阿鼻叫喚
「今度は女の子全員が俺を好きで好きでたまらないような場所を探そう。」
遺跡から帰って早三日。またダラダラモードだ。
あいも変わらず同じ様な事を言っている。……一貫性があるのだろう。そうに違いない。
ただ、そんな事を言っていたら次の依頼などそうは決まらない。……私がシド様を飽きさせないぐらい魅力的な女性だったらこうはならないのだろうか。
「じー……」
「何こっち見てるんだ。」
「いえ、なんでも……(うふん。あは〜ん。)」
ふざけてみようかと思ったがちょっと恥ずかしすぎる。やめた。身の程知らずというものだ。
「ほいー!リンカスターさん宛に急ぎのお手紙お持ちー!」
「?これは……私にですか?」
「ほい!確かにお渡ししましたのでーごきげんよー!」
……たまに見る人だ。ああいうのをつむじ風とでも言うのだろうか。
……私もシド様に手紙を書いてみようかな。
「誰からだ。」
「いや、あんた関係ないでしょうが。女の子の手紙見るもんじゃないわよ。……恋文かもしれないしね。」
にやりとふざけてラミさんが言ってみせる。
「あ!?そんなもん認めるか!どこのどいつだ!」
「……違いますよ。これはそんなロマンチックなものではないようです。ラズリード本国からの手紙ですね。……珍しいというか、そんな事そうそう無いのですけどね。」
ラズリードという国には戦いを行うための組織が大きく分けて七つあるらしい。
最前線に赴き戦いを行う第一軍。
本国の防衛を主とする第二軍。
後は……何だったっけ。とにかくリンカスターさんはその三軍に身を置いているらしいが、今は許可を得てこの町で活動しているらしい。
「急ぎ本国へ帰還する事。……どうやら、とても穏やかでは済まされないことが起こっているようです。」
「戦争……とかじゃないわよね。多少他国とは険悪かも知れないけど今すぐにいざこざが起こるような状況じゃないし……」
「……とにかく、私は急ぎ本国へ帰ります。」
「急な話ね。」
「ふふ、仕方ありません。それが軍と言うものですから。長い間お世話になりました。また、問題が片付いたら、お逢いしましょう。」
いつも様な優しい微笑みだが……嫌な気配を感じた。もう、逢えないかも、しれない。そんな感じだ。
……もしかしたら、私が近々死ぬという前兆だろうか。それなら仕方ない。
「……シド様……あの。」
「……行きたいのか?」
「よく、分かりましたね。」
「そんな顔してるだろうが。」
……私が思ってる以上にこの人は私の事を見ているのかもしれない。もはやツーカーの仲?
……まぁそれはともかく……なんだか、胸騒ぎがする……危ない感じが……
「俺も行くぞ。」
「?何故ですか?」
「気分だ気分。はっはっは。」
「……心配、してくれてるんですか?そんな顔していますね。でも大丈夫ですよ。きっとすぐ戻りますから。安心して待っていてください。……それでは。」
……答えも聞かず、行ってしまった。
「行っちまったか。」
「……ですね。」
……無理やり付いていっても、仕方ない、か。これで……いいのだろうか。
「ま、あいつもそこそこ強いし、大丈夫だろう。」
「……」
「大丈夫だ。もし万が一なんかあっても俺が速攻で駆けつけてやるさ。そうすればますます俺のことを……」
「そうですね。」
私なんかよりもずっと強い人なのだ。そんな人が、死ぬはずもない。そうでなくては、嫌だ。
……
初めは、魔物が少し多いぐらいの話だった。だが、事態はそんなものでは済まない状況だ。ともすれば……国が傾く可能性すら、あった。
「巨大な魔物……だと?」
「はい、10mはあるであろう魔物が現れたと言う報告が……」
ラズリード王の耳へとその知らせは届く。
「……」
よほどのことが無い限りは、指揮に関しては一軍、二軍隊長へと委任されている。つまり……よほどの事態という事だ。
「現在の状況はどうなっている?」
「……現在第五軍が偵察を兼ねて鎮圧に向かったのですが……あまりの規模と勢力だったという事で退却。その後第三軍、第五軍が合同にて向かいましたが……そこで巨大な魔物が現れたとのことです……現在も交戦中のようですが……退却は時間の問題かと。」
「……そんな魔物達が……どこから出てきたというのだ。」
人の住む大陸にすんでいる魔物と言うのはほとんど研究されつくしているものだ。だが、10mもあるような魔物の存在など未だ聞いたことが無い。
「その方角にあるのはピリカラピカ遺跡です。……遺跡の中から発生しているのではないかと言う話です……」
「……」
王は、そんな事は無いはずと考えていた。あの場所は聖浄化されていることを知っている。……あの忌まわしくも呪われた場所に魔物が発生するはずはないのだ……
「最悪の場合は、第一軍にも行動するよう伝えよ。そして、このラズリードへは近づかせないようにと伝えるのだ。」
「かしこまりました。」
兵士は伝達へと向かった。……いったい、何が起こっているのか。
……その会話に聞き耳を立てる影が一つ。
「……なんだか、面白そうなことになってるわ。うふふ。楽しみだなぁ。」
……まだ、何もかも、始まったばかりだった。
……
……
……
「い……!いてえ……!!た、助けて……!!あがっ……!!」
「出してっ!くれっ!ぼっぐっ……」
阿鼻叫喚。突然現れた魔物達に、男達は為す術などない。ただ、命を奪われていくだけ。一つ、また一つ。
「あああぁぁぁぁ……ちょっとだけ痛みがひくぅぅぅぅ……こいつら脆いからぁぁぁぁ……」
その中でも桁違いの強さを発揮するのが巨人ゴーム……あまりの巨体に天井に頭がついてしまうため、かがみながら移動と攻撃を繰り返しているが、その破壊力は余り有る。地下全体を揺るがすほどに。
「せまいぃぃぃぃ……ここからだせぇぇぇ……」
……
「……な、なんですかこの地鳴りは。」
「……何かが、地下で暴れているのかもしれません。」
「な、何かって、何?」
「……私が確認してきます。カラリーサ様たちは、いざと言うときの為の準備を……」
あまりの事にただことではない気配を感じる。……何かなどあってはならないのだが……
カラマは地下へと続く扉を開け階段を下って行く……だが、その途中で、見てはならない。あってはならない物を見る。
「な……これは、巨大な……手?いや……巨大な……魔物ッ……」
「どこだぁぁぁぁここはぁぁぁぁ……」
「ッ!」
明らかにまずいと感じ、カラマは転進する。……聖浄化されているはずの地下から、あんな巨大な魔物とは……急いで皆に伝えなければならなかった。
……
「皆ッ!!地下から巨大な魔物が来ている!!急いで地上へと逃げなくては!」
「地下、からですか!?聖浄化されているはずです!!」
「……」
顔を見れば、冗談などではないことは一目瞭然だった……
「……セフシア、ノノノンは皆を連れて急いで地上へと向かってください。カラマ……私と共に来てください。……少しでも時間を稼ぎましょう。」
「……了解しました。」
「なんでよ……なんで……」
……だが、四人が出て行った先は、もはや地獄絵図だった……
「なっ……こ、こんな……」
巨大な魔物が1体どころではない。魔物の大群が町を蹂躙していた……
突然の事態に、逃げ惑う女性たち。だが、地下の男達と同じ末路をただ辿って行く……
「くっ……!!まだ無事な人を連れて、逃げましょう!!急いで!!!」
弱体化していた地下の男達と違って女性たちはまだ多少は善戦してはいるが、予想外の事態に予期せぬ大群との戦いに、次々と命を散らしていく。
「せっ!!もう……何なのよいったい!!さぁッ!!」
「……キリがッ……!!無い!!」
それこそ無限と言うほどに地下から魔物達は湧き出てくる。……生き残っている者はどれだけ居るだろうか……もう十も居ない……あんなに多くの人間達がこの場所でそれぞれの生活をしていたのに、ものの数十分で奪いつくされたのだ。
「なんなのですかッ!!あなた達はッ!!!クリミナ様がッ!!作ってくれたこの場所をッ!!」
「封縛封縛封縛……封縛……げっ……」
「あああぁぁぁぁ……お前たちぃぃぃぃ……潰してやるぅぅぅぅ……」
怖いものなしのノノノンだが、流石にこの大きさは面食らってしまう……その振り上げた手が自分を捕えようとしているのは明白だったッ!!全力で走って躱す……
「封縛ッ……流石に、全身には、効かないッ……」
その巨体全てを鎮めるほどには至らない。振り下ろした手を再び振り上げさせない程度……指の数本を動かなくする程度はギリギリ出来なくもないが……長くも保たない……
「ノノノンッ!!大丈夫ですかッ?!」
「このデカブツッ……流石に、厳しいッ……」
このままでは、どう考えてもジリ貧だ……四人共それは分かっていた……そして、カラリーサは、自分が殿を務めるつもりでいた。この有様で自分だけが真っ先に逃げるなど出来ない。
……そしてそれをカラマは分かっていた。……誰が生き残らなくてはいけないのか……
「……セフシア、後何人残っている?」
「……」
辺りを見渡すが……もう、にぎやかしい声など、聞こえても来ない……悲痛な表情がそのまま答えだった。
「……たぶん、私たちと、カラリーサ様達……四人だけ……」
「……ついて来てほしい」
……こんな状況で分かれて動くのはもはや得策ではない。セフシアは言われるがままついていく。
「ぐぐぐ……この、いい加減に、しろ、デカブツ……」
「おおぉぉぉぉ……手がぁぁぁ……動けぇぇぇぇ……」
ノノノンはどうにか左手を封じ込める事に成功していた……もちろん右手はがら空きなのでそちらの手で攻撃されていたらおしまいだったかもしれないが、ゴームは力はあれど頭は決してよくない。左手を自由にする事しか考えられていないのだ。
「てぇいッ!!!ノノノンがどうにかあの魔物を封じ込めているけれど……こんなこといつまでも続けてはいられない……どうすれば……」
その手の鞭を振るいながらも、カラリーサは焦っていた……もう、生き残りなど、居ないかもしれないという最悪の絶望と戦いながら……
「カラリーサ様ッ!!はッ!!」
「カラマ!!セフシアも無事でッ!!」
「……無事ですけど……こいつ……デカ過ぎですよ……」
「……今、ノノノンが抑えてくれていますが……」
「……ノノノン、頼みがある。」
「こいつを、抑えてる、だから、手短にッ!!!」
「……」
「……」
「……同じこと、考えてた。流石、カラマッ!」
「……すまん。」
「まか、されたッ!!」
ノノノンは、ゴームへとかけていた封縛を解く。そして、その対象を、カラリーサへと移す。
「……封縛。」
「あッ……!!ぐッ!!!な、なぜ、私に封縛をッ……」
「……セフシア、ノノノン、カラリーサ様を、よろしく頼む。」
「か、カラマ、何を……言って……」
「……また、逢える日を、楽しみにしています。……お元気で。」
カラマは単身、巨人ゴームへと向き合う。その手に持った短剣を構える。
「……さあ来い、その能無しの図体で、私に勝てるか?」
「手ぇぇぇぇ、動いたぁぁぁぁ……お前ぇぇぇぇ……しねぇぇぇぇ……!!」
……スピードでゴームを翻弄する。カラマのそれは常軌を逸した速度の物だった。本気を出したカラマならばその攻撃を受けることはまずないだろう。……有効な一撃を与えることは当然出来はしないが……
「……さぁ、魔物達、私の所へ来るがいい。」
カラマはその身に魔物達をおびき寄せる匂いを纏う。そのまま魔物達をおびき寄せながら地上へと向かう。……この場所でこれ以上暴れされるのは……限界だ。
そんなカラマの囮とも言える行動をただ、見届けるしかできない。カラリーサは、己の無力さをただただ、嘆いた……
セフシアはその背にカラリーサを背負い、ノノノンと共にある場所へと向かう……
「何かあった時の為のシェルターなのに……いざと言うときに、何の役にも立たなかった……」
……このフロアのある部屋の更に地下に、非常用のシェルターとも言える一室があった。……あまりにも突然の事だったため、誰もそこへと入ることはなかった……
「……カラマが、あいつらをおびき寄せて、地上へ向かってくれた。ここなら、なんとか、しのげる。」
「……今でも地下から魔物がうようよ、出てきてるのかな……」
「……私は……私は……私はッ……!!!」
カラマ達が、身を挺して自分を救ってくれたことは痛いほどわかった。……それでも、一緒に行かせてほしかった……仲間なのだから……
「……カラリーサだけは、なんとしても生きていてほしいからって、守ってやってくれって……」
「……まぁ、ここも安全とは言い難いですけどね……」
「どうして……こんな事に……」
誰もが、思っていた。ほんの少しの時間で、何もかもが崩れていった。何かの間違いだと、誰か言ってほしい。そんな思いでいっぱいだった……




