物理的な悪魔祓い
「……」
こんな夜更けに屋敷の中に見知らぬ人間が居るとしたら、それは、侵入者に他ならない。
……いや、一度見ている。令嬢と親しげにしていた冒険者二人。
「話が……違うぞ。地下に居るはずだろう?どうやって出てきた。」
「……話すとそれはそれは長くなってしまうのですが……」
「ふっッ!!!!!」
シドはシノの言葉などお構いなしに相手に飛び掛かる。流石に距離があったせいかその攻撃は躱された。
「……」
そして背を見せ逃亡する。だが、その目的は身の安全を確保するにとどまらず。逃げながら敵の侵入を知らせに屋敷を周る。
何の手違いがあったのかわからないが、数で圧倒すれば対抗できない敵などいない。こちらは強者ぞろいなのだから。
「……それにしても、奴らはバカなのか?何しに戻ってくる必要があるのか……あわよくば逃げ出せたならそのまま逃げおおせてしまえばいいものを……まぁ……どうでもいいか。」
下等な冒険者の考えなど理解する必要なし。物言わぬ骸へと還るのだ。その人物はそう考えた。
……
時を置かずして、屋敷内に存在する呪術の徒の耳に侵入者の知らせが入る。夜中という事で面倒ではあったが、戦闘の手練れにそんなものは問題ではない。いつ何時でも最高のコンディションを。
むろん、レーヴァスの耳にも届く。指揮系統はレーヴァスの担当だった。荒事を片付けるのは構成員の役目だ。とりあえず10~20人程度で適当に出迎えてやれ、と指示を出す。適当でよかった。
問題はそんな事ではない。すぐさまベレストラン・ヤマを自分の部屋に呼びつける。ロミネも同伴で。
「……睡眠を妨げられるのは好きじゃないよなぁ。」
「……侵入者、と聞いてはいるが……一体どこの輩なのだ?」
「おい。てめえ、始末した……って言ったよな?言ったよなぁ!!??」
「……何?……まさか……あいつらが!?」
驚いてはいるが、レーヴァスは疑っている。目の前の男が、嘘をついたと。即ち裏切ったと……
「白々しいんじゃねえか?てめえがあいつ等を逃がしたんじゃねえのか!?地下の扉の結界だってどうやって突破したってんだよ!!!???てめえの手引きがなくちゃあいつらがここにいるわけねえだろうがよおおぉ!!?」
「……ありえん……信じてほしい。私は誓ってもいい。やつらを絶対にこの手で倒した。そして扉の魔法だって解除などしていない。本当だ……」
……言葉なんて、感情なんていくらだって作れる。レーヴァスは信用などしない。
だからこそ、ロミネを連れてこさせた。嘘などつけない。全てを話すしかない。
「……おい、本当に奴らを倒したんだろうな?間違いないんだろうなあ!?」
「…………はい、もちろんです。…………間違いありません。」
……驚いてるんだか、躊躇ってるんだか知らねえが……嘘じゃないって事か……
「ちっ……じゃあなんだってんだよ……」
……合点がいかないことが起こっているのは確かだった。そんなところに思ってもいない意外なことを発言する者がいた。
「……やつらは、私に、やらせてはもらえないだろうか……」
「あ?」
こういう事に自発的なのは初めての事だった。明らかに嫌々ながらやっているのはこれまで見て取れた。それはそれで楽しかったが、こういうアプローチは珍しい。
「あいつは……私の娘に……手を出そうとしたのだッ……忌々しい……娘たちが少しでも元気になるためならと生かしておいたが……こうなってしまったら……やつを殺す……殺さずにはいられないッ!!!」
「へえ……」
それはほんの少しの嬉しい感情。レーヴァスは、相手に自分と同じ匂いを感じた。殺すことを快楽と感じるものが発するもの。
「(……まあ、従順になるんならそれはそれで悪くねえかもしれねえな……何より、本当に殺せたなら、奴の俺たちへの忠誠心が高まった証にもなる……ックックック……)」
「……おもしれえ。とうとうてめえがそんな事言いだすようになったか。ま、俺は嬉しいぜえ?これからもそうやって従順でいれば、娘の苦しみだって和らぐかもしれないしなぁ?」
「……初めからこうしていればよかったのだろうか……」
「へっ……ま、仲良くやれるよう頑張ってもらおうかね。とりあえずあいつらの元に10人ちょっと向かってるはずだ。そいつらと合流しろ。」
「……分かった。」
「……ま、これまでの事で散々骨身にしみただろうから言っとくが……もし、もし、てめえが裏切ったなら……ぜーんぶ、終わりだからな?」
「もちろんだ。心得ている……私にとって娘の命は何よりも大切だ。」
「(……ほぼ信用してもいい……嘘の気配は正直薄い。憎くもないやつをここまで憎むのはまあ無理だ。よっぽどあの冒険者は逆鱗に触れるようなことでもしたのかね……)」
「おい、もしこいつが、裏切ったら。奴ら諸共、こいつを殺せ。いいな。これは、あらゆる命令より優先される。」
「…………はい、必ずや。」
「(……万が一の保険もこれでOKか。いいじゃねえか。事が順調に運んでるじゃねえか……)」
「おし……期待してるぜ……さあやつらを殺ってこいよ。」
「……殺す……あいつらを殺すッ!!!いくぞッ!!」
「…………はい、お父様。」
余裕で二人を見届けるその姿は自信に溢れていた。
「……勇ましく出ていったもんだ。頼もしい限りだぜぇ……しっかし残りの二体はどうして来ねえんだ……探してここに連れて来いって言ったのによ……」
……
「ッ……らぁぁああ!!!」
「……」
「邪魔すんじゃねえ!!!」
「……」
シドは集団と大立ち回りを繰り広げていた。……些か押され気味で。人数の差を埋めることはそうそう出来ぬ。敵は入れ代わり立ち代わり、代わる代わるといったような状態だが、シノは戦力にはならないためシドは1人で応戦し続ける。それ即ちジリ貧状態だった……
「……ち……こいつらちょこまかしやがる……」
「……」
何も全力で敵とぶつかりあうだけが戦いではない。こちらは数が多いのだから数で翻弄し敵の消耗を狙い弱ったところを数で潰せばいい。こんなもの兵法の初歩の初歩だ。目の前のイノシシ侍など相手ではなかった。
「シド様……」
「ええい、黙ってみてろ!こんな奴ら一ひねりだ……おららあぁぁぁぁ!!!」
「……」
それに加えてシドに不利なのは、やはりシノの存在だった。2人のうちどちらが殺しやすいかと言われればもちろんシノだ。つまり2人のうちどちらかでも狙えるような状況を作ってしまえばたちまちシノはターゲットにされるだろう。
それを避けるための苦肉の策として、敢えて突き当りの通路でシドは戦っている。
そうすれば自分がやられない限りはシノへの攻撃が及ぶことはない。シノへの道は自らの体で塞いでいる。
……だが、だからどうしたという話だ。そのポジションをキープするためにはそこから動くことは出来ない。持久戦になればなるほど不利なのはシドだ。
……この戦いは、もう消化試合と化している。あっさり死ぬか、じわりじわり死ぬか……
どうせなら奥の女を先に殺して男に絶望を味あわせてから殺したいという欲すら生まれてくる……
「……どいてくれるか……」
……そして、更なる援軍……シドにとっては、敵の増援……事態は悪化する。
「……てめえは……」
「……二度と貴様の顔など見たくなかったのだが……どうやって出てきた?」
「はっ。俺をそこらの冒険者と一緒にするな。俺をまんまとやっつけたと思ったんだろうが、超レアアイテム、ワープシップを使ったのだ。」
「……ワープ、シップ……だと?」
「あらかじめこの屋敷に貼っておくことで、ピンチの時にそれを貼った場所へとワープできる素晴らしいアイテムだ!……一回きりしか使えないのにこんなところで使わされるとは……てめえら生かして返さねえからな!!」
……そういう事だったのかと誰もが納得した。まあ、種が分かればどうという事はなかった。むしろ、次はもう無い。そういう事でもあった。
「……あの場所で多くの者達と並んでいればよかったものを……そうすれば命だけは助かったものを……」
「ふん、あんな地下は俺のように光り輝く男には似合わん。まあ、お前の本当の娘たちはパーフェクトだったがな。あいつらも全部頂いていくからな!」
「……ふざけるな!!!!?私がこれまで、どれだけの思いであの子達を守ってきたと思っているのだ!!!それを貴様は……簡単に踏みにじる気かッ!!」
「んなもん知るか。可愛い子は……全部……俺のもんだッ!!!!」
「死ねッ!!火炎弾ッ!!!」
「ぐおッッ……」
自身の最大の技を放つが、怒りのせいか少し照準は逸れてシドの真横の床を貫く。だが、余波によって体制を崩すシド……そこにロミネが一気に間合いを詰めて切りかかるッ!
「……」
ロミネの顔は冷酷だ。だが、内に怒りも秘めている。切りかかった一撃をあと少しのところで避けられる。
「……ゴロゴロと転がりおって……芋虫か貴様は?さっきまでの威勢はどうしたのだ?」
「……てめえこそそれしか撃てねえのか。んなもん当たらなきゃなんでもねえ。」
「……ふん、ロミネ。行くぞ。」
「…………はい、お父様……」
「……流石に……やべえか……」
……
もう限界だった。
虚勢は張ったものの距離を取られた場合の魔法は脅威以外の何物でもない。そのうえ近距離ではロミネの相手をしなければならない……
「……っく……はぁ……ちくしょう……」
「……はぁ!!せいっ!!」
「ぐぉ……くぅ……おらぁ!!……はぁッ……」
「火炎球ッ!!!火炎球ッ!!!」
「うぐぁッ!!!っく……くそったれ……」
「ふん、もう躱すのも無理か。なら、ここまでだな。」
「な……なにいってやがる……」
「私と……私の娘たちを侮辱した事を悔やんで死ねッ!!!!!」
……全霊を込めた火炎弾が……放たれる……
「……シド様ッ……」
居ても立っても居られないシノが、駆け寄る……
……爆音、爆炎。ここまでで最大の物だった。
それが去った後、彼らの姿は、消えていた……見えるのは床に大きく開いた大穴。
……下の階まで貫通していることだろう……
・・・・・・・・・
下の……階……?
そうだ、ここは、2階なのだ……
だからどうしたというのか……
……
「いてて……あのおっさん……よくも……」
「むくり。」
……二人は生きていた。
シドは多少体を打ちつけながらも、シノの体を庇いながら落下した。
「……いい絨毯ですね。」
あらかじめ厚手の絨毯があることが分かっていたのでうまくそこへと着地できた。もっともシドの頑強な体が一番の功労賞だろう……
「ふかふか。」
シノは絨毯を堪能している。
「やってる場合か。どれどれ……おお、ふかふかだ。」
シドも堪能していた。
「……貴様ら……そこを動くな!」
一階にいた敵の構成員たちが轟音に気付いてやって来たのだった。
「ほーう。」
シドは感づいていた。二階の構成員とは違う何かに。
二階の敵は落ち着き払っていた。それは二階には懸念するようなことが何もないが故の安心を含む。
だが、今ここにいる者達は、ほんの少し焦っている。それは即ち、一階に。いや、すぐ近くに奴らにとっての弱みが存在しているという事なのだ。
「間違いないようだな。」
シドは確信したように、すぐ近くのドアの扉を一気に開けるッ。
……
「……ええと、何か騒がしいようですが……何かあったのですか?」
きょとんとした様子で男がシド達を出迎える。
だが……彼こそが……シドの、ターゲットその人だった。
この屋敷の主治医の、コンタスト。
……そして、呪術の徒の、長でもある。
白衣に身を包みながらも、その実は呪いによって多くの人物を苦しめ続ける呪術者、張本人だ。
「ふん。てめえが黒幕か。」
「……何のことだか……よく分からないのですが……」
「ぶっ殺してやる。」
「……物騒な人だ。……あなたが死になさい。氷結弾……」
「……っ!!……」
シドとシノは一斉にその一撃を避ける!
氷結弾……氷魔法レベル4以上の使い手が放つ魔法……氷の直撃によるダメージはなかなかに大きい……
「……」
隠しておいたサーベルを手に殺気をむき出しにする……そこには主治医などではなく呪術の徒の長たる者の姿があった。
「……ひんやりして涼しいもんだぜ……氷結弾かよ……」
「組織の長たるものが、ただ呪いだけしかできないなどと思いましたかね?言っておきますが、私の剣の腕前も、大したものですので……」
「俺の方が強いに決まってるだろうが。」
「……それにしても……初めから私を狙っていたのですかね。……という事は……裏切りですね。間違いなく。」
……追手が部屋に入ってくる。多くの人間は二階に居たが、ここにも十人が集まる。
「誰でもいいんですが、レーヴァスに伝えてくれますか。娘の命はどうなってもいいようだと。」
「……」
すぐさま一人はそれを伝えに向かう……そして残ったシド、シノ。そしてコンタスト、九人の戦闘員……
「私たちもさっさとゆっくりしたいのでね……死ね。」
その言葉が合図と言わんばかりに、一気に止めにかかるッ……!!
……
この瞬間、彼らの注意はシドとシノに集中している。まさか後方から攻撃を加えられるなどと、想像できただろうか……
「はああああ!!!!!」
無慈悲な、一撃が、一気に四人を薙ぎ払うッ!!!
「ぐあッ……ぐ……」
あまりの事に彼らは対応出来ないッ!矢継ぎ早に残りの五人も一気に切り伏せるッッッ!閃光の如く……
「あはぁ?何ですかね?」
コンタストも驚きと怒りを覚える。
その視界に映るは、見目麗しき秀麗なる、ベレストラン・ロミネの雄姿だった。




