不穏なる雲
とある一室にてそのやり取りは行われていた。
「アープデイ様、今しがた結果の方が出揃いました。」
「その報告を待ちわびてたぜ。」
もっとも結果は聞くまでも無いとばかりにその男性は自身に満ち溢れていた。彼自身の体に起こっている変化が強くそう感じさせていた。
「結果のご報告ですが……アープデイ様への肉体適合率は極めて高い数値を示しており……一切の不具合や副作用等も見られませんでした。」
「つまりただ単にいいとこどりして強くなっただけって事だな?」
「その通りと考えられます。そしてデーニッツ様の見解となりますが、アープデイ様は特にその特殊性に秀でておりましてスコアの合計値が……」
「おめでとう、アープデイ君。12だよ君は。」
そのタイミングを見計らっていたかのように、現れ、そして宣言した。
「……!!この俺が……スコア12……?」
「ああそうだよ。不服かい?」
「……不服どころか……とんでもねえ話だったんで、流石に驚いただけさ……確かにとんでもねえ力を手にいれちまったとは実感してたが……そこまでのものだったとは……」
「そこまでのものだよ。君の生存能力は極めて高い。戦場では生き延びる事が大切だろう?その人並外れた肉体も活用すればやがて攻撃面へも転換出来るようになるだろう。その将来性を考えればスコア12は妥当だと思うよ?」
「……!!ちょっと待ってくれ……スコア12って事は……まさか……!」
「ああ、そうだね……11を越えた君は今日からアロウズ・イレブンの一人となったわけだ。うう……実に嬉しいな……不覚にも涙が溢れる……」
ワザとらしい演技にしか見えないが、実際に男は涙を流している。というよりは何故か流れているという方が良いのかもしれない。
普通の人間が喜びや悲しみによって涙を流すのと、彼のそれは全然違う感情によって流れているものなのだから。同じような感覚を覚える必要は無い。
「……へ、へへへ……俺が……アロウズ・イレブン……ふふ……ふははは!!!」
そして自らがとても想像も及ばぬ力を手にいれた事のお墨付きをもらった事で、昂る。自分が手にした立場に酔いしれる。
「俺みてえな男が……そんな地位まで辿り着く事が出来た……あんたのおかげだぜ……!!うははは!!!」
「そんな風に感謝されるとこちらまで嬉しくなっちゃうじゃないか……僕は自分の研究の為に君に協力してもらっただけなのに……君がそんなに強くなってしまっては逆に恐ろしいよ。今後は君の反感を買ってしまったらその力が僕へと転換してくる事になるかもしれないんだから。」
そんな事を言っておきながら、裏切られるかもしれないなどひとかけらも思ってはいない。
「……あんたはまだまだ俺を強く出来るんだろ?ならむしろ俺はあんたを守るさ……いくらでも強くなるために……そうすりゃ何だって出来るんだからよ!」
男も男とて自らの本心を隠さない。自分のやりたい事の為に利用される事を厭わない。その対価としてこれ程の力が手に入るならと構わない。
「何だってするといいよ。そして時折僕の言う事を聞いてくれればそれでいいよ。君のポテンシャルならスコア12すら超えていけるかもしれないからね。期待してるよ。」
「そうすりゃやがて下手したら俺が……アロウズ・イレブンのトップに……」
「目標は高い方がいいよ。その方が励みになるからね。」
「……」
男は、ほくそ笑む。これからの輝かしい未来に想いを馳せる。
「それで早速なんだけど、アロウズ・イレブンとなった君に初お願いをしてもいいかな?」
「……何なりと言ってくれよ。俺もこの力をとっとと試したいんだ。」
「気合十分の君にとっては少々退屈な頼み事かもしれないけれどね。」
「退屈に感じさせるだけの力を与えてくれたのがあんたじゃないか。」
……世界はまた、少しずつ動き始める。
ゆっくりと、そしてやがて多くのものを巻き込んでいく。
……次なる戦いの、芽吹き。
……
世界の情勢は大きく動く気配も見えないが……さりとて好転の気配も見せない。といってもそんな数日で変わるものじゃないか……
「って、そんな気持ちじゃいけません。」
……私、ちゃんと理解しているのか。ややもしたらもう数年で人類は大ピンチを迎えてしまう事を……そう考えたらこの一日一日がどれだけ大事な事か……
「キリッ。」
「?」
最近気が抜けていた感じもするし……反省しよう……
「よし、昨日は雨であんまり何も全然出来ませんでしたし……今日は昨日の分も依頼をこなすとしましょう。」
と、言う事で遅ればせながら今日の目標……
……
今日中に依頼を10件こなす。
……
「多いわ!!」
「人の目標にケチをつけてはいけません。簡単に出来る事を目標にしても意味が無いんです。」
頑張らなくちゃ出来ないような事を目標に定めるからこそ一生懸命頑張れるんだ。昨日出来なかった分を今日にこなすならばこれは当たり前。
「では早速依頼所に行きましょう。今日も今日とて私達の助けを待っている人達がたくさん居るはずです。えいえいおー。」
「おー!」
「……今日はゆっくり休みたい。」
昨日もゆっくり休んでいたのでそれは良くない。あまりだらけてはいけない。なので3人で依頼所へ向かった。
「……押しが強いのは悪い事じゃないが……」
……
「シノちゃん相変わらず働き者ね。」
「そんな事ありません。頑張らないと人並みにもなれないだけです。」
一生懸命走って……ようやくみんなと歩幅を合わせられる程度だ。
「それじゃあこんな依頼があったりするけれど、どうかしら。」
「やります。というか出来る限りやります。わんこそばのように。」
困っている人達のお願いをわんこそばに例える私もちょっと悪い。
「俺は出来れば冒険がいいんだが……」
冒険はいつでも出来るけれど困っている人達は今すぐ助けを求めている。優先順位など考えるまでも無いだろう。
「……」
……
「昨日の雨風のせいで町中散らかっちゃったから手伝ってもらえるかね。」
「無論です。お安い御用です。」
自分達が普段過ごす町なんだから綺麗な方が良い。これは人の為でもあり自分の為でもある。
「よいしょよいしょ……」
せっせと働いて町中の整備を行った。気持ちが満たされた。
「……とても時間の無駄にしている気がする。」
「シド様の気のせいです。」
……
「午前中に運ばなくちゃいけない荷物がこんだけあるんだけど手伝って貰っていいかね?」
「無論です。急いで運んでしまいましょう。」
町全体の物流に関わる事なんだから回り回って私達自身に返って来る事だ。なので頑張る意欲としては十分。
「よいしょよいしょ……」
あっと言う間に終わらせて予定より1時間半も短縮出来た!
「……非常に時間を無駄にしている気がする。」
「シド様の勘違いです。」
……
「どうやら昨日の雨のせいで雨漏りが酷くなってしまったようで……」
「それは良くありません。すぐに直しましょう。」
教会は色んな人達の心の拠り所だ。そんな場所が雨漏りなんてよろしくない。町全体の活気の為にもやらねばならない。
「よいしょよいしょ……」
思いのほかシド様が手際よくこなしてくれたお陰であっという間に終わった!
「シド様の思い過ごしです。」
「……まだ言う前から……」
……
「シド様のおかげで1つの依頼が30分ペースで完了してしまいました。まだお昼なのにもう半分以上も……」
「……」
「一生懸命働いた後のご飯は美味しいですね。あむあむ。」
「……」
私はこんなに充実感を得ているのにシド様ったら死んだような目でただ食事を口へ運んでいる。
「そんなお顔をしていたらせっかくのカッコいいシド様フェイスが台無しです。あ、頑張ってくれたご褒美に私があーんをしてあげますね。あーん……」
「……(ぱく。)」
あ、食べてくれた。珍しい。
「あーん。」
「(……ぱく。)」
……抵抗する元気も無くなるぐらい嫌だったのかな……うぅ、ちょっと私の都合で連れ回し過ぎちゃったかも……
「……午後は、もう少しシド様のやりたい事をやりましょうか。」
「……依頼今日中に10件なんじゃねえのかよ……」
「ま、まぁ……」
「……何でもいいんだが、10件ていう決め方はどうかと思うぞ。」
「?と、言いますと?」
「基本依頼は一人一件しか受けられん。無理して俺とお前一人ずつパターンで受けても一度に受けられるのは最大二件だ。一日って縛りをつけちまったらその日に完了する依頼しか受けられない事になっちまうじゃねえか。」
「それは……まぁ……」
「言い方は悪いかもしれんが一日で終わっちまうような依頼は別に誰でも出来るようなもんばっかりだ。そういうのは初心者の奴に回してやった方が良い場合もある。」
……その言葉には、一理あった。
「逆に数日かかりそうな依頼は難易度が高いが、その分出来る人間ってのは限られてる。助けてやれる奴もそんなに居ないならそっちをやる事も考えた方がいいんじゃねえか?」
「……シド様、結構真面目に考えているんですね……」
適当に手当たり次第綺麗な人の気配があるものを選択しているのかと思ったら、割と思う所があるようだ。
「後もう一つ言わせてもらうなら、こういう地域に密着した細々した事をするよりかは別の場所に行ってみるのもいいんじゃねえのか?じゃないとお前の中の世界は広がらんぞ?」
……世界を変えようとしているのに、この町だけにこだわっていても意味が無いと言いたいのだろう。
「……少し、悩んでいます。道はたくさんあるけれど……どう進むのが正解なのか。」
「迷いが生まれたらまず一回立ち止まってみろ。そんで考えるか……俺に聞け。そうすりゃいい道を教えてやるよ。」
「……はい。」
……町が賑わって、住む人達が暮らしやすくなれば自然と人々の不満も少なくなって平和になっていく……なんて理想的な未来にはならないだろう。
かと言って何もしないなんて事も出来ないから依頼をこなしているというのは否めない。
私にはまだ、見えていないのかもしれない。自分がどうするべきか、具体的なビジョンが……
「(……モルフィンさんも……あのコンタストだってそうだ。自分の描く未来を形にすべく……行動していた。)」
……私も、行動しなければならない。何となく進んでいる、なんて曖昧なものでは無く……確実に進んでいると実感出来るような道を……
「シノさん達お食事中ですか?」
「おや……ナナちゃん。」
「という事は……」
「もちろん俺も一緒だ。」
「まるで当たり前のように湧いて出てくんなよ……」
レイナードさんの片手には何やら色々な荷物が携えられていた。
「お買い物ですか?」
「慣れない……が最初につくがな。武器やら食い物ならともかく……ましてや女の子用の服だなんだってのはどれを選んだらいいのかさっぱり分からんだ。」
「レイナードさん私の欲しいものをなんでも買ってくれたんです。見てくださいこれ!」
「……それは、下着と、パンツですね。」
あんまりみんなの前で出さない方が良いと思わしきそれを私達に見せてくれる。そしてそれらにはいつかどこかで見たようなキャラクターの絵が描かれていた。
「……これは確か……」
「プリティマスクじゃなかったかな?子供達の間で大人気の。」
そんな感じだったかもしれない。何ならお面も持ってたかもしれない。
「とっても可愛くて……全部プリティマスクで揃えてもらったんです。お洋服も食器も歯ブラシも全部プリティマスクです!」
これぐらいの年齢の時は私もそんな感じだったかもしれない。微笑ましい。
「……お前一人で買いに行ってたら完全に変態だな。」
「……ナナが居なかったらって光景を想像すると確かに居た堪れねえ……」
……私は誰が何を好きだろうと自由だと思う。私だってヒーローとか嫌いじゃないもん。
「でもあんまり下着とかは人前で見せたりしちゃダメですよ?」
「はい、分かってます。シノさん達の前だけです。」
信頼されているようだ。この純粋な瞳を裏切らないようにしないと……
「もう少し準備を整えたらゴーバスに戻ろうと思ってる。後はナナを育てるのに必要なあれこれを教わったりして……後一週間ぐらいだな。」
一週間……それは、ある意味私にとっても……チャンスかもしれない。
「レイナードさん、その……ゴーバスに戻る時、私達も一緒に行って良いでしょうか。」
「お?何か用事でもあるのか?」
「色々とあります。」
レイナードさんに協力してもらえばリアンさんとスムーズに接触出来そうだし……それ以外でもゴーバスに行って知っておかなければならない事はたくさんあるだろう。そろそろ、動く時だ……
「分かった。行く時は嬢ちゃん達にも連絡するさ。そん時は一緒に行こう。」
「はい。お願いします。」
「おーい!勝手に決めんな!!」
シド様も快く了承してくれた。
「おい!!」




