戦いの四
「あふぅあふぅ……」
鳴かないもん。私は鳴かないもん……
「ぐすんぐすん……」
……泣かないもん。私は……泣かないんだもん……
「ふあぁぁ……ふあぁぁ……」
……そんな私だって時には泣いちゃうよ……ぐすぐす……
「おやおやシノちゃんどうしたんだい、何やら可愛らしい子が居るって連絡があったよー?」
「ジハードさん……」
ここはヤシャマ帝国だからジハードさんが居るのは当たり前。だからこんな風に私なんかに声をかけてくれる……その優しさに私は泣き顔を見せてしまう。
「何かあったなら話ぐらい聞くよ?もし僕に力があれば力になるよ?」
「……実は私……ジャスティナさんの弟子になってまだ日も浅い身ながら……ジャスティナさんを怒らせてしまいました……」
「わぉ。」
……これはいわゆる、破門という奴では無いかと思う。そもそもの事の発端は私の大ミスが全てだった。言わなくても良い事をつい言ってしまってボロを出してしまうという私らしい失態。
……
「ちゃんとしっかり朝ご飯を食べて今日の支度を整えましたわね。」
「はい、小さな背丈で可愛らしいジャスティナさんの一番弟子の私は今日も元気です。」
「……?シノ……もしやするとあなた……私の手紙を、読みましたか?」
「え?」
「……(ジロリ)」
「よ、読んでませんよ。引き出しに入っていた手紙なんて読んでません……」
「……読みましたわね?」
「……う……す、すみません……この間探し物をしていた時につい目に入ってしまってちょっとだけ……」
「……」
「……て、てれてれ……」
「……はぁ、私はガッカリですわ。あなたが私にそんな隠し事をする人だったなんて……」
「!」
溜息の後、ジャスティナさんは確かに大きく落胆した顔をした。
「確かに私の部屋はある程度自由に使ってくれて構わないとは言いましたが……それでも、人の手紙を覗きみるのは……マナー違反ですわ。」
「す、すみません……」
「私はあなたに戦い方だけではなく、礼儀作法や人の心得も教えていたつもりでしたのに……どうやらそちらはあまり成果が出ていなかったようですわね……」
読んでしまった私が悪いので何も言い返す言葉も無い……言われて当然の事を私はひたすらに聞き続ける。
「もしかして私……破門ですか……?」
「……そうされても、文句は言えませんわね。」
「(ガーン……)」
まだ数日しか経ってないのに……
「……ですが、何はともあれ既にあなたへの訓練は始まっています。一度始めた事を途中で辞めるのは私としても嫌ですわ。」
「と、言いますと……?」
「30日間しっかり教えるというのは続けましょう。けれど、今日の私から教える事は何もありませんわ。今日一日分の私からの訓練は無しとします。」
「そ、そんな……」
大切な30日の中の1日……それを何一つ無意味にしてしまうだけの罰が私に与えられた……ジャスティナさんに教えてもらう事が出来なかったなら私がただ単に一人で訓練しているだけでしか無く、それだったらヤシャマでわざわざやる事ではない。
せっかくの機会を私は自身で台無しにしてしまったのだった……
「(口は禍いの元だよぅ……)」
……
「というような事がありまして……」
「あぁなるほどねー。彼女の手紙をついつい読んじゃったわけかー。まぁ気持ちは分からないでもないけど、それをついつい正直に言っちゃうところがシノちゃんらしいねー。」
そういう抜けたところが私らしさではあるが……決して良いものでも無いと自覚している……こんな風な結果を悔やむぐらいなら手紙を読まないという勇気を持つべきだったのに……
「嫌われて当然の事をしてしまいました……だからもうジャスティナさんから稽古をつけてもらえなくなってしまったかもしれません……」
「だからここでさめざめ泣いていたと。」
「……ぐすぐす……」
仮に訓練だけが継続しても、私だったら嫌いな相手に親身になって教えようとしないかもしれない……そう思うと……もうまともな訓練を受ける事だって出来ないのかも……身から出た錆とはこの事だとしても……私ったらなんてバカな真似をしてしまったんだろう……あの時の私に見てはダメだと言ってあげたい……
「……やれやれ、ここは訓練場だって言うのに、こんな可愛らしく泣いてる子が居たら些か困っちゃうなー。将軍の一人として、この場所を適切状態に管理するのも仕事の内なんだよ。」
「すみません……すぐ荷物をまとめてヤシャマから出て行きます……そしてもう二度と現れません……さようなら……」
あぁ、短い滞在だった……ヤシャマの地を後にする……
「こらこらシノちゃん、その程度で諦めちゃうぐらいの気持ちだったのかい?君が強くなりたいって言ったのは。」
「……諦めたくなんてありません。本当は諦めてません……だけど……ジャスティナさんに教えてもらえない私だけのままだったら……いくら時間をかけたって全然強くなれないんです……」
帰ろうとする足に当然ストップをかける。でも現実問題は私の言った通り、私だけの努力で強くなれるならそもそも誰かに教えてもらう必要など無い。
「もうちょっと、ひろーく周りを見渡してみるのも良いんじゃないかなー?確かに今日は彼女から稽古をつけてもらえないかも知れない。でもその代わりに、他の誰かから教えてもらうってのも選択肢に無いかい?」
「他の誰か……」
……誰だろう……そんな私の訓練に付き合ってくれる奇特な人なんてどこにも……
「君の目には僕は映って無いのかい?」
「……ジハードさん……」
忙しそうな人なのに、私に付き合わせていいはずも無いのだが……どうもその目は自分を選んで欲しいと言っているようだった。
「忙しいってのならそもそも彼女だって同じだろう?だけどそれを承知の上で君も弟子入りを志願した師、彼女だって受け入れた。1日ぐらい彼女の代わりを僕が務めるのもそんなに大変な事じゃないさ。そして……そんな彼女から、今日は伝言を預かってるよ。」
「……ジャスティナさんから……?」
……
「今日は私は何も教えませんが、その代わりと言っては何ですがジハード様より学びなさい。私とは違う相手との手合わせ、私よりも優れた方と1日を過ごす事で私が教えるよりも更に上があるのだと今日は知りなさい。あなたはもう次のステップを見越して動く時期です。しっかりと目指すべき目標を見据えて、その地点まで辿り着ける努力をしなさい。」
……
「ってさ。」
……何と、ジハードさんが来てくれたのは通りがかったからでは無く、ジャスティナさんが私の為にとお願いしてくれていたのだと知る。
「そ、それじゃあジャスティナさん……私の事嫌いになったわけじゃ……」
「無い無い。それくらいで目くじら立てて一度引き受けた弟子入りの話を放り投げたりしないよ彼女は。そうじゃないと多くの人の上に立って指揮するなんて出来ないさ。将軍に限らず、人の上に立つ人は皆寛容だよ。ま、すぐ分かるような場所に置いていた自分も悪かったって言ってたしね。ただ、一応反省の意味を込めて今日だけはって決めたらしいよ。」
……それを聞いて心からホッとした……そしてジャスティナさんの優しさとジハードさんの優しさにようやく救われる。
「部屋に帰ったら彼女に一言言っておくといいよ。それできっといつも通りに戻れるからさ。」
「……ちゃんと謝ります。ちゃんと心から……」
「それで十分さ。さて、ついつい導入に長々時間を割いちゃったねー。それじゃ、訓練、やろっか。」
「は、はい。よろしくお願いします!」
気落ちしていた心に喝を入れて背筋を伸ばしてしゃんとする。今日の訓練は、まさかのジハードさんが相手……
「いつもアレだよねー?体を動かしてからだっけー?」
「そ、そうです。」
「そしたらいつも通りやってるように見せてもらおうかなー。何か気が付いた所があればちょこっと口出ししてみるよ。」
「お願いします。」
見られ慣れないジハードさんの前で私は教わって来たように体をほぐし、やがて自己鍛錬を始める。
「よいしょ……よいしょ……」
「様になってるねー、流石彼女直々に教わってるだけある。フォームも綺麗だ。彼女のそれと段々似て来たんじゃないかなー。」
私の太刀筋が、ジャスティナさんに似てきている……そうかもしれない。
「てれてれ。」
「まぁでも、それが必ずしも良いというわけじゃないかもしれないけどねー。彼女は自分のコピーを作ろうとしてるわけじゃないはず……一つの攻め方に拘るんじゃなく、これまでのシノちゃんの戦い方にプラスさせようとしているんだとすれば……前の自分の戦い方も忘れるべきじゃない。」
「前の私の戦い方……」
「一人の人間が複数の戦い方を出来るって事は、相手からしたら複数人を相手しているのと間接的に同じ事だよ。実際の戦力としてはそう開きが無くとも、精神的な意味では優位に立てるかもねー。」
……私に限らず、誰もが相手と戦う時はまず相手の出方を読んで、それに対応するよう動く。だけどそれが不規則だったら……それは、一人で2、3人を相手しているようなものと同じ事……
「……シド様です。」
思い出す。シド様の戦い方はいつも行き当たりばったりな乱暴なものに見えて……だが何度もそれを見ていくと分かる。実際は計算されたうえでの一つの戦術なのだと。だってちゃんとセオリー通りに戦う時はそうしている。勢い任せに見える時は、それでも問題無く勝てると踏んでいる時……
「昔からそうだったねー。傍から見てると簡単に読めそうなのに、いざ対峙してみるとどうしても対応が後手に回っちゃうんだよ。おかげで僕は一度も勝つ事が出来なかった。」
「ジハードさんが一度もですか……?」
「そもそもシドは僕とあまり戦ってはくれなかったけどね。面倒だからって。」
言いそうではあるけど、意外かもしれない。少なくとも私が見て来た時にはジハードさんはシド様をかなり追い込んでいた。いや……こういう言い方をするとシド様を怒らせちゃうかもしれないが……ジハードさんが見逃してくれたり偶然が重なったりでたまたま難を逃れただけで……2、3度私達は敗北している。シド様と互角かそれ以上の手強さを誇っていたのがジハードさんだったというイメージ……
「でもあの頃は楽しかったな。無論今も楽しいけど、何も知らなかったからこそ、何もかもが眩しくて新鮮だった。同年代の友人と一緒に旅をしたあの経験が今の僕を作ってくれているんだ。」
「想い出……ですか。」
「うん、そうだね。あの日々の事、僕は忘れないよ。」
大切そうに胸にしまっている気持ち……シド様もあまり多くを語ろうとはしないけど、きっと、今のジハードさんと同じように大切なものなのだろう。
「……その、オルテナさんも……一緒だったんですよね。」
「……途中で、別れちゃったけどね。というか、僕が一方的に別れを切り出しちゃったんだ。あ、別れるってそういう関係じゃないよ?」
「それは何となく聞いてます……」
他でも無い、オルテナさんから……
「……後悔してないって言ったら、それは嘘だね。僕は今の力を手にする為に……大切だった二人の友達を見捨ててしまった……恨まれてるだろうね。だからもう、出来るだけ顔は見せたくないんだ。二人にとって僕の存在はきっと……良い想い出じゃないだろうからさ……」
「そんな事……無いと思います。」
私がオルテナさんから聞いた限りでは、少なくとも恨みや怒りどころか……むしろ罪悪感を感じてすら居たように思えた。そして同時に……憧れのような気持ちも。
「……きっと私とシド様はいつかオルテナさんと会うと思います。冒険者だから……同じ空の下で。」
「……そうだね。そんな日も来るかもしれない。」
「その時はジハードさんも一緒に話しましょう。オルテナさん絶対絶対、ジハードさんと会いたいって思ってます。」
「……それは、都合の良い想像だね。でも、もしそうだったらどれだけ嬉しい事か。」
「ジハードさんにとって、オルテナさんは大事な人だったんですよね。だったらその気持ち……伝わってたはずです。」
「……何か力になれる事があったら、僕は迷わず彼女の為に戦うよ。僕はその為に……無力で無いために今日まで努力してきた。まだ幼くて大切な人を救う事も出来ずに流れに身を委ねてしまうような僕じゃないために……そして、シドのように自分のやりたい事を全力でやれるように……シドは、僕が超えるべき目標さ。」
……そんな真摯な想いがあった事を言葉でようやく知り、やはりあの戦いはあってはならなかったのだと悟る。
こんなにも想いあってる二人が戦い合うなんて……やっぱりどうかしている。
戦争なんて……やっぱりダメだ。
そんな状況になってしまったが故に、二人は分かり合っていたにもかかわらず、命を取り合う事になってしまったのだから……
「……私、頑張ります。色んな事、頑張ります。」
強くなる事もそうだけど、叶えたい未来の為に頑張る事も。
「シノちゃんなら、出来るかもね。諦めない気持ちを忘れちゃダメだよ。さ、それじゃあ訓練続けよっか。あんまりサボってると本当に彼女に破門にされちゃうよ?ひょっとしたら物陰からしっかり見ててくれたりして。」
「!そ、それは困ります……破門なんて嫌です……」
「あはは。」
からから小気味良く笑って空気も弛緩した所で、そこからジハードさんといつもの10戦勝負を執り行った。
結果は……脆くも惨敗だった……
当のジハードさんはまだまだ余裕綽々というような感じで、まさしくジャスティナさんの思惑通り、私は上には上が居る事を思い知ったのだった。




