女性達の町
……陽が当たらないという事を除けば、ここは普通の町だった。というか、オシャレですらある。見渡す限り女性しかいないし、非常に華やかだ。みんな笑顔でニコニコしている。私もつられてニコニコしてしまう。にこにこ。
……嘘だ。ニコニコなんてしてはいられない。シド様を早く探さないと。……意外とさっさと抜け出してここの女の人たちと遊んでいるのではないだろうか。……そうだったらシド様らしいな。
「おや、さっき運ばれてきた人ですね。」
「?はあ、さっき運ばれてきた人だと思います。」
「ちなみにさっき運んだのは私です。」
「……すいません、運ばれた時の記憶が曖昧なので良く覚えていません。」
「私はよく覚えていますよ。運んだ時とても軽かったのが印象的でしたね。これからはもっと食べた方がいいですよ。」
……よく言われる。そんなに軽いだろうか。単純に身長のせいではないのかな。
「どうせあの男にロクなものを食べさせてもらえなかったのでしょうから。……でも、これからはそんな心配ありません。助けあい、支え合い、共に生きていくのですから。」
……なんだか勝手に酷い想像をされている気がする。それにここで生きていくつもりなんて全然ない……
「……どうして、遺跡の地下にこんな場所を?」
「ここにモンスターが出ないのが不思議ではありませんでしたか?」
……確かに出なかった。そういうものだと思っていたのだけど、何かあるのだろうか?
「この遺跡は、聖浄化されている遺跡なのですよ。」
「……聖、浄化ですか?」
「そうです。簡単に言うと、この遺跡のモンスターは全て、消滅したという事です。厳密にはとあるお方が消滅させたのですけどね。」
「とあるお方、ですか。」
「……残念ながら、もうお亡くなりになっていますから、お逢いすることは出来ませんが……百年は前の話ですよ。とにかく、ここは一切魔物の脅威に脅かされることが無い聖域なのです。」
「……なんとなく分かりましたが、結局なんでここにこんな場所を?」
「……あのお方の、望みであり、意志だからですよ。ここに自分たちの自由を作る。その志を胸に私たちはここに町を作ったのです。この町がそのまま私たちの願いなのです。」
……なんだか、複雑そうだけど、よく分からないから関係ない……
「あの、シド様は、どちらに?」
「?あの男に制裁でも加えるのですか?まだそれをするにはちょっと準備がかかりますね……」
……制裁って……
「いえ、あの、なんというか、私はいつもシド様と一緒なので……シド様も……もしかしたら、私を……もしかしたら、探しているかもしれません……もしかしたら。」
「……?もう、あの男の言いなりになる必要はないのですよ?あの男はあなたを道具のように扱っていました。あなたはあなたの好きなように生きられるのです。私たちがあなたの安全を保障します。」
「……私は、別にシド様に、そんな風に、扱われていません……」
「あなたにあんなに重い荷物を持たせてですか?自分はのうのうとして、あなたを手足のように使って。女性は道具ではないのです……男なんて、みんな、みんな、最低なんです……」
……悲しい過去が、あるのかもしれない。でも、私には、やっぱり関係ないことだ。……死ぬ自由ぐらい、自分で手に入れなければならない。
「シド様は……どちらに?」
「……考える必要なんてありません。あんな男の事は忘れてしまいましょう。……それがあなたのためですもん。」
ほんの少しでも……私の事を探してくれているのなら……シド様、待っていてください。
・・・・・・・・・
「……どこに、居るんだ。」
居ない。見つからない……まず女が居ない……ついでのついでに、シノも居ない……
男共は農作業だかなんかしていたり、資材を運んだりしている。アホか。そんなことしてるくらいなら出る方法を探せと言うんだ。
「おいお前。」
「はい!?な、なんでしょう?!」
気弱そうな貧弱野郎に問いただしてみる。
「出口はどこだ。」
「で、出口なんて……ないですよ。あの扉は上に続く扉なんですけど、内側からは開けられませんし……かと言って他に上に上がる方法も無いですし……」
「……あの扉か。」
離れた壁際にちょっと頑丈そうな金属の扉がある。あれをぶっ壊せば……
「けどあの扉が開く時は上の人たちがやってくる時です……」
「あ?上の奴らって、女たちがって事か?」
「そうですよ。種だったり水だったりあるいは資材とかを持ってくる時にだけあの扉は開きます。……ただそれだけですよ。」
「ほうほう……」
……なら、その時に扉から出ていけばいい……ふっふっふ。なんだ簡単じゃないか。
「……あなたも現実を受け入れられないのは分かりますけど、一緒に働きましょう……そうしなくちゃ、長生き出来ませんよ。」
アホか。こんなとこさっさとおさらばだ。
「いつ開くんだあの扉は。」
「……もしかしたら、時間的にはもうそろそろかも……」
……まさにその時だった。扉が、開く。なんてついてるんだ。女が10人ぐらい入ってきた。……水やらなんやかんやを持っている。さて行くぞ!!
「はっはっは!」
「……さっき来たばかりの男か。史上最大の馬鹿男と聞いているな。」
「……おお!!みんななかなかの美人だ!!……だが、お前が群を抜いてイイ!!」
「……救い難い。」
「やはりこの遺跡に来て正解だったぞ!!聞けば上には女の子ばっかりだそうじゃないか。そんな楽園見過ごすなんてもったいない!」
「……お前の様な男がいるから、私たちのような犠牲者が絶えないのだ。」
……交戦体制と見るやいなや、全員が身構える。人数が居てもしょせんは女。丸腰でも俺が負けるはずがない。
「通らせてもらうぞ!!!」
一気にダッシュする!!この勢いをそう簡単に止められるものか!!はっはっは!!!
「……やれ。」
「封縛。」
「んなっ……!!!」
急に、足が、動かなくッ……こな、っくそ!!!
……無理やり力に任せて足を踏み出す!!……だが、重いッ!!
「……馬鹿だが力は有り余っているようだ。やれ。」
「……失礼します。よいしょっと……」
「ぐッ……がっ……てめえは!!」
地下に案内してきた女だった。
あっという間に詰め寄られる。さっきので体全体の動きが鈍いため、一気に腕をつかまれたかと思うと床へと這いつくばることになってしまう……
「終わりです……よいしょっと。」
押さえつけた女性はシドの腕へと何かをはめる。……金属製の腕輪だ。女性はすぐさま離れていく。
「ここでの自分の立場が分かったか。まあ、これで否応なしに理解するだろうがな。」
「な、何言ってやがる!!」
……立ち上がるが、なんだ、力が、入らないッ……
「気分はどうかな?」
「……ちっ……この、腕輪か!?」
「お約束だが、それは外せない。」
「……おっ……らぁ!!!」
……走り出すが……力の抜けた足……なんなんだこれは。
「……やれ。」
「封縛。」
「ぐっ……くっそ……」
立ち上がる力すら入らない……
完全に無力化されたその体に近寄って、耳元で終わりの言葉を囁かれる。
「お前は、もう終わりだ。一生ここで、嘆き続けろ。」
……自由の利かない体では、睨み返すのが精いっぱいだった……
用事だけ済ませると……女たちは、去っていく……
「だから言っただろう……ここからは出られないって……」
「大丈夫か?……くそっ……あの女どもめ……」
「なんで俺たちがこんな目にっ!!」
……だんだんと体が動くための力を取り戻してきた……が、やっぱり虚脱感は否めない。通常の力の半分ぐらいって感じだ……だるい。
だがそのだるさをおして怒りがこみ上げる!!
「なんなんだあいつらは!!!」
「……俺たちも最初は立ち向かったのさ。……ところが奴らに、おかしな腕輪をつけられて……後はあんたと同じさ……」
「あの人たち、たぶん男の人を憎んでいるみたいで……僕たちを目の敵に……まるで家畜か何かですよ……」
「ちっくしょう!!ちっくしょう!!次来たらヒイヒイ言わせてやる!!!」
「……あんた、あんな目にあってよくめげないな……」
「俺はお前らとは違うんだ!!あんな奴らに好き勝手されてたまるか!!絶対目にものみせてやる!!」
……
「……」
地下に降りられそうな扉は、見つかった。だけど、見張りの人が居て行かせてもらえない。……さて、どうしたものか。
とりあえずさっきの場所に戻ろう。
「どうですか?この町の良さが分かってもらえましたか?」
「……みんな、ニコニコしていましたね。」
「そう、その笑顔は、私たちが掴み取って来たものです。勝ち取ってきたのですよ。男たちから。」
……笑顔の裏の真意、それは男性への憎しみ。それを聞かなくてはならないのだろう……
「……男の人、嫌いですか?」
「あなたは?」
「……得意では、無いと思います。」
「この町に住む女性たちは、多かれ少なかれ、男たちに傷つけられた人たちばかりです。自分の欲望のはけ口にされたり、奴隷のように扱われたり、憂さ晴らしのためのおもちゃにされたり……あんな奴らに、まっとうに生きる権利などありません。」
「……そんな人ばかりでは、無いと思います。」
「でしょうね。でも、宝に目がくらんだ男たちはロクでもない男でしょう。だから私たちはどこからかさらてくるようなことはしません。勝手にやって来た欲深い男たちだけに天罰を加えているのです。」
「……そんなことしても……憂さ晴らしにしか、ならない、じゃないですか?」
「……男たちのわがままの為に、片目が見えなくなった女性が居ます。」
「……」
「男たちのわがままの為に心が幼児退行してしまった女性が居ます。男たちのわがままのために一生歩けなくなった女性が居ます。男たちのわがままの為に、子供を産めない体になった女性が居ます。あいつらは、最低の奴らなんです……憂さ晴らし?復讐です。私たちの、復讐なのですよ。男たちに……私たちの、苦しみを、味あわせてやるための……」
「……」
「あなたはまだ、幸せな方です。幸い取り返しのつかないようなことはされていないようですしね。」
……私に、何も言い返す言葉は、無い。
……彼女の言っていることが正しいから、ではない。そう思う。
……彼女たちは、明日の為に、この町を作っているのだ。自分たちの未来を勝ち取るために。
……だからこそ、私はこの町には相応しくない。私は、明日の為に生きて行こうなどとは、思っていない。彼女たちの仲間にはなるべきではないだろう。
「あなたも、ここで、生きましょう。」
真剣な表情で……本当に私の事を思ってくれているのはよく伝わる……だけど。
「……いえ、無理です。ここは、私の生きる場所なんかでは、ありません。」
「……いつか、後悔する日がきっと来ます。絶対に、ここにいた方がいいと思うはずです。」
「……すみませんが……」
……少しの沈黙の後、息を吐き出すと、彼女は諦めたような様子で私に告げる。
「……そうですか。分かりました。でも、いつでも戻ってきてください。いつになっても、私たちはあなたを歓迎します。そして、出来る事ならば、ここの存在は、他言無用でお願いしますよ。」
「……私、口が21gくらいしかないかも知れません。」
「……そこは、あなたを信じます。」
……
「地上へ戻るのならば、上へと至る階段を使えばすぐです。……もう、行きますか?」
「……ええと、もう一度、あのお菓子と飲み物を……」
ぽかん。とされた。
「あ、ああ、さっきの、ですか?この町では普通に売っているものなのですが……」
「ううむ……やっぱり、ここに残るかもしれません……捨てがたいですね……」
「そ、そうですか……(この子も大概変わってるな……)」
……帰るのは本当だけど……一人ではない。シド様と、帰らなくてはならないのだ。
……シド様にあのお菓子、食べさせてあげたいな。お腹とか空かせているかもしれない。ご飯も作ってあげたい。
……こんなにシド様と離れていることが、不安で心細い事も、初めて知った。
こんな状態じゃ、死ぬに死ねない。
私が死ぬときには、傍にシド様が居てくれないと、駄目なのだ。
だから私は彼と一緒に居る。
これからも、私の命が無くなるまで。私は彼に寄り添うのだ。




