気付いてしまえばそれはなんて事のないものではあるが……
「シノちゃんとはどう?元気で仲良くしてるのかしら?」
随分、当たり障りのない話題だ。
「……いつも通りだ。」
俺は決まりきった質問に決まりきった答えをするのは、どうもあまり好きでは無い。そうは言ってもどうしても定型文になってしまうのは自身のボキャブラリーの無さによるものだから仕方なくはあるが。
「好きな相手は大切にしてあげないとダメよ?亡くした時にとっても後悔しちゃうから。」
「そんなもの……大切にしてたって後悔するだろ。」
「……そうね。むしろ大切にしていればしている程……強く後悔しちゃうかもしれないわね。」
……かつて愛する家族を全て喪ったフェリアのその言葉は、深く、重い……
「……」
またこれだ。いつもならああすればいい、こうすればいいと口から出て来る減らず口が一切思い浮かばない。なんて言葉を言って話を継続させればいいのか全く分からないのだ。
かつて俺はその事をこう言われた。お前にはその経験が無いから相手の気持ちなど分からないのだと。その傷の痛みを考えた事も無い人間にはかけるべき言葉も思いつかないのだと。
……そしてあまりにも悔しい事だが、今の俺にはその言葉を否定出来る言葉もまた、思いつかない。
「……」
「あら?私よりも……ヴェルゴちゃんとお喋りしたかったかしら?」
「……誰が、野郎なんかと話したいと思うもんかよ。」
……癪な事にデカブツは目を閉じてただ鎮座しているばかり。どこに混じるでもなくただ、佇んでいる。
俺のように他者から忌み嫌われて孤立するのとはまた違う。自ら独りである事を望むが故と言った感なのだ。
「じぃー……」
「どうしたのかしら妖精さん?そんなに私の事を見て。」
「……シドの事虐めたりしないかどうか見てるの。」
……いつの間にか、そんな事をする為に俺の服の中から出て来ていたのか。
「(……男として、恥ずかしい。)」
「虐めたりなんてしないわ。ただこうしてお話をしているだけだもの。ねぇ?」
「……」
妖精とは言え女の前で、女に虐められているという事を認めた男がどれだけみっともない存在であるかなど男なら承知の上であった。
「……タンザナイト、大丈夫だ。」
「……でも……」
……ここは、無理やりにでも、強気であるべきだろう。
「……家族を亡くしてたとして、それはもう過去の話だ。しかも俺はその当事者でも無い。いちいちんなもの気にして気を使ったりしようとなんざ思わねえよ。」
……そうとも。相手がどんな背景を抱えていようとも、それに怯え縮こまるのなんて俺らしくも無い。
「あら、そんな風に思わせちゃってたの?別に気にしなくていいのに。私は今が幸せだもの。あなたの言う通り過去は過去だわ。」
当人がそう思っていたとしても、周りもそう感じると思ったらそれは違う。いくらか配慮してしまうのはある程度仕方の無い事なのだ。
「俺はここに過去の話をしに来たんじゃねえ。これからの、未来の話をしに来たんだ。」
過去など、お呼びじゃない。
「過去……そうね。みんなのおかげで過去と自分の気持ちに上手く区切りをつけられた私は未来に進めている。けれど、あなたはどうかしら。ちゃんと未来の自分に向き合える自分になってるかしら?」
「……」
「何も後悔も心残りも無く、ちゃんと進めてる?」
「……」
後悔、心残りとは……?
「……常に納得する結果を出し続ければ、後悔なんて無い。」
「それが出来ているなら最高の人生ね。そして人生は時に……とんでもない悪戯をしてみせるわ。人の力じゃどうしようもないような事を……」
「……生憎と俺は運が良い方なんでな。不運に見舞われたとて、残念だったとしか言えねえよ。」
「悪い事が起こっても、それを無理矢理にでも不運じゃないと思い込めるからそう感じられるんじゃないかしら。」
「……何?」
「気の持ちようよ。どんな事が起こってもそれを不幸、あるいは幸運と捉えるかは本人次第でしょう?あなたが自らを幸せと思い続ける限り、何が起ころうとあなたは幸福だわ。」
「……人をお気楽バカみたいに言いやがる。」
「私が言いたいのは……そんなあなたでも、いつかそれを幸福だと思えない程の強い悲しみに襲われた時……きっと、私が感じたような……いいえ、それ以上の苦しみを味わうかもしれないって事。例えば……あなたの傍からシノちゃんが居なくなったら……」
「それ以上、口にするんじゃねえ。」
「……」
俺は、強く、それを遮らせた。
「……たとえお前がどれ程の悲しみを経験してきたのだとしても……俺の未来に口を挟む権利なんて存在しねえはずだ。」
……口にすれば口にする程、想像すれば想像する程に、その未来を感じてしまう。
ならば、悲しい事など考えない方が良い。
全てを塗り替えよう。悲しみなどと言う感情は不要だと、割り切ろう。
「……あいつは俺のもんだ。たとえどんな出来事が関与しようとも、どんな奴が介入して来ようと……あいつが俺のもんである事だけは変わらない。絶対に……」
俺は、それ以外を望まない。
他の何がどうだっていい。
……せめて、あいつだけ、俺の傍に居れば、ただそれだけで……
「……ふふ、それなら、安心したわ。」
「……あ?」
「ううん。ちゃんと、シノちゃんの事大切に想ってるんだなって感じただけよ。ふふ。」
……内心では感情的になっていた俺に反して、フェリアは楽しそうに笑うばかり。完全に手玉に取られているような感覚に陥る……
「あなたは勘違いされやすい人なのね。だから私も最初は少し軽薄なだけな人なんだなって思ったもの。」
「……今は違うってのかよ。」
「そうね。言葉で言っている程単純な人でも無いし、あまり素直じゃない人なんだって感じかしら。だからあなたの言葉は時々反対の事を言うわ。それが分かれば案外親しみやすい人なのかもしれないわね。」
その言葉が、俺と言う人間を見事に評しているのか……そんな事俺でも良く分からない。
「……フェリア。お前、今俺に口説かれたとして、それを受け入れる確率はどれぐらいだ。」
「?正直に答えて良いの?」
「予想は出来る。」
「ん~……0%かしら。」
「……だろうな。」
「別にあなたに限った事じゃないわ。過去って言ってもやっぱり私が一番愛しているのはあの人と子供達……そして、ここに居るみんなだもの。それ以外の人の事は……今は考えられないわね。」
……俺がこいつとの距離を測りかねているのはやはり、こういう事なのだと思う。
こいつは俺からあまりにも遠い。既に他の誰かの物であるから。
俺がいくら歩み寄った所で一歩。牛歩に限りなく近い程度。
自分の損得でしか話が出来ない俺にとって……それではそれ以外のやり方で何を話せばいいのか……少々分かりかねているのだろうか。
「あなたは思ったより、周りの人からどう思われているか気にする人なのね。」
「周りなんて……関係無い事だ。自分が楽しければそれでいい。」
「ほら、また反対の事を言ってるわ。」
「何?」
「もし本当にそう思うなら私の事を力づくで連れて行っちゃえばいいだけじゃない。自分がどう思われてるかなんて悩む必要無いわ。」
「……そんな事をしたとて、お前は俺を拒絶するだけだ。」
「心を……開いて欲しいの?」
「……自分の心はひた隠しにするくせに、相手にそれを要求するなんて、それこそ身勝手だって言いたいのか。」
「あら。聞いてるのは私の方なのに……質問で返されちゃったわ。」
……フェリアと話していると、俺が、俺を見失ってしまう。
あれ程までに強く確立されていた俺と言う人物が……本当はどんな姿をしているのか、何を想うのか……霞んできてしまう。
……こいつの語る俺と言う人間の像……それこそが真の俺だと?
……違う。
俺はそんな軟弱で人の目を気にするような男では無い。
「……俺は、女と遊ぶのがこの上なく好きなんだよ。そんでもって遊ぶってのは……相手が居てこそ出来る事だ。」
「……」
「その相手が泣いたり苦しんでたら遊びにならねえ。」
相手の為に動いているとしても、最終的には俺の喜びに繋がる。
ああ、そうだ。これなら筋も通る。そうとも。俺は俺の事のみを考えて生きている。そこは決してブレる事は無い。
「……あなたは強いと思うわ。一人で生きていくという意味ではあなたに敵う人ってそうそう居ないのかもしれないわね。でも……もう、一人で生きていく必要、無いんじゃないかしら。」
「……」
「選ぶ……選ばざるを得なかった……どっちにしても……やっぱり一人って寂しいわ。たとえ自分の恥ずかしい所を曝け出してしまうかもしれなくても……やっぱり私は誰かと一緒に居る方が楽しい。今度はあなたは……誰かと共に歩く生き方を学んでいく方が良いと思うわ。」
「誰かと……共に……」
「……ううん。もう既に分かっているはず。あなた自身、もう一緒に歩いている人達が居るもの。ね、妖精さん。」
「……私はタンザナイト……シドとシノとずっと一緒に居る妖精だよ……」
……小さく、そう答える。
「シノちゃんと、タンザナイトちゃんが一緒に居るって、きっと楽しいはずよ。じゃないと一緒に居ようと思わないでしょ?」
「……そんな事、俺には分からねえ。」
「ならちゃんと、向き合ってないだけ。自分の本当の気持ちに気がついてしまえば……なんて事無いもののはずよ。そして……とってもかけがえの無い物だって気がつく。」
「……」
「大丈夫よ。あなたはいつかきっと本当に自分の中にある自分と向き合えるわ。それを認めてあげる事が出来た時……あなたの世界はもっと大きく広がるはず。私がそうだったように……」
「……」
言葉が、無かった。何も、言い返せなかった。
「あなたの想いに応える事は出来ないけれど、ただの一人の人としてならあなたの事は嫌いじゃないわよ。ね、ヴェルゴちゃん。」
「……なんで、そこでそいつが出て来るんだよ……」
さっきからそっちでだんまりを決め込んでた奴が、ゆっくりと目を開けて、俺の方を見やがる……
「ヴェルゴちゃんもあなたの事、前とは違う感情を抱いているはず。そうよね?」
「……口だけの男では無い部分もあると、評価を改めよう。依然軽薄な部分は変わっていないようだが。」
「……嬉しくも、何ともねえ。」
「喜ばせる為の言葉では無い。フェリアに振られたから答えただけだ。」
「……ああ、そうかよ。」
「あなた……悪い人じゃなくてもシドの事虐めるような事言うなら容赦しないんだから!」
「……妖精か。」
「私の名前はタンザナイト!」
「……最初にここに来た時よりは見直してはいる。かと言ってあの時の言葉も紛れも無い俺の本心だ。覚悟が無いのに相手の心に深く踏み入るのは止めておけと言う忠告は間違っていない。」
「……シドの事、ちゃんと知らないのにそんな酷い事言った事……私は忘れてないから。」
「……止めろって。俺が惨めになる。」
「嫌だよ!シドはなんて思われてもいいの?ううん、たとえそうだとしても私が嫌!シドだってたくさん辛い目に遭ってる……シドが誰かのために頑張る時は決して無責任な時ばかりじゃない!そんなシドのおかげで助けられた人たくさん知ってるもん私!」
……俺の代わりに、よくまあ、怒ってくれるもんだよ、こいつは……
「……ふ。」
「!私怒ってるの!それなのに何がおかしいの!」
「……その男は、幸せな男だと思っただけだ。自分の為にそこまで必死になってくれるお前のような存在が居るのだからな。」
「……」
「何よ……何よそれ……」
「……大切なものを失わずにずっと傍に遺しておけるか……それは己次第だ。分かっているな。」
その言葉を向けた相手は、俺だった。
「……ここに居る者達は皆、少なからず何かを失ってここに居る。それはある種……弱かったからだ。」
まるで自らの人生の訓戒を思い出しているかのように。
「お前がまだ大切なものを失っていないのならば……それは俺にとっては羨ましい事だ。本当に全てを守れる力があるならば……悲しみを覚えずに済むのだから。」
……この野郎も、フェリア同様に、悲しみがあるというのだろう。知る由も無いが。
「守れ。守る為に戦え。失わない為に進み続けろ。俺から言えるのは、それだけだ。」
「……」
どう考えてもお節介な言葉ばかりを並べ立てられて……やがて奴はまた視線を戻し……目を閉じた。
……
……気がついてしまえば、なんて事の無いもの。
……そしてかけがえの無いもの。
……それは、感情。
……好き、と言う感情。
……だが、それを自覚した時、俺は、俺ではなくなってしまう。
……何かを大切に想ってしまえば、それを失ってしまった時に立ち直れなくなる。
……自分の命よりも大切なものなんて、必要無い。そんなものあってはならない。
……ならばいつまで、その感情に気がつかないフリをして生きていくというのか。
決まっている。
死ぬまでだ。
……死ぬその瞬間まで俺は、自分の中にある弱い感情と、向き合わない。
向き合ってはならない。
誰よりも強い存在であるが為に。
自分の手の中にある全てを失わない為に。
全てを犠牲にしてでも一番強くなければならない。




