが元々の機能を有していたのはせいぜい百年も前の話だ。当時この場所を聖浄化したクリミア達もこのアイテムの使い方を知ることはなかった。まあ彼女たちがここへ来た経緯や境遇を考えるにそれどころではなかったというのが正しいかもしれない。
結局使い方もわからないアイテムは記憶から次第に風化されていき、結果このゴミ置き場の片隅へと忘れ去られるようになった運びだった。
デジタルゲートはどの場所へも空間を繋げることができ、それぞれの場所へと移動することが出来るという物だった。ただ、完全にその機能を掌握するためには深い知識が必要だった。適当に起動させるとどこにゲートが開くかもランダムになってしまったり、どちらか片側一方通行のゲートが開いてしまったりとにかく不確定のハプニングへとつながる危険が高い。
ところが悲しい事に、例えこの機械を完ぺきに操作できる者が居たとしても、もうこのデジタルゲートは本来の役目を果たせない。まずゲートが開く座標の特定を行う機能が完全に損なわれている。
そして、本来ならば双方向から移動が出来るはずが、開いたゲートの向こう側からしか移動することが出来ないという何とも使い難いアイテムとなってしまっているのだった。
運の悪い事にシドがそんなものを発見し、あまつさえ衝撃を与えてしまったことで不完全ながらもデジタルゲートは起動してしまう。そしてゲートが開いた先は、魔物領の森の中。徘徊していた巨人ゴームが、開いたゲートをくぐってしまったことが現在の悲惨な惨状を生み出しているのだ。
「おお?あいつらがゴームが居なくなったって言うからちょっと覗いてみたつもりが……ここどこだこれ?」
……悲劇のゲートをくぐり、魔物領から新たな来訪者が訪れる。
「あー……何か人が作ったって感じの建物だなぁ。懐かしい感じがする……。」
ゴミ置き場だが、もはや魔物の溜り場だ。だが彼にとっては見知った間柄の様なもので誰も彼へと攻撃など加えはしない。
「おーおー。めっちゃ来てるな。……つーかだいぶゴーム暴れたんじゃないか?よく崩れねえな……」
遺跡のいたるところは崩れ、大穴まで空いているのが見て分かった。
「……いくら広いって言ってもゴームの巨体には狭いだろうなぁ……おっ?なんだこのゲート。入ってきたのと同じ感じじゃねえか。……おや、何故入れない。ふんぬー!!……げっ……まさかこれって、戻れないのか?」
知識があるわけではないがおそらくこのアイテムがゲートを生み出してそこを通ってきたのだろうが……戻れない。
「……ま、いっか。外に出りゃあ何とかなるだろうしな。自由のために~♪」
彼にとっては正直帰れないという事は大した問題ではなかった。鼻歌を歌いながら階段を上がっていく。向かう先は、空の下、地上だ。そこに彼の自由はある。




