完全なる邪悪と完全なる純粋
「以上だ。」
「お疲れさまでした、アープデイ様。デーニッツ様に報告してまいります。」
橋渡し役の男はスタスタと奥の部屋へ消えていく。
「はー、やれやれ……幸先悪くしくったなぁ……」
誰も居なくなった空間で大きく体を開いて愚痴を垂れる。初陣には最高の結果を出して周りから良い目で見られたいと考えていた矢先思わぬところで出鼻を挫かれてしまった事が尾を引いていたようだ。
「なんかお小言とか言われたりすんのかなぁ……よく分かんねえけど……」
内心面倒ではあったのだろう。されど報告しないわけにもいかずおめおめと手土産一つを抱えて戻って来ざるを得なかった。そんな彼の心境や如何に……
「やぁ、良く戻って来てくれたねぇ。とりあえずはご苦労様と言っておくよ。」
「(っと……来ちまったか。)」
一応男は姿勢をある程度正す。自身に力を与えた恩人の前だからと。
「そんなかしこまる必要無いよ。むしろリラックスして欲しいね。そんな事でストレスを感じて欲しくも無いし。」
「……んじゃあ、お言葉に甘えさせてもらって……よっと。」
……そうは言っておきながら、実際にリラックスした様を見せたら注意するような相手を引っかける為の意地悪の可能性もあったがどうやらそんな事も無く普通に本心からそう促したようであった。だから目の前でどんな態度を取ろうと男は不愉快に思う事も無い。
「礼儀とか作法とかまぁあんまり意味無いよね。丁重に扱われてる方は気持ちいいかもしれないけど、気を使ってる方は疲れるし何より苦痛だよね。それでもって気を使う側の人間がいつも最前線で体を張ってるわけだ。安全な場所で指示を出してる人間がそういう精神面の負担を軽減させた方がいいよね。」
偉くなったからこそ精神が満たされたいと感じるのかもしれないが、それを支えている者の事を常に意識するならばむしろ自らこそが気を使うべきなのだとデーニッツは語る。
「……それが出来りゃ、現場は助かるだろうさ。」
「やりたいねぇ。君も僕がパワハラみたいな事を言っていたら教えてくれると助かるよ。生憎とそういう事をしている時って自覚が無いからさぁ。」
「今のところ待遇や仕事に不満は無いさ。むしろ感謝してるまである。ただ……生憎と良い報せは持って帰れなかったが……な。」
「……聞いたよ?君と一緒に行動していたファイターの二人とサーチャー一人が死んじゃったんだってねぇ。」
「……」
居るはずの人間が居ない事については報告せざるを得なかったアープデイ。だがしかし、自らの手で彼らを介錯したとは言わなかった。死人に口なし、真実を語る事が出来るのはアープデイのみであるからこそ、その部分は隠した。あくまで戦いの中で敗れたとそう伝えたのだ。
「(……この苦し紛れの言が、果たしてどんな風に解釈されるやら……)」
だとしても、結局は部下の責任は上司が取るのが通常の流れ。それに沿うなら戦力を失わせた責任を取るのはアープデイの責務。果たして、デーニッツの判断は如何に……
「……再三の確認にはなっちゃうんだけど、僕の方から直接君に聞いても良いかな?」
「……?」
「いやいやただ単に正直に答えて欲しいんだけど、本当に君以外の3人は呆気なくやられちゃったのかなぁって。」
「……」
「確かに強くなったといっても負ける事はあると思うんだよ。ましてやサーチャーはさほど戦闘能力は高くないし。けど……だからと言って死ぬかなぁ?身の危険を感じているのに逃げもしないで死ぬまで戦うかなぁって思うんだよね。」
「……っ……」
「……僕は嘘をつかれるぐらいなら失態を晒される方が全然良いと思ってるんだよ。失敗は次に活かせばいいけど、僕の与り知らない所で色々起こられても対処のしようが無いからねぇ。まぁもちろん……君が本当に正直に話してくれてるんならこの話はこれまででいいけど、ね。」
「……」
アープデイは、悟った。中途半端な嘘が、見抜かれていると。何を根拠としているのか分からないが、彼が確実に真実に至っていると、その確信があると。
「(……んだよ……結局、無駄に終わったかよ。)」
……ならば、いっそ、ここで過ちを認めるべきと観念する。
「……トドメを刺したのは俺だ。他の3人は逃げきれそうも無かった。敵の手に渡って余計な情報を与えちまうんじゃねえかと思ったからな。」
「……」
何とも言えない表情、真顔でその告白を聞いていたデーニッツはやがて……
「……ふ、ふふ。」
……笑い出す。
「……」
それが如何なる意味を持つ笑いなのか、まだ、彼は理解出来ない。
「……そういう事なら早く言って欲しかったなぁ。なるほどなるほど。よく分かったよ。」
「……良い報告も出来ねえわ、虚偽の報告はするわ……こりゃ始末書もんかね……?」
納得したのか、それともさらに印象を悪くしたのか、どちらとも取れぬ返答。ここまで来るとアープデイもやや諦め気味で苦言を呈する。
「?」
が、男はその言葉に、ただ首をかしげる。心から疑問を抱く。
「君の判断は間違ってないよ?聞く限り最善の行動だ。秘密の漏洩を防ぐ為によくやってくれた。その代償として確かに3人という数の上での戦力を失いはしたけどね……」
「……」
「まぁまぁけど、戒めとか懲罰とかねえ、分かるよ。分からないでもないけど、意味あるのかなぁって思うんだよね僕はさ。」
男は連ねる。自らの心にある心の中の常識。自身を形作っている経典のようなものを。
「元より僕が君に期待しているのは何があっても生き残れる圧倒的な生存能力だ。それは能力だけの話じゃなく、性格もそう。何を犠牲にしてでも自分が生き残れるのが戦場では正義だよ。君は見事それを実践してくれた。僕の期待通りだ。他の3人は元より生き残れるほどの強さに無かったんだよ。運が無かった。」
死んだ人間を悼むぐらいなら、死んだ人間を踏み台にして生きた人間を活かす道具と変えた方が効率的。たとえ人道に背こうと。
「死んじゃった人に配慮したところでもうこの世には居ないからそれ以上何の役にもたたないわけだよね。それなら生きてる君の方が大事だ。そいでもって今回の事であれこれ言われても君、モチベ下がっちゃうでしょ?それが分かりきってるなら僕はやらないよ。むしろ良い部分だけを見て褒めちゃうとも。
こんなに早く成果を上げてくれて素晴らしい。これからもその調子で頼むよ。なぁに、今回死んじゃった彼らぐらいの戦力を続々生み出せるぐらい僕が頑張ればいいだけだしね。」
今回のアープデイの戦果によって得られた評価は本人が思うよりよっぽど上々だった。初陣としては文句無しと言ってもよかっただろう。それを手放しで褒めちぎる姿がそこにあった。
「(ひゅう……話が分かるじゃねえか。こりゃ変に隠し事するもんじゃねえな。)」
ホッと胸を撫で下ろすアープデイ。どうやら自らの上司が物分かりの良い人物であり、また、自分と同じように手段を選ばない人間と分かったようだった。ならばむしろ上手く付き合えっていける存在と。
「次はどう動くつもりかな。また異世界人狩りかい?それともいっそ休憩でも取るかい?僕はそれでもいいと思うよ。どう動くかは君に任せるから。」
「……なら、もう一働きぐらいしてから考えるとさせてもらいますかね……何せアロウズ・イレブンの中ではまだまだ下っ端なもんで、もうちょっと働かにゃ居心地が悪い。」
「熱心だねえ。いいよ。ただもしかするとそろそろ僕達の動きに気がつく奴も出て来るかも知れないからそこだけ注意しておくといいよ。」
「その場合は異世界人狩りじゃなくまた従来通りのスキルレベルの高い奴狩りに変えれば問題無いぜぇ。」
「モルモットはいくらいても困らないしね。それじゃあ悪いけど引き続き頼むよ。僕はまた実験に戻っちゃうからさ。」
話もそこそこに、両者は再びそれぞれの為すべき事を為す為に持ち場へと戻っていく。
「(……お咎めこそ無かったが、同じ轍は踏まねえ……次こそは完璧な結果を叩きつけてやる……そうすりゃ他の奴らと肩を並べても文句はあるまい……!)」
……野望に燃える男は、再び次なる獲物を求めてゆく。
……
「ん……んぅ……?」
目を覚ました時、私はまず第一に体の不自由さを感じた。
「……!?な、何……これ……?」
……それもそのはずだった。覚醒した私の両手にはめられていたのは……手錠と呼ぶに相応しい拘束具。いや、私が知るような手錠にはもう少しばかりの猶予があったがこれは……完全なるロック……どうあがこうとも両腕を扱う事が出来なかった……
「……か、硬くて……全然……びくとも……!」
私の力が無いだけなのだろうか……とても人間の力ではどうしようもない代物にしか思えなかった。
「そ、それにここは……?」
己の状況確認もままならぬ内に周囲を見渡して見ると……そこには不特定多数の人達の姿があった。そして私同様に同じ手錠をはめられている……その誰もが皆、絶望に堕ちた顔をしていた。
思いだされる最後の記憶……急に意識が遠くなって……
「……もしかして私……」
……考えたくは無いけれど、私は……さらわれてしまったのかもしれない。
いやむしろ、そうとしか考えられなかった。
「……」
ならばここはきっと、捕らえられた人達を収容しておく牢屋……自由を奪われたからこその、この絶望感溢れる空間なのだろう……
「あの、気がつきましたか?」
「……え?」
暗い雰囲気にいっそ飲み込まれそうになっていた私に話しかけて来たのは、年端も行かない小さな女の子だった。
「目が覚めたんですね。1時間ぐらい前にここに連れて来られてからずっと眠ったままだったので少し心配していたんですけど、安心しました。」
「……心配かけちゃって、ごめんね。うん、私は……大丈夫。」
……本当は不安でいっぱいだけど、こんな小さな子の前で情けない姿を晒せないと思うと自然と心が落ち着いていた。
「ねえ、この場所って……?それに、この手錠は……」
「ここは、悪い人達に捕まった人が入れられている牢屋です。この手錠は私も色々やってみたけど外せませんでした。」
「……だよね。」
「でも、一応食べるものには困りません。あそこに食べ物はいくらでもあります。」
そう言って彼女の視線の先を見ると、確かにその一画には食べ物が配置されていた。
「でも……この手錠のせいで食べ辛そうだね。」
「捕まってる身だから贅沢は言えませんけど、まさにお姉さんの言う通りです。」
食べ物があるって事は……私達を生かしておく意味はあるという事……
「……この、首輪って……」
……遅れて気がついた。この子がつけているそれを見て、私にも同じものが取り付けられていた。決してオシャレとは言えないようなそれが……
「お姉さんの首輪には575と書いてあります。」
……そんな彼女の首輪に刻印されていた数字は、570……それが何を意味するのか分からなかったけど、何か良いものでは無いように直感で感じた。
「(まさかとは思うけど……管理番号とか……そんなのじゃ……)」
……だとしたら、ここに居る私達はまるで奴隷だ。
「……色々教えてくれてありがとう。おかげで、少し落ち着けた。」
「それでしたら何よりです。私もずっと黙りこくっていると気分が沈んでしまいそうだったのでお姉さんと話せて良かったです。」
思えば周りの人達は、私が目覚めたとて、何の反応も動きも見せる事は無かった。この状況下で他人の心配なんてしてる余裕が無いってのは決しておかしな事では無い。むしろこの子のように他者に気を使える方が……凄いんだ。
「……ねえ、あなた、なんてお名前なの?」
誰もが立ち上がる力すらなくしてしまいそうな中、たった一人であっても胸に光を宿し続けるこの少女の名前を、知りたかった。だから、尋ねた。
「私はナナと言います。」
「……ナナ……?」
そして奇しくも私はその名に覚えがあった。
「……もしかしてあなたは、シノさん達が言っていた……」
「……シノさんを知っているんですか?」
「……」
これは偶然の出会いだったのか、いや、あるいは遅かれ早かれそうなっていた運命だったのか。彼女と私がやがて打ち解けていくのはそれこそ時間の問題だった。




