シノ
生きる意志が欠如した人間は、嫌なことに反抗する気持ちすら湧きおこせない。
私は、ただ後ろをついていく。
「お前は何が得意だ?」
「……得意、ですか?いえ……特には。」
「なんでもいいから得意なこと見つけておけ。」
「……何にも、得意なことなんて。」
「なかったらこれから増やしていくんだ。俺のために役立つことたくさん覚えろ。」
……自分勝手。人の事は言えないけれど……
得意なことなんて一つだってない。この人が何を求めているのか分からないが必要とするであろうものなんて一つだってない。これからだって、そう。
……これからなんて、ない。もうすぐおしまい。おしまいだから……
……
はぁ、最初にあの人にいろいろ説明された案内所が見えてきた。気分転換どころか気分を害しただけだったような気がする。私の疲れた頭は力なくうなだれる。
「君、大丈夫?その荷物、重いんじゃない?」
「……?」
誰だろう。どうやら案内所の方から駆け寄ってきたみたいだった。
「君が、もしかしてセリアさんが言ってた子?この世界にさっき来たばっかりって。」
「ええ、まあ、そのような。」
「おい、なんだお前は。」
「俺はアークヴァル・デストロイ。異世界人だ。」
「んなことはどうでもいい。こいつに何の用だ。」
「なんでこの子に荷物持たせてるんだよ。重そうじゃないかよ。」
「お前に関係ないだろうが。」
「目の前で辛そうにしてる子がいるのに関係ないわけないだろう。」
……なんだかよくないムードだった。重いと言えば確かに重いのだけれど……なんとなく口をはさむ感じではなかった。というか、どんどん面倒臭いことになっていた。
「あのさ、俺も違う世界から来たんだ。だから君と同じような境遇だから、君といろいろ話したいと思ってさ。もっとストレートに言うと、俺と一緒に行かないかな、って。」
「同じ、境遇。」
「俺は昨日この世界に来たばかりさ。互いにわからないことだらけだけど、一つ言えるのは、この世界で一人で生きてくのって命がけだってことだよ。同じ境遇だからこそ協力して生きていかなくちゃいけないって思うんだ。だからさ……」
その人の瞳は、真剣なようだった。語る言葉も本心であり真実なのだろうとは思った。残念ながら……彼の協力者として私はそぐわないのだけれど……
「ふんっ。けりっ!」
「ぐっ……」
私に語る言葉を遮るようにこの荷物の主は蹴りを入れた。
「何をするんだよ!」
「お前は気に食わん。とっととどっかいけ。」
「俺はこの子と話してるんだよ!」
「お前がいくら誘ってもこいつは俺のもんだ。だからどっかいけって言ってるんだ。後単純にお前が気に食わん。」
いつの間にか、この人のアイテム欄に私は加えられているのだろうか……
「……本当なの?なんでこんな奴に?」
……本当などではないのだけれど、なんだか説明するのも面倒だった……
なんと答えるか応えあぐねる、その様子を私が無理やり従わされているように見えたようだった。
「お前が無理やり従わせてるだけじゃないのかよ!荷物持たせたりさ!女の子にさせる事じゃねえだろうが!この子をなんだと思ってるんだよ!」
「……おい、いいからとっとと消えろ。」
静かに、しかし明らかに怒っているトーンへと変わっていくのを感じる。
「……消えるんなら、あんたの方だ。あんたみたいな人、俺は許せない。」
「……ならどうするんだ?」
「倒してやる。」
彼は、少し距離を取ると、背中に背負った、長物を抜き放った。
光るそれは、真剣。
……楽器じゃ、なかった。
「一応言っとくけど、確かに俺はこの世界に来たばかりだけど、前の世界で少しは鍛えてたから、ずぶの素人じゃない。」
言葉を聞いているのか、それに対抗するよう、腰の剣を抜く、が構えはしなかった。ただ手にぶら下げるだけ。
「それに、俺のレベルは、51だ!」
51。
「あんたのレベルは?」
「さあな。まあお前よりは低いかもな。」
「だろうね。セリアさんが言っていた通りなら、人間でレベル50オーバーなんて、決して多くない。俺は分かった。俺は、この世界では、強いんだ。」
そんな向かい合う二人に周りの人たちの足も止まりつつあった。巻き込まれないであろう距離で。
「昨日だってこの世界に来たばっかりだけど、俺はモンスターたちを相手にしてもどうってことなかった。この異世界で、俺は、どこまでも恵まれてる。初めからこんな強い。あんたなんか相手じゃないね。」
耳には入っているようだが、聞いているのだか聞いていないのだか、相変わらずその剣を手に持っているだけだが、呆れているように見えるのは、気のせいだろうか。
「悪く……思うなよ……なッ!」
間合いを詰め、剣を、一気に振り下ろすッ!
その一撃を、剣で受け、振り払う。
すかさず、突きの一撃が繰り出されるッ!
「……」
向きはそのままに右方向へとステップを踏む、その突きは体ではなく、逃げ遅れたマントを掠める。
「チッ……めんどくさい。」
……少し、恐ろしい。言ってしまえば他人事なのだけれど、震える……止めれば、良かった、と思うのだが……私の体も口も、動かない。
「やっぱり、どうってことないな。大したことない。まだ俺には技だってある。俺の新たな新生活の邪魔するあんたはさっさと殺すッ!」
「お前、昨日来たって言ってたか?」
「はぁ!?何さ!闘いの最中に?辞世の句でも言うのかよ?」
「51レベルだっけか?」
剣戟は続く。
「ッ!そうだよ!俺はさぁ!強いんだよ!この世界の、ヒーローに、なるんだよ!みんなの為に!この力使うんだよ!これからの異世界生活ッ!華々しく!輝かしい!俺の、栄光が……さぁ!」
「……ふんっ。」
「うッ……ぐっ……あ……?」
あ……
紛れもなく、本人が一番、驚いているはず。その体が、二つに、裂かれた。
ただ、剣の一閃。それが、命を、終わらせた。
「けっ。レベルに胡坐かくような奴なんてこんなもんだ。大体、自分のレベルを自慢げに相手に言うやつなんてただの馬鹿だ。」
その体は、少しは動いていたが、しばらくして、その動きを、止めた。
……死。紛れもなく、死。それを味わうはずだった、私よりも、早く。出会ったばかりの彼は、骸と化した。
「あーあ……シドに手を出すとはなぁ……」
「相手がちょっとねぇ……」
「あいつそんな嫌いじゃなかったのになぁ。昨日来たばっかりだったのに。」
口々にそんな会話をしながら、見物人となっていた人たちは各々の方向へと歩みを再開した。
一方、勝者は、というと……
「大したもん持ってねえなぁ……チッ、無駄だったな。ま、少ないが金でも貰っとくか。これ、袋に入れておけ。」
……私に、そのお金らしきものを、袋に入れろと、言っていた。
……人の死は、この世界では、こんな程度のものなのだろうか。
何より、命を奪った、良心の呵責のようなものがない事が衝撃的だった。
死体漁りという行動に、私は言葉を失う。
「……」
「おい、さっさと入れろ。」
「その人……死んでしまいました。」
「アホだから仕方ない。」
「そう……なんですか?」
「弱いんだから仕方ない。身の程知らずに俺に楯突いてきたからな。」
「……」
この、いろんなものが混ぜこぜになった感情をなんと表現したものだろうか……
「……そう、かもしれません。でも、本当に、殺さなくちゃ、いけなかったんですか。」
「別にどっちでもよかったがな、まあ遅かれ早かれってやつだ。」
「……遅かれ早かれ?」
「あんな奴、俺が殺さなくても別のやつに殺されて終わりだ。どっちみち結果は一緒だ。」
……胸の中で、理不尽さへの、怒りのような感情が、こみ上げる。
そう、これは、理不尽。
私が死ぬのは、仕方がない。その理由があるのだから。
でも、あの人は、生きようとしていた。そんな想いが、あんな一瞬で絶たれた。これが理不尽でなくて、何。
……自分の事はどうでもいい……でも、私は、自分以外の人には、幸せであってほしい、と思っている。
何も考えなかった結果、彼の命を絶ったこの人と、私は行動を共にしていたのだ。
……私は、何も考えず、指示されたようにそれを袋にしまった。
「お前、違う世界から来たのか。」
「はい、まあ、その。はい。」
……少し、委縮してしまった。人を簡単に殺してしまえるようなこの人に……
「名前はなんてーんだ?」
「名前は……いえ、まだ。」
「ほーう。なるほどなるほど。」
……何か考えているようだった。いや、企んでいるようだった。
「セリアのとこだよな。よし、ちょっと待っていろ。」
そういうと案内所の中に入って行ってしまった。心なしかウキウキしているようだった。
……どこかに行ってしまおうか。あの人と一緒に居ても、とても良い事はなさそうだった。もうすぐ死ぬのに直前まで嫌な気持ちで塗りつぶす必要なんてない。
何で死のうか、いっそあの人を怒らせたら、私も同じように剣で殺されてしまうだろうか。ただ傍目には痛そうではあった……
……それか、この世界にはもしかしたら、痛みなどをあまり感じずに済むような死に方があるかもしれない。私のような人間には似つかわしくないかもしれないが、そんなありがたいものがあれば、私はそうしてあの世へ旅立ちたい。
……
結局、結論をずるずる先延ばしにしている間にあの人は戻ってきた。
「おう。」
「はい。」
「お前の名前決めてきた。」
「……はい……」
?
「お前のセンスじゃ変な名前付けそうだったしな。それにお前は俺のもんなんだから名前も俺からプレゼントしてやるぞ。はっはっは。」
「……」
早速またよくない事が起こった。自分で何にも決められなかったから、とうとう名前まで他人に決められてしまった。
「なんていう、名前に?」
「シドサマスキスキダイスキーだ!パーフェクトな名前だろう?」
「……」
……
「……疲れました。」
「……嘘だ。そう付けようとしたら断られた。セリアの奴め。」
「そうですか。」
……
「……シノだ。」
「篠田?」
「……だ、はいらん。これからお前はシノだ。」
「し、の?」
……
シノ……
「偶然、ですか?」
「あ?何がだ?」
「いえ……やっぱり、いいです。」
あんまり、変わらない。
「よし、んじゃあ行くぞ。」
「えっと……どこへ、でしょうか。」
「今、ついでに依頼を受けてきた。タカラタカラ洞窟だな。」
「……お宝探しですか?」
「いや、お前みたいなやつがそこに行ったらしい。旅慣れしていないが可愛いらしい。宝を手に入れつつ、その子をさくっと助けてその子もゲットする。ナイスだろう?」
「……あの、私、言おうと思ってずっと言えなかったんですが……名前を決めたら……」
……
「死ぬつもりだったので、あなたと、一緒には、行けません。旅のお供なら、他の方が良いかと……」
……いつまでも、ずるずる引っ張っては……この人に悪い。早く、言えばよかった。
……
……ぽかっ。
「あいた。」
「アホか。何言ってるんだ。いいからとっとと行くぞ。」
「あの、私の話は……」
「関係ない。お前はもう俺のものなんだからただ俺について来ればいい。勝手に死ぬのも許さん。」
「……私は、あなたの、奴隷じゃないです。」
「ふん、ならなんだ。」
「私はあなたの、なんなんですか。」
「俺はお前の主人。ならお前は……メイド、って感じじゃないか。侍女だな。侍女見習いか。」
「……そんなの、嫌です。」
「逆らうな。」
「……」
簡単に私に死は、与えられなかった。
死を選ぶという権利すら、彼に奪われてしまった。
「俺の事は、シド様と、呼べ。」
「……シド様……」
「よし、それでいい。よし、じゃあさっさとタカラタカラ洞窟に行くぞ~。はっはっは。」
人の気も知らないで、上機嫌そうだった。
……言うまでもなく……私の気分は、最悪だった。
向かうその先で、願わくば、安らかな死が、私に与えられますよう。
それを祈らずにはいられなかった。