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シドとシノの大冒険  作者: レイン
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明確なる死と、揺蕩う命

シノは思った。


……死にたい想いは本当。本当のはず。でも……無駄な死は、嫌だと思った。


ここで死んだとしたら、それで得をするのはあの氷結球を放った人だ。


……せめて、自分の大切な人が、幸せになるような死に方を選ぼう。


どきどき……シド様が……あの人がその大切な人なのかどうかはまだ分からないけれど……。


そんな事を思いながら、氷結球を、その身に受けた。


「っ……」


……そして、崩れ落ちる……


「ッ……!……うぉらぁぁぁぁッッッ!」


激昂のシドは一気に立ち上がり我を忘れてコンタストへと向かうッ!!


「……最後の足掻きですかね。」


大した脅威ではない。もうだいぶん弱っているはずなのだ。その力もほんの刹那的なもの。


せいぜい氷結球をぶつけるか、氷結弾で仕留めるか、決める事などその程度……


シドが気付いているかどうかは分からないが、その背後からはロミネが迫っていた。生まれながらに強いられた契約が、彼女をそうさせる。


……前門の虎、後門の狼と言ったところだ。どちらにせよ、ここで終わりだ。


「あなたは私の計画に水を差した……ですが私は敢えて、それを評価します。多くの冒険者がいましたが、私の所までたどり着いた者など居ませんでした。」


最後に讃える。死を目前に控えた相手を、讃える。


「そして、私たちの根城をここまで落とした……なかなか出来る事ではない……あなたは、私が作る偉大な歴史に名を残すべき人物と認めましょう。私はあなたの勇姿を語り継ぎましょう。」


なおもシドは猛進する。その耳にコンタストの言葉など届いてはいない。


「それ故に……華々しい死をあなたに。あの世で誇りなさい。私のッ!氷結弾でッッ!見事に死ねる事をォォォッッッ!!!」


狂気の魔法がその手に宿った時、シドは飛び上がったッ……!力のままにッ!


?まだ剣の届くような距離には遠い。あそこからこっちまで届くとしたらどんなジャンプだ……


「どッッ……らぁぁぁ!!」


誰もいない地面に……シドは渾身の力を込めて剣を振り下ろすッ!叩きつけるッッッッ!


「っく……目くらましの、つもりですか……小賢しい。」


その一撃は足場を叩き割り、衝撃が砂埃を巻き上げる。……だが、視界が全く遮られるようなものではない。


その煙に紛れて、コンタストからすると左側へシドは走る。……その砂塵の中のシドをコンタストは間違いなく捉えていた。そして再度しっかりと狙いをつける。


死に際の策などたかが知れている。悪あがきにしかならない。


……大した事ではないが、その方向には、先に横たわった少女がいる。何を思ってそちらにしたのか知らんが、せっかくだ。隣で死なせてやろう。


「だあァァァァァァァァァァァァッッッッ……」


それは真正面から聞こえるシドの咆哮。


……うるさい……バカほどうるさいものだ。近付くにつれ音量が増す……


だいたい目くらまししているのにわざわざ声で位置を知らせてどうするのか。


……最後の詰めを誤らない為、構える。万が一にも氷結弾を躱されないために。まぁ、あれだけ弱れば剣でも十分ではあるのだが。


後、ほんの数秒程度、その瞬間に氷結弾は放たれる。


……


……


……終わりだッ!


氷結弾ッ!!!


コンタストの思考がその瞬間を弾き出した。


……だがしかし、氷結弾は、存在しない。


何故か、何故か。


思考が体に伝わり、行動を起こす。


そのプロセスにおいて、致命的なエラーが発生したからに他ならない。


そのエラーの名は、激痛。


「うっッッッ……!ぐっッ!グアァァァァあぁぁあッッッ!!」


なにが、何がッ!何がァァァァァァァァ!このトドメの一撃を遮るというのかァァァァッッッッッッ!この痛みはッッッッッ!


……その痛みは、その身が、一太刀に切り裂かれた痛み。


……ロミネの剣によって、与えられたもの。予期などできぬ……絶対服従のはずの彼女からの叛逆たる、斬撃……


「きィィィィ……サマぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


呪いの慟哭。そして、彼の、最期の狂声となった。


その音を発する口へと、一突きに……切っ先を、喰れてやる……


刃はコンタストの喉を刺し貫き……コンタストは喋る権利を。奪われる。


いや、それ以上に……生きる権利を、奪われる。


……コンタストは絶命した。


彼は自らがなぜ死ぬに至るのか分からぬまま生涯を閉じた。


だが、それこそ、その理不尽さこそ戦場というもの。その渦に呑まれた。ただ、それだけなのだ。


……


「……」


自分が刃を突き立てた、それが、命を失ったことを感じる。


……自らの生みの親だったとしても……何の感傷も覚えない。覚えるはずなどない。


その間には何の絆なども存在しなかったのだから。


剣を、自らの元へと引く。


……重力に従うように……憎き相手の骸が転げ落ちる……


「……終わり……ましたか……」


「……やったのか。」


「……はい。死にました。いえ……私が、殺しました。」


「そうか、流石だな。」


「……その……ありがとう、ございます。……あと、大丈夫……ですか?」


「あんな奴の魔法なんて大したことない。はっはっは。」


「……シドさん……」


……ロミネはそのまま泣きつきたいぐらいの気持ちだった。自らを縛り付ける大きなそれをとうとう消し去ることに成功した。それは、解放と呼んで差支えないものだったからだ。


……ただ、まだレーヴァスが残っているかもしれないのだから……ここで気を緩めてはいけない。その気持ちがまだ彼女を気丈で在ろうとさせる。


もっとも、既にそれも為されていることを、誰も知る由はない。


「まだ……気を緩めるには、早いですね……」


「あっちは、トゥリエがなんとかしてる。後一応あのおっさんもいる。だから大丈夫だ。」


「ふふ……そうですね。お父様は、強いですから。トゥリエもああ見えて、戦闘となると妹ながら恐ろしいものですから……」


……シドさん、そして、もう一人の功労者を思い出す。


「……シノさん。シノさんは……大丈夫でしょうか。」


……もうコンタストは倒したのに、こっちへ来てくれない……まだ、床へ倒れたままだった……


……


二人は、青ざめる。何かの、間違いだと。そう願う。最悪の想像を払拭するために、駆け寄る。


「……」


シノは……死んではいなかった。だが、生と死のどちらかに近いとすれば……それは死と、答える方が適当だった。


息遣いも弱々しく……目もどこか虚ろだった。


「……シノさんッ!!しっかり!!」


「……ロミネ……さん。……倒したん……ですね……?よかった……」


力無く、シノは……宿願叶ったロミネへの言葉を、紡ぐ。

 

「シノ……お前、躱し損ねたのか?」


「……」


シドの言葉は、半分、正解だった……


もう半分の意味、シノは、全力で躱さなかった。


躱すよりも受けた方が、より深く、コンタストの注意を引けるであろうという、シノの独断……


「……ごめんなさい。シド様……」


シドは、しゃがみ込み、彼女の体を、抱く……小さい。華奢で、愛おしい、体だ。


「……」


「っ……!シノさん……」


……


力が……入らない。


……疲れちゃった。


痛いのもあるけれど、眠い……


……


……


……


意識が途切れそうになる。だが、その意識は、ほんの少しだけ、繋ぎ止められる。彼の言葉で。


「おい。」


「……はい……」


「……死ぬなよ。」


「……わか……りません。どうなん……でしょう……」


自分自身でも、よく分からない。これが、死というものなのか。それとも違うのか……


「飯だって、まだ作ってないだろうが。死んだら殺すぞ。……だから死ぬな。」


……最後かもしれないのに……胸に一つだけ浮かんだ……


「……シド……様は……私に……生きてて……ほしい……です……か?」


……なんて答えて、くれるかな……虫のいい答えだったら……嬉しいかもしれない……


「……馬鹿なこと聞くな。いいから生きろ。」


「生きてたら……いつか……答え……聞かせてくれます……か?」


「……気が向いたらな。」


……はぐらかされちゃった……ふふ……そっか……なら……もう少しだけ……


「……約束、ですからね……」


……そう言って、シノの意識は、途切れる。


その瞬間、彼女は、ほんの少しだけだが、この世界で初めて、シドの目の前で初めて、笑顔を見せた。本当に薄らとした笑顔。


……


「シノさんッ!!シノさんッッ!!!」


「……大丈夫だ。」


「……でも……」


「大丈夫だ。こんな事で死ぬわけがない。はっはっは。」


……乾いた、作り笑い。誰が見ても、明らかだった。


「……よっと。」


体を抱きかかえ、自らの背に乗せる。……柔らかい感触はあんまり無い。


……だが、心の鼓動は、まだ、聞こえる。


生きようとする意志。そんな風に感じる。


「行くぞ、トゥリエのところへ。」


「……分かりました。」


……もしも、まだ生死の境を彷徨っているのだとしたら……お父様なら……


ロミネは先導する。……父がいるであろうその場所へ。


……


……


……


……呪術士が死ねば呪いは解ける。その効果が既に表れていた。いつ見ても苦しんでいた表情が、とても穏やかになっていた。


レーヴァスは、死んだ。そして恐らくは、コンタストが、リーダーだったのだろう。そう、感じた。


ようやく安寧を得た娘たちと、幸せを噛みしめるのは、もう少し後の話だ。その部屋を後にする。


「おとーさまーーーーーーー!!」


「……大丈夫か。」


「だいじょーーーーーーーーーーーーーぶ!!!」


元気に答える。……寝そべりながら。立ち上がれないのだ。彼女もまた、ボロボロになりながら戦ってくれた。


「ふっ……ふふふふ…」


あんまりにも能天気な声に、笑いが、こぼれる。


「おとーさまーーーーーーーーーーわらってくれたーーーー!」


……それはトゥリエが初めて見たかもしれない。大好きな父の心からの笑顔だった。


「……ありがとう。こんなになるまで戦ってくれて。」


「だいじょーーーーーーーーーーーーーぶ!!!」


「……」


言葉ではなく、撫でてあげたい、気分だった。今だけは……本当の娘のように……


……


「少し、待っていてくれるか。」


「うん!まってるーーーーーーーーーーー!」


彼らの方へ向かわねば。


……と、思ったが、その必要が無くなった。


通路から二人分の人影が見えてきたのだ。


「……おや、二人……?」


三人でなくてはおかしかった。……いや、三人だった。その背に見えた一人を加えて三人だ。


「お父様!」


ロミネが駆け寄る。


「……やったのか。」


「……はい。」


「そうか……」


その表情は、何を思うのか……


「……よく……やってくれたな……」


優しい、笑顔で、そう伝える。


「……はいっ……」


永きに渡る。この屋敷の呪縛が、遂に、解かれたのだ。


……しかし、恩人である彼の背に背負われた彼女へ考えが移る。


「……」


意識を失っているようだ。……嫌な感じがする。


「お父様……シノさんが……」


「よし、これで、全部倒したんだな。じゃあ、俺はこいつといっしょに帰るからな。」


「……シノさんは、大丈夫、なのか?」


……自分たちは助かったが……代わりに、大切な恩人を死なせるなんて事があったら、それはあまりにも不義理だ…


「当たり前だろうが。俺の背中で心地好さそうに寝てる。」


……どう見てもそうは見えなかった。


実際、シドは背中越しに感じていた……心を刻む音が……少し弱くなっている事を……いち早く、地上へ戻らなくてはならないと。さっさとエナに診せなければ……


「……少し、いいだろうか。」


「……あ?用は済んだろ?」


「……」


背負われたシノへ近付く。……専門家ではないが、生き死にに関わりそうな状態に見えた。


「っッ……!!!」


自らの手を、シノへと翳し、魔力を放つ。


……


「……用は済んだか?」


「……ああ……大丈夫だ……」


「……じゃあな。」


「……また……来てくれ……シノさんといっしょに……」


「……」


シドとは、階段を登っていった。……やがて見えなくなった。


そして、当主は、倒れる。


「お父様……」


「心配ない……魔力が空になっただけだ。」


シノへ、自分の魔力を全て放った……生命力と変換して。


だが、その効果は極々微々たるものだ…回復魔法レベル1…とにかく効率の悪い魔法。魔力を多大に消費して、ほんの少しだけ、死から彼女を遠ざける程度の効果しかない…


だがそれでも、やらずにはいられなかった。


出来る事ならば…この命すら魔力として解き放ちたいくらいだった。


……もし、彼女の命を犠牲に、自分たちの幸せを手に入れたのだとしたら…私は、本当に、最低の男だ……


彼女の無事を願わずには、いられなかった。


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