託された想いを繋ぐ者
「んん?何だ?騒がしいな。」
「ですね。」
体慣らし程度の依頼をパパッと終わらせてエイスの町に戻ったら、何やらザワザワしている。
「みんな大慌てだね……もしかして、火事とかかな……」
「……何か、良くない意味での大騒ぎですね。」
「……だな。」
走っている奴らの顔が……どうにも暗い。少なくとも楽しそうな話ではないと悟る。
「あ、カワウソが居るよ。」
……そんな名前の武器屋の息子が居たやもしれないと思いに馳せる間に、向こうもこちらを見つけて駆け寄って来る。
「男が寄って来るんじゃ……」
「開口一番そんな事言ってる場合じゃないって!!!もしかしてシド達今帰って来たのかよ!?」
「だったら何だよ。つーか町でなんかあったのか?」
「なんかどころじゃないって……!!あーえーと……!!!とにかくヤバいんだって!!!」
何がヤバいのか具体的な説明が一切なされない。それでどう危険を理解しろと?
「カワウソさん……落ち着いてください。何があったのか教えてくれませんか?」
「……色んな冒険者の人達が……殺されたんだよ!!」
「こ、殺された……?」
いきなり物騒な単語が出て来た。酔っ払い同士のいざこざやトラブルなんかは無いわけでは無いが……だとしたらそこまで騒ぎ立てるほどではない。
「何か分からないけど……見てた人の話だと……急に戦いが始まったかと思って終わったと思ったら……気がついたら……辺り一面みんな死んでて……」
「……分かんねえよ。もっと普通に喋れ。」
「……そんでもって、れ、レイナードさんが……」
「?あいつがどうした。」
「……レイナードさんも……その場に居たんだけど……血だらけで……」
「!!」
「……それ、マジか。まさか……」
死んだ……?
「……レイナードさんは、どうにかまだ生きてるみたい……だけど、傷が酷過ぎて意識も戻らないみたいで……今エナさんが必死に治療してる。」
「……あいつが……やられた……?」
にわかには、信じがたい話ではあった。どんな状況であれあの野郎がそこまでの手傷を負わされる相手なんてそうそう居るものでもない。それが再起不能なまでにやられるなど……
「カワウソさん……ナナちゃんは……ナナちゃんは……!?」
「そ、そうだよ!!それだよ!!レイナードさんが連れてたナナちゃん……そいつにさらわれちゃったみたいなんだ!!」
「……!」
耳を疑うような情報ばかり、こいつの口から出て来る。
「……お前、マジで言ってんのかそれは。」
「ぜ、全部本当だって!!と言っても俺だって詳しい事は分かんないんだ……今はその騒ぎのせいで町中大騒ぎ……」
「……ナナをさらった野郎はどこに居る。まさかまだ町の中に居るって事は……」
「そ、それも分かんないんだよ……多分、居なくなったんだとは思うけど……だからこうしてみんなで警戒しながら探してんだよ。」
「……どこのどいつだとしても、この白昼に随分目立つ真似をしやがる。」
「シド、一回ラミの所に行こう!!エナも居るし……ラミならきっと色々知ってるよ!」
こいつの情報よりは精度の高い情報がそこにはあるだろう。
「……分かった。行くぞ。」
……道行く人間皆、不安と恐怖に塗れた顔を浮かべていたのかが印象に深い。
……
「ラミさん!」
「シノちゃん……戻って来たのね。依頼ご苦労さ……」
「そんな事言ってる場合じゃねえみたいじゃねえか。一体この町で何があったんだ。」
明らかに、何も無かったなどと言えるような状態ではなかった。
……入り口から2階に至るまでの道に……真新しい血の跡があったのだから。どうしたってそこに目がいってしまう。
「……レイナードさんが重傷を負ったって聞きました……」
「……その通りよ。1時間前ぐらいかしらね。今エナが一生懸命診てくれてるわ。どうにか命に関わるところは越えたみたいだけど……それでも目を覆いたくなるような酷い傷だったわ。それでも命があるだけ……マシかもしれないわね。生き残ったのはレイナードさんだけなんだもの……」
「……」
さしもの俺でも、絶句だった。今日の朝旅立つまでは何の変化も無い普通の日だったはずなのに、たった数時間の間でこうまで様変わりしてしまうなんて……
「ナナは……ナナはどうした。」
「……」
「ナナちゃん……さらわれちゃったって……そんなの……そんなの嘘ですよね、ラミさん……」
「……」
ラミの顔はいつまで経っても首を縦には振らず、代わりに……ゆっくり、言葉を吐き出した。
「……きっとそれは、嘘じゃないわ。私も直接見たわけでは無いけれど……ナナちゃんは……さらわれた。」
「そ、そんな……」
「……誰だ。どこのどいつがそんな事しでかしやがった。」
「……」
「教えろよ……俺がぶち殺してきてやる。」
そして、ナナを取り返す。力を使って出来る事はそれしか有り得ない。
「……分からないわ。何も。あまりにもあっという間に色々な事が起こり過ぎた。誰も何が起こっているのか……分からない。」
「……ラミ……」
「……一旦、落ち着く時間を頂戴。そうじゃないときっと……まともに話なんて出来ない……だから、ごめんなさい。」
「……分かった。」
こんな大騒ぎの起こった中で依頼を受けようという奴も居らず……一時的にこの場所は役割を失う。ただ俺達が、心を落ち着かせる為の場所となる。
「……私、エナさんの所に行ってきます。レイナードさんの事も気がかりですし……何かお手伝いできるかもしれません。」
俺の返事を待たず、シノは2階へ走って行った。
さて俺は……どうするか……
「お茶を……淹れてきやした。」
「……悪いな。」
一息付けるにはうってつけの飲み物が出された。
「ありがとうシーデル……私の分まで……」
「無論お金なんてとりやせん。今はただ……心を落ち着けて欲しいだけですから。」
「……ああ。」
彼女の好意に甘えて、それを飲む。
「……ちょっと、落ち着く気がするな。」
「何よりです。」
俺達の反応を見届けた後、シーデルはラミの元へもお茶を運んだ。おそらく一番これを必要としている人間だろう。
「……大変な事に、なっちゃいましたね~……」
「セリア……お前、何か知ってるのか。」
「……知ってたら色々教えてあげたかったんですけど……残念ながら人づてに聞いたような事ばかりですよ~?」
「それでもいい。俺達はその当たり前の情報すら知らないんだ。何せ帰って来たばかりなんだからな。」
「……分かりました。お客さんも居ませんし……ラミさんが落ち着くまで、一緒にお話しましょうか~。」
いつも変わらない彼女のおっとり加減も流石に今回は陰りがあった。ラミ程でないにしろ、ショックだったと見える。
「とりあえず順を追って話して欲しい。まず、何があったんだ。」
「聞いた話ではあるんですけど……何でも最初はレイナードさんの前に数人の男の人達が現れたみたいですよ~。」
「数人の男達……?」
「しかも……その人達、どうやらナナちゃんを狙っていたみたいなんですよね~。」
「ナナを……?どうしてなんだろ……」
「……その人達からナナちゃんを守る為にレイナードさんが戦おうとしたみたいなんですけど……そうこうしている内に、その人達の仲間が出て来たらしくて……これがとっても強かったみたいですね~……」
「じゃあその野郎共にあの野郎がやられたって事か……?」
と、思ったのだが、まだ話には続きがあるようで、セリアは首を横に振った。
「その人達はレイナードさんや居合わせた冒険者の人達が協力して倒したみたいなんですよ~。そこまでなら……良かったんですけど……どうやら問題はその後みたいですね……」
「後?」
「その男の人達を倒した後……もう一人の男性が現れて……そして気がついたら……皆さん全員……やられてしまっていたって話です……」
「……たった一人に……全員がやられたって?」
「そんな事……あるの……?レイナードも居たのに……?」
「……周りで見ていた人達の話だと……あっと言う間だったそうです。気がついたらみんな倒れていて……そしてその人が……ナナちゃんをさらって行ったって……」
「「……」」
町の入り口で聞かされた時よりは的を得た情報だが……それでも、まだ納得には到底至らない。
「何なんだそいつらはよ……つーか最初の野郎共と最後に出て来た奴はどんな関係なんだ。」
「そこまでは私も全然……」
「……同じ……だと考えられるわ。恐らく……だけどね。」
「……ラミさん……」
気がつけば、傍らにはラミが居た。
「もう、大丈夫なのか……?」
「……心配、かけたかしら。」
「……心配ぐらい、する事もあるだろうよ。」
「……そう……ありがと。」
「……その言葉は似合わねえよ。」
……こいつがこんな弱々しい姿になるのは、実に珍しい。
「ラミは何か知ってるの……?レイナード達を襲った人達について……」
「……レイナードさんがここに運ばれてきた時、まだ意識があった時……2階でベッドに横たわって傷だらけだったレイナードさんから聞いたの。」
そう言うと、ラミはその時の内容を俺達に向けて語り始めた。
……
凄まじい血の量がそのただ事でない状況を物語っていた。
「レイナードさん!!!」
部屋に入るなり目に飛び込んできた光景は……まさに、地獄絵図だった。
「っ……」
気丈に振る舞おうとするラミですら……いつもの精神状態を保つのが難しい程に……惨たらしい傷を負った彼がそこに居た。
「……あ……ぐっ……ら……ラミ……さんか……」
「……っ……」
「レイナードさん……あまり喋ってはいけません。辛いかもしれませんが少し少し大人しくしていてください……私が絶対治しますから……ええ、治しますとも!!」
「……悪い……世話を……かける……うぐぉっ……!!」
あの屈強なレイナードが……痛みに呻き声をあげる。それ程までの、ダメージ。
「一体何が……何があったというの……」
呆然と、立ち尽くすぐらいしか出来ないラミ。そんな彼女へ……
「……ラミ……さんよ……」
「……っ、レイナードさん……?」
メッセージが、送られようとする。血の充満するその場所へと近寄る。
「……何が、あったんですか……レイナードさん程の人が……こんな事になるなんて……」
「……ナナ……が……」
「……っ!?そういえばナナちゃんは……?!」
ふと思い出す。常に彼の隣に居なくちゃいけない少女の存在を。
「……ナナは……連れて、行かれちまった……」
「!?なんですって……!一体……一体誰に……!!?」
「……最初の奴らも……あの男も……ナナを狙っていた……いいや……ナナだけじゃねえ……このままじゃ……ぐぅっ……!!」
「!」
話すその一秒一秒が男の体を苦しめていく。だが痛みに塗れようとも、それだけは伝えなければならない。
「……あいつらは……異世界人を……狙ってた……だからナナは……狙われた……」
「異世界……人……」
ラミの頭には、ナナと、もう一人の存在が過ぎった。
「あの嬢ちゃんも……危ないかも……知れねえ……」
「……シノちゃん……!」
「……シドの兄ちゃんに……言っておいてくれ……絶対に……気をつけろ……って……奴らはとんでもねえ得体の知れねえ……」
「……レイナードさん……?」
「……」
その事実を伝えた瞬間、彼の精神を繋ぎ止めていたものが切れて、やがて意識を失った。
「……っ……レイナードさん……」
「……大丈夫ですラミさん。これだけの傷を負ってしまったんです。普通意識なんて保ってられません。」
「……レイナードさんはきっと……どうしても私にそれを伝える為に……」
「……後は私に任せてください。治すのは私の仕事。そしてラミさんの仕事は……レイナードさんから託されたその想いを……繋ぐ事です。」
「……」
ラミは、その目に応えて頷く。ここは、任せたと。
……
「これが私がレイナードさんから聞いた話……託された情報よ。必死で繋ぎ止めてくれた……そいつらの手がかり。」
「「……」」
この段階で把握した。決してこの事件は、他人事などではないと。
奴が襲われナナがさらわれた事は……やがて、俺達の身にも振りかかるやもしれぬ災厄なのかもしれないと。
その警鐘が、打ち鳴らされていた。




