新たな力と新たな誓い
……お父さん、お母さん。
きっと、もうすぐ逢えると思う。
早く逢いたい。
そうしたら、たくさん話をしたい。……たくさん謝りたい。
そしてもし、最後には許してもらえたら……たくさん、愛してほしい。
だから、もう少し、私の事、待っていて。
……
捨てた命が誰かに拾われて、流れ着いたこの世界。もうそろそろ10日を数えようとしていた。私はベッドの中。いたた。
……本当は自分的には動き回れそうなぐらいなんだけれど、完治するまで油断は禁物とのことらしい。
この世界の事はこの世界の人に任せよう。郷に入っては郷に従えというものだ。ごろん。
……
「レベル50達成おめでとうござー!!います!!」
「……はあ。」
「ああ、結構!!寝たままでーー!!結構です!!」
……急にピカっと光ったと思ったら視界に移る景色が全く違うものへと変貌を遂げていた。ここどこだろう。何にもないけれど、浮いている感覚だった。寝ているままなのに、立っているような、変な感じ。
「あなたがこの世界にきて、はや10日!この世界の暮らしにーー!!なれました!?」
「多分、それなりには……」
騒がしい男の人だ。耳元で喋られたらどうしよう。鼓膜破れちゃうかもしれない。
「よきです!!では、さっそく本題に!!単刀直入にご説明!!します!!あなたは50レベルに達成しましたのでレベル特典を受ける権利を得たことを!!お教えしに来たのです!!」
「……レベル、特典、ですか。」
「この世界の人ならいざ知らず、異世界から来た方への説明役を買って出ているのが何を隠そう!!この私なのですな!!」
「……ええと、その、もう10mくらい離れて喋ってもらいたいのですが。」
「それでですね!!レベル特典というのは普通ならば手に入らないようなお金、物、はたまた!!スキルなどなど、もれなくあなたの手の中に!!というものなんですな!!」
スルーされた。……お金?物?便利そうなことは何となく伝わった。もっとも……うまい話には……
「ああ!!裏なんてないない!!」
「……ですか。」
「そもそもこの特典は、努力に対して差し上げられる対価、うまい話を得るための裏は既に!!努力で賄っているのですぞ!!……まあ、あなたのように、努力も何にもせずに得られる人も居ますがね……」
……嫌味を言っているつもりなのかもしれないが、事実だから仕方ない。……つーん。
「まあまあそれは!!この際いいでしょう!!そんなこと言いに来たわけではないですしねぇ!!では、なんにしますか!?」
……カタログらしき物が私の前に広げられた。パラパラとめくってみる。
……お金。この世界にきて日が浅いが、簡単に稼げないような額だという事は私でも分かる。一生とまではいかなくても、かなりの金額だ。
……物。注釈みたいなものが書いてあるが、どれもこれも凄そうなものばかりだった。……この置物ほしい。
……スキル。……この欄が山ほど書いてある。剣士やら魔術師やら、料理人や探検家など……職業のようなものがずらーっと並んでいる。
「……あの、実はスキルというのが、まだちょっとよく分からないのですが。」
……軽くは知っている。数字が大きい方が要は強い。それに出来ることが多い。……それくらい知っていれば十分。……でもないのだろう。なんだろう料理人って。
「それはいけません、いけませんな!!ではサクッと簡単に!!ご説明しましょう!!スキルというのは、言ってしまえばその人の才能と言えましょう!!向き不向きを大雑把に数字で表しているのが!!スキルです!!例えばですが、風魔法を使える方には風魔法というスキルが備わっており、更にレベルが1~9の間で!!決められています!!1が一番下で、9が最大!!ですな!!」
「……ではこの料理人というのは料理人というスキルなのですか?」
「ああ!!ああ!!それについては少し説明不足でしたね!!料理人というのはスキルではなく称号とでも呼びましょうか!!料理を上手く出来るかどうかに関しては調理というスキルがあるのです。料理人という称号は調理スキルに+3!!するというものなのですよ!!0の人ならば3に!!3の人なら6に!!」
「……スキルと称号はどう違うのですか?」
分ける必要あるのだろうか。
「スキルは、自分も含め、基本的には知ることが!!出来ないのです!!あなたはあなたの!!スキルを知ることが出来ないのですぞ!!……ですが、称号は誰もが認識することが出来る!!というのが違いですな。……例えば、ラナさん。もちろんご存知ですな。彼女もまた!!剣士という称号を持っているのですよ!!」
……知らなかったけれど、誰もが認識できるのではないのだろうか。
「称号を持つものは、体であったり、武器であったり、身に着けている物などのどこかにその称号を示すマークのようなものがあるはずです。ラナさんの場合は、持っている剣にそのマークがあるのですよ!!ただ、そのマークが何を意味しているのか分からなかったら意味ないですけどね!!」
……今度見せてもらおう。ちらりと。
「ではでは!!気を取り直して!!何を選びますか!?とにかく巨額の富!!大冒険の末ようやく手に入るようなレアアイテム!!あるいは新たな才能!!お好きなものを!!あなたの手に!!」
「……保留でいいでしょうか。」
「えー……なんでですか……テンション下がっちゃいますよ……」
声小っちゃい……極端だ。
「シド様に……聞いてみます。」
「はぁ……まあ、そうですねー……じっくり悩みますよねえ……。おーけーです!!それでは!!また新たに決めたいときは私の事を心で呼んでくださいませー!!いつでもあなたの心に!!馳せ参じますぞ!!」
……
勝手に現れて勝手に消えて行ってしまった。どんな世界なのだろう。……というかあの場所はいったい。気が付けばまたベッドの上だった。
……また寝ちゃおう。
……シド様、か。
……なぜ、見ず知らずの出会ったばかりの他人を様を付けて呼んでいるのだろう。
……そして、どうして、こんなにも信頼してしまっているのか……考えることすら面倒くさがった人間の成れの果てが、この主体性のなさなのだろうか。言われたままにただ動く。自分の意志が欠乏している人形のように……
……ラナさん達は人形みたいな存在だなんて言われていたけれど、私からすればよっぽど人間らしい人たちだった。
……眠いかも、しれない……すや……
……
「……寝てんのか。」
シドが訪ねてきたとき、彼女は眠っていた。
「……」
シドは起こさないように椅子に腰かけると、ただ、黙っている。見つめる先は、眠り姫だ。
……シドは彼女の休養中、何かしら理由を付けてやってくる。彼女が起きていれば他愛もない話をしたりちょっかいを出したりする。
眠っているときは、起きるまで待っていた。特に何をするわけでもない。
「……」
彼の心は彼にしか分からない。
自分の心の中を曝け出す事もしない。
自分の心を覗かれるようなことをとにかく嫌う。
人の内面というのは目で見てわかるほど単純なものではない。それは彼に限らない。
誰もがそうだ。等しく、平等だ。
……
「……?」
おや、目を覚ますと、シド様が居た。
「何していたんですか?」
「ん?後5秒で起きなかったらキスしてやろうかと思っていたんだが。」
「……初めてはもう少しむーどを大事にしてほしいのですが……」
「はっはっは。」
笑ってる。……多分冗談で言っているんだろう。本当は何していたんだろう。……寝ている間にあんな事やこんな事。……私にそんなことする人もそうそう居ないだろう……
「ええと、実は、さっきレベル特典というものの説明を受けたのですが。」
「そうか、お前レベル50なのか。」
「多分その様なものだと思います。あの、レベル特典って何かデメリットとかあるのでしょうか?」
「無いんじゃないか?知らんけど。何かもらったのか?」
「いえ……シド様に相談しようかと思って、保留にしてもらってます。」
「そうか、よし分かった。じゃあ俺の願いを叶えろ。」
「……ちなみにどのような?」
「世界中の女の子が俺にメロメロになるようにだ。」
……
「はぁ……いつでも呼んでくれていいとは言ったけれど!!話は聞いていたから先に言っておくけど、そんな特典は!!ないです!!」
……
「……だめらしいです。」
「なんだそりゃ、使えんな……他、何ができるんだ?」
「ええと、お金とか、アイテムとか、スキルとかです。」
「じゃあ世界中の女の子が俺にメロメロになるアイテムを貰え。」
……
「いいかげんに!!しなさい!!恥を知りなさい恥を!!と!!言っておやりなさい!!」
……
「恥を知りなさい恥を、だそうです。」
「くそっ……ちなみにそいつは美人か?」
「いえ、騒がしい男の人です。」
「最悪じゃねえか!!」
「……どうしましょう。」
「知らん、お前の好きにしろ。」
「……分かりました。」
……本来は努力の結果として与えられる物なのだろうに、それを私が軽々しく手に入れてしまうのははっきり言って気が引ける……
「怪我、大丈夫か。」
「はい。大丈夫です。」
「そうか。」
……時々、こんな優しい、暖かい言葉をくれる。この人は、意外と恥ずかしがりやなのかもしれないと思ってきていた。素直じゃないだけなのかもしれない。
「お、そうだ。トランプ持ってきた。やるぞ。」
「……はい。」
……
「……パスです。」
「むむ……パスだ。」
「ではでは私もパスですパスー。」
「ふざけんな!!全員パスなわけねえだろうが!!」
「はいはい、シドさんはもう2パスなので次パスしたら負けですねー。」
……実は私も何枚も止めていた。
「だー!!やめだやめだ!!いい加減にしろ!!」
「なんですかー!!私だって暇じゃないのに、人が多い方がいいからって言うから付き合ってあげたんですよ!」
「暇だろうが。病人だって今は2人しかおらんのだから。」
「シドさん程暇じゃないんですよーだ!」
……そう言えば私のほかにももう一人ベッドで寝ている人がいる。シド様がちょっと前に助けた人らしい。彼女は私より多少怪我がひどいようでまだ動いたりは出来ないようだった。
「ちっ。うるさい女だ。もうあっち行け。」
「最低男ですよほんとに!!ぷんぷん!」
……エナさんは行ってしまった。また私たち二人になる。
「……」
「……?」
シド様が、さっきまでとは打って変わって、すごく、思いつめたような……真剣な顔をしている。
「どうか、したんですか?」
「……70点……いや、80点……」
「?シド様?」
「……俺は、決めた。」
「何をですか?」
「もう、世界中の女の子を俺の物にすると言うのは、やめる。」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「……お前、今めっちゃ驚いた顔してるぞ……」
「……具合悪いのですか?シド様から女の子を取ったらそれこそ自殺行為では……」
ぽか。
「アホ!」
叩かれた。
「違う違う、いいかよく聞け。今まで俺は70点以上の可愛い子全部を俺の物にしようとしていたが、よくよく考えると人数が多すぎる。対して俺の体は一つしかない。悲しい事だ。だからこそ!俺の周りの女の子のレベルを更に引き上げて、更に可愛い子だけを選りすぐる事にした。」
「……さっきの70点や、80点は……」
「これからは80点以上の子を全て俺の物にする。」
「……そうですか。」
……
「ちなみに、ラナさん達は?」
「もちろん俺の物だ。全員80点以上だからな。まあ将来性も加味している。」
……私は?と聞こうと思ったが、悲しくなりそうなのでやめた。
「というわけで、さっさと冒険に出れるようになったら、可愛い女の子探しに行くぞ。ちゃんと準備しておけよ。」
可愛い女の子を探すのにどんな準備をすればいいのだろう……
「んじゃあ、俺はそろそろ行くからな。また気が向いたら来るからな。」
……毎回そう言って、毎日来てくれているのであった。
……
私は、なんなのだろう。
一人になってふと考える。
……シド様と一緒にいて、それで、いつかは死んでいく。
それで、いいのだろうか。
……変わってしまった。死にたい気持ちも、方向性が変わった。
無駄な死ではなく、せめて誰かのための死を望むようになった。
そして、なるだけ苦痛を感じないような死に方を望むようになった。
……それで、本当に、いいのだろうか。
……この世界での出来事は、私にとっては刺激が強すぎるのだ……私が私でなくなりそうになるほどに。




