戦の鐘が鳴る
依頼所のその一画に、何食わぬ顔をしたその者達が居た。どうやら食事を楽しんでいるようであった。
「やー、美味いなぁここの飯は。」
「依頼所と飯屋を間違ってるんじゃねえのかと思ったぜ。」
「いっそ兼任なんじゃねえのかね。」
口々に料理の出来を褒める言葉を言う。ただそれだけならば他の冒険者達と大差はない。
「とりあえず少し様子を見たが、どうやら間違いなかったようだな。」
「ああ。あの小さいガキが……異世界人だ。」
「だから最初からそうだって言ってただろうが。俺の能力信用してねえのかお前らは。」
「そうは言ってねえ。これで確信が持てたから後は思う存分って奴だ。最初の一回だけは一応な。」
……どうやら彼らの狙いは、この世界にやって来た別次元の人間のようだった。
「あのガキが異世界人って事は……よく出入りしてる帽子の奴もそうなるんだな?」
「線の細い男のようなちっこい女のような……まあ、どうやら女らしいが、そいつも異世界人だ。」
男の一人は口笛を吹く。まさに一挙両得のチャンスであると。
「上手い事両方連れて帰りゃあ一気に成果を上げられて鼻高々だぜ。」
「とりあえず楽そうなのはガキの方か。帽子の奴は武器を持ってるし一応戦えるみたいだしな。かと言って俺達の相手じゃねえだろうが……」
「見るからにトロくさそうだしな。」
「一つ気がかりなのは、チビも帽子の奴も脇にそれなりの実力のありそうな野郎が居るって事だな……俺達が負けるって事もそうそうねえだろうが……万一の場合はあの人の力を借りなくちゃいけねえかもしれねえよな。」
「心配いるかよ。この町の奴らなんて冒険者と言ったって大したものじゃない。軍の正規兵みたいに統率が取れてるわけでも無ければ個人でとんでもない力を持ってるもんでもない。ただこの場所ってのだけちょっと厄介ではあるわな。伊達に全ての国によって保護されてるわけでも無いって事だ。あんまりデカい騒ぎを起こしちまって世界中を敵に回しかねないパターンもあり得る。」
「そりゃあよっぽどの事だな……流石にそこまでを敵に回したらこっちもただじゃ済まないかもしれねえ。あの人曰くまだ研究は全然途中の段階……行きつくところまで行けばむしろこっちから世界に打って出る事も出来るとか何とか言ってたみたいだが……」
「そうなりゃ俺達の力はもっとどデカいものになるんだろ?ヤバいなそれは……今ですら正直持て余しちまってるってのに。」
3人共既に自らの枠を超えた力を手にした。その更に上の段階があると考えると、もはや自分達に出来ない事など無いのではないかと考えても確かにおかしな事では無かった。
「……様子見も、十分だろ。」
やがて、男達は立ち上がる。
「そうだな……後は、ちょうどいいチャンスを見計らって……おっぱじめるか。」
……圧倒的な力を持ちながら、しっかりと会計だけは済ませていった。
彼らとて、依頼所というこの場所に対して喧嘩を売るという事は……出来かねた。
……
「……」
店を出た3人を、ラミはどこか目で追っていた。
「どうかしやしたか?」
「……あの人達、何かおかしい所なんか、無かったわよね……?」
接客を務めたシーデルに、そう尋ねる。
「普通に食事をして、そのまま帰っていっちまいやしたね。依頼を受けるどころかラミさんに尋ねる事すらしなかったのは確かに妙な気がしやすが……」
「……気のせいなら、いいの。」
彼女も決して確証があるわけでも無く、ただ単に、少し気にかかった程度。
「……あっしも、それなりに色々な人を見てきやしたが、ラミさんの人を見る目は群を抜いて確かでさぁ。何か気にかかったのなら……あるいは何か後ろ暗い所でもあったのかもしれやせん。」
「……買い被り過ぎよ。それに何の根拠も無く変な疑いをかけるなんて、やっちゃいけない事だわ。」
「確かにその通りですね。出来る事なら誰も疑わずに生きていけたらいいものと思いやす。」
「……」
少し神経が過敏になっていると自省するラミ。彼女がそんな事を考えてしまったのにも一つ原因があった。彼女がついこの間目にしたある記事、時折各地で人が連れ去られるという事件……それが最近ラミの心に引っかかって仕方が無かった。
「(……かつて起こったベレストラン家が関わっていたと言われていた人さらいを思いださせるような出来事……それが、また……)」
もっともラミ自身は事の顛末をシノ達から聞いて知っている。あの件に関しては裏で手を引いていた呪術の徒という集団が居てベレストラン家は利用され隠れ蓑とされただけであった事を。
ただベレストラン家の名はあの件で地に落ちた。何よりその名を継ぐ者も誰一人として存在しない。今更名誉を取り返したとして戻って来るものも無い。無論、ベレストラン家が完全なる黒であると信じない者も居る。おおよそ街の人間の約半分はそう信じている。
結局疑う者と信じる者が共に折り合いをつけて生きていく為には、その話題を口にしない事が一番という結果に落ち着き、今ではベレストラン家の話をする事も憚られている。
それを聞いたラミがせいぜい出来る事は自分の所に来た客に対して自分の知る限りの事実を伝える事ぐらいであった。あわよくば長い時間がかかったとしてもベレストラン家の人間達の名誉が戻って来るようにと……
「(シノちゃん達がスカールの街から帰って来て捕まっていた人達が戻って来てからはパタリと人さらいの話は消えて無くなった。それですべてが解決したはずだった。けれど……)」
……つい数ヶ月の間に、再びその話が再燃し始めていた。
「(……どうにも気になるわね……)」
あくまでラミの見解ではあるが、同一犯や同一組織のそれと考えるには少々疑問点があった。
「(あの時人さらいにあっていた人達はごくごく普通の人達だった。けれど今回は……そうじゃない。)」
その被害に遭った多くの人物が……何かしらに秀でた能力を持った者である確率が極めて高かったのだ。特に……戦闘面において。
「(普通に暮らしてる街の人達がさらわれるって言うのはまぁ分からないでもないし……誰でもいいなら自分より弱いであろう人を狙う。それは理解出来る。けど……強い人達を敢えて狙うっていう事には何かしら意味がある……そして……)」
……それだけの実力者達を無力化させてしまえるだけの力を有しているという事でもある。
「(……何か嫌な感じがするのよね……このまま放っておくと……何か大きな事になりそうな……)」
「ラミさんすいません、ちょっと依頼の方を受けたいんですが……」
「……はい、分かりました。」
ラミの個人的な考察はここで止まる。お客さんが来たとなればそちらを優先するのが当然の事。よって彼女は自らの職務に戻る。
そしてやがて、その均衡は崩れる。皮肉にも彼女の悪い予感が的中する事で。
……
「学園か……ふーむ。」
町を闊歩しながら考え事をするレイナード、そして少し前にはいたいけな少女が元気に歩いている。
「確かゴーバスの敷地内になんたら学園ってのがあったな。あそこに通わせてやれば同じぐらいの年代の奴らも居るだろうしこの世界についても学べるか……」
引き取っておいてそうそう他の施設の力を借りてしまうのはどこか後ろめたい気持ちもあるが、流れとしては自然であった。そうする事でレイナードもこれまでとさほど変わらず軍の執務を行える。帰りにしっかり迎えに行きさえすればそこからは二人の時間である。
「と、言ったところで本人の希望次第だわな。」
彼女がどうしたいか。結局はそこに委ねようとしていた。嫌がるなら自分が四六時中見ていようと。
「(……俺がしてやれるのはなんだかんだ言っても不自由しないだけの生活を提供してやるぐらいだよな……)」
いや、もう一つ、ある。
「(ん?何だこいつらは……)」
往来を歩く少女の前に、3人の男が立ち塞がるように現れる。
「な、何でしょうか……?」
「「……」」
その違和感は異様、そして異質。ナナの呼びかけにも答えず、ただ少女を見下すように視線を下ろしていた。
「……ナナ、ちょっと来い。」
「は、はい……!」
何かの違和感に気がついたレイナードはすぐさま少女を引き戻させて自分の後ろにつかせる。
「……何か用か、あんたら。」
「そうだな。用がある、お前と後ろのガキ、それぞれ半々ずつに。」
「……人様の子供とは言え、初対面の相手をガキ呼ばわりする奴は俺は好きじゃねえな。とりあえず用があるってんならその態度改めてから来てもらえるか?ナナも怖がっちまってる。」
「気にすんなよ……そいつはこれからもっと怖い目に合うんだ。こんなもんでビビってちゃあっという間に死んじまうだろうな。」
下卑た笑いと、穏やかでない物言い。それは明らかに敵と呼称して差し支えない相手だった。
「……この往来で、おっぱじめるつもりかよ。」
「そのつもりじゃなきゃ、ワザワザ人の多いこの場所に出てきたりなんかしねえんだよ。闇討ちしてやってもいいんだが……ちょっとばかし肩慣らしもしたいんでな……てめえを練習相手にしてなぁ。」
レイナードは、剣に手をかける。
「……実践を練習と思ってんなら、後悔するぜ。死んだ時にはもう遅い。」
「そんじょそこらの一山いくらの野郎が……俺達に敵うわきゃねえだろうがあああ!!」
「っ……!」
この白昼に、人通りの多いこの場所にて……男達は襲い掛かって来た。
「れ、レイナードさん……」
「……ナナ、下がってそこら辺に居る奴らに頼んで匿ってもらえ。」
「わ、分かりました……!!」
既にレイナードもナナもこの町の者達には存在を認知されていた。だから二人が助けを求めれば協力する者達はいくらでも居た。とある町人の一人が少女を保護したのを見届けるレイナード。
「(さて俺は……)」
「あんまりアッサリ……死ぬんじゃねえぞぉああ!!」
「……テメエらを、ぶっ潰すかぁああ!!!」
その大剣が、唸りを上げる。
「……うっ……おっ……!?」
「……ふう。」
ただの一振りで、空気は一変する。
あれ程までに息巻いていた男達は、その太刀筋を見て……戦慄した。
「どうやら……相手の力量を察するぐらいの常識はあるみてえだな。」
「「……!」」
その一撃は相手の命を奪う為のものでは無く、警告。
向かって来るならこれ以上の力で迎え撃つと。
「……これでも、力試ししてみるか?言っとくがこいつは練習じゃねえ。普通に……死ぬぜ?」
「……マジかよ……こいつ……っ……」
彼らにとって予想外であった。その相手が、そこまでの実力者だったとは。だから周りの者達が代わりに伝える。
「おいアンタら……何が目的か知らねえが、その人はゴーバス軍の隊長をやってる人だ。アンタらが何をしようと歯なんて立たねえ……命を無駄に落とすだけだぜ。」
「……ゴーバス軍……隊長……!こいつが……?」
「……別に偉そうに肩書を誇示するつもりもねえ。今の俺は軍人としてでは無く……ナナを守る為に戦うだけだ。人様の娘に手を出そうとする輩には……お仕置きが必要だろうからな。」
「「……」」
「……もし、ここで手を引くってんなら……命だけは助けてやるよ。その代わり誰か一人の腕一本ぐらいは貰うがな……さ、どうする?」
「「……っ……」」
さしもの3人も喧嘩を売る相手を間違えたと後悔する。まさかここまでの強者だとは思いもしない。軍の上層に位置する人間がこのような町に居るなどと考えもしない。
「ゴーバス軍隊長ねぇ……そーんなに偉いのかぁ。」
「……?」
しかし、それはレイナード達も同じであった。こんな穏やかな町並みに、これ程までの敵対勢力が居るなどとは。
「……!キャ……キャンスさん!!」
大衆の中から一人、ゆらゆらと臆面も無く割って入って来る。
「……まさか、ここに居合わせてくれるとは……」
その姿を見た3人は、息を吹き返したように活気を取り戻し、湧く。
「何かやろうとしてたみたいだから様子を伺ってたんだが、ここが俺の出番と思って出て来てみた。」
「……」
男の目は、レイナードを見据えていた。
「まあまあ確かに強そうではあるが……流石に俺の敵じゃねえな。何より鈍そうだし、俺の速度にはついて来れねえだろうよ。」
「……随分と大口を叩いてくれるじゃねえか。てめえもそいつらの仲間ってわけだ。」
「仲間って言うか……上司かねえ、一応。」
「なら、てめえが部下か?」
「……二番隊隊長……キャンス・ガハンだ。ゴーバス軍隊長さんとやら。」
「……おもしれえ。」
一体何の組織の隊長なのか、何が目的なのか。いくつもの謎が目の前にありながら、レイナードはそんな事眼中には無かった。
自分に出来る事。
それは、少女を守る事。この力で、この腕で。
ただそれを果たすしか、今は頭に無い。




