その身の呪い
……コンタストは、敵を追いかけながらも思考していた……
なぜ、肉片人形が命令を受け付けないのか。
肉片人形は呪術の徒の命令を無視することは出来ない。なんでもするはずなのだ。
一応あの当主の命令も聞きはするが、優先順位は我々の下だ。
相反するような命令が下された場合は呪術の徒の命令が優先される……
……逆に、どんな状況ならば、命令を無視できる……
「……氷結球、氷結、氷結球、氷結球。」
手当たり次第氷魔法を打ちまくる……
時には間合いを詰めてサーベルで戦う……
だがそれは敵を倒すための糸口を探すための手段……
戦いの中から情報を探し出す……おかしな部分……何かあるはずなのだ……
……
……?喋らなさ……過ぎる?……違和感……?小さな違和感だった。
男とその仲間の小さい娘は漫才のようなやり取りをしながら逃げているが、肉片人形は会話に参加していない……掛け声などは発したりするが……あまりにも喋らなさすぎる……
もう一つ……
……?反応が、鈍い……?
自分の方が強いのだから相手を圧倒できるのは当然の事なのだが……そういうところとは少し違う違和感……
……音の情報に対して鈍いのだ……
小さい娘は男から発せられる避けろという合図などを頼りに魔法を躱したり、剣を躱したりする。それが普通だ。音の情報量は戦闘においてかなりのアドバンテージを占める。
足音一つ取ってももそうだ。音の大きさ小ささで距離を測るのもそうだ……
だが、どうもあの肉片人形はそういうわけでなく、全てを見ることで判断しているように感じる……
「ふ……ふふふふふ……」
……流石に笑みがこぼれる……ああ、なるほど、なんて単純でバカバカしい……なるほどなるほど……
なんとも子供だましな……そんなやり方に引っかかってしまったのも恥ずかしい……
……
……コンタストは魔法攻撃を止め、ロミネに狙いをつけて接近する。
「ッ……くっ!!!」
サーベルの一撃を剣で受けるが……コンタストはひらりとそれをいなすやいなや、素早くロミネの背後に周り、首を絞めるッ……
「ぐあッ……!くぅ……」
「人質のつもりかよ。悪党のやりそうなことだぜ。」
「……分かってるでしょう。私がその気になれば、人質なんて使わなくてもあなたなんて一捻りだと……」
一人で近距離と遠距離を備えたコンタストは呪術士としても戦士としても魔術師としても恐るべきものであったのは間違いなかった。
「……まあ、でも、私の狙いは、こっちですけどねぇ?」
にやりと笑うと、コンタストは、ロミネの耳へと手を伸ばす。
「あ……」
流石にシノもまずいと思ったが……かといってどうにもならない。
「動くな。」
「……ッ……!は……い……分かりました……」
「げ……ヤバい……」
……マジックの種はとうとう暴かれた。
「どうやら、元に戻ったようですね。はぁ……耳栓ですか……確かにこれなら命令を無視できるでしょうね……何という事だ……今度から相手の耳にもしっかり注意しなくてはいけませんね。」
「ばれちゃいました……」
「……こんな耳栓一つで、私たちの組織はまーたやり直しですよ……なんてことでしょう。」
「……ふん……」
「ですがまあ、これもまた課題として次に繋げればいいことです。逆に良かったかもしれませんね。あなた達のような相手の時に弱点が発覚したのですから。これが僅差で争うような戦いだったなら致命的だったでしょう……よかったよかった。」
……計画自体はだいぶ後退したものの、それ自体が頓挫するような事態とは全く思っていない。
「次なんてものがある奴のセリフだろうがそれは。てめえに次なんてねえ。」
「……はぁ……こんな状況でどうしてそんなこと言えますかねえ……減らない口が無くなってしまいますよ?」
さっきまでどうにか逃げるのが精いっぱいだったものを、ロミネが無効化され、敵側となったなら。まともにぶつかったところで結果は知れている。
「私の野望、たとえそれが絶えるとしても、それはこんなショボい場所でない。」
誰も聞いていないのにも関わらずコンタストは一人語り始める。自らの夢の終着点を。
「私の力、呪い、魔力、剣技、どれも簡単には持ちえぬもの。それをすべて私が与えられたのは、何かをなすべき人間だったから。与えられたものは、それだけのことをしなければならない。私でなくてはできないことを。」
「それが他人を呪うことかよ。ただのみみっちい奴じゃねえか。」
「……そんなものは、通過点も通過点、最後に至るまでの手段の一つなのですよ。私が、人類の一番上に立つための、ね。」
「あの、一番上に立って、どうするのですか?」
「……?」
「一番上に立ったら、あなたは、何をするのですか?」
……唐突に少女からの質問が飛んでくる。返してほしい答えがあるわけじゃない。本当に単純に、何をしたいのか、聞いてみたかった。
「何を?……あなたはこの世界の現状について、どう考えたことがありますか?」
「……現状……」
「我々人間は、数百年に渡り今、安寧の日々を送っている。ですが、そんな幸せ、しょせん与えられているものだと気付かなくてはならないのですよ。」
「私は……数日前この世界に来たばかりなので……よく分からないのですが……」
「おお、なんとなんと、そうでしたか。ようこそこの世界へ、満足してますか?」
「……」
満足なんて……
「人類が快適な生活を送ることができるのは、永久的なものではないのですよ。それはこの世界の多くの者が知っていることです。そこのあなただって知っているでしょう。魔を統べる皇、オド。その存在を。」
「知らん。」
「……あなた、異世界人ですか?」
「違うわ。」
「……まあ、知らないならそれで結構です。とにかく!そのオドの心持次第で、我々人間の行く末は決められてしまうのですよ。そんなことが許せますか!?」
……正直、私の頭では、言っていることはほとんど理解できていない……
でも……
「……あなたが何かやろうとしているのだとしても、こんなやり方で、いいんでしょうか……?」
「人類の未来のために!私は行動しているのです!この類稀なる力で!」
「……なら、表立って、自分が率先して、皆を変えていくべきではないのですか……?」
「……あなたは、まだまだ世間というものがわかっていない。世間知らずなお嬢さんだ。……この世界なんて、もう誰かの都合の良い世界になってしまっているのですよ。表からそれを変えようとしても、もみ消されておしまいです。」
「……そのために、この屋敷の人たちを苦しめても、いいんですか……?」
「当然です。人類のためなのですから。この先のことを思えば、私のあらゆる行動は許されてしかるべきです。人類の英雄として。」
「……そうですか……」
「たとえ私が心半ばで力尽きるとしても、私の名は後世へと語り継がれることでしょう。世界を救おうとした英雄として……もっとも、その頃の人類は無残な生き方を強いられているのでしょうけれどね……」
……どうやら、本気で、思っているようだ。
「私の死ぬ場所は、こんなところではない。歴史に名を残すような戦場で華々しく散る。そんな最後ならば……私に相応しいでしょうね。」
……こんな自分勝手なことを。
語るだけ語ったら一人で悦に入ってしまっているようだった。
「……キモいぞこいつ……」
「どうしましょう、シド様……」
「殺すか。」
私たちの意見はまとまった。というより改めて固くまとまった。
「仕方ありませんね……じゃあ、戦いましょうかね。もっともさっきとは違って、こちらは2人になりますが……」
「はっ、これでちょうどいいぐらいだぜ。」
「……勇ましいですねぇ……」
……もはや命令を聞かなくてはならなくなったロミネに、改めて命令を下す……
「いいですか、あの男を、殺しなさい。」
「……っく……わ、分かりました……」
……もはや自分の意志など関係ない。命令に従う、ただそれだけなのだ。
「……やっあああ!!!」
「シド様っ……」
「おおっ……らぁあああ!!!」
……再び剣と剣が重なり鍔競り合いが始まった……だが今回は……
「ふっふっふ、氷結球。」
「っ……うぉあッ!!!」
「くぅッ……」
「おっと、肉片人形にも当たってしまいましたね。大丈夫でしたか?……まあ、壊れたらまた、作り直してあげますよ、もっともっと従順に、ね。」
……コンタストにとって、ロミネは道具でしかない……いずれは代用品がいくらでも作れるようになるのだからそこまで大事にする必要もなかった。2人まとめて倒してしまっても支障はほとんどない……
「氷結球……っくっくっく。氷結球……」
「っぐ……ちくしょぉらああああッ!!!」
二人倒れているところに追撃を加えるが、シドはどうにか起き上がり回避する。残るロミネだけにその魔法は放たれた……
「……っく……あぁぁっ……ぐぅぅぅッ!!!」
「あーあ……まったく避けないからそういうことになるんですよ……ふっふっふ……次はしっかり避けなさい。いいですね?」
「……っく。は、はい。分かりました……」
新たな命令……一つ一つ自らの思い、行動、全てを縛られていく……しょせんその身は、操り人形なのだ……
「……やぁ……ッッッ!!!!」
その身が傷付こうとも、意志に関係なく、戦う。戦わなくてはならないのだ……
「……おらぁぁぁ!!おらおらッ!!!!」
再び剣の乱舞。幾度も幾度も交差する。それが二人だけのものだったなら、あるいは惚れ惚れするような戦いだったのかもしれない。だがそのに再び水を差される。
「氷結、氷結、氷結、氷結、氷結球!!!!」
「!?……くそ、連発してきやがって……!!」
……交わす隙間がなかった……雨あられと呼ぶに相応しかった……
「ッ……!?」
ロミネは一瞬硬直し……再び行動するが……もはやその身に魔法を受けることを防ぐことはできない……
「っぐあああああああッッ!!!」
「っくッ……はッ……あ……ッ!!!」
再び魔法は二人を直撃する。質より量を優先した攻撃だったがダメージは蓄積する……
シドは……起き上がれない……ロミネは……起き上がろうとはするのだが、流石にすぐ起き上がれるほどのダメージではない。
その姿にコンタストは気を良くする。
「ふっふっふ……どうしました。私はまだトドメの一撃を残しているのですよ?もう終わりにしますか?あなたの冒険を。」
……彼に付け入る隙の一つ、彼の切り札にして、彼の弱点でもある氷結弾。
彼が使用する氷魔法の中では最強の力を博す。一度直撃するだけでも立ち上がれないほどのダメージを与える事も可能な物だが、無鉄砲に連発する事は……出来ない。
それは彼の氷魔法レベルに起因する。コンタストの氷魔法レベルは4。
氷結や氷結球ならばかなりの数を放つことが出来るが氷結弾となると、一度の戦いでは3〜5発がリミット。限界まで使い切れば他の魔法も使用不能になる。
トドメとしては申し分ないが、敵を弱らせるにはそれなりのリスクがあるため軽々には使えない。
……こんな弱ってしまった状況でそんな事を語っても仕方ない。今氷結弾を放てばそれを躱す事は厳しいだろう。
「ぐっ……ぐぐぐ……」
シドもどうにか起き上がろうとするが、魔法の直撃をくらい続けたダメージはなかなかそれをさせてはくれない。
「……」
シノは見ている。見ているしか出来ない……
「つつつ……」
「……ふう、お嬢さん、何をしているのかな?」
「ええと、横移動を少し……」
……コンタストはもちろん気付いていた。シノが少しずつちまちま動いていた事を。
向きを変えて、視線をそちらに移す。
どうせ戦う力もないのだから、男を殺した後に始末しようと軽く考えていた。それで正しい。
……まぁ、先に殺しても良かった。いや、殺すか。
「そうですか、じゃあ……先に死にますか?」
「……」
「て…てめぇ…ふざけた事をッ……」
怒りに震えるシドだが…それでもまだ立ち上がれない……体がまだ、動かない。
「選んでいいですよ。彼より先に死ぬか……彼より後に死ぬか……」
……そんな質問……答えなんて決まってる。
私を殺すための時間だけ、シド様が長生きできる。
逆を選んだなら、シド様が死ぬまでの時間、私は生きられる。
「先に、死にたいです。」
「……くっくっく……実に……献身的な答えだ。とてもそこまで大切に思えるような男には、見えませんがね?」
……戦闘能力に乏しい彼女なら氷結弾で間違いなく致命傷……だが……氷結球でも十分だ。
「では……望み通りに……してあげましょうッッッ!!
「や…やめろッ……!」
「氷結球ッ!」
……その一撃はまっすぐシノを目指す。




